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第02話 擬態虫

「俺はクレア。錬金術師をしてます。あなたには才能がある」


 アスナはぽわっと彼を見あげる。


「俺と結婚してくれませんか?」


 アスナの目が点になる。


「は?」


 結婚? 結婚て、結婚か? 出会って1分も経ってないのに……? え? ええ??


 しまった初対面の人におもいきり訝しげな目を向けてしまった、とアスナは瞬時に反省をする。でもクレアもはっと口を押さえ、何を言ってんだ俺はと反省している。


「あ、いえ。結婚は忘れてください。──大体錬金術とか、突然言われてもですよね……」


 ぽりぽり頭を搔くクレア。はあ、としか返せないけど、例のキモ宝石虫については未だにちょっと気になるアスナ。結婚という単語は唐突でびっくりしたので一旦頭からどこかへ追いやることにした。


「あの、それ」


 ひゅいっと指すと、クレアはその宝石虫を手の甲に乗せて指の背で撫でながら見せてくる。


 やっぱりちょっとキモいけど、その虫の虫っぽくない動き──アスナは童話に出てくるコミカルな虫を思い浮かべた──に、すこし警戒心がとける。


「こいつは擬態虫(ファンブル)。鉱石や結晶に擬態して、その生涯を終えるときには本物になる。今は緑玉髄になってます」


 アスナにはクレアが何を言っているのか分からなかったが、そのメロンソーダみたいな身体がおもしろおかしく動くのが、だんだん可愛く思えてきた。


 少し手が伸びる。


「あ、腹で触ってはいけない。この種の生き物は物事の表裏を酷く気にする生態があるんです。こいつの場合は裏が好き」


 だからクレアは手の甲に乗せていて、指の背で撫でた。アスナはそれを理解して、そっと指の裏側で撫でる。


「……やっぱり錬金術の才能がある」

「でも、その、なんで?」


 クレアは擬態虫(ファンブル)に目を向けた。


「普通の人には見えないから」


 アスナは幼少の頃から、少し夢見がちな子だった。


 両親に甘やかされて育ったからだと、大人になってからアスナはそれをコンプレックスに思っていた。


 周囲はいつも「現実を見ろ」と言う。


 そしてそれは往々にして正しく、正しいが故に鋭く、厳しい。


 それから彼女は「普通」になろうと意識的に行動した。夢見がちな思索をやめて、現実に目を向けて、合理的に人生の駒を進めていった。


 いつしかアスナに夢はなくなって、仕事という現実もなくなった時に、彼女にはもう何も残ってはいなかった。


 都内で暮らすのに疲れて、アスナが地元に帰ると、家族は変わらず優しくて、ほっとして涙が出た。


 そんな時に、クレアと出会う。


 普通の人には見えないという虫をアスナの頭の上で捕まえる、変な青年。


 アスナは押し殺していた気持ちを、圧し殺してきた自分を、もう縛らなくていいのかもしれないという気持ちになった。


「この虫は裏を好みます。日向より日陰を、嬉しさよりも悲しみを。あなたの元にいたのは、あなたが裏だから──」


 裏か。アスナはその言葉が自分に当てはまるなと思った。


「だからこの虫があなたの元を離れるまで見ていればいいんです。裏が表になるまで」


 ふっと頭をあげるとクレアは相変わらず、銀色の狼みたいな髪を揺らしていた。


「あの……もし良かったら、うちで働きませんか? あなたの心が日向になるまで」


 アスナは差し伸べられた手を瞬間も迷わずにとった。だからクレアは少し驚いた。


 でも三笠アスナはもう決して自分を殺してなるものかと思った。


 面白いと思うもの、好きだと思うこと。


 決して逃げないで、触れていきたい。


 そんな素直な人生を歩みたい。


 それが擬態(ニセモノ)でも、死ぬ時に本物になれるなら──。


「やります。何も知らないけど、沢山知りたい。教えて欲しいです」


 クレアはニッと笑う。印象的な犬歯。


「じゃあ行きましょうか。店はあちらです」


 クレアに引かれて立ち上がり、アスナは一歩を歩き出す。


 擬態虫(ファンブル)はアスナの肩にのり、少し居心地悪そうにしていた。もうそこは日向だよ。

貴重なお時間を割いていただき、お読みいただき誠にありがとうございます。


お気に召しましたらご評価いただけますととても嬉しいです……!


ご意見・ご感想もいつでもお待ちしております。

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