034 ポロックの戦い①
〜ミートムート軍〜
ミートムート帝国とフィッシュリア王国の国境線であるプロテイン荒野。
その荒野を見据える小高い丘に、ミートムート軍の作戦本部が設営されている。
「ジビエ将軍!精霊8体、配置に着きました!」
部下の報告を聞き、ミートムート帝国第三軍団軍団長、ジビエ・オニーク将軍はニヤリと口角を上げる。
「うむ。それでは各隊に伝達せよ、5分後に火の精霊の総攻撃を始める。土は防護壁、水は補助に徹せよ!」
「はっ!」
指令を受け、伝令が天幕から駆け出していく。それに続いてジビエ自身も天幕から外へ出て戦場を見下ろす。
「今回の戦争は運が良い。火精霊を5体もこの戦いに動員出来たのだからな」
口髭を触りながら勝利を確信し、クククと笑うジビエ将軍。
今回の戦は第一、第二軍団を抑えて我が第三軍団に現場の全権を任されている。ここで勝利を掴み取り、功績を立てれば、我が第三軍団の名声もさらに高まるというもの。
「見ておれよ、私こそが帝国の筆頭軍団長にふさわしいのだ!フハハ!」
荒野にジビエの高笑いが消えていき、同時に攻撃開始の銅羅が鳴り響いた。
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「打てぇーっ!もっと打つんだゴリタンク!」
小太りの男が唾を飛ばしながら火の精霊に命令をする。この男は召喚士であり、攻撃部隊の隊長でもある、ベコーンという名前の男だ。
「うるっせえな〜、分かってるよ!今やってんだろうが〜」
召喚士の命令にイライラしながらもピャイアン、今は「ゴリタンク」が次々と火球を射出していく。
一つずつ発射された火球は弧を描いて飛んでいき、相手の陣地に届いてはいるが、ほとんど土の防壁に阻まれてしまう。
他の火精霊も火球を打ち続けており、いくつか防壁に当たらない火球は軍勢に着弾するが、一発の火球で倒せる人間はせいぜいが2、3人程度。戦況には対して影響が無い。
「ちっ、土の壁が多すぎる。相手に何人土精霊いるんだよ」
土精霊の作る土の防壁は優秀だ。
確かな質量を伴い、エレメント体の攻撃も物理的な攻撃も防いでしまう。
しかも持続性が高いので、次々防壁を作られると、相手の安全地帯がどんどん増えていってしまうのだ。
「こりゃしゃあねえや。火力上げるか〜」
このままだと埒が開かないと感じたゴリタンクは、生成した火球に【爆発】のスキルを乗せる。
「喰らえや、“悪魔の爆弾”《ポムポムボム》〜!」
ゴリタンクから放たれた大振りの火球が勢いよく一つの土防壁へ着弾。
すると激しい音を立てて火球が爆発し、防壁を粉々に吹き飛ばした。
「よっしゃ!壁の後ろに隠れてたやつらも何人か吹っ飛んでったな〜」
「おお、さすが『爆猿』のゴリタンク!もっとやれ!もっと殺して功績を立てるんだ!」
「さっきからうるっせえな〜、ちょっと黙ってろよ。良い気分が台無しだぜ〜」
そう言ってため息をつきながら、次々と土壁を破壊していくゴリタンク。
それを好機と見た他の火精霊も火球を飛ばすペースを上げていく。
ズゴオォォン!
ズウゥゥン!
次々と土壁が壊されていき、壁を失った連合軍の兵士が焼かれていく。
こりゃ楽勝だなと気を抜きかけたゴリタンクの目に、突如戦場では見慣れない異質なものが目に入った。
「何だありゃ〜?…動く…長い城?」
ゴリタンクの呟き通り、長城のような建物がかなりの速度でこちらに近づいてきている。
建物が動くなど奇妙な事だが、実際にそう見えるのだから、誰もが頭に疑問符を浮かべるのも無理はないだろう。
「な、何かよく分からんが、打て!打てぇー!」
隊長であるベコーンが叫ぶと同時に他の召喚士も命令を出し、火の精霊達が長城に向かって一斉射撃を始める。
しかし長城はまるで蛇のようにスルリスルリと火球をかわし、着弾した部分も即座に元通りに修復してしまった。
「ちっ、俺がやる!喰らえ、《ポムポムボム》〜!」
ゴリタンクが3つの大火球を連続で発射する。
二つはスルリと躱されたが、残り一つは確実に当たる。
そう思った瞬間、長城の脇から勢い良く土が盛り上がり、極太の手のように変形した。
その手が大火球を受け止め、轟音と共に破裂する。
しかし、手の半分ほどが吹き飛んだだけで長城には一切の影響がなく、手もすぐに修復されてしまった。
「おいおい、嘘だろ!当たらねえし、当たってもビクともしねえじゃねえか〜!!」
自分の得意技を完封されて驚愕するゴリタンクと他の火精霊たち。その間にも長城は最前線まで迫り、こちらの陣地へ入り込もうとしてくる。
「だ、だがそれだけだ。あんなもの囲んでしまえば問題なく叩き潰せるだろう。あの中に操っている土精霊もいるはずだ、そいつを殺せ!」
そうベコーンが叫んだ瞬間、長城の先頭に開いた穴から連続で火球が飛んできた。
スゴン!ズゴゴン!!
