052 グッバイヤミ子
誰もがポカンとして黒滅竜の言葉を聞いていた。いや、ポルポナとギルギアは首を垂れてるから顔はよく見えんが。
しかし本当にこいつが黒滅竜なのか。見た目は圧倒的だが話し方には威厳もクソもない。もしかしてこいつ、着ぐるみじゃないのか?
「あれれ、反応は無しのつぶて?寂しいなあ。ちょっと君、何とか言ってよ」
誰も返答しないことに不満だったようで、黒滅竜は俺に話を振ってきた。どうすんだよこれ…。
「あ、ああ悪い。今ちょっと取り込み中だったもんでな。それにしても何でここに?卵は村にあるはずだが」
話を振られたので適当に返すと、黒滅竜は何だか嬉しそうな顔をした。
「おおっ、返事があって嬉しいよ。いや〜卵の孵化にはまだ時間がかかるみたいだったからね。強い力が近くから感じたもんだから、暇つぶしに見にきてみたんだよ。でも何だかタイミングが悪かったみたいだ。どうも果報は寝て待ってた方が良かったみたいだね」
ナハハ、と笑いながら黒滅竜はスラスラと喋るが、俺はこいつの言葉にさっきからひっかかりを感じていた。
「…なあシャビィ、さっきからあいつことわざみたいな事ばっかり言ってるけど、お前意味分かるか?」
「…こ、ことわざ?いや、聞いたことが無い言い回しばっかりだから、僕には黒滅竜の言いたい事が半分くらいしか分からなかったよ」
こっそり隣のシャビィに聞いてみると、この返答だ。
うむ…やはりそうなのか。転生して数十年経つが、今までことわざなんて聞いたことなかったからな。
つまりはこういうこと。真実はいつも一つ!
「まあ好奇心猫を殺すって言うしな。これイギリスのことわざだっけ?」
その俺の返答を聞いた黒滅竜は大きく目を見開き、そしてパアァと効果音が聞こえそうなほどに笑顔を浮かべた。
「き、君、もしかして元日本人かい!?」
「ああ。やっぱりお前もそうだったか。ことわざなんかこっちで聞いた事無かったからな、ピンときたよ」
やはり思ったとおりこいつは元日本人。そうと分かれば見た目の圧なんか全然気にならなくなってきた。同郷というものは偉大なアドバンテージよのう。
「あ、ちなみにそこのヤミ子も元日本人な。今は魔物に見えるけど、殺すのは勘弁な」
「あ…ど、どうもヤミナです。元日本人です」
「ええーーっ!うわわ、すごい!こんなに一気に同郷の人と出会えるなんて、棚から牡丹餅だよ!いやー嬉しいなあ、来てよかった!」
目の前で大はしゃぎする黒滅竜。正直こいつが動くたびにすんごい風圧とか来るからちょっと抑えて欲しい。
しかしまあこれで一応この場は収まりそうだ。色々聞きたい話もあるが、今はやるべき事をやらねばなるまい。
「さて、黒滅竜さん。ちょっと今からやらなくちゃならない事があるから、話は後でもいいか?」
「ああ、ごめんね了解だよ。それと僕のことはミリオって呼んでよ。ツヨシ君にもそう呼ばれてたし」
「ああ、分かったよミリオ。じゃあ俺のことは…そういえば今は仮名なんだよなあ。名前は定まってないから好きに呼んでくれ」
「分かったよ、じゃあとりあえずウンコ君ね。本当の名前が決まったら教えてよ」
「こいつ…!まあそれでいいや。そしたらちょっと離れててくれ」
不名誉なあだ名みたいな呼び名を認め、気持ちを落ち着かせて俺は行動に移る。
ヤミ子の正面に向き直り、これから行うことの説明をした。
「…ほ、本当にそんな事が出来るの?」
「一応理屈的にはそれほど間違ってない…はずだ。この場から魔素と瘴気を排除して進化の儀をする。おそらくお前が望めば精霊の形になれる可能性は高い。確証はできんが、やってみる価値はあるだろう」
「可能性、か…」
俺の説明を聞いてうつむき、黙り込む。しかしヤミ子はすぐに顔を上げ、決心したように返答した。
「分かった、私ジャスティスを信じる。…お願い、どうかまた私の事を助けて…!」
「ああ、任せろ」
そうして無事ヤミ子の同意を得ることに成功し、俺たちは進化の儀もどきを行う運びとなった。
…
さて、この周りには大量の瘴気が漂っている。普通に豊穣で浄化したとしても、じわじわとまた周りから瘴気が侵食してくるだろう。なので広範囲に豊穣を広げなくてはならない。
だからまずはこの一手。
「久しぶりの【異界神の加護!】」
俺は尻にパワーを集中。ああ”〜きたきた溜まってきた。そしたらいっくぞ〜!
