一人は怖い
昔々、遠い昔の話です。
とある国に並外れた力を持つ国王と、彼に見初められた娘がおりました。
彼らの出会いは偶然で、その強大な力から恐れられ遠ざけられ孤独に苛まれていた王を癒やしたのが娘だったのです。
王は娘が献身的に自分に尽くすのを見て初めて愛を知りました。
娘は王とは知らずに王がひどく打ち拉がれた顔をして立ち尽くしていた為に声をかけ、傷の有無を窺い、帰る道を知らないのか、そう問いかけただけでしたが王は彼女と魂に執着します。
「その身が朽ち果てるとも、お前は、お前だけは私のモノなのだ」
娘を強引に囲い込み己の手元に置いて心を満たした王はしかしそれ以外に彼女には求めず褥をともにする事もなく、ただただに共に生き、共にあることだけを望み常よりそのような事を囁やき落とし娘を大切に大切にと縛り付けました。
けれども娘は頑なに王を拒みました。力があれども、権力を持とうとも、食うに困ることもない一生を遊んで暮らせる環境を許されようとも。
愛を知ったばかりの王は、初めの一歩を間違えてしまったのです。
ある時、王が少し目を離した隙に娘は自害を試みました。
王の異様な執着から逃れたくて仕方がなかったのです。娘の命が消えかけているのを見た王は躊躇なく呪いにも似た言葉を放ち、意識薄れゆく娘に聞かせました。
「幾百、幾千、幾万に過ぎ去ろうとも、私はお前を妻として選び側に置き続ける。一度の別れなどないにも等しい」
娘の玉の緒を掴みながら王はその身に宿る全ての力を解き放ち、その地の神や民を喰らってまでも娘と自分の因果を結びつけ娘を放ちました。
それからその森には森の王と、森の娘と言われる娘が生まれるようになったのです。
鬱蒼と茂る木々の中を獣を追い立てる何かと、一匹の獣がガサガサと道なき道を突き進み逃げる音が響いている。
杖を持つものが獣の行く手を予測して進行方向に土の壁が出現させれば獣は寸前で方向を変え体を翻し狩人たちに威嚇の声をあげ一か八かと反撃を企て……。
『我らが主よ、どうかその御手にてお力を授けたまえ!』
訛りの強い言霊を紡げば蔦のような植物がその獣へと絡み獣は苦悶の声をあげ暴れるもそれから逃れられるはずもない。
七人の狩人の姿をした者たちが捕らえた獣に近付いてはその顔と体をじろじろと眺めて意見を交わす。
「雌だな。それに言い伝え通り“髪は透き通るような白、目は宝石のような紫”だ」
「やはりこの御方で間違いない」
「早速儀式の場に届けよう。あまり長い事共に歩めば彼の方の気に障り、祟られるやもしれん」
頭部と剥き出しの胸部は人間の女、体は四足歩行の獣を拘束し直して彼らは森の奥深くへとそのまま急いで進んでいくが、不思議な事にその進みを手伝うように木々が彼らを避けて道が勝手にできていく。
他の生き物たちも遠退いていけばやはりこの獣こそ主の望んでいるものだと彼らは確信を抱いて儀式の場と言われる広い空間へと降り立ち、獣を広場の中心へと運び素早く離れて森との境まで下がると一人の狩人が声を張り上げた。
「森の王よ、我が主よ。森の娘を連れて参りました」
さわさわと木々が風に揺らされて木の葉がさわめく音が暫し起こる。その後にどこから生じたか煙のようなものが獣と少し離れた上空にと集まり何者かの声が呼応した。
『私の妻。私の寄る辺。……ふむ、此度はその獣となったか。それも良かろう』
煙が更に集約し獣の目前へと降りてくれば色を濃くしていき、やや時間をおいた後にその煙より足が現れた。雌の獣と同じ獣の足が。
雌のものよりも大きく爪も確りとしたその足が四つ。そして胸部と顔のみ人間に似通うそれはまさに差し出された獣と対をなせる同種のもの。
雌の獣も驚いたのか目を見開き固まってその雄を地より見上げていた。
『幾百、幾千、幾万の契りを』
森の王は精悍な顔立ちと青年らしい若い声音でそう落とし、戒めを受け動けない雌へと顔を寄せ吐息のように煙を吐いた。
吐き出された紫煙は雌の獣の体に触れ吸い込まれるようにと消えていく。そうして時をおかずブルルと獣の雌は体を震わせ表情を歪ませた。呼吸も荒くなっていけば拘束を受けたままに尾を真っ直ぐに立て、雄を迎えるに相応しい体勢を自ら示した。