「ぎゃあぁーー!!」
火球の直撃を受け兵士が数名やけ飛び、その着火地点から更に広い範囲に炎が広がる。
広がった炎に焼かれ、一人また一人と戦闘不能者が増えていった。
「くそっ、やられた!中に火精霊もいたのか!急いで水精霊に消火するよう伝達しろ!」
ベコーンの指示で伝令が動き、場は慌ただしくなる。こうしている間にも敵陣地には土壁が量産されているし、まずこの長城をどうにかしないといけない。
「あの長城を囲んで攻撃しろ!ゴリタンクの魔法を防げるのはあの手だけだ、隙をついてゴリタンクが胴体に爆発の魔法を打ち込むんだ!」
「それしかねえか〜、じゃあ俺は側面にまわるぜ!…って、離れられねえからお前も来るんだよ」
そう言ってベコーンを引っ張っていくゴリタンク。
いよいよ長城がミートムート軍側へ乗り込んで来た時、ようやく中にいる精霊の顔が見えた。
「…あっ、あいつ!ウンコ野郎とつるんでるセミ野郎じゃねえか〜!」
長城の中にいたのは精霊郷で見たことがあるポロックと、鹿みたいな角を生やしたふくよかな火精霊、それと召喚士であろう二名の人間だった。
たった2体の精霊に良いようにやられた事に、ゴリタンクは怒りを覚える。
「う、嘘だろ…こんなものを一人で…?下位精霊じゃまずありえないだろ…」
しかし、自軍の土精霊から漏れ出た驚きの声を聞き、ゴリタンクはふと我に帰る。
「どういう事だ〜?そんなにすげえのか、あの長城が」
ゴリタンクは、四角いブロックを組み合わせたような姿の土精霊にそう尋ねた。
「あ、ああ。あれは多分建物を生成しながら進んでる。いや、自分の先の空間に建物を増築して、後方のいらなくなった部分を消してるんだ。そ、そんな術の使い方は今まで聞いたことがない」
「だから何だよ、動く家がそんなすごいことなのか〜?」
「バカ!考えてもみろ、その生成と消滅を繰り返しながら、動きを完全に制御して攻撃を避けてたんだぞ!しかも動きながらあの巨大な手の生成、更にその手の操作もしている。そして難なく修復も同時にやってるんだ!一体どんな頭の持ち主だよ、そんな演算進化しても出来ねえよ!!」
それを聞いてゴリタンクは血の気が引いた。
俺にそんな事できるか?…いや、無理だ、出来る訳ねえ。頭がおかしすぎる。
そんな奴が無策で敵地に乗り込むわけがねえ!必ず何かやってくるはずだ!
