1章 8話 ヒカルとマサキの実力。
これがただの訓練とは思えない、ハイレベルな模擬戦。
そんな戦いをした二人は、汗を滴らせながらゆっくりと場外の見学組の元に歩く。
最初とは違い、トボトボと歩く様から相当疲弊したことが伺える。
「おつかれ」
「二人ともお疲れ様」
「おつ」
それを労いの言葉と共に小さな拍手で光と正樹は迎え入れると、咲がタオルをそれぞれに渡す。
「はぁー、きついぃ。影浦先輩これっぽちも手加減してくれなくて、しんどすぎますよぉ。戦闘マシーンの相手は懲り懲りですよ」
「そうは言うけど、美城さんもさらっと急所狙いに来てたよね」
「そうでしたっけ?必死だったので気付きませんでした」
ニッコリ。
そんな事私してませんよ?何のことですか?と表情からも否定するが、あからさまな態度の変化に騙されるものか。
純司が言うように、恋詠は試合中に何度か骨を折りに行ったり目潰しをしにおこなっていた。
あれだけの動きが出来て故意では無いなど白々しいことこの上なく、本人もこの様子なら分かってやっているのは間違いない。
そもそも、女の子の顔目掛けて発砲したり、容赦なく蹴りを放つ純司も大概なのだからお互い様だ。
本人達の元々の気質でもあるだろうが、この世界に染まってきたとも言える。
「それにしても、ヨミがあそこまで出来るとは思わなかったぞ」
「確かにお化け性能してる純司と競り合えたのは凄いな。ほんと」
「そうだよ!恋詠ちゃんがあんなことができるなんてびっくりだよ」
「まぁ、私にかかればこんなもんですよ」
「え、皆俺への労いは?」
「おつかれ」
「無い」
「頑張ったね」
「俺だけ雑すぎない!?」
正直、純司については意外性もなく、まぁこれくらい出来るよなくらいの感想しかないので、かける言葉が無いのだ。
ある意味信頼の表れなのだが、それでも労いの言葉は欲しい。
あまりの扱いの差に酷い、とぽつりと呟き淳二は三角座りを始める。
「お二方、素晴らしい戦いでした。それではハイバラ様、ジングウ様、所定の位置についてください」
少しの雑談を交えていると、グラウンドの整地が終わったようでミファオスが呼ぶ。
それに二人は頷くと、置いてある自分の模擬武器を手に取りグラウンド内に入る。
ついにこの時が来てしまったかと、気落ちする正樹。
光は盾に剣と言うザ・騎士と言った装備。
正樹は剣を一本だけと言う身軽な装備。
一見同じ様な戦い方をするのかと言う予想と両者が剣と言うことから、先程の試合もあり今回も白熱するのではと言う期待が騎士達から漏れる。
さらに、光は勇者のうちの一人の戦いだ。
前の純司もあれだけの実力があるのだから、期待するなと言うほうが酷だ。
もう片方の正樹も、普段からのパーシィとの模擬戦地獄もあり、それなりに実力があると言うことも分かっている。
あの天才だらけのグループの一員なのだから、相対的にハードが上がるというものだ。
そんな外野の期待を他所に、所定の位置に着くとミファオスが開始の合図を出す。
「それでは、始めてください」
先程と同じく合図と同時に動く。
と言うことはなく、正樹は剣をダラリと構えを、光はどっしりと構えをとる。
対極な構えとは裏腹に、両方とも相手の出方をしっかりと見る。
出だしは地味だが、どちらも勝ち筋がしっかりとわかる分、慎重にならざるを得ない。
光は力、正樹は駆け引き。
このどちらかの土俵にどう持っていくかが試合の鍵となる。
(参ったなぁ。盾持ちと戦ったことって少ないんだよなぁ。どうしよう)
気怠げな表情とは裏腹に、攻めてこない光を見て途方にくれる。
しかし、このままじっとしていても埒があかないだけでなく、模擬戦としての意味が無い。
仕方無しと、正樹はゆっくりと歩き始める。
その意図を察した光もジリジリと距離を詰める。
そして、以外にも先に動きを見せたのは、正樹の方であった。
剣の間合いどころか、数歩で詰められる距離でも無い場所で急にダンッと音を鳴らして大きく踏み込む。
一見、焦ったかにも見えるが実践慣れした騎士にはそうで無いとわかる。
あの場所は、攻撃するには遠い場所ではあるが仕掛けられなくも無い距離だ。
光がそこからでは、どう来ても対処できるというギリギリの距離。