森の王はそれを見据えて顔を上げるとゆっくりと歩んで彼女にのしかかるような位置へとつき。
獣の交わりが始まった。狩人たちも声を殺して目を伏せ終わるのを待つ。
複数回と念入りに森の王は彼女と番った後に繋がりを断ち、食らいついていた項からも口を離すと労るように傷を暫し舐めてから彼女を解放した。
『血を繋ぎ、またそなたが生まれてくるのを待つ』
実らなければまた招く。そう言い終え森の王は煙となって再びどこかへ姿を眩ませた。
疲労困憊の様子の彼女にまた恐る恐ると狩人たちが近付き、拘束するために巻き付けた蔦のようなものを切り落としてやるが動く様子もなく、ぐったりと身を横たえているのを狩人の中の一番年若い男が気の毒そうに眺めた。
「孕んでいるといいんだが。このような事を繰り返させるのは哀れだ」
「滅多なことを言うでない。森の王の怒りを買うぞ」
言いながら年嵩の狩人が彼女を抱えあげ、他のものも慎重にその体を持ち上げ儀式の場から離れるべく森へと戻った。そして彼女の身を恭しく大地へ下ろし各々に離れていく。
森の娘には森の王の加護がある為にか本来であれば他の獣に襲われるであろう隙のある姿を見せようとも惨事は起こらず、十分すぎる時間が過ぎた頃に漸く彼女はよろよろと身を起こしたかと思えば交わった箇所が気になるらしく獣の足をひょこひょこと上げたり匂いを嗅ぐような仕草をしていたが、狩人たちがまだ遠目に自身を見ている事に気付くと威嚇の声をあげ森の中へと消えていった。
それからまた数百年経った。森から離れたある王都にて。
透き通るような白い髪に、紫眼の娘が己の婚約者から謂れのない罪を着せられ国を追われようとしていた。
公衆の面前にてつらつらと告げられる覚えのない罪の数々。調べたという証拠も証人も怪しい。
彼女は溜め息まじりに婚約者とその新しい愛する人とやらのやりとりを眺め、言い返すところは確り返しながらも兵を向けられれば抗う事なく粛々と刑を受け入れる旨を伝えた。
まともに相手をしても無駄だ。それに自身の家族もそこまで頭が悪いような者たちでもない。
まして婚約者の父母は国の王に王妃。このような馬鹿げた断罪や横暴を許すとも思えない。すぐさま情報は届き様々な者たちが掲げた正義の旗は折られ、それこそ大粛清が行われるだろう。
よって、彼女は座して待つのみ。
追放先が恐ろしく野蛮な古王の森などであっても幾らか体術も学んでいる為に、助けが来るまでの二、三日くらい。その程度の思いで馬車から降ろされ、森へと追い立てられても眉一つ動かさずにいたのだ。
ところが。
「探しました。二百年あまり貴方が生まれず、王も心穏やかではありませんでした。どうぞ、お早くお目通りを」
森の中を幾らか進んだところで高い笛の音がピィーと響いたかと思えば木々の色の装いに身を包んだ男共が現れ、これはと身の危険を感じ構えたところで男共が膝をついて頭を垂れた。
わけのわからない言葉がついたが、王との言葉に咄嗟に自国の王の顔が浮かびやはり前もって婚約者の動きを読んでいたのだと肩から力を抜き、それならばと彼らの言葉に従い歩きだす。
恭しく、足場が悪くはないか、疲れや空腹はと具に確認されて苦笑しつつもそこまで無体もされていないと答えて開けた場所にと行き着き目を丸くした。
大きな何かがあったらしい痕跡。崩れた遺跡にも思えたが彼女は城であったのではないか、そう考えが至った。
そしてこの場所にはいたくないとも。
嫌悪感と困惑に後退りかけ、どんと後ろにいた彼らに当たり慌てて謝ろうとして両手を捕まれ強引にとその開けた場所の中心にと歩かされ、不意に手を離された。
「こちらで暫しお待ちを。我が主、森の王が参られます」
「もりの……?」
聞いたことのない誰かを示す単語に眉を顰め、離れて行く男を見、自分も離れようと足を踏み出そうとして足が動かない事に気付き咄嗟に足下を見やる。
蔦のような植物が両足首を捉え、地に張り付けていた。
有り得ない事象に益々と驚きと焦りを抱き、屈んで足首に巻き付いたそれらを毟り始めた。
『二百年も生まれず、私の目を盗み外に血筋を逃した上で魂を移し続けるとは、酷な事をするものだ……』
男の少し苛立ったような焦りを帯びたような声がどこからか響く。
