赤いパンプス
まっかでつやつやしたぱんぷすに、あしにピッタリはりついておしりがプリっととびだすぶるーじーん。しろいTしゃつにえなめるのカバンをさげたおねえちゃん。あんまりにもかっこいいから、おねえちゃんがそのかっこうをするたびに、家をでてさかみちをくだっていくうしろすがたを2かいのまどからずっとながめていた。
ときにはお姉ちゃんのヘヤにしのびこんで、こっそりジーンズをたんすからひっぱり出して、はいてみてはカガミの前でポーズをとった。足の長さがぜんぜんたりないし、あたしのおしりはぺったんこだったけれど、そうぞうの中のじぶんはおねえちゃんとおんなじくらいにかっこよくって、すらっとのびた足でせかいじゅうをズンズンとあるいたのだ。まわりのおとこのこたちはあたしにムチュウで、でもあたしはふりかえりもせずじぶんの行きたいほうに長い足をすすめてゆく。まほうののりものにのったみたいに、風をきってグングンと。
おなじようにブカブカだった赤いパンプスをお姉ちゃんがくれたのは、私が小学校三年生のときだった。そのころおねえちゃんは家に帰らなくなっていて、帰ればお父さんとお母さんがすごく叱るので仕方がない。お姉ちゃんは不良になった、とお母さんは言っていたけれど、帰ってくるお姉ちゃんは前とちっとも変わらずにかっこよくて、そしてある日出てゆく前に、私にパンプスをくれた。
「もう流行りじゃないから」
そう言って私の手に真っ赤なパンプスを乗せて、笑って出て行った。前と変わらないかっこいい後ろ姿で。
そして二度と戻らなかった。
そのパンプスはお菓子の箱に大事にしまって、見つかったらきっと親に捨てさせられるので、押し入れの一番奥に隠した。
お姉ちゃんが出ていって三年後くらいには、親は忘れることにしたようだった。彼女の部屋だった場所は物が捨てられ片付けられて、両親の趣味の道具を置く物置のようになっていった。
私もその状況に自然に慣れていった。一人でいることを受け入れ、姉の痕跡を家から追い出すことを受け入れた。
周りがオシャレをするようになっても、私はおさげにあむことをやめず、丸いメガネをかけ続けた。白いソックスに長いスカートをはいて、地味な色のスニーカーを買った。
親がそうしろと言ったわけではないのに、どういうわけか私はそうしていた。派手な格好や異性に好かれるような服装に対して距離を置かねばならない気がしていたのだ。そうして私は自然と一人でいるようになり、本を読み、映画を見、空想の世界で過ごした。
両親の勧めで大学に進み、勉強は好きだったので成績も問題なく、大手企業に就職することもできた。仕事は事務系でやりがいは特に感じないが時間に振り回されることもなく安定していて、大学でできた数少ない友人からは羨ましがられる境遇だった。
自分でもそれでいいと思っていたのだ。
ある日、会社の付き合いで出席した飲み会で、全く興味も感じない相手から告白されて、周りからも私にその相手がお似合いだと思われているとわかって初めて、私がどんな存在なのかがわかった。
地味で、おとなしくて、物静かで、真面目で、親に従順で、これから先も安定した人生を望んでいる、普通の女。
私は胸の中に蟠る違和感に震えたが、その正体に気づくことができず、結局後日、付き合うことを了承した。
親が喜ぶと思ったからだ。彼は見た目通り中身も柔和で、おとなしい趣味をもち、会社での立場も特に期待できないが大きな失敗もする恐れのない人だった。
映画館や美術館といった当たり障りのないデートを重ね、一年も立った頃自然にお互いの親に会いに行った。私の親は彼の朴訥とした態度や真面目さが気にいったようで、普段飲めないお酒を一緒に飲んで、赤い顔をしてはしゃいでいた。
そしてトントン拍子でお互いの親の了承のもと、同棲をすることになった。あとは式の日取りを考えるだけ、同棲しておいても問題ないだろうというのがみんなの共通した認識だった。
私も不満はなかった。彼はいい人だったし、どう見ても自分にはふさわしい相手だったのだろう。
同棲の支度のために身の回りのものを整理していた時に、あのお菓子の箱が押し入れの奥から出てきた。すっかり忘れていた私は箱を開けて、中にあったパンプスが真っ赤に煌めくのを見た。
胸の中で燃えていた何かがはぜるような感覚があった。
かっこいいおねえちゃん、あこがれのお姉ちゃん。大きくなったら私もああなるんだと、子供心に胸に刻んだ、プリッとしたお尻のすらりとした長い足の、真っ赤なパンプスの後ろ姿。
自然と手が震えている。私は箱からそれを取り出すと、ゆっくりと足を滑る込ませる。
ぴったりだった。
私の白い肌を彩って、強い日差しのように赤く輝いている。蛍光灯の下、片付け途中の乱雑な部屋の中で姿見の前に立つ。
そこには確かに、あの時憧れた姿の片鱗が燻っている。真っ赤に光る足元が、今まで忘れていた心を躍らせる艶を放って叫んでいる。
私は迷うことなくおさげをほどき、いつ買ったかも思い出せない一番タイトなブルージーンズに足を捻じ込む。お尻はいつの間にか、あの時の姉のようにプリッと大きく弾けそうなほどにジーンズを押し上げている。白いTシャツを着て、バッグを肩から下げると、私は階段を駆け降りて家から飛び出した。
坂道を大きな歩幅で、長い足をズイズイと繰り出して、どこまでも降っていく。
このまま世界を歩くつもりだった。
どこまでも、どこまでも。