3章 80話 模擬戦開始
ヒュンという風切音。
夜が明けて太陽が昇る頃合いは人が活動するにはまだ早い。
だだっ広いアルマークス宅の庭で三名が木剣を振るう姿があった。
そのうちの一人は区切りの良い回数素振りが終わると、電池が切れたかの様にパタリと倒れ込む。
「あー、だるい、頭痛い、疲れたぁー。最悪だー…」
「毎朝懲りずに良くグチれるな」
朝早くから剣を振る習慣を付けてから、同じように習慣となった愚痴を口にするマサキ。
それを見飽きたヒカルは、剣を振り続けながら鬱陶しそうに文句をたれる。
「これが俺のモーニングルーティーンってやつなんだよ」
「嫌なモーニングルーティーンだぜ」
そもそも、モーニングルーティーンとは一日を快適に過ごす為や頑張る時に行う行動だ。
マサキのそれに快適や頑張るといった思いが込められているようには見えない。
世のモーニングルーティーンを実践している人への冒涜にも見える。
ヒカルも内心で「それはモーニングルーティーンじゃねぇだろ」とツッコミを入れるが、本人は違うと言い張るのが目に見えているので呆れるだけに止める。
それに、マサキと違いまだノルマが終わっていない。
それから暫く黙々と素振りをすると、もう一人の仲間であるオストに少し遅れる形で終える。
そばに置かれたタオルを手に取りヒカルは汗を拭っていると、次のメニューに移っていた二人の会話が聞こえる。
「何でこんな早くから自主訓練をするんだ?朝弱いんじゃないのか」
毎日欠かさずに早朝鍛錬をしているマサキとヒカルの二名。
そのことは知っていたオストだが、鍛錬自体は今日初めて加わった為に嫌々ながらやっているのが意外だった。
座禅を組み、魔力操作の訓練を行いながらマサキは答える。
「まぁ、習慣だからとしか。強いて言うなら、テラクセスに居た時の纏まった自由時間が早朝だけだったしな」
他にも色々と理由はあるが、一番の理由はこれが大きい。
休憩時間などは纏まった時間が取れないので読書や人とのコミュニケーションに割いており、夜も動くには適していないので似たようなものだった。
今はそんなことはないが、一年近くそんな生活を送っていれば嫌でも勝手に目が覚める様になってしまった為に、マサキとヒカルはこうして朝早くに訓練をしていた。
「逆にお前も朝弱いじゃん。起きるの遅い方だし」
「そうだが、今日はエレナリーゼとの模擬戦だ。格上との戦いは模擬戦でも緊張するからな。あんま寝付けなかった」
昨日突如として知らされたエレナリーゼとの模擬戦。
あの後に誰が戦うのかという話になった時、シナから指名されたのがヒカル、オスト、マサキの三人であった。
マサキは不満を述べていたが、仲間内での模擬戦の戦績を考えれば人選には問題は無い。
無いのだが…
オストとしてはシナとエレナリーゼの事情と昨日の言い合いを思い出すと、勝たなければならないのか?という気負いが生まれてしまった。
そのせいか朝早くに目が覚めてしまい、今こうして自主練に励んでいる。
「緊張?」
「あれを見せられると負けられないだろ。あれでもシナには世話になってる」
「まぁそうだけど、別に負けても良いらしいし俺は適当にやるわ。気負うと勝てるものも勝てないぞー」
それは分かっている。
だが、緊張とは意図してなくすことはできず、慣れていくしか無いのだがそんな経験値はオストには無い。
「お前はもっと気負った方がいいと思うけどな」
「いやいや、俺なんて緊張で心臓バックバクっすよ」
逆に、覇気のない顔でいつも通りのメニューをこなしているマサキには緊張は見受けられない。
本人はしていると言うが、表情も相まって棒読みに聞こえる。
ヒカルが未だに素振りをしているのも普段よりも多くやっている為で、緊張の現れとも取れる。
そのことを知らないオストであるが、態度や言葉の節々から多少の違和感を感じているので、何となく緊張していることが分かる。
それに引き換え、マサキの自然体過ぎるその様は一周回って尊敬する。
「嘘こけ。演技くらいしろよ」
満足がいくまでに素振りが出来たヒカルが合流する。
オストも「ホントにな」と同意する様に相槌を打つが、当の本人は聞いていないと知らんぷりを貫く。
それからは無駄口はここまでと切り替え、朝食の時間まで剣の打ち合いをローテーションでやっていった。
●
「それで、何でマサキは模擬戦前で既に疲労困憊なの?」
時間はあっという間に過ぎ昼飯を取った後。
何故がぐで〜っとしているマサキを見たシュウタが呟く。
「さっきまでヒカル君とオスト君の二人に付き合って訓練してたんたんですよ」
「えぇ…それで今バテバテじゃ本末転倒だろ。馬鹿なの?」
「誰が好き好んでギリギリまで訓練なんてするか。巻き込まれたんだよ…」
事情を知っていたシンイチが説明すると、シュウタは呆れた様な視線を向ける。
マサキとしても同じ思いだ。
今さら何をしようが強さは変わらないどころか、疲れによる低下する恐れすらある追い込みなどバカバカしいと。
しかし、ヒカルもオストもジッとしているよりも体を動かしている方がリラックス出来るタイプであった。
