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29-8 疑惑と思惑 ラズベリーチーズケーキ

 フェリクスの要求を呑み続けると永遠にケーキを食べるところまで辿り着きそうにもなかったので、二人してテーブルに頬杖をつかされたあたりで、アンジェはクリームが溶けるからと適当な言い訳を押し通し、ケーキを切り分ける段に入った。リリアンが待ってましたとばかりにニコニコしながらケーキナイフで綺麗に切り分けていく。切る角度まで計算していたのか、ちょうどフェリクスに宛てたメッセージが載った一片を皿に乗せると、ちらりとリリアンはアンジェを見上げる。アンジェは微笑みながらゆっくりと首を振り、小さな恋人の肩に手を置いた。リリアンは顔を輝かせ、皿をもってフェリクスの方へと歩み寄った。


「殿下、お誕生日おめでとうございます、ケーキを作らせていただけて光栄です」

「ああ、ありがとう、リリアンくん」


 猫の親子の仲睦まじい様子を見たかのような顔で一連のやり取りを眺めていたフェリクスは、穏やかに微笑みながらその皿を受け取る。アンジェも自席を立ち上がってその場で深々と礼をした。


「フェリクス様、改めましてお誕生日おめでとうございます。もう一度お祝いさせていただける機会をいただけてアンジェリークは光栄ですわ」

「僕もだよ、アンジェ。君たち二人に揃って祝っていただけるなんて、僕はなんて幸せなのだろう」


 フェリクスはアンジェにも柔らかに微笑みかけてみせる。


「今この瞬間は、この世で一番幸せな人間だと言っても大袈裟ではないのではないかな。さあ、素晴らしいケーキをいただこう」


 フェリクスは目を細めながらケーキをフォークで切り分けて口に運ぶ。リリアンは誇らしげな顔で自席に戻り、アンジェも彼女に微笑みかけながら腰掛ける。アンジェの分のケーキをリリアンが取り分けてよこし、メイドがしずしずとやってきてそれぞれのカップにお茶を注いだ。アンジェもフォークを手に取って、綺麗に飾られたケーキを切り分け、一口を口に入れる。


「……まあ、チーズケーキと聞いていたけれど、酸味が控えめで甘いのね」

「えへへ、そうなんです」


 アンジェは更にもう一口、もう一口と食べ進めた。土台のチーズ部分は滑らかでコクがあり、ほんのりとした甘さで包まれているようだ。そこにラズベリーソースの主張の強い甘酸っぱさとトッピングのベリーの果肉感、それからクリームの柔らかさと甘みが、雪解けのように口の中でほどけて混ざり合っていく。残った余韻はさっぱりしていて物足りなくなり、次の一口が誘われる。もう一口。もう一口……。


「美味しいわ、リリィちゃん、とても美味しいわ」


 アンジェの言葉に、フェリクスも深々と頷いて同調する。


「僕もとても美味しいと思う、手が止まらなくなるね」

「えへへっ、ありがとうございますっ!」


 リリアンは頬をばら色に染め、食べ続けている二人を嬉しそうに見つめた。


「隠し味にホワイトチョコを入れてあるんですよ」

「まあ、ホワイトチョコ? この優しい甘みはそこから来ているのね。ベリーによく合いますこと」

「ですよね、私もこのレシピ大好きなんです」

「美味しいな、あっという間になくなってしまう。もう一片いただいてもいいかい?」

「わっ、嬉しいです、是非!」


 一口、もう一口と、後を引く余韻に誘われるままに食べ進めていくうちに、三人はあっという間に切り分けた一片を食べ終えてしまった。早々と食べ終えたフェリクスはお代わりをした一片も食べ終えると、お茶をゆっくりと飲みながら目を細める。


「ああ、幸せだな。幸せとはこういう時間を過ごすことを言うのだろうね」

「ええ、リリィちゃんのお菓子をいただく時間は格別ですわ」

「そうだね、それもそうなのだけれど」


 フェリクスはにこりと微笑みながら、視線を自分のカップに落とす。


「冬至祭の頃から……アンジェもリリアンくんも、それぞれの思いがあっただろう。僕にも僕なりの言い分があるしね」

「フェリクス様……」

「三人で顔を合わせる機会がなかったわけではないけれど……なんだか、久々に君たちの空気が緩んだような気がしてね。僕は少し、……少しだけほっとしているよ、アンジェ、リリアンくん」




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