顔を上げれば真っ黒い煙が集まりその中から人間の姿をした何かが現れ、銀の髪に赤い血のような眼をした男がじっと食い入るように彼女を見据えて降り立った。
悍ましい。
整い精巧に作られたような顔立ちをしている筈のその男性を見て、彼女が最初に抱いた感情だった。
「私に触れないで!!」
思わず出た声は足を踏み出そうとしていた男に危機感を抱いたからだろうか。
真っ青な顔をしながら動揺に瞳を揺らして、過呼吸じみた呼吸で首を振って嫌がる。
彼女の明確な拒絶に後ろにいた男たちが息を飲んだのが伝わった。
『……何をそんなに恐れる?お前を傷付けるものは何もない。お前には生まれる前より私の加護があるだろう?幾百、幾千、幾万、離れていても何が齎されようともそれは変わらない』
毎度彼女が生まれ変わる度に告げる言葉を淀みなく口遊み、彼女の怯えに僅かに首を傾けて男は一歩、また一歩と彼女に近付いてそして屈みこんだ彼女に合わせてその場に屈み鼻が触れ合いそうな程の近さで目元を微かに緩めた。
『待っていたお前が生まれるのを。虫であろうと獣であろうと、お前が私の領域にいれば交わり次へと繋げられたものを。どうやって私の内より抜けたのか。しかし戻って来たのであれば咎は与えない、私はお前がいさえすればそれで……』
「ヒッ……」
『……ひ?火を見たいのか?どのようなものだ。青か、赤か。白か、それともそれ以外か』
人と話しているはずであるのに適切な応答にならない。
ガタガタと彼女は震え始め涙すらぼたぼたと流れ酷い顔だ。
『何故泣く?!馬鹿な、私の加護に不備があるはずが!』
ぎょっとして男が彼女を見、慌てふためきながら両の手にそれぞれ光と炎を灯し口からも煙を吐いて己の力でもって彼女の身に起きている何かを探ろうとするも体には呪詛も傷も病も何もない。
困り果てた男はついに彼女の記憶を覗き見て、そして彼女が外にあった時に経験した様々な事を知り、激怒した。
『わ、私以外の婚約者が一時的にでもいただと?!にも関わらず婚約者として扱わなかっただけでなく罪を着せ追い出した?!』
信じられないと見開かれた目は白目が侵食されていくように黒く染まり、赤い虹彩が更に恐ろしい光を帯びる。
その人外じみた目の縁からつっと黒い涙のような一筋が盛り上がり頬を伝って彼女の頬に落ちた。
『許せぬ、私の、私の唯一を……。私の全てを、否定し、邪険にし貶めた愚者どもが』
深い深い地の底より響いて来たかのような低い声音と共に大地がぐらぐらと揺れ暗雲が立ち込めた。そして稲光とともに一瞬辺りが真っ白に輝いたかと思えば男の姿は忽然と消え去っていた。
残るのは彼女の頬に残された黒い雨粒のような涙だけ。
茫然自失に陥っていた彼女はフッと意識を失うとその場に倒れた。予想外の事態に慌てて狩人たちが彼女の元に駆けつけ介抱する。
森の王の妻である彼女に何かあっては森どころか世界が危うい。そう代々伝え聞いていた者たちだけにその後の対処も素早かった。
一方、彼女が追放された後の国では。
国王夫妻が隣国から飛んで帰ってきた為に玉座でふんぞり返っていた王子は王位簒奪を目論んだとして捕らえられ、更には無実の罪で令嬢を追いやった事もすぐに明らかとなった。
様々な罪が重なる上にどのように落とし前をつけるかと話し合って揉めに揉めている最中、筆舌に尽くしがたい悲鳴があがる。
王子の捕らえられ収監されていた貴族牢の一角であったが、駆けつけた者が見たのは悍ましい。その一言に尽きる光景だった。
壁に虫を磔にするように王子の身が留められ、下半身を切り裂かれていた。とりわけ性器をずたずたにされており王子は泡を吹いて失神し、上下どちらからも汚物が垂れ流しになっている。
上半身も無事ではない。大罪を犯したものに入れる入れ墨のように黒い文様がびっしりと肌を埋め尽くす勢いで彫られていた。しかもその文様は蠢いており生き物のように時折びくりと脈打ち気味が悪い。
牢番が壁より剥がし王子を下ろそうとすれば背中と臀部の皮が全て剥がれた。
一体どのようにしてある程度重さのある男性一人を壁にくっつける事ができるのか。
やがてやってきた医者が王子の傷の具合を見るがこんなにも重傷を負っているにも関わらず王子は死ななかった。
否、死ぬ事すら許されなかった。
