1章 7話 ジュンジとコヨミの実力。
カンカンと木と木が打ち合う音。
朝に吹く少し冷ための風に乗るように響く音は、鍛錬をする者に小気味の良く感じる。
創神教、テラクセス教会の特別訓練所。
そこには、十代後半の若者達が各々武器を手に取り模擬試合を行なっていた。
中には武器の取り扱いが不得意な者もおり、そういった人達は素振りや体感訓練などの別メニューであったり、そもそもが不参加な者も居たりするが、それは少数派だ。
その少数派を除く全員は、心変わりの多い多感な時期にも関わらず、真剣に模擬戦に取り組んでいた。
それは異世界に来て、己が特別な者と呼ばれた優越感か。
体の成長が地球よりも分かりやすいことからくる満足感か。
今までの常識が通用しない世界で、身を守る術を身につけるための焦燥感か。
魔法と言う未知に触れ、それを使えるようになり、次はどんな事が出来るのかワクワクを隠せない期待感か。
いずれにせよ、学生のモチベーションは非常に高いものとなっている。
一部の例外を除き。
「あ〜、俺も素振りたい…」
その一部の例外である正樹は、羨ましげに筋トレに励む学生を眺めていた。
彼は基本的に地味な作業を好む傾向があると言うのもあるが、大きな原因は別にある。
「何を言ってるんだい。君は筋もいいし、基礎訓練を欠かしていないじゃないか。自分を下卑することはないよ」
「いや、そう言うことじゃないんですよ」
「そうかい?」
正樹の呟きに反応したのは、彼の訓練全般の監督をする担当騎士、パーシィだ。
パーシィの励ましは的外れも甚だしいのだが、正樹がそのことについて指摘することはない。
言葉の裏を読むことは騎士と性分的に得意ではないパーシィだが、納得がいかない表情をしているのは分かるらしく、笑いながら説得をする。
「そんな顔しないで。不安なのは分かるけど、マサキ君なら飲み込みが早いんだし模擬戦をバンバンした方が伸びるんだよ」
「それは分かってますよ」
「じゃあ、何が気になるんだい?」
「俺はあいつらと模擬戦をするのが嫌なんですよ」
そう言って活力のない目が見る先は、ミファオスに従って準備運動をする面々に向いていた。
そこには、光、純司、咲、恋詠の四人が武器を振りながら体を慣らしていた。
皆と同じように一応準備運動はしているが、未だ武器の扱いが未熟な咲は見学なのだが。一人は除外はされるが、その他の三人とは模擬試合をしなくてはならないと思うと気が重いと言うものだ。
「なんでだい?仲はいいように見えるけど」
「仲の問題じゃないですよ。天才の相手って言うのは誰でもしたくないですよ」
「ハハハ。マサキ君でもそんなこと思うのか。でも、君も負けてないと思うけどな」
「何処がですか。検査の結果どころか、今の身体能力は全員俺より高いですよ」
「目に見える力ならそうかもね。でも、君には駆け引きや技術があるじゃないか」
「そんなの身体能力が高ければどうにでも出来ますよ」
「中々に強情だね」
「事実です」
パーシィとて正樹の言うことは理解できる。
隔絶した力には小細工など通用しないし、それはこの世界では常識とも呼べるほどだ。
どんなに技を磨こうと、伴った体がなければ意味はないのだ。
しかし、この場においてはパーシィの目から見て正樹と光達との差はそれ程ないと思っている。
身体能力は上だが、それでも話にならないと言うほどでも無い。
それならば、正樹のやる気次第で十二分に勝てる見込みはあるだろう。
しかし、目の前の青年から一番大切であるやる気が感じられない。
いや、いつも基本的にやる気の無さそうな気怠げな目をしているが、いつにも増してやる気がない。
死んだ魚だ。
これには、熱血漢なパーシィもこれはダメかと苦笑いを浮かべるしかない。
「さ、君もテキパキ準備運動するよ」
「はぁ〜…」
パンパンと急かすようにパーシィに手を鳴らされると、正樹はなんとも面倒臭さそうに杖代わりにしていた木剣を振り始める。
(億劫だ)
その様子を見て満足そうに頷くパーシィを横目に、また一つため息をつく。
そもそもな話として、何故正樹は素振りがしたいのか。
彼は素振りがしたいとは言うが、別に素振りや基礎練が好きと言う訳ではない。
単にパーシィと毎日、と言うよりもずっとやっている模擬戦が少し嫌になっているからだ。
学生の訓練内容と言うのは、担当の騎士によって決められており、人によって様々だ。
そんな中でパーシィは実践派の人間で、全て肌で感じろと言ったようなスタンスなのだ。
別に教えるのが壊滅的に下手くそと言う訳ではないのだが、彼は一向に模擬戦以外をしようとしないのだ。
そんな結果、毎日五時間以上もパーシィにボコされ続けると言う、地獄のような訓練メニューとなっているのだ。
ここまで酷い偏りをしている者は正樹のみである。
最近では、また模擬戦してるよと呆れの様な引かれた視線を、ひしひしと感じるほどにはやっている。
正樹は嫌がってうんざりしているが、パーシィにもしっかりとした理由がある。
と言うのも、正樹が模擬戦をする度に目に見えて強くなるからだ。
