3章 85話 模擬戦を終えて
時間にして一分ほどだろうか。
前の二試合に比べるととても短い。
なによりも、あのエレナリーゼがあんなにも呆気なく負けることになるとは、誰もが予想していなかっただろう。
煙幕でその全貌が分からなかった観覧席に居た者達は、何が起きたか分からず全員が困惑の色を強くするだけだ。
シナが唐突に「勝者、マサキ」と宣言はしたものの、未だに結界内は真っ白で何も見えないのだから。
結界が解かれ、巨大な豆腐が崩れるように視界が晴れていく。
ルナエルが風を起こして残りの霧を退ければ、マサキがいつもと変わらないその歩きで戻ってきた。
その様は本当に今まで模擬戦をしていたのか怪しくなるほど自然体だった。
驚く一同だが、その中でシナだけはニコニコと嬉しそうに出迎える。
「流石チート持ちだね」
「あれくらいでチート持ちって言われるのは心外ですね」
先程の己のセリフを当てつけのように言われたマサキは、心底嫌そうな顔をする。
チートをズルという意味であればそうなのだが、あれはやろうと思えば誰でもできることだ。
それに、ルール確認で言質はとっているので、合法といえば合法だ。
常識やマナーなどは完全にかなぐり捨てているが。
「てか、これでいいんですか?」
それが一応ながら分かっているからこそ、マサキはこんな形で良かったのかと問う。
奇襲に騙し討ち。
果てには毒まで使っているのだから、模擬戦としてはおかしいどころかやり過ぎと言える自覚があるからだ。
対するシナは笑いながら「これが良かったんだよ」と、不安になる楽観的な返事をする。
いや、お前じゃなくて…とマサキが思わなくもないが、まぁ困るのは自分じゃないしとすぐに切り替える。
「良いわけないでしょ…!」
あきらかな怒気が含まれた低い声。
マサキとは違い、少しおぼつかない足取りのエレナリーゼは誰の目から見ても怒っていた。
「模擬戦に毒だなんて…どう考えても反則よ!」
「だから最初に確認しただろ?誰も毒が禁止だなんて言ってなかったし」
「屁理屈よ!それに魔導具の使用は明確なルール違反だわ!」
この模擬戦において、実質的な唯一の禁止事項であった魔導具の使用禁止。
今はマサキの異空間収納の中に入ってはいて確認出来ないが、あの人形はどこからどう見ても魔導具にしか見えない。
「あれ俺の魔法で作ったやつだぞ。魔導具の定義は知らんが、人形を作る魔法は反則じゃないだろ」
「嘘ね。あの質のゴーレムが私に察知されずに作れる訳がない」
「はい、二人ともそこまで」
二人の雰囲気が険呑になったのを見計らい、シナは体ごと割って入る。
マサキは最初から敵意が無かったが、エレナリーゼの方は矛先を変えて睨む。
「こんな試合む…」
「負けは負けだよ?」
「っ…!?」
「この模擬戦ができる限り実践形式なのは分かってたよね。そんなことを言うなら今すぐ騎士なんてやめなよ?」
一切の言い訳は聞かないとピシャリと二の句を断ち切る。
不意に消えた微笑みにシナの威圧も相まって、エレナリーゼは目を見開いて口を閉じる。
さらに、トドメとばかりに厳しい言葉がかけられれば、体をびくりと跳ねさせる。
この時ばかりは一同初めてみるシナの態度に、心臓が早まり冷や汗が吹き出す。
「ボクは忠告したよ?遠回しに負けるよって。しかも、相手があんな不審なことしてるのに対して裏を読もうともしない。煙幕で本気を出せなかった?毒を盛られて動けなかった?それこそキミの実力不足だよ」
「でも…」
「言い訳を聞く気はないよ」
これほど怒られても納得のいかないエレナリーゼは、威圧を振り払い口を開くがまたしても両断される。
「それに、マサキくんともう一回しても同じ結果だよ、断言しても良い。今度また模擬戦をしてみるといいよ。ともかく、約束は守ってもらうよ」
「はい…」
異論は許さない。
言葉にはされていないが押しかけられる威圧感がそう言っていた。
エレナリーゼは俯くと、消え入りそうな声で頷く。
すると、今までの圧力はどこえやら。
シナがいつもの顔に戻る。
「それじゃ、模擬戦は終了。各自解散」
その変わりようにオスト達が驚いていると、本人はさっさとグラウンドを後にする。
ルナエルも後ろについて行き、ラナはエレナリーゼに魔法を使うと同じように家の中へ入っていく。
いや、この状況どうするんだよ…
残された一同はこのあまりにも重い雰囲気に内心顔を引き攣らせる。
しかもここに居るのは歴戦のコミュ障達。
オストには気の利いた言葉などかけられぬし、現代日本で爪弾き者のヒカルとコヨミ。
エリート引きこもり経験者のジュンジとサキ。
内気で人見知りの激しいシンイチ。
基本チキンハートでこう言った場面では役に立たないシュウタ。
この空気を作る片棒を担ぎつつ、最初から特になんとも思っていないマサキ。
この面々が対処するにはあまりにも無理があった。
かと言ってこの状態の女の子を一人で放っておくのもよろしく無い。
「それじゃ、俺も戻るわ」
しかし、この場で空気を読まない男が一人。
マサキは誰も動かないのに痺れを切らし、一言声をかけてさっさと家へと戻ってしまう。
薄情にも見えるし、実際そうなのだがマサキがこの場に残ったところで良いことなどない。
それが分かるだけに誰も止めようともしない。
寧ろ、これをきっかけに一人、また一人と足を動かし始め、気がつけばオストとサキ、シンイチの四人だけとなっていた。