「うぅお【豊 穣】!!」
ブパーッと尻から豊穣の波が迸る。周囲の地面がキラキラと黄金色に輝き、みるみるうちに空気も澄み渡っていく。
「うわあ、魔素が無くなっちゃった」
ミリオのちょっと残念そうな呟きをよそに、俺はどんどんと豊穣を展開。よし、このくらい広範囲まで浄化すれば良いだろう。
次に地面に種を植える。種は何でも良いので、今回は村にいっぱいあったトマトみたいな野菜の種を植える。
「よし、これでどうだ」
種を数個植えてしばらく待つと、期待通りニョキニョキと芽が出て、さらにどんどん大きくなっていった。
「よし、収穫だ」
周囲が唖然として見ている中、俺はでっかい金トマトを一つもぎってヤミ子に渡す。
ポカンとしているヤミ子はハッとして金トマトを受け取り、戸惑う。
「これ、た、食べられるの?」
「ああ、大丈夫だ。俺を信じろ」
以前アクアリムは、このマナ野菜は生物には毒だが精霊には無害だと言っていた。ならば構造的に近しい魔物も直接摂取できるはず。実際に食べたことのある俺だからこそ、確信を持って勧められるのだ。
そんな俺の返答を聞き、覚悟を決めたヤミ子は大きな金トマトにかぶりついた。
「な、何これ…おいしい…!!」
その味に感動したヤミ子は、次々と食を進めていく。そうだろうそうだろう。あの味は魂に直接染み渡るような、まさに天にも昇るような味だからな。
そして大きな金トマトを次々と摂取していき、10個ほど食べたところでヤミ子の手は止まった。
「出来る…」と呟き目を閉じるヤミ子。どうやら準備は整い、進化に臨めるようだ。
「ジャスティス、手つないでくれる?」
「ああ。落ち着いてやれよ」
「うん」
そしてヤミ子の巨大な体が光だし、徐々に光量が高まる。荒れ狂う魔力とマナの奔流を感じる。体を構成し直しているのだろうか。
皆が、そして黒滅竜ミリオが見守る中光の輝きは最高潮に達し、やがてそれが収まるとそこには先ほどまでの巨体は影も形も無くなっていた。
「ヤミ子…?お前、ヤミ子か?」
そこにいたのは小さな小さな黒い玉。これ、見覚えあるぞ。俺は茶色の玉だったけど。
「すごい…本当に精霊になれた。これ、闇の小精霊だよ」
驚愕を顔に貼り付けたシャビィが呟く。
だよね、やっぱりこれは精霊の赤ちゃん形態こと小精霊だ。よかった、無事に精霊化できたようだ。やはり俺の理論は正しかったのだ。
ふよふよ、うろうろと動き回るヤミ子。そういえばこの形態って喋れなかったんだっけ。
すると突然黄金の光がヤミ子を包み込み、ヤミ子ごとフッと消えてなくなってしまった。
あれは召喚の時の光。という事はおそらく精霊郷、というかゆりかごの方に連れて行かれたんだろう。
「兎にも角にも一件落着だな」
これでヤミ子の問題も四獣の問題も全て解決だ。
グッバイヤミ子、大きくなったらまた会おうな。
俺はキラキラと光る大地に囲まれながら、ヤミ子との再会を思い願った。