正確に言うと見る力が長けすぎており、それを元に学習してしまえるので、わざわざ一から教えるよりも遥かに効率がいいと言う裏話がある。
それに加えて、訓練時間外に基礎訓練をしていると言うのを知っているために「なら、やる必要はないか」と言う結論があったからだ。
そんなこともあり、問題が自分にもあったと言うこを正樹は知る由もないのだ。
とんだドMプレイである。
「皆様、準備運動はそれくらいにして集合してください」
全員の体が温まり始めた頃を見計らい、ミファオスは全員に届くように声をかける。
それに従い、全員がそれぞれグラウンドの中央に集まる。
「準備はご十分ですか?」
この時ばかりは正樹もダラダラせずに、そそくさと集まる。
ニコリと笑いながら視線だけで全員を見渡し、問題が出ることも無くミファオスが進行を続ける。
「模擬戦の順番なのですが、僭越ながら私が決めさせていただきました。まぁ、各自一回づつやっていただくので些事ではありますが」
その事については、あらかじめ全員が聞かされていたので疑問が上がると言うことも無い。
よろしいと優しげに頷くと、ミファオスによって模擬戦でのルール説明がされる。
「それでは、初戦はミシロ様とカゲウラ様とさせていただきます」
「最初は影浦先輩ですかぁ」
「お手柔らかに…」
初戦に純司が当たった事により、恋詠は少し不満げな態度を取る。
いや、少しではなくあからさまに嫌そうな顔をしている。
そんな彼女に、淳二は苦笑いを浮かべながらご機嫌を取るように言うが、正樹と光としてもその気持ちはよく分かる。
二人はいつも通りの様子で、四角く引かれた線の内側にある所定の位置に歩いて行き、他の見学組は外に出る。
歩いている途中、純司は言葉の中に含まれる気弱さとは裏腹に顔を引き締めて、殺傷能力の無い銃を手に取る。
ロックがかかっている為に弾は出ないが、代わりにカチカチと言う音を鳴らす。
対する恋詠は、二振りの木剣を軽く振ったり、クルクルと回したりしながら体の最終確認をする。
所定の位置に二人は着き、模擬戦用の武器を構えると…
纏う雰囲気が一転。
両者、人が変わったのではと錯覚する程にお互いに視線を向ける。
無論、学生全員がこうなる訳ではない。
多少の緊張などはあるが、ここまでの豹変はまるで実践を経験した戦士を思わせる。
それは常人離れした集中からくる緊張感で、二人とも分野は違えど頂きを知っているからこその芸当だ。
そんな、ひりつく様な緊張感の中。
ミファオスは表情を変える事なく、準備は整ったか確認を取る。
それに対してどちらとも、問題無いと手短に答えると。
「それでは、始めてください」
この場においてそぐわない声音で軽く下される火蓋。
しかし、今の二人にはそんなことは気にも止めない。
それを証明するかの様に、ミファオスの声が消えると同時に乾いた音が鳴る。
純司が発砲したのだ。
まるで開始を知らせるピストルのように。
あまりの早打ちに、パーシィとミファオスの補佐の騎士が驚いたような表情を浮かべるが、彼らの友人に言わせれば驚くのはまだ早い。
恋詠は刺す様な一歩を踏み出すと、弾はその足元の地面を抉る。
模擬用の銃とは言え、弾速は人の反応できる様な速度では無い。
だが、結果としては恋詠は避けた。
純司としても、今ので仕留められるとはこれっぽっちも思っていない。
あれは牽制の為の、相手を動かす為の弾だ。
だからこそ、移動先を間も無く次弾を打つ。
次の弾は偶然で避けることは不可能。
これで先のが偶然で避けられなければ試合終了なのだが、恋詠は先程の回避が偶然では無いと証明する様に、小さいステップを踏むだけで避ける。
これには驚きそうなものだが、純司はそれを当然とすら思っている様で眉一つ動かさない。
慌てることなく弾を連射するのみだ。
弾はそれぞれ違う軌道を描いており、恋詠の逃げ道を塞ぐ様に撒かれる。
そう、これが全員が満場一致で純司と模擬戦をやりたがらない理由の一つ。
彼は日本に居た時に、とあるFPSゲームの世界ランカーだった。
それにあやかってか、こちらの世界でも銃を使おうとしていたのだが、ゲームと現実は違う。
筈なのだが、純司はその類い稀なセンスで初めて使う模擬銃を初弾を除き全弾命中させたのだ。
これを知った時は、全員揃ってうっそだぁ、と心の中で呟いたものだ。
約二名は口にも出していたが。
それから少しの練習、時間にして数時間で銃を使いこなし始めたのだ。
それこそ、止まっていようが動いていようが狙った場所を正確に打ち抜けるくらいに。
そんな事ができる人間と進んで模擬戦をやりたがる人がいるであろうか。
そんな、精密射撃をできる者が作った弾の檻銃。
弾の雨とも言える攻撃は、魔力を弾とする魔導銃ならではならの芸当で、リロードと言う概念は存在しない。
万事休す。
普通なら試合にならない弾幕、数の暴力なのだが恋詠は難なくその銃撃に対応する。
足も止めずに純司へと突き進む様は、無謀そのものだと思った人は多い。
しかし、当たるのではという周囲の予想を裏切り、踊る様にステップを踏んだり回ったりと大立ち回りで避けて、不可能なものは剣で捌き切る。
その様は、試合では無く舞踊の舞台にