第07話 家
「そう言えばお風呂とかどうすればいいの?」
部屋の掃除中、アスナがクレアに問う。クレアはああしまったと言った。
「勘違いさせてしまった。えっと、ここはあくまで事務所なんだ。家は別にある。隣の部屋の扉がそこにつながっているんだ」
「じゃあ、仕事はこことか回転扉からしに行って、家はここから帰るんだね」
クレアは頷く。
「そっちの家はアイスランドにあるんだけど……」
地理に明るくないアスナは若干混乱したけど、イギリスの斜め上らへんの島だったっけと頑張って思い出す。
「そこも回転扉でつながってるの?」
「そう。行ってみる?」
行きたい! とアスナは即答し、クレアはわかったと言って掃除していた雑巾を置いた。
***
アスナの部屋の隣に、もう一つ扉があった。よく見ればそれはすこし古ぼけていて、気の質感が重い。
「詠唱は『狭間』に行ったときと同じでいいよ」
──*******、*******、*******。
世界が流転する。そして、ふわりと足が着地する。その場所は、フィンランドよりも少しだけ寒かった。
「ここはアイスランド。で、これが家」
アスナは首を持ち上げると愕然とした。でっか……。
それはもはや家というか邸宅だった。
「俺は事務所の掃除に戻るけど、中を見てく?」
「え、いいの?」
「うん。リックが案内してくれるよ」
『別料金を頂くぜ~』
そしてクレアが先に帰ると、シンと静まり返った家にアスナと黒猫のリックだけになる。猫は若干雑だが、生真面目に全ての部屋を教えてまわってくれた。この家のルールもサービスで。
家を周り終えた頃、リックはふと言った。
『ホントにオマエはアイツの女じゃないのカ~?』
「う、うん。違うよ。弟子になるの」
『ふぅん。じゃ、あいつは死ぬ覚悟を決めたんだナ』
その言葉がのどに刺さった小骨のように気になって、私はリックを引き留める。
「それってどういう意味? 死ぬって──」
『聞いてねーノ? アイツ吸血鬼だから血を吸わないと死ぬんだけどよー。襲うのは悪いことだとか、抜かしてやがんダ。んで定期的に吸える相棒とか女でも探せよって言ったんだが──あれちょっとどこ行くン』
アスナは走った。リックの言葉を最後まで聞く前に。走った。
マフラーを取って目の色を変えたのも、結婚っていきなり言い出したのも全部──。
アスナは走った。回転扉をぬけて、フィンランドに戻った。クレアはいない。事務所の机には置手紙があった。
「ごめんアスナ。錬金術師の全てについて教えることはできない。体力的に限界だ。でもあの家の道具と、本と、ルインやリックがいれば、多分君は立派な錬金術師になれる。投げっぱなしにしてごめん。こんな俺と、向き合ってくれてありがとう。さよな──」
アスナは気が短い。最後まで読んでやるもんかと走る。走った。ヘルシンキの街を、薄暗くなり始めた白夜の町を──。
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