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31-1 文化祭《ローゼン・フェスト》 主人公補正

 イザベラは翌週になってもアカデミーを休んだ。アンジェとリリアンとルナは何度も見舞に行ったが、初回にリリアンと少しだけ話したきり、他の誰も彼女に面会はかなわなかった。フェリクスによれば夕食にも顔を出したり出さなかったりするそうで、あまり顔色も良くないとのことだった。アンジェとリリアンはフェリクスが誘うままに何度か晩餐の席に相伴したが、その度イザベラは二人のことをちらりと見るだけで何も発言せず、食事が終わると足早に退席してしまった。


「それで、アンジェちゃん、お二人きりの時にはお互いを何とお呼びしているの? 教えて頂戴」

「今と同じリリィちゃんですわ」

「王子殿下がアンジェ様のことをお呼びする時みたいに、みなさんの前でも呼んでいただきたくて……」

「まあ、本当? お二人きりの時の呼び名もお考えになってみて、とても素晴らしいのよ」

「ええ、ぜひ、考えてみようと思いますわ」

「わわ、私も」

「僕もアンジェの呼び方を考えてみようかな」

「ほほほフェリクス、考えるのはアンジェちゃんだけでよろしいの?」

「ソフィア。ほどほどにしなさい」


 アンジェの気のせいでなければ、王妃ソフィアが嬉々としてアンジェとリリアンの仲を質問攻めにする間、イザベラは痛そうな、今にも泣き出しそうな顔で王妃のことを見つめていた。イザベラは王妹アリアドネとその配偶者レオンの娘であるが、国王ヴィクトルと王妹アリアドネは、王妃ソフィアとは従兄妹の間柄でもある。フェアウェル王国ではセレネス・シャイアンが不在の時代は、王の配偶者には遠縁の王族の中から選ばれることが多い。王妃ソフィアもそうして選ばれたが、婚約したのはヴィクトル十五歳、ソフィアが九歳の時だった。結婚したのはヴィクトルがフェアウェルローズを卒業した十八歳、ソフィアはまだ十二歳。二人の間にフェリクスが生まれたのは、それから八年のことだった。王子であったヴィクトルと、ソフィアの侍女であったオリヴィアとの間に庶子クラウスが生まれたのは、ヴィクトルがまだ学生の時分の十七歳、ソフィアが十一歳、侍女のオリヴィアは十六歳の時である。


(……国王様は、卒業してすぐにご結婚されたのだわ……)

(フェリクス様もそうなさると聞いている……)


 フェリクスの誕生祝賀会の後、アンジェは国王と王妃、そして大公夫人オリヴィアについて、その関係をもう一度調べていた。特に隠されているような事実は出て来なかったが、王妃はあまり身体が丈夫ではないらしく、フェリクスが生まれる前後に体調を崩しがちだった記録が見つかった。今でこそ三人はリリアンにはとても見せられないような関係性のようだが、そうなったのはいつ頃なのだろう? まさか王妃が九歳の時から、さっそく関係が始まったのだろうか?


「ねえ、アンジェちゃんはよくリリアンさんのお部屋には遊びにいらっしゃるの?」

「王妃殿下、それがまったく全然なのであります」

「まあ、どうして? こんなに可愛らしい恋人がいるのに! フェリクスが横やりを入れてくるの?」

「違うんです、王子殿下は悪くないです。アンジェ様、今とってもお忙しくて……」

「忙しいなんて殿方が使う体のいい言い訳じゃない、お疲れだからこそ恋人が癒して差し上げないと」

「えっ、えっ」

「まず優しくキスをして、手をね、こう……」

「はわわわわわ」

「やめなさいソフィア、咲き初めの純潔を踏みにじってくれるな」

「あん、もう、ヴィクトルは面倒くさいわね」


 ソフィアがニコニコしながら手で何かのやりかたを説明しようとしたのを、国王が顔を真っ赤にしながらその手を掴んでやめさせる。アンジェの隣の恋人は顔を真っ赤にして目をぐるぐる回していて、アンジェはその手に水の入ったグラスを持たせてやった。


「それにしても、そなたらは一向に余の言うことを聞かぬままだな」

「はい、父上、僕はアンジェと結婚します」

「国王陛下、フェリクス様、わたくしは辞退させていただきたいと常々申しておりますわ。わたくしの恋人はリリィちゃんただ一人です」

「アンジェリークもそう申しているではないか」

「アンジェとリリアンくんの仲が良いことは、僕にとって何の障害でもありません。僕はアンジェの夫になり、アンジェの夫として二人を守ります」

「ええー……」

「そんなに嫌か、リリアンくん?」

「嫌といいますか……なんか……想像できなくて……」

「まあ、何を想像できないの? 教えて頂戴、リリアンさん」

「ぴゃいっ、あのっ」

「ソフィア、いい加減にしなさい」


 リリアンは不思議と、どんな場所でどんな立場であっても、気が付くとその場にいる者たちと打ち解けている。フェリクスの婚約者として微妙な立場であるアンジェとリリアンが、まさしくその婚約を微妙なものたらしめている国王その人と、まるで冗談でも言い合うかのようにそのことを話題にすることが出来ている。


(これも、一つの才覚といえるのかもしれないわ……)

(あるいは乙女ゲーム「セレネ・フェアウェル」主人公だからこそ持ちえた才覚なのかもしれない)


 渡した水を両手でぎゅっと握りしめているリリアンを見て、アンジェはしみじみと頷いたのだった。





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