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31-6 文化祭《ローゼン・フェスト》 身内だけにする話


「僕は王子だが、皆のことは家族のように大切に思っている、いわば僕の身内だ。身内にしかしない内々の話をするから、君たちも寛いで聞いてほしい」


 演説台の前にで軍人のように直立不動で立っていた姿勢を少しだけ崩し、台に片手をついてみせる。それだけで王子が、先ほどの畏まった雰囲気から、心を許して寛いでいることが窺える──ように見えるよう意図して動いているのだと、アンジェには分かった。


「ここしばらく、僕の伴侶のことで皆を混乱させてしまい、申し訳なく思っている。僕の態度が不甲斐ないと呆れた者もいるだろう」


 フェリクスの語り口調は、声をしっかりと張っていることを除けば、アンジェと二人で貴賓室で寛ぎながらお茶をしている時によく似ている。


「僕の父上である国王陛下は、僕がセレネス・シャイアンたるリリアンくんと結婚することを望んでおられる。それは建国の女神(セレニア)神と王国の守護神(ヘレニア)神のご加護をより強固なものとし、王国の未来を盤石なものにしたいという、国王陛下のフェアウェル王国を想うお気持ちに他ならなない。リリアンくんを守ることは、ヘリオスの名を継承し、セレネス・パラディオンとなった僕の役目でもある」


 生徒一同が、声こそ出さずとも息を呑み、フェリクスの言葉に引き込まれていく。アンジェは新年祝賀会でバルコニーに立つフェリクスを見上げた時を思い出しながら、あの時とは違う緊張に、人知れず手を握り締める。


「一方の僕は、最愛の婚約者、アンジェリークとの結婚を変わらず望んでいる。皆も知っての通り、アンジェは聡明で慈愛に溢れた素晴らしい女性だ。そしてその姿も心も何物にも代えがたく美しく、僕の心を虜にし続ける。僕と共にフェアウェル王国の未来を築くのは、彼女しかいないと僕は確信している」


 王子の熱烈な発言に、少しばかり生徒たちはざわめいた。特にアンジェの近辺に座る生徒たちは、ニコニコしながらちらりちらりとアンジェの方を見る。予め知らされていた内容ではあるが顔が赤くなってしまい、しかし何か身動きをするともっとひどくなりそうなので、そのまま好奇の視線に耐える。


「アンジェは聡明だ。聡明すぎる彼女を魔物が見出し、アンジェを我が物にしようと何度も襲来した。冬至祭での事件は皆の記憶にも新しいことだろう。その他にも、アンジェは襲い来る魔物を人知れず撃退したこともある。これほど信仰に篤く強い意志を持った女性が他にいるだろうか? ……あるいはいるのかもしれない。けれど僕は、アンジェがアンジェであったからこそ、彼女を心から愛している。セレネス・シャイアンを守るのが僕の役目ではあるが、僕はこの手でアンジェも守りたい」


 ざわめきは更に大きくなる。それは好意的なものばかりではない。ご自分の痴情をだらだらと話すなんて。結局二人侍らせようってことなんだろ。小さな筈の囁きは、群衆の間を急ぎ通り抜ける時のようにざわめきの間を縫ってアンジェの耳に飛び込んでくる。壇上のフェリクスも、素知らぬ顔をしているが、同じように聞こえてしまっているのだろうか?


(フェリクス様……)


「国王陛下と僕の思惑は違ってしまっている。けれど……そんなことは、内々の個々人の気の持ちようだ。フェアウェル王国の未来を脅かすようなことは何一つ起きていない」


 フェリクスはさらりと言いながら微笑んだ。


「国王陛下も、僕も、フェアウェル王国を守り、王国の安寧を盤石なものとしたい。そのやり方について、少しばかり僕と意見が一致していないだけで……リリアンくんとアンジェを守ることが、王国を更なる発展に導くことは間違いない。それは国王陛下も僕も、リリアンくんとアンジェも一致している、全員の共通の見解だ。皆は何一つ心配することはない。……来たまえ、リリアンくん」


 ひな壇の隅の方で、ストロベリーブロンドのリリアンが、打ち合わせ通り教師の横に立って控えていた。手には何か箱を大切そうに抱えている。名を呼ばれたリリアンはびくりとしてから頷くと、かちこちに緊張した様子ではあるが、何とか転ばずに壇上まで登りフェリクスの横に立った。フェリクスは満足げに頷き 、一同に視線を投げる。


「僕はアンジェと同じように、アカデミーでの学友である皆にも、かけがえのない絆を感じている。君たちを常に脅威から守りたいと常々考えている。それは僕たちに降りかかる様々な人生の試練でもあるし、突然襲い来る魔物でもある。人生の試練は、共に手を取り語らうことで乗り越えていこう。魔物の脅威からは──我らがセレネス・シャイアン殿が、皆を守るために、特別な祈りを捧げて下さった」


 リリアンはフェリクスの横でぺこりと頭を下げると、ずっと手に持っていた箱から小さな白いリボンを取り出して見せた。何の変哲もないサテンリボンで、リボン結びにされ、どこかに留られるようにピンがとりつけられている。


「皆の一人一人に、セレネス・シャイアンの加護を込めたリボンを贈らせてもらう。クラスルームで担任から配布していただく手筈になっている。教師の皆様やその他の職員の方も、みな一様に受け取って欲しい」


 フェリクスは微笑みながらリリアンからリボンの入った箱を受け取り、演説台の上に置いた。リリアンは手に一つだけリボンを残している。


「彼女の祈りは何度も魔物を退け、アンジェや僕を救ってくれた。これだけ多くの人を集まる文化祭だ、結界や警護を堅牢にしようとも、その隙間を縫って魔物が忍び込まないとも限らない。最後の最後、君たちが一人きりで他に誰の助けも望めない時、このリボンが僕たちを助けてくれるだろう」


 フェリクスは小柄な聖女の前で膝を折り、頭を垂れ、騎士が忠誠を誓う礼をしてみせた。生徒たちは大いにざわめき、講堂のガラスがびりびりと震える。リリアン本人も緊張の極致にぶるると身震いしたが、恐る恐る身を屈め、フェリクスの胸元にリボンを取り付けた。


「王子殿下に、建国の女神(セレニア)様と王国の守護神(ヘレニア)様のご加護がありますように」


 リリアンは祈りの言葉を唱えながらそっと魔法を発動させ、白いリボンがいつかの王国の守護神(ヘレニア)のように眩しく輝いた。生徒たちのざわめきは、二人の声を全くかき消してしまうほど大きくなる。光が終息すると、フェリクスは顔を上げて微笑み、震えているリリアンの手をぎゅっと握ってやる。リリアンは赤い顔のまま頷くと、唇を引き結び、生徒の方へと向き直った。


「……お、お、王子殿下。ならびに、フェアウェルローズ・アカデミーにいる、全てのみなさん」





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