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28-5 文化祭に向けて 発見者


 剣の稽古の時間捻出のためにお菓子クラブの事務仕事はアンジェのサロンメンバー、すなわちお菓子クラブ創業メンバー、ルナ命名によればアールビージーあるいは三原色チームプレイの協力によってかなり負荷を減らすことが出来たが、生徒会業務についてはどうしようもなかった。次期国王の婚約者──婚約自体がやや微妙になりつつあるのでそれを差し引いて公爵令嬢という立場から見ても、私的な用事のために生徒会業務をおろそかにするなど、無責任で恥ずべき行為に外ならない。文化祭を控え、クラスや部活動からの出展申請の業務で忙しくなるこの時期、自然と生徒会の会合の回数も多くなった。正直なところ、会合中の思考の半分以上は関係ないことを考えていたのだが、アンジェはそれでも生徒会に顔を出して良かったと思った──そうでもなければ、イザベラと気兼ねなく話すことが出来る機会がなかったのだ。


「忙しそうね、アンジェちゃん。この後少しお時間はあるかしら、お茶をご一緒しませんこと?」


 その日の生徒会が終了すると、今日も今日とてプラチナブロンドをきっちりと結い上げたイザベラがアンジェをお茶に誘ってきた。席を移動しようとしているリリアンがちらちらとこちらの方を伺っているが、生徒会長付はまだ何か会議があるらしい。アンジェがリリアンと視線を合わせてにこりと微笑んでやると、リリアンは少しばかりむくれたような顔をしてからフェリクス達の方に合流した。


「お誘いありがとうございます、イザベラ様。是非ともご一緒させてくださいませ」

「ありがとう、アンジェちゃん。でも子リスちゃんがへそを曲げていてよ、よろしいの?」

「ええ、後でよく言って聞かせますわ」

「……あら」


 イザベラは緑の瞳を見開き、それから子猫がじゃれているのを見るかのように柔らかに細める。


「言って聞かせるような仲になりまして?」

「…………ご推察の通りですわ。どうしてお分かりになりましたの?」


 アンジェが苦笑いしながら頷くと、イザベラはコロコロと笑った。


「以前のアンジェちゃんなら、わたくし何かしてしまったかしら、あとで聞いてみますわ、と慌てるか落ち込むかしていてよ」

「……ぐうの音も出ないとはこのことですわね」

「うふふ、後で詳しく聞かせて頂戴」


 アンジェは顔を赤くして苦笑いするしかなく、イザベラは満足げに扇子を開いて口許を隠したのだった。


 イザベラはカフェテリアではなく本館の貴賓室にアンジェを招いた。本館の貴賓室にあるのは円卓ではなく応接セットで、座るものが長椅子なので楽に寛げるのだという。一年の時も、何度もこの本館の貴賓室でイザベラとお茶をしたものだった。先日、ルナからルナとイザベラの前世について明かされた時も、やはりこの貴賓室だった。


「さ、アンジェちゃんも楽になさってね」


 メイドに一通りお茶の手配を伝え終えたイザベラは、しゃなりと音がしそうなほど優雅かつ美麗に長椅子のひじ掛けにもたれかかった。着ているのはフェアウェルローズの制服だが、それがドレスならばさぞ高貴な姫君に、古代風のトーガなら女神のように神々しく見えることだろう。いや、制服のままであっても、王女は気高く美しく佇んでいた。


「ありがとうございます」


 イザベラの対面に座ったアンジェもひじ掛けに手を置き、王女ほどではないが寛いだ雰囲気で腰を下ろす。その瞬間、イザベラは瞳を輝かせてずいと身を乗り出してきた。


「それで……どちらから、告白しましたの?」

「……わたくしから、ですけれど」

「ええ、そう、やはりそうね、アンジェちゃんから……それでなんと仰ったの?」

「イザベラ様……顛末は隠し立てせずお伝え申し上げますけれど、先にご相談させていただきたいことがあるのです、お伝えしてもよろしいでしょうか」

「まあ、相談? どちらがタチになるかどうか? ええよろしくてよ何でもお聞きになって」


(……こうして時々下ネタを挟んでくるのは、メロディアさんそのままだわ……)


 アンジェは内心呟きつつ、できるだけ深刻に見えそうな表情を作った。イザベラにはそれだけで伝わるものがある。王女は予想通りもたれていた姿勢を直し、口許に扇子を当てて、じっとアンジェの瞳を見つめた。アンジェはゆっくりと一呼吸すると、両手をきゅっと握りしめる。


「……あの時……マ、ラ、キオンが……」

「あのイカクッサい魔物のことね」

「はい……その、そいつが、言ったのです……凛子ちゃんが待っていると」

「……何ですって?」


 イザベラが更に身を乗り出して立ち上がろうとした時、間が悪くメイドがお茶セットをもって戻ってきた。イザベラは曖昧な表情でもう一度長椅子にもたれかかると、深々とため息をつく。メイド達は運んできたワゴンからケーキスタンドを応接テーブルに置くと、てきぱきとカトラリーやカップを並べていく。結局二人は全ての用事が終わるまでどちらも何も言わず、アンジェは膝の上に自分の手を重ねて置き、小さく縮こまっていた。


「……リリコちゃんが、あの魔物と一緒にいるというの?」


 ぱたんと扉が閉まると、イザベラがカップを手に取りつつ尋ねてくる。アンジェも同じようにカップを持ち上げ、お茶を一口飲む。


「……分からないのです。ただ、マ、ラキオンがそう言っていただけで……わたくしをおびき寄せるための嘘かもしれない、とルナは仰っておりましたわ」

「そう……」

「以前このお部屋で、イザベラ様とルナと一緒にお話しさせていただいた時、その……お二人とも、凛子ちゃんも転生してくると、確信なさっているような口ぶりでしたわ。それは、凛子ちゃんが、イザベラ様とルナが転生事故に遭う前に死んでしまっていて……だから、祥子と一緒に転生できていたらいいな、ということだったんですのね?」

「……概ねその通りね」


 イザベラは深く頷いた。


「……わたくし……いえ、メロディアとユウトが第一発見者だったんですの」

「えっ……発見? 凛子ちゃん、こ、殺されてしまいましたの!?」

「まさか……殺人ではなくてよ。けれど、決して気分の良いものではないことに変わりはないわ」


 イザベラは視線をアンジェから自分の膝先あたりに落とし、苦々しく顔をしかめる。


「マ、ラキオン……敵と言っていいのかしら? 敵側に転生していたかもしれないと聞いて、納得できてしまうような……そんな様子だったと想像していらして。もっと具体的に細かいことを知りたかったら、……もう、ルナに任せるわ」

「……承知いたしました……」


 イザベラの横顔を見て、アンジェは頷くしかできなかった。




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