疲れないくらいに体を動かし続けようという話が朝練の後に持ち上がった。
そうして巻き込まれたマサキ。
断ったのだがそれを逃すヒカルではなく、最終的に強制参加となり朝食前まで軽い模擬戦をやり続けていたのだ。
「ほんと、どうしてくれるんだよ…」と悪態を吐くマサキだが、二人からすれば嫌なことは嫌とはっきり言うことを知っている。
最後まで付き合ったということは、嫌々ながらも問題ないと判断したからだ。
朝からほとんど休みなく動き続けるオストとヒカルの体力は異常だとマサキは口ずさむ。
二人からすれば、それに着いていくマサキも充分に異常だと思う。
「調子はどうかな?」
「「うぉ!?」」
気配もなく背後から声がする。
シュウタとシンイチの二人は驚き変な声を出してしまう。
シナから不意に肩を叩かれたマサキはというと、驚くこともなく平然と受け答えする。
「良さげに見えます?」
「よさそうだね」
「何処に目付けてるんですか、もうクタクタで。今からでもジュンジあたりに交代しません?娘さん誰が相手なのか知らないし」
「何処が疲れてるの?分かりにくく近づいたのに、バッチリ気付いてるじゃん」
「疲れてて反応が面倒だっただけですって。過大評価、過大評価」
コンディションの確認を兼ねて声をかけたのだが、この様子を見るに万全だと分かる。
二人もそれは同意見で、探知系スキルを有しているシンイチでも気を抜いているとはいえ反応出来なかったのだから、見た目とは違い余裕があるのが分かった。
つまり、これはオーバーなリアクションを取っているだけだと。
「そう?でも元気そうだから変更はないよ」
「えー…」
「文句言わないでさ。もうキミで最後だから」
シナはマサキの手を取ると、引いて外に連れ出す。
既に全員揃っており対戦相手であるエレナリーゼは勿論、あまりこういったことに興味の無さそうなルナエルに仕事が休みらしいラナまで椅子に腰掛けていた。
「エレちゃんこっちきて。皆んなも集合ね」
シナが手招きをすると、エレナリーゼは柔軟体操をやめて近寄る。
動きに不自然はさなく非常に滑らか。
緊張などカケラもしていない様子であり、こちらも絶好調だと分かる。
「それじゃあルール説明をするよ。一対三の三本勝負で武器は真剣、防具無し、魔法はありね」
「真剣で防具無し?」
「うん。致命傷になりそうならボクが割り込むし、即死じゃなければラナが直ぐに直してくれるから心配しなくていいよ」
それは模擬戦ではないのでは?
質問を飛ばしたオスト含め他もそう思ったが、シナは構わずに進める。
「武器はいつものだけど、魔導具の能力は使わないでね。実力を知るための戦いだし」
この模擬戦はエレナリーゼがオスト達の実力を疑うからこその戦いだ。
武器も実力の内であるが、真の実力の話になった時にしこりを残す結果になるだろう。
マサキ達転移者組のメイン武器は教会から賜った魔導具であり、オストも自前で作った魔剣だ。
エレナリーゼ本人の武器も魔導具であるのでそう言った意味では公平なのだが、念のために消去しておくのが無難だ。
「場所はグラウンド全部で周りを結界魔法で覆った場所がリングになるよ。勝負の付け方だけど、こっちが有効打が入ったと判断した場合か、対戦相手が降参したらのどちらかで付けるよ。あと、出れないと思うけど結界の外に出たら強制的に負けね。以上、質問は?」
あまりにもシンプル過ぎる内容。
普通の模擬戦ならば、膝を突いたりや武器を落としたりも勝敗を分ける要素になる。
今回は限りなく実践に近い状況で戦うことになるということだ。
分かりやすいからこそ、誰からも質問が出ることは無い。
「無いね。なら早速始めようか。トップバッターはヒカルくん。頑張ってね」
初めに指名を受けたのはヒカルだった。
順番については聞かされていなかったが、特に驚くこともなくヒカルは「おう」と返事をする。
試合の舞台はシナの言うようにグラウンドと評したのがしっくりと来る、土が剥き出しになり整えられたところであった。
学校の校庭と呼ぶのが妥当だろうか。
準備運動は遠に終わっていたヒカルは、教会から貰ったスタンダードな剣にラウンドシールドと呼ばれる丸い盾を身に付ける。
対するエレナリーゼは身の丈程もある大剣だ。
見栄えも華麗で美しく、武骨のという言葉がぴったりである大剣とは思えない見た目だ。
持ち主に合っていると思わなくも無いが、いかんせんサイズ感がおかしい為に首を捻ってしまう。
この場に集まった時点で彼女のそばに置いてあったことから、あれを使うと分かってはいたが本当に持っている場面を見るとどうしても唖然としてしまう。
「ルナ、お願い」
対戦する両者がグラウンドの中央にたどり着くと、シナの掛け声により膨大な魔力が溢れる。
見た目として何が変わったわけでも無いが、魔力を感じ取れる者であればルナエルにより結界魔法が使われたのが分かる。
「二人とも頑張ってね。開始」
事前に知らせていた合図である拍手を鳴らす。
数百メートルも離れているにも関わらず、その音は対戦者達の元へ確実に響き渡らせた。
面白いと思ったら評価をしていただけると幸いです。




