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幾百幾千幾万も過ぎても  作者: アロエ
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二人でも怖い



外へと繰り出せば初めて出会った時とは違い銀の髪から黒の髪へと変じた森の王が待ち構えていた。


絶えず黒い涙を流しながらも彼女の姿を見ては体の力を抜いていくように纏う雰囲気が変わり、荒れ狂ったような表情までも緩んだようであった。



『我が愛しきものよ、何も言わずに離れてここへ置いていってしまって済まなかった。悪しき者たちには天罰を与えてきた。これで何も心配することもなくなった。安心して私の元へ来るが良い』



含みあるその言葉にゾッと背筋に悪寒が走ったがぐっと堪えて彼の元へと歩みを進めていく。


自分に覚えがなくとも二百年以上も待たせた異常者だ。


下手に抵抗すればそれこそ次の転生を望まれ体を求められ殺されてしまってもおかしくはない。


ならば何もされないと言う確証が得られる今の内に森の王の人となりや考え、そしてこの生以降付き纏ったり過度に迫る事を諌め、止めさせなければ。



未来永劫自分は囚われ続ける羽目になる。



恐怖と嫌悪に足元が覚束なくなり揺らぐも森の王が手を伸ばし支えようとの意志を見せてくる。咄嗟に払い叫びたくなる衝動を抑えて、息を整え、狩人たちを振り返る。


皆頭を垂れてこちらを見ていないが拳は握られ、ぶるぶると体を震わせているものもいる。あの年老いた男もだ。



「……短い間でしたがお世話になりました」



嫌味ではなく、彼らの心も慮っての言葉だった。


会話が叶うまで転生を何度繰り返したのだろう。罪を告白し、謝罪したくともそれが叶わない事は彼ら一族にどれだけの苦痛と罪悪感を植え付けただろうか。


彼女の言葉に年老いた男の体が一際大きく揺れた。


それを知ってか知らずか森の王は愛おしそうに彼女に向けていた目を眇めて、彼らに移すと肯いた。



『確かに。お前たちも何百年とよく私に仕えてきたものだ。褒美を与えた事も目立った祝福を与えた事もなかったものを。……今世、人として生まれた私の妻を見つけ出した褒美を授けよう。眠る前に私の名を口遊み、願いを一つ言うがいい。私に叶えられる願いならば叶えてやろう』



戸惑い、顔を上げるか悩む気配が一瞬流れたが皆顔を伏せ直しありがたき幸せ、と声を揃えて森の王の言葉に謝辞を表した。


そしてまた森の王は彼女に視線を戻しぎこちなく微笑むようにして笑う。


怖がらせたくない、嫌われたくない、そういった思いが透けて見える。


微笑みかけることすらきっと始まりの彼女を得るまで彼には親しみのないものだったのだろう。


……しかし黒い涙も相俟って、とても不気味だとしか言いようがない。



『では、そろそろ行こう。私たちの住まうべき場所へ』



努めて優しい声音もまた慣れない様子で固く聞こえる。


本当にこの人は過去に人の王だったのだろうか、と嫌悪以外にも彼女は思ってしまった。


あまりにも隠しきれていない喜びやぎこちない所作。狩人たちの前での堂々たる振る舞いと差がありすぎる。


そんな感情を抱きつつ、肩を抱かれぐにゃりと歪み始めた景色に若干の動揺を示しながら強く目を瞑り、ふわりとした浮遊感を味わって上から声が降った。



『もう良いぞ。思えば長くこのような方法で運んでやった事もなかったな、怖がらせたなら謝らねば。済まない』


「……いえ、平気です。ご心配には及びません」



どんな些細なものでも弱みとして取られてはと素っ気無く答え俯いては何故かより森の王が喜色を浮かべた。



『一番初めに出会い、私が恋し心奪われたそなたによく似ている。目鼻立ちは異なるが、その頃も強く美しい気高き姿で私の助けも介さないほどであった』



そんな姿にも自分と似通うところを感じ心惹かれたのだと言うが、きっと真実はそうではない。


己の意志も関係なく連れ去られるようにして家族と引き離され、恋人や友人も許されず閉じ込められたまま。


今の自分と同じく恐怖と絶望を覚えていたに違いない。森の王の上辺だけの優しさや善意で差し出された手を拒絶するくらいに。



「……陛下は学ぶべき事が多くありますようで」



これは嫌味だ。自分とその他の歴代の娘たちの分も乗せた恨み節と言っても過言ではない。


さらわれてここにいるのだから当然だと放った言葉の刃を、しかし森の王には通じなかったようでよくわからないと言うような少しあどけなさも滲む顔をして彼女をじっと見据えればそなたが言うのならばそうだろう、と返答にすら疑問符がつきそうな響きで。


そうして漸く歩き出しては森の風景とは異なる場所にいる事に気付く。


どこか見覚えのあるような大きな大きな城の中庭らしき場所で、そこから森の王に手を取られて廊下を渡り、離れた一室の前で森の王は立ち止まると大仰に振る舞った。



『ここが私と……今世は何と名をつけられたのだ?もし、差し支えなければ教えてくれないか』


「私の名前なぞ覚えたところで数十年で死んでしまう命ですもの」


『そうかもしれないがやはり愛しいものの名は記憶に刻んでおきたいものなのだ』


「……ではミューと。お恥ずかしながら私が親しい方のみに許しております愛称にございます」


『ほう!そうかそうか、ならばそれを呼ぼう』



本名とは似ても似つかない偽名だ。しかし森の王は鵜呑みにしはにかむようにして幸せを噛み締めている。


記憶を覗かれた事を、彼女は知る由もない。



『ミュー、ここが私たちの部屋だ。……ああ、しかしまだ今世では出会ったばかりだ。もし別の部屋が欲しいと言うのであれば用意しようか』



よほど機嫌が良くなったのか。そんなことまで提案しだす森の王にしかし本来ならば問答無用であったものを、覆す事ができるならば乗るしかない。


令嬢として身につけた愛想笑いをし眉を若干程度下げて頷く。



「ええ。そのようにして頂ければ。やはり出会って間もない男性ですと、恥ずかしくて……。それに身なりを整えるのも男性の前では」


『今世は身分のある令嬢として生まれていたんだったな。ならば、側仕えも作っておこう。この娘たちに身の回りの世話をさせるといい』



廊下に向けて森の王が手を振れば床から土くれのようなものが盛り上がり人の形を象って古めかしい城勤めの侍女といったような格好の女性たちが八人程現れ、彼女ににこやかな笑みを向けてこちらへどうぞと王の私室より近い部屋へと誘った。


広い城の一室しか使う予定もなかったというのに案内された部屋は彼女の好みを知り尽くしたように、カーテンから家具から壁に床も用意された服さえも。



「すごい」


「お気に召しましたか?」


「奥様にお喜び頂けたなら幸いです」


「……奥様だなんて。まだ何もないのだから止めてくれないかしら」


「失礼致しました。ではどのようにお呼び致しましょう?」


「お嬢様で。その方がまだ慣れているから」



森の王の眷属であったとしても否定もなく望むままに呼び方を変える彼女らに小さく息を吐き出した。



「まだ始まったばかりだもの。これからよね」




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