背中の傷は膿んで臭い、蛆も沸く。その為に一日中誰かしらが布を変えたり傷を消毒したり蛆を取り除いたりと忙しなく、高熱と頭痛に魘され悪夢を見ながら王子は何度も吐いて食事の一切も受け付けないというのにも関わらずやせ衰えて呼吸が弱々しくなろうとも死なない。
入れ墨が蠢いてその度に強制的に生へと戻される。いっそ殺してくれと覚束ない口元からこぼしたのを聞いた国王が哀れに思い、王子の首を落とす事を許可し腕のいい処刑人を呼び寄せたがその刃が降ろされる前に不気味な声が一室に落ちた。
『故意に殺せばその者の体から疫病が振り撒かれ民が死に絶えるぞ。せいぜいその愚者を生み育てた責を果たすが良い』
怒りに満ちた男の声を聞いた王子がビクリと体を跳ねさせ、この声の持ち主にやられたのだと明かし更に国王や周囲を混乱させたがその声はそれでもそれ以上の干渉はしてこなかった。
続いて王子の見初めた少女だが、少女も王子を誑かし立場ある令嬢を貶めた罪を問われて一般牢に収監されていたもののその少女の元にも災禍は訪れた。
まず、鼻先にニキビのような腫れ物ができこんな不衛生なところだからこんなものができたと彼女は牢番に訴え清潔な部屋をと求めたが当然却下され渋々跡にならないようにとそれを気にしながら日々を送り始めた。ところが日に日に大きく膨らんで遂には弾ける寸前にまでそれは肥大化した。
ズキンズキンと痛むそれに涙目になりながら針を貰ってちょんとあまり深くはなく、少し膿を見せる程度の傷を作り指で絞り始める。
黄色のような緑のような液が垂れブチュと潰れて終わりのつもりだった。
だが潰したその腫れ物から糸のような白い何かが現れた。一つだけではない。何本も何本も。
あまりの痛みに針と小さな手鏡を借りていた彼女は悲鳴をあげた。取り落とされた手鏡が落ち、近くあった牢番がその顔を見れば見たこともない白く長い虫が彼女の顔から無数に生えてのたうち回っている。
言葉もなく絶句していると今度はその白い虫は女の顔を縫うようにして別の場所から頭を突き刺し皮膚の下へと潜り込み始めた。
痛い痛いとその度に顔を覆って牢の女が騒ぐ。機転を利かせた牢番が水の入った掃除用の桶を手に牢の前へと戻り彼女に手を退けるように言って勢いよくぶちまけた。
床も何もかも濡れてしまったが虫も衝撃に驚いたのか引っ込んだ。
皮膚の下を蠢いている姿がわかるその様子はやはり悍ましい。
このことも国王へと報告が上がったが、その虫も少女の顔だけを荒らすに留まらなかった。ゆっくりと全身を蝕んで今や少女に近付くものはいない。
下手に近付いて移されでもしたらと皆が怖がり恐れたのだ。
顔も体もパンパンに膨れあがり少女の愛らしい見目も見る影もなく少しずつ肉を食われてもいるらしく少女は気を違えた。
しかしやはり死は許されず何度も何度も自害しようとするのだが虫が致命傷となる傷を塞いだり、そもそも凶器を持つ指の神経を狙ったりなどもされ叶わずに終わった。
他にも無実の令嬢を貶める言葉を吐いたり噂を撒いたもの、下卑た目を向けたもの、そして婚約を決めた当主と国王にも災いが訪れた。
当主の夢に毎夜男が現れた。
黒く淀んだ闇色の髪と不吉な赤い目をして恨めしげに憎々しそうにずっとこちらを睨んでいる。
唇が何かを紡いでいる様子もわかる。
『 』
何をいっているかまではわからず、けれどそのうちに体が重く泥濘に落とされていくように闇へと沈み込んでいく感覚を覚え必死に足掻いては段々と男の言葉が明瞭となっていく。
『私のものだ。私の、私だけの妻、私だけの……』
『沈め沈め沈め、呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ』
『許せぬ許せぬ許せぬ』
どろりと男の左目から闇を凝縮させたかのような涙が一筋。
地に向かって行く。弾けて、そして泥濘に溶けて消える。
完全に頭までとっぷりと浸り呼吸が止まりかける刹那、目が覚める。それを毎日繰り返していた。
誰かが何故にか呪いをかけている。そう直感した当主はあらゆる伝手を使って呪いをどうにかしようとしたがどのものも当主を見ると顔色を変えて首を振った。中には当主を見た瞬間、心臓発作を起こしたものもいた。