警戒のレベルが上がらない場所だったのだ。
それに加えて、少ない動作での鋭い踏み込みからの大きな音。
意表を突くには絶好の場所。
これらの条件が合わさった結果、正樹の目論見通りに光の体が一瞬硬直し、少し対応が遅れる。
しかし、それでも問題がないくらいの距離があるためにすぐに立て直した光は、迎撃の姿勢を取る。
隙を作る事には成功したが、隙を突くことが出来ない。
惜しい。
勿体ない。
身体能力が伴ってい無い。
そんな言葉が補佐の騎士から漏れるが、逆に実践慣れしたパーシィやミファオスは感心する。
確かに失敗した様にも見えるが、今この瞬間の主導権を握ったのは正樹だ。
光は対応に遅れてしまったために、どうしても正樹の動きを見てからではないと次の行動に移りづらくなった。
「フッ!」
剣の間合いに入るや否や、もう一度ダンッと強く踏み込みをすると浅く鋭く息を吐く。
身体中の力を一瞬で溜め終え、力を余さずに勢いそのままに上段から剣が振り下ろされる。
速い。
が、待ち構えていれば防げ無い物ではない。
頭めがけて振われた剣を、光は正確に盾で防ぐ。
インパクトの瞬間にカァン!と乾いた音が響き、それに光は眉を動かす。
重い一撃、では無く逆にその音とは裏にあまりにも軽すぎたのだ。
(まずい!)
一瞬疑問に思うが、嫌な予感をおほまえるより早く異変に気付いていた光の体は、すぐ様に後ろにバックステップをする。
その行動の正しさは、腹を掠めた正樹の剣先が証明していた。
「チッ」
「危なッ」
完全に騙し切れていたのに、それに対応して来た光に舌打ちを打つが、正樹からすればそれすら仕込みの一つ。
ここで仕留め切れれば非常に楽であったのだが仕方なしと、流れる様に横なぎを突きに切り替えると、離れた分詰め直す。
ヒヤリとした汗が光の頬を伝うが、難なく突きを剣で打ち払う。
その時に正樹の体勢が崩れ、隙ありと盾を使いシールドチャージ、俗に言うタックルをするが横を抜ける様に転がられて避けられる。
避けられはしたが、体勢が崩れているのは依然として変わら無い。
場所が入れ替わってしまった光は、すぐ様正樹の方に追撃を試みるも、牽制に木剣による切り上げをされる。
それにより、詰め損ねるとその間を利用されて仕切り直しとなった。
(当たればラッキーだったけど、それでも成果無しは辛い。てか、手が痛ぇ。払うだけにどんな力込めてるんだよ)
(いきなりやられるかと思ったぜ。やっぱ、駆け引きだと相手になんないな。経験の差もデカイ)
((うーん、キツい))
両者の感想が一致する。
少し距離を置いて睨み合う二人に、今度こそ様子見に入るかと思われたが、またも正樹から仕掛けていく。
ジャブ代わりに小振りに剣を光に叩き込む。
カンカンと木の打ち合う音が鳴り合う。
しかし、そのやりとりは長続きせずに正樹が変わった行動を起こす。
光が構えた盾に唐突に掌底を放ったのだ。
ドンと音を立てて、光が次の行動に移ろうかとするが手に持つ盾が引かれたのだ。
(何だ!?)
ちらりと目を向けると縁に正樹の指が掛けられていた。
何にせよ、このままでいるわけにはいか無いので横に振り払い、無理なり退ける。
「ぐぅ…!?」
すると、視界の外から繰り出された正樹の蹴り上げが、盾を持つ左腕を襲う。
光が鈍い痛みを覚えた時には、左腕が頭上に撥ね上げられていた。
不意の出来事に気を取られすぎて、足元への注意が疎かになり過ぎていた。
このままではやられる。
そんな思いの元に咄嗟に剣を振りたくなるが、光は冷静さをフルで動員してすぐさま動かせる場所に木剣を引き寄せるにとどめる。
このまま崩され続けるのは正樹の思う壺だ。
なにより、正樹の攻撃はどれも軽く致命傷になりえない。
それに、少しの焦りが今の状況を生んでいるのだから尚のこと、防御に比重を置くのが正解の筈だ。
そんな光の思惑を知らぬとばかりに、正樹はガラ空きの左脇に木剣を叩き込む。
それを光は引き寄せていた木剣で迎撃すると、今度は右脇に衝撃が走る。
やはり隙を付いてきたと喜んだも束の間、視界の端にチラリと足が見えることから、光はまたもや死角から蹴られたのだと理解させられる。
(クソッ!さっきからどうなってんだよ。予備動作がぜんっぜん分からねぇ!)
