29-3 疑惑と思惑 必殺技
「いいか、アンジェ」
木刀を構えたルナが、アンジェをじろりと見据えてニヤリと笑う。
「考えるな、感じろ!」
「はいっ!」
アンジェも同じく木刀を構え、青い瞳を輝かせ頬を紅潮させながら、気合十分に応答した。
フェアウェルローズアカデミー、サッカー競技コートにて。春が恋しい冬の空は今日は真っ青に晴れ渡り吹く風も冷たいが、差し込む日差しにはどこか温かさの気配が隠れているように思われる二月初旬。部活が休みのはずの競技コートの中央にてアンジェとルナが二十メートルほど離れて向き合い、難しそうな顔をしているエリオット、瞳をキラキラさせているリリアンがそれを見守っている。
「いいな、受けることだけ考えろ……お前なら出来る……!」
「はいっ!」
ルナがぶつぶつと何か呟くと、魔法の気配が彼女を包み込む。魔力が目に見えるエネルギーとなって彼女の身体から沸き上がり、グレーの直毛ポニーテールを空中にたなびかせる。アンジェはごくりと喉を鳴らして腰を落とし、踏みしめる足にじり、と力を入れた。
「行くぞっ……!」
「はいっ……!」
ルナが地を蹴って走り出した、魔力の乗ったその体は人の身とは思えない速さで駆け、空高く跳躍する、木刀を振りかぶったルナはニヤリと笑う──
「ヒショウミツルギリュウ──」
アンジェは目をキラキラさせながら剣を頭上で真横に構える。
「リュウツイセン!」
「きゃあああああああああ!!!!!!」
落下の勢いに乗じた鋭い一撃を、アンジェは悲鳴──歓声と共に受け止めた。がきん! ルナはニヤニヤしながらすぐに距離を取り、再び構えながらアンジェに迫り、下段からの鋭い突き上げを繰り出す。
「リュウショウセン!」
「きゃあっ!」
がきん!
「ガトツ!」
「サイトウさーんっ!」
ずどん!!!!
アンジェはきゃあきゃあ騒ぎながらも、一つ一つの技を確実に受け、かわし、態勢を保っている。
「クズリュウセン!」
「きゃーっ!」
がががががががががん!
「アマカケルリュウノヒラメキ!」
「きゃああああああああっ!!!!!!!」
激しさを増すルナの攻撃、アンジェは顔を真っ赤にして目を輝かせ、目に追えぬほどのルナの攻撃を次々と受ける。
「いいぞアンジェ……! 最後の技だ……!」
「はいっ!」
最高にいい笑顔で頷くアンジェ、ルナはニヤニヤしながら立ち止まり、木刀の握りを逆にする。そのまま腰を落として奇妙な構えをして、メガネをクイと押し上げて見せた。
「敗北とは傷つき倒れることじゃない……そうした時に自分を見失った時のことを言うんだ!」
「ああっ……! センセイ……!」
「アバン……スプラァーッシュ!!!!!」
ルナの木刀から放たれた魔法の衝撃波がアンジェを襲う、リリアンがぴゃっと叫ぶ、エリオットはなんともいえない表情で二人を眺めている、アンジェは魔法を纏わせた木刀で衝撃を受けるが、押し負けて吹っ飛ばされ、枯れた芝生の上にどさりと落ちた。
「アンジェ様!」
両手を握りしめて震えていたリリアンが駆け寄ろうとしたが、ニヤニヤしっぱなしのルナがそれを制した。アンジェはその場に仰向けに寝転がり、真っ赤になった顔を両手で隠している。
「どうだ、アンジェ」
「最高ですわルナ!!! ルナ様!!!!!」
顔を隠したまま顔面をぶんぶんと振るアンジェ。
「まさかこの目でリアル再現を見ることが出来るなんて!!!!! アバンスプラッシュなんて反則でしてよ!!!」
「ふふふ、今までどれだけ再現しても披露する機会がなかったんでな、つい熱が入っちまった」
「素晴らしいわ……貴女はこの国の宝よ、ルナ……フェアウェル王国でも人間国宝の指定制度を整備するべきだわ」
「はは、そりゃいいな」
ルナが笑いながら手を差し出すと、アンジェはその手を取ってその場に立ち上がった。ジャージと赤い巻き毛についた芝生を叩き落としたところに、リリアンがぱたぱたと駆け寄って来てぴょんとアンジェに飛びつく。
「アンジェ様、すごかったです!」
「ありがとう、リリィちゃん、汗で汚れてしまいますわ」
アンジェが微笑みながら軽く少女を抱き締め返すと、リリアンは嬉しそうに目を細めた。
「アンジェ様、すごく速くなってて……! リオより速いんじゃないですか!?」
「それはないわ、ルナがとても速いからそう見えるだけよ」
「いや実際、成長速度がヤバいっスよ、セルヴェール様」
同じく近寄ってきたエリオットは目のやりどころに困るのか、あさっての方を向きながら二人に話しかける。
「普通のライトニングダッシュだって、まともに使えるようになるまで結構かかるもんなんスよ。現にパイセンはまだ俺式は使えてないじゃないスか。なんなんスかセルヴェール様、でかくて美人で天才とか、頭もいいし完璧じゃないスか」
「そうだよ、アンジェ様すごいんだからっ! すごくてカッコよくて優しいのっ!」
「へーへーのろけるのやめてくれませんかねボケリコさん」
「ぼっ……!? なにボケリコって!?」
「色ボケリコ以外になんかあるんスかね」
「いろっ……アンジェ様の前で変なこと言わないで!」
リリアンは気色ばんでアンジェから離れ、ぎゃーぎゃー言いながらエリオットをぽかぽかと殴った。エリオットはヒヒヒと笑いながらあたりを走って逃げ回る。ルナは二人がじゃれ合う様子を見てニヤニヤ笑っていたが、満足げにため息をつくと、アンジェのほうに向きなおった。
「実際、いい動きになってきたと思うぜ」
「ありがとう、ルナ、貴女のおかげよ」
「身体のほうがまだまだ軟弱だから、重さや勢いはてんで駄目だけどな。新しいものを覚えるのもいいが、馴染みのあるものに便乗するんだっていい」
「ええ、手段もなりふりも構うつもりはなくてよ」
「その意気だ」
頷いて見せたアンジェを見て、ルナは至極楽しそうに笑ったのだった。