037 ヤミナ・アステカランド①
今日は土曜日。
やっと5日間の学校と部活から解放されて、自分の好きな時間を堪能できる。
別に学校が辛いわけじゃない。
友達は少しだけどちゃんといるし、部活のバドミントン部だってしっかり楽しい。
でも、自分だけの時間ってすごく大事だし、貴重だなって思う。
つまり、今日こうしてアニメイトに来て、
大好きなアニメや漫画のグッズを物色している時間。この時間こそが一番幸せな瞬間ってことね。
『我と契約して魔法少女になろうぞ』
「おー、こいつレアだなぁ。可愛いし、声も渋い。お値段は…う、高い。…しょうがない、今日は写真だけ撮っとこ」
予算が足りない私は、大好きな魔法少女アニメに出てくる白いモフモフしたマスコットキャラのレアグッズをスマホで撮影し、新刊のラノベだけ購入した。
私の名前は鈴木 夜実。都内の高校に通うごくごく普通の女子高生。
クラス内でも目立たないし、彼氏だっていたことがない。地味で大人しい子を体現してるっていう自負はある。
オタクだし、メガネだし、バドミントンはやってるけどレギュラーにはなれないし…。
でもいいんです。
私はこうやって好きなことをしていれば、ただそれだけで幸せを感じるんだから。
「…あとコンビニだけ寄って帰ろ」
この街での用事を済ませた私は駅へ向かい、改札をくぐった先のホームで帰りの電車を待った。
ん、ちょっと混んでる。夕方だし、仕方ないけど…人多くてやだなぁ。
でも一番前に並べたし、そこはラッキー。
『間もなく2番ホームに電車が参ります。白線の内側に…』
お馴染みのアナウンスが鳴り、電車の音が聞こえてきた。
プアァァンと音が鳴り、電車が見えてきたその時、フワリとお酒の匂いがした。
それと同時に、背中にトン、と軽い衝撃。
そして私の体は自分の意思とは関係なく、前へと進み出た。
反射的に後ろを振り向くと、そこには顔を真っ赤にしたおじさんが私のいたところに倒れ込む姿があった。
この時間からお酒を飲んでいたの、どう見ても酔い潰れてるよ。あのおじさんが足をもつれさせて私の背中にぶつかったんだ。
これだから酔っ払いは嫌い。
そして私の他人より軽い(であろう)体は簡単にホームの下に落ちていく。
「あ」
最後に視界に入ったのは、あまり見たことがないアングル、正面からの電車。
そしてキキキキキキキというけたたましい音が耳を焼く。
それらが自分に限りなく近づき、突然プツリと電源が落ちたみたいに全てが真っ暗になった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「〜〜〜〜…」
「〜〜!〜〜〜〜…!」
ん…
何?
…誰か話してる?
「〜〜…〜〜〜!」
何言ってんのか分かんない…何語?
ちゃんと日本語で喋ってよ…分かんないって…
それに何か体の感覚もおかしいし、うまく目も開かないし…
あっ、開きそう。ちょっと見えてきた。
光を感じ、少しずつ目を開いた私は、目の前の二人の人間を見た。
え…ちょ、キャアァァーーーッ!!
「ア…アァンギャーーーッ!!」
絶叫をかましたけど、思ったように声が出ない。
いや、それより何この人達!?
浅黒い肌で、二人とも顔立ちは外国人みたいで整ってるけど、おかしい!
白目が黒くて黒目が赤い!
小さいツノが生えてる!
細い尻尾がある!!
こ、これって…
「〜〜!〜〜〜〜!!」
「〜…〜〜〜!」
どうやら私を見て喜んでいる男女の人達。
その姿を見た私の端的な感想はこの一言に尽きる。
悪魔じゃん!!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
どうやら私は電車に轢かれて死んだ後、転生したみたい。しかも悪魔に。
いや、正確には小悪魔族っていう、魔人族の親戚みたいな種族らしいんだけどね。
はぁ…ラノベ御用達の転生を経験できたのはすっごい嬉しいんだけど…どうせなら普通の人間が良かったよ。
そんで王子様と恋愛したり、イケメンと一緒に冒険したり…ああ、妄想だけが広がっていく。
あれから8年も経ったし、私だってさすがに言葉くらいは覚えた。
お母さんに聞いた話だと、私たち小悪魔族はあんまり皆に好かれていないみたい。
親戚種族の魔人族の印象が悪すぎて、イメージ先行で小悪魔族も避けられてるんだって。
何じゃそりゃ!良い迷惑だよホント。
いつか魔人族ってのに会ったら文句言ってやろう。
…いや、やっぱりやめよう。だって怖いし。
「おっヤミナの嬢ちゃん、今日はどうした?また良いもの考え出したのか?」
「あはは、ビビンさんこんにちわ。今日は、そうだなあ…この『コンパスとかどう?ほら、こうやって、ここに黒炭を付けてこうすると…』」
「なっ、何だこりゃ!す、すごい!綺麗な円がこんな簡単に描けるなんて…!よし、買った!銀貨五枚出すよ!」
『うーん、まあそれでいいや。ビビンさん毎度ありー!」
今の私の名前はヤミナ・アステカランド。そしてこのおっちゃんは行商人のビビンさん。
唯人族だけど、この小悪魔族の村まで行商に来てくれてる良い人。日用品とか食料品とかを売り買いしてくれてる、この村にとっての生命線とも言える、大事な人。だと思う。
体を洗う道具が「アワの実」っていう粗悪な石鹸もどきしか無かったから、私がラノベ知識をフル活用して、油脂と灰汁から石鹸を作り出した事があった。