ゴリタンクは微かに震えながら静かに戦況を見守った。
だが予想に反して、長城は単発の攻撃をしてくるもののそれ以上はなく、やがて長城の完全な包囲網が完成していった。
「へ、へへ…何だびびらせやがって…」
じりじりと数千の兵士が長城へ近づき、火精霊たちが攻撃の準備をする。
ゴリタンクは確実に長城を破壊するため、側面からの攻撃を準備する。
「打てぇーーーっ!!」
ベコーンの号令とともに火球が生成された、次の瞬間。大地が揺れた。
地面から一際巨大な土壁が盛り上がり、長城を囲むように何枚もの巨大な壁がそそり立ったのだ。
「ちっ、また防御かよ〜…」
非常に分厚く、天をつく程に高い壁達を見上げ、こりゃ破壊するのは大変そうだとゴリタンクはうんざりとした。
しかしその考えはすぐに否定される。
大壁の根本がバコンと音を立てて綺麗に折れたのだ。
パコッ
パコココン
「えっ?」
誰もが呆然となって壁を見上げている。
全ての大きな壁が、少しずつ少しずつ自分達に迫ってきていた。
その事にようやく気づいた隊長、ベコーンは力の限り絶叫した。
「に…逃げろぉーーーーっ!!壁が倒れるぞーーー!!!」
最初はゆっくりだった大壁が重力に乗り、勢いを増して地面へ倒れていく。
そしてその巨大な質量は、激しい音と地響きを奏で、数千の人間と精霊を押し潰したのだった。
ズウウゥゥゥン…
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「…よし、計画通りだよね」
轟音と砂煙が止み、状況を確認したセミのような土精霊ポロック、今の名前で言うと『ムシマル』は、自身の思い描いた通りに作戦が成功したことに安堵する。
この大壁を使った一網打尽作戦こそが、危険を犯してまで敵陣に乗り込んできた目的だ。
今回使った列車作戦も壁を使った質量作戦も、元はウンポコにより発案されたものだったが、それが思った以上の成果を上げた事にムシマルは内心で驚いていた。
「…やっぱりウンポコはすごいよね」
友人の優秀さを再確認したムシマルは一つ頷き、長城へと戻って二人の召喚士と火精霊の無事も確認した。
「あっ、ムシマル!ど、どう?周りの敵はやっつけた?」
「…大丈夫、みんなやっつけたよね」
駆け寄ってきた今回の召喚士の少年に、ムシマルは外の様子を告げる。
「素晴らしい。ムシマルさん、本当にお疲れ様でした」
優しくねぎらいの言葉をかけてくれたのは、火の中位精霊のセントル。ウンポコの言うところの「仏様」のような風貌をし、頭に鹿の角を生やした穏やかな精霊だ。
「一時的に周りに敵がいないだけだよね。今のうちにここを離脱するのが良いよね」
「ああ、十分ダメージは与えたし、一旦自軍へ戻ろう」
周りに敵軍がいる状況なのは変わらないので、とりあえず危険なこの場からの脱出を図る。
その提案に火の召喚士が同意し、ムシマルが長城を自軍へ向けて動かし始めたその時、閃光が瞬いた。
スゴッ、ドオォーーン!!!
激しい爆発音と共に、長城のおよそ半分が吹き飛ぶ。破壊の衝撃がムシマル達を襲い、ムシマルは咄嗟に自身の召喚士を土壁で覆った。
——ボゴオォォン!!
「あっ…」
二発目の爆発により、目の前で火の召喚士とセントルが爆炎に巻き込まれた。
召喚士は炎に包まれて見えなくなり、セントルは淡い粒子となって消えていった。
召喚士が死んだのかセントルが死んだのかは分からないが、ムシマルが窮地に追い込まれたのは揺るぎない事実だった。
「う、うう…。ムシマル…回復薬が全部割れちゃった…。う…か、体が痛いよ…」
「…大丈夫、すぐに戻って回復薬を飲ませる。少しだけ…少しだけ頑張れるよね」
ムシマルが召喚士に目を向けると、直接の爆発には巻き込まれなかったものの、衝撃であちこち体をぶつけたようで全身血まみれになっていた。
「これはマズイよね」と、即座に小さなサイズの建物を作り、召喚士を包むが、それを許さないと言うかのように次々と火球が飛んできた。
「“触手の防壁”《フリーウォール》だよね」
ムシマルの作った建物からニョキッと巨大な腕が生え、爆発によって破壊されながらも大きな火球を防ぐ。、
しかしその他の火球は防ぎきれず、建物に直撃。その半分が崩壊し、血まみれの召喚士が露わになった。
「ったく、手間かけさせやがって…。何人か精霊も潰れちまったし、俺もちょっと危なかったじゃねえか〜」
そう言って悠然と前へ進み出てきたのは、ムシマルも精霊郷で見た事があるゴリラ型の火精霊だった。
「…ピャイアン、だよね」
「お前、その名前で呼ぶなよ〜。今はゴリタンクってんだ、セミ野郎」
後方に2体の火精霊と召喚士たちを従え、ムシマルを逃すまいとするゴリタンク。
目の前のゴリタンクに注意を向けながらも、ムシマルは先ほど破壊された建物を瞬時に再生して穴を塞いだ。
自分はコアが破壊されない限り死なないが、召喚士が死んでしまうと一発退場だ。
少なからず時間を共にし、臆病だが気の良い人間を目の前で殺されるのは、人間への情が薄いムシマルでも嫌だった。
「心配すんな、召喚士には手を出さねえよ〜。『まだ』な」
しかし、ムシマルにとっては有難い提案がゴリタンクの口から飛び出る。
何故?と首をかしげ、ゴリタンクの言葉の続きを待つムシマル。
そして宣告される。
「お前、ハッキリ言って危険だわ〜。下位でこの強さなら進化したら俺の手に負えねえ。だから、この戦争で仕方なく、これは仕方なくだからな〜」
そうしてゴリタンクは下卑た笑みをムシマルへ向けた。
「だから、ここでお前は確実に殺す〜」