衝撃で数歩よこにたたらを踏むが、やはり重い攻撃では無いのでまともに受けたとは思えないダメージで済む。
しかし、こう何度も意表を突かれて攻撃され続ければ削り切られる。
そんな焦りもあってか、心中で怒鳴り声をあげる。
攻略法が全く分から無い攻撃に愚痴るが、それは正樹とて同じことだ。
(なんで両手持ちのこっちが、片手持ちに押し負けるん?おかしくね?蹴った感覚も鈍いし、効いてなさそうなんだよな)
こちらも攻略法が分からずに、途方に暮れていた。
それでも、正樹に引くと言う選択肢は無い。
距離を詰めると共に、少しでも情報を多くするために腰に付けた木製のナイフを引き抜くと同時に投擲する。
殆どゼロ距離で放たれた投げ物を光は盾で防ぐ。
続け様に正樹が袈裟斬りをするが、それも盾により弾く。
カウンターにガラ空きの胴に光は一本入れようと剣を振るうが、それを正樹は一歩後ろに引くだけで避ける。
さて、次はどう来ると光が考えていると、またも不可解な挙動を始めた。
正樹が間合いの外で剣を上段に構え始めたのだ。
この距離では明らかに一歩では届か無い筈なのだが、何故にと光は考えそうになるがすぐに捨てる。
今の正解は、しっかりと見て何が来ても狼狽え無いこと。
そう信じて。
正樹はジャリっと地面を擦りながら左足を右足に近づける。
それに対して、光は体を縮める様にしていつでも反応できる様にする。
(来る…!)
音を立てずに持ち上る右足。
片足が宙にあるのに、正樹自身の体は全くの揺れが無く、滑る様に前に進む。
次の一歩が攻撃の時。
そう光が考えて身構えるが、いつまで経っても次の一歩が出る事はない。
(こんなに近かったか?)
ふとした疑問。
正樹は未だに一歩を踏み出しきってい無い。
いつまで経っても正樹の足が地面につか無いのだ。
「…ッ!?」
カァン!
振り下ろされた剣に、光は咄嗟に剣を横に払って防ぐ。
本来なら届くはずのない距離。
当たってしまっても不思議ではなかったが、光は対応した。
それは、コンパクトに構えをとっていたこと、正樹を超える身体能力だからこそ受け止めることが出来たのだ。
実際に、光が反応したのは正樹の剣が中程まで振られている時だ。
脅威の速さだ。
これには正樹も、真剣な表情を動かしそうになる。
本来の予定であれば、これで仕留めるか最低でも体勢を崩し切るつもりであった。
しかし、光が咄嗟に体を動かした事で、今までの力加減を放り投げた、全力の横なぎに逆に正樹の剣が泳ぐこととなった。
ここに来て出来た明らかな隙。
(あ、みすった…)
これを逃してくれればまだ負けることはなかったのだが、流石に逃してもらえるわけもなく光の剣が高速で正樹の首に添えられる。
今まで表情を動かさなかった正樹だが、風圧が喉元に叩きつけられ、流石に眉が動く。
「…参りました」
「ふぅ〜…」
降参を告げられた途端、光は大きく息を吐く。
正樹も同じ様に息を吐くと、いつもよりも割増で脱力する。
疲労具合で言えば前の試合の二人と遜色は無い。
淳二と恋詠の試合ほど派手では無かったが、その分駆け引きが多い試合だった。
「あー、無理。頭死ぬ…」
「それはこっちのセリフだ。揺さぶり多すぎだろ…」
「そうでもしなきゃ勝て無いだろ。てか、最後のあれ間に合うのズルくね?」
模擬戦が終わると、緊張が解けていつもの様に雑談を始める二人。
あまり落差に新人の騎士など唖然とするくらいに急に切り替わる。
それは前の純司と恋詠も同じなのだが、あちらにはそれを忘れさせてあまりある華やかさがあったからこそ、興奮が驚きに勝ったにすぎ無い。
対してこちらは、頭脳戦と言えば聞こえはいいが見た目が地味な試合運びなためにそれもないから、緊張の落差に驚かれるのも仕方がない。
そんな中。