村の大人たちが私の作った石鹸を大絶賛してくれて、その噂を聞き付けたビビンさんが石鹸のレシピを買ってくれたんだ。
こんな悪魔族の子供に銀貨を払ってくれるなんて、本当に良い人だよね。
そんな事があってから、私がアイデアや試作品を出す度にビビンさんが買い取ってくれているっていうワケ。いわばビジネスパートナーってやつね。
「じゃあヤミナの嬢ちゃん、また今度もよろしく頼むよ」
「はーい、ビビンさんもまたよろしくねー!」
そうしてビビンさんと別れた私は家路に着いた。
お世辞にも立派とは言えない、いわゆるあばら屋だけど、この村の家はみんなこんな感じ。つまりは貧乏村だ。
だから私が少しでもお金を稼いで、お父さんとお母さんを楽させてあげたい。
「おかえり、ヤミナ」
「おかえりなさい、ヤミナ」
「お父さんお母さん、ただいま!」
この二人は私にとても優しい。
8年も一緒にいたら情が沸くのは当然だと思うけど、そうじゃない。
本当に愛情を感じるし、私もその愛情を受けて幸せを感じてる。
前世の両親ももちろん好きだったけど、この両親も同じくらい好き。
この世界に転生した以上、この二人を大事にしていきたいって思う。
だから私の知識を使って、今の私に出来ることをするんだ。
そうして私は質素な料理を食べながら、今日も幸せな時間を楽しんだ。
そして同じように前世の知識を売る日々は続き、それから4年の月日が流れた。
……
…
「この村にヤミナという子供がいるだろう。公爵様の命である。今すぐ出てきて、速やかに城まで来るように」
そんな物々しい言葉を放つのは、突然村に押しかけてきた兵隊さんだった。
この村がある国はグミガム公国。
つまりはこの国の一番偉い人からのお呼び出しがかかったのだ。私みたいな子供に。
しかも公爵様は物凄い悪名高くて、『金狂い公』とか呼ばれてるくらい金関係に執着している人だ。
多分私の噂を聞いて、私を手元に置いて金を生み出す手段にでもするつもりなんでしょうね。
「何てこと…ああ、ヤミナ…」
「くっ、俺がもう少し気をつけていれば…」
「大丈夫だよ、二人とも。別に殺されるわけじゃないし、きっと私が使えるうちは待遇だって悪くないはずだよ」
悲痛な顔をする両親に、私はそう強がって言葉をかける。
でも実際そうだと思う。金の卵を産むニワトリを殺すような馬鹿が国を治められる訳がないからね。
そうしてろくに準備も出来なかった私は、兵隊さんに連れられてお城へと向かった。
ここは公都フィトチネルにある、ミカクトゥース城。
そのお城の中はファンタジー作品でよくあるような豪華絢爛な内装だった。
アニメとかラノベとかで見たことがある描写だったけど、実際に見れて私は少し感動した。
鎧とか本当に飾るんだね。
そんな落ち着かない私を見て、お城の人たちは冷たい目をしてコソコソ話をしている。
見た目がこれだから仕方ないとは分かってるんだけど、こう露骨にやられるとやっぱりへこむなぁ。
そんな事を考えながら歩いていると、一番豪華な扉の前で兵隊さんの足が止まった。ここ?
「失礼致します!公爵様、例の娘を連れて参りました!」
扉をノックした兵隊さんが大きな声で要件を言うと、「入れ」と中から声が聞こえた。
「ハッ、失礼致します!」と言いながら兵隊さんが扉を開けると、中には豪奢な服を着た人と、見覚えのある人の二人の人がいた。
「あれ…ビビンさん?」
中にいたのは行商人のビビンさん。もう一人の着飾った小太りおじさんが公爵様かな。
机の上には、今まで私が開発した品々が並べてあるみたい。
ビビンさんはチラリと私の顔を見ると、「確かに、この娘で間違いありません」と公爵様に頷いた。
ふむ、と顎髭をさすった公爵様は私を値踏みするように全身を見た後、口を開いた。
「娘。貴様がこれらの道具を考え出したというのは本当か?」
自己紹介のやりとりも無く、突然そう言われた私は少し焦りながら返答した。
「は、はい。一応、その、私が考えて作り、ました」
緊張でしどろもどろになった私の返答を聞いた公爵様は、疑わしそうにビビンさんの方を見る。
ビビンさんは「大丈夫です。田舎者ゆえ、緊張しているだけでございます」と返し、公爵様は納得された様子だった。
「ふむ…して娘、貴様の名前は何という?」
「は、はい。ヤミナ・アステカランドと申します」
「アステカ…そうか、まだ幼いが貴様、小悪魔族であったな」
「は、はい」
10歳の私の肌は浅黒いけど、小さなツノは髪の毛に隠れてるし、短い尻尾もズボンの中だ。
瞳は赤いけど、白目はまだ白いまま。白目が黒くなるのはもう少し後なんだって。
だから今の私の見た目はパッと見、小悪魔族にはあんまり見えない。
「下賤の者とはいえ、私は使えるものはきっちり使う主義だ。よって貴様を我が城で雇うことにする。メイドの仕事をしながら2週に一度、私に貴様の知識と発想を献上せよ」
有無を言わせぬ決定を下された私は、「は、はい…」と小さく返答するしかなかった。
ビビンさんは知り合いだけど、ずっと城にいる訳じゃない。
周りに味方も誰もいないこの状況…私自身が信頼と有用性を示していくしかない。
…やってやる。
そしていっぱいお金を稼いで両親に楽をさせるんだ!
10歳の私は決意を胸に、支給されたメイド服を握りしめた。