国王はもっと苛烈な夢だった。
もはや現れるものは人の形を保っていない。声すら人のそれではない。
ただ激情をそのままぶつけられている事は理解できた。
黒く大きな闇の塊が慟哭を響かせ息子を、国を、自分を呪っている。
国王の判断は早かった。王子を後継から外しつつも王族としての責を持たせたまま罪を公表しその上で王家の管轄にあり飼い殺しにするための塔を新たに建てて少しでも何者かの意志を尊重し怒りを鎮める為に言われるがまま、王家の失墜も厭わず真摯に向かい合う。
その為に退位しても構わなかったが、この何者かはそれよりも自分が苦悩し苦しむ事を望んでいると察知しあえて玉座に座り続け民からの冷たい目や罵倒なども素直に受けた。
すると国全体を弱らせ呪うような力が次第に弱まっていき、許される事はないだろうがそれでも明日生きていけるだけの力までもは奪わない、と言うような方向のものへと変わっていった。
王は心労に喘ぎながらも何とか他の後継を探し始め養育に力を注ぎ、この災禍を巻き起こした王子よりも立派な王位に相応しい者を育て上げ呪われる事もなくその子は数年かけて王位を受け継ぐに至った。
そんな騒がしい世の事など知らず、いずれ森の王に捧げられるという話しを狩人から聞かされていた彼女は突飛もない話しに、けれど何故か既視感を覚えて息を詰まらせ、どうにか森の王の関心を自分から引き剥がせないだろうかと彼らに相談していた。
狩人というのは森に住む民の事をさすものであって、本来の狩人としての意味はない。森の王、かつて人の国の王であった者に仕えていたその子孫。そして森の娘として繰り返し生まれてくる森の王が望んだ唯一無二の存在を探し出し王の元へと連れていく。
始まりは守り人として名乗っていたが、王の勝手で何度も捕まえられたり酷い仕打ちを受ける乙女に恥じて狩人と転じたと自嘲ぎみに語った彼らに彼女は彼らも被害者なのだと受け取った。
「王は人であって人ではない。望まず持たされた力故に孤高を強要された御方だとしても、初めて優しさを与えられ愛を見出したのなら歩み寄りや自分も愛を返す事ができればきっとこのような事にはならずに済んだでしょう」
「どのように愛した人に接していいかも教えられなかった環境を怨めばいいのか、それとも執着してしまう程の出会いを不運であったと言うべきか……」
「無垢なる乙女を差し出し手籠めとされるのを黙認し続けた我々もまた咎人である」
「そのような事を口にしたと知れたら」
「……罰を受けるやもしれませぬなぁ。しかし今までの森の娘様が受けた恐怖や絶望に比べれば」
彼女の祖父よりも年老いた男が涙を浮かべて一族の所業を悪辣に口にする。
他の面々も同じく沈痛な面持ちで床などを見据えていた。
「森の王が帰られたら、またあそこに向かうのかしら」
そんな最中、彼女はあえて空気を読まず一番己が気にすべき事柄を問いかけた。
反省しているように見えたとて、己をも再び捧げるというのなら彼らは敵である。
警戒は怠らずに返答の有無を見ていれば年老いた男が涙を拭い、口を開いた。
「森の王は人に生まれてこれなかった貴方様を無理矢理に自分の側に置いたりはしません。代わりに血を繋げ、また貴方様が生まれてこられる可能性を広げる為にその血筋を残そうと交わりを求めます。今世、貴方様は人として生まれ落ちましたので恐らくいきなりそのような無体は致しませんでしょう。王は何より貴方様から嫌われる事を恐れております故に。しかし側にとは願い、決して自分から離れるを良しとはしない。長らくお隠れになり、離れ離れとなった期間が開いてしまったからこそ、その可能性も高くありましょう」
人の時には襲わず側に置いて愛でたと残っているにも関わらず教えられた事に矛盾が生じたのはそのせいかと考え、途方にくれて頭を抱えていればカタカタと狩人たちの古い家屋の窓が音を立てた。
「……王自らのお迎えにございます。何卒、お仕度を」
悲哀に表情を歪めながら年老いたその人と、それに連なる者たちが彼女を囲んだ。
味方を失った彼女は少しの間抵抗するかのようにじっとその場に留まっていたがやがて諦めたように目を閉じ長く息を吐き出し、借り受けたベッドから降り外へと向かうべく扉へと向かって歩きだした。