衝撃を覚えている騎士の中からパチパチと拍手する音が二つ。
一つは満面の笑みを浮かべているパーシィ。
もう一つは…
「お二人とも良い戦いでした。ひとまず、少しの間休憩を設けます。その後、次の模擬戦を始めて頂きたいとかんがえているのですが」
お互いに文句を言い合っている二人に、ミファオスは労いの言葉と共に手を叩きながら近づき予定を告げる。
そんな言葉に正樹はあからさまにげっそりとした顔を、光も少し嫌そうな素振りを取る。
正直なところ、二人ともこの一試合でお腹いっぱいなのだ。
肉体的にはまだまだ動くのに支障はないのだが、精神の方はヘトヘトなのだ。
それは恋詠も同じらしく嫌そうな顔を一瞬覗かせる。
もう辞めたいのは山々なのだが、今回は全グループが一日模擬戦をしているのだ。
このグループだけが辞めるわけにもいか無い。
と言うこともあり、少しぎこちない感じにミファオスに了承を告げると、変わりのない微笑みで頷かれる。
救いがあるとすれば休憩がしっかりとあるところだろうか。
次のことを考えると、少し憂鬱になる二人は気持ち重めの足を仲間の元へ向ける。
「マサくん、ヒカくんお疲れ様!」
「「おつー…」」
疲れましたと前面に出した二人を、咲は笑顔で出迎えると、タオルと労いを渡す。
それに対して気怠げな相槌を打つと、タオルのお礼を言いながら受け取り、地面に座り込む。
「ありがとな。はぁー、きもちぃぃ…」
「本当最高過ぎる。咲様々だわ。なんかこれにやる気を吸い取られてく気がするわ。もう俺は戦えません」
受け取ったタオルは咲の気遣いでひんやりと濡れており、汗を拭うと二人して魂が抜ける様に息を吐き出す。
その気持ちよさと言ったら、普段しっかり者である光が濡れタオルを目に当てた途端にぐでんとだらし無く寝転がるほどだ。
いくら敷物が引いてあるからといって、この姿は中々にレアである。
炎天下と言う訳ではないが、体を動かせば汗ばむ気温だ。
酷使した頭にあんなことをしては、抗い難い快楽なのは言うまでもない。
そう言うこともあり、光にあれこれを言う者はい無い。
そもそも、このメンバー内にお行儀に細かいのはい無いのだが。
「どういたしまして。それと、マサくんはこう言うのは大体やる気無いでしょ?」
「そんなことは…ナイヨ?」
「あるだろ」
「白々し過ぎますね」
同じ様に疲れ果て、さらにタオルによりやる気を吸われたとのたまう正樹に、咲は苦笑いを浮かべながらもいつも通りと指摘する。
その通りなのだが、認めるのも癪なので目を泳がせる代わりに目を濁す。
ある意味斬新過ぎる分かりやすい嘘だ。
勿論わざとではあるが、間髪入れずに後ろから純司と恋詠が否定されたことにより、さらに遠くを見つめ始める。
信頼に揺るぎを感じる正樹である。
反論をしたいところではあるが、生憎とその体力は無い。
これは首に巻いたタオルのせいだなと決めつけると、ボケっと体力回復に努める。
そんなふうに死人の目をしながら呆けていると、正樹の耳に冷えた声が届く。
「正樹。あれはなんなの?」
そのあからさまな不機嫌な声に、正樹を除いた全員が一体誰から発せられたのかと驚いた様に声の主を見る。
うたた寝に入りかけていた光ですら、声をかけられてもいないにタオルをずらして確認してしまうくらい、その声には圧があった。
正樹自身も、死んだ魚の目を動かしてその人物を視界に収める。
そこにいたのは予想通りと言うべきか、意外と言うべきか。
他グループのはずの東條朱音が、冷え冷えとする表情を浮かべながら見下ろしていた。
(なんとも面倒な…)
このまま無視を決め込みたいところではあるが、それが許されるはずもなく、はぁ、とため息をつくと気怠げに返す。
「あれって?」
模擬戦で疲れていることもあり、せめてもの抵抗で憂鬱げに朱音の問にすっとぼけるのであった。