「おい、だいじょ…」
居ても立っても居られなくなったオストはエレナリーゼに声をかける。
正気ではなさそうなために顔を覗き込めば、目の端に涙を溜めていた。
それを見ると、言おうとしたことが喉に詰まる。
エレナリーゼは顔を上げてオストをキッと睨む。
話しかけるな、近づくな、放っておいて。
言葉こそなかったが、そう言いたげだった。
オストがぐっと言葉を発せずにいると、その隣を乱雑な足取りで通り抜け、家とは別の方へ行く。
こんな時に自分の口下手さに嫌悪感を抱く。
どうしようもないことなのは分かっており、放っておくのがエレナリーゼの為にもなり余計なお節介だと言うことは分かっている。
「放っておけないから、ちょっと行ってくる」
しかし、この時ばかりはどうしても放って置けなかった。
オストは自分と同じようにエレナリーゼを心配して足を止めていたサキとシンイチに一言かけると、彼女の後を追う。
無駄なことだ。
もしかしたら関係が悪化するかもしれない。
双方良いことなど一つもない行動だが、どうしてもエレナリーゼの姿がメルと重なってしまった。
こうなると自分でも止められない。
全てに嫌気が差しながらも、それでもオストは遠巻きになるように跡を付けた。
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「やめてくださいよ。子供の教育は他人に迷惑をかけないなんて常識ですよ」
「ごめんって。挫折はどうしても同年代の子じゃないと与えてあげられないからさ」
シナ宅のリビングにて。
これまた和やかとは言い難い暗い空気の中、空気を読まずにマサキが気に食わないと不機嫌そうに文句を言う。
これについては自覚があるのか、本当に申し訳なさそうに眉を八の字にして苦笑する。
これも雇われた時の契約の一部だと割り切れなくもないのだが、それにしても文句の一つくらいはマサキでなくとも言いたくなる。
少なくとも、この場にオストが居れば間違いなく誰よりも先に口にしただろう。
「だからって俺を使う時点で違うと思いますよ。勝てってことはああするしかなかったですし、あんなのただ罠に嵌めて死体蹴りしただけじゃないですか」
自分で言うのも何ですが。
と締めくくり、やっていたことの非道さについて一応認める。
「心配してるの?エレちゃんのことあんまり好きそうじゃないのに」
クソ野郎、クズ、外道と罵詈雑言のあだ名の数々を仲間から送られるだけあり、マサキは基本的に性格が悪い。
それこそ他人であり、好きじゃない人間の不幸を指差して笑うくらいには。
その為、エレナリーゼを気遣うような発言を聞いてシナは少し驚く。
「だから茶化さないでくださいよ」
「これは本当に驚いてるんだけどね」
「家族関係を心配してるんですよ。可愛い娘でしょ」
他国に娘の仲間を探しに行くほどの溺愛ぶりからして、できることなら甘やかし続けたいのが本音だろう。
恩を感じているからこその心配であったが、シナはキョトンとするとすぐに楽しげに笑う。
「ハハハハハ!心配には及ばないよ。嫌われてもエレちゃんの為を思ってのことだからね」
「毒親かよ」
「まぁ、そうかもね。でも、あのままの心持ちで戦いに身をおいていたら、遠くないうちに何かあったらのは確実だからね。もしそうなったら悔やんでも悔やみきれないよ」
そこにはいつもの底の読めない優男では無く、教育に困る一人の父親が困ったように微笑む。
言わんとすることは分かるが、父親では無いマサキには「そうですか」と適当に相槌を打つしかできない。
それから少しの静寂が訪れると、シナは笑ってその空気を払拭する。
「それに、あれくらいで心が折れるような柔な育て方はしていないから。嫌われるかもだけど、成長はしてくれるよ!」
「そうだといいですけどね」
「大丈夫大丈夫。オストくんも行ったし」
「あの状態に突っ込み行くとか凄いですよね。こじれなきゃいいですけど」
いつまで経っても戻ってこない青年。
この状況とその性格を思えば、エレナリーゼを放っておけずに追っていったことを予想するのは難しく無い。
マサキはヤレヤレと心配そうにするが、逆にシナはいつもの能天気さを取り戻し、気にする素振りもない。
何故なら、オストには人の心を揺らすことが出来ると知っているから。
嘘が苦手なのは弱点でもあるが、だからこそこう言った時には長所になるからだ。
その魅力に取り憑かれた一人であるマサキも、それを内心認めるもつい小言を漏らす。
そこへ、ティーポットを持ってきたラナがやってくる。
「そうね。私はオストくんのことはよく分からないけれど、エレナリーゼもあの子なら心を開いてはくれそうね」
小難しい娘のことをよく理解しているからこその感想だ。
今まで同年代にエレナリーゼと張り合える者など居なかった。
だから、そこに現れた対等な仲間になりうる存在が現れ、ラナは嬉しそうに笑いながらお茶を入れる。
そこからはお茶を振る舞われ、おしゃべりであったラナから質問攻めに合いマサキはぐったりとした。
余談であるが、同じくリビングに静かにしていたジュンジとコヨミもこの被害に遭うのだが、それはまた別の話だ。
ストックが消えました…
厳密に言うと書き散らかした話数の決まっていない話ならまだまだあるのですが、ほぼ全て蛇足だけなんですよね…
次話を投稿したら、その次の投稿は来年かもしれません。




