第04話 吸血鬼
「ここは純喫茶『狭間』。世界と世界の隙間にある空間に存在する喫茶店です」
クレアが端的に説明したが、アスナにとっては何も端的ではなく彼女の頭上には疑問符がいくつも浮かんだ。
「そもそも『こういうこと』ってありふれてるんですか? その……錬金術? 魔法?」
クレアはこくりと頷いた。
「少なくとも俺にとっては。子どもの頃からずっと見えていましたから」
「何かきっかけが?」
「よくわかりません。『彼ら』は気まぐれなので」
するとアスナも彼らの気まぐれでこちらに来てしまったのかと思った。彼女の場合、それは決して悪いことではなかったけど。
「それにしても、やっぱりあなたは順応性が高いですね? 模擬虫の時も、今も」
「……たしかに」
それはクレアが原因でもあるとアスナは思った。クレアがあまりに当たり前かのように振る舞うから、いちいち驚いてもいられない。それに、単純に不思議なことを前にするのが楽しいというのもあった。
そう、彼女は驚くというより、知れることを楽しんでいた。クレアはその姿を見て、錬金術に向いていると感じたのだ。
彼は思っていた。世界のありのままを、色眼鏡なくありのままとして受け入れられることこそ、美しいと……。
するとその会話の合間に、誰かが動く音がした。
「……クレアか」
バーカウンターの奥の暖簾からぬっと鋭い目つきで登場したのは大柄な男性。アスナはひゅっと小さくなりびっくりしてしまう。
とても低い声で、必要最小限の語しか話さない。
「ルイン。ココアを一杯お願い。俺のにはウォッカを入れて」
「……わかった。……だがツケはなしだ」
「ええ……、今月厳しいのに」
──ん? 未成年じゃないのか?
「クレアさんって……いくつ?」
「俺ですか? もう数えるのもやめてしまいました」
どういうことだ??? 見た目は18そこらの青年だのに。
「俺、長命種なんです。ハーフだから」
「えっと、なるほど?」
アスナは混乱したが、もうあるがままを受け入れようと諦めた。なんというか落ち着いた様子から、自分よりずっと年上の様な気もしていたのだ。たまに見せる犬歯むき出しの笑顔はもっと幼いけど。
「ややこしいので、敬語とかなくていいですよ」
「あっ、うん。えっと、私もそれで」
じゃあふたりともタメ口で、と笑ってみせるクレア。敬語は会社を思い出すので、実は使うのも使われるのも疲れるのだ。
「……ココア。……片方はウォッカ入り」
ルインと呼ばれていたバーのマスターは、エプロンをしながらクレアをねめつける。
「人間の女の子を弄ぶのはやめろ」
女の子って私のことかなとアスナはややきゅんとした。26歳ニートなのに。しかし弄ぶっていうのは何のことだろう。
「ううん、今度は助手だよ。第一、俺はもうそういうのはやめたんだ」
え、なんだか聞いちゃいけないことっぽい……。
「少女。気をつけろ。コレは吸血鬼の血族だ。魅了されるな」
低い声で、恐らくアスナを慮ってそう言うルインにこくりと頷くアスナ。クレアは溜息をつく。
「俺が悪者みたいじゃん……」
ルインはしらーっとした目でクレアを見た。彼の過去に何があったんだろう。ちょっと気になる。この人会ったばかりでいきなり結婚とか言い出したしな……。
でも実際、クレアはとても綺麗な顔立ちをしていた。だが、恋愛や結婚は、今アスナの中では割合の低いことだった。それよりもアスナは自分の進退について考えなければならないのだ。
「あ、そう言えば私、アスナ。三笠アスナ」
「聞くの忘れてましたね」
「敬語だよー」
「なかなか抜けないものですね。……あ」
アスナはクスッと笑う。
「よろしく、アスナさん」
ウォッカ入りココアをすっと飲むと、クレアはその綺麗な瞳をこちらにちらと向けて言った。
「じゃあさっそく話すよ。錬金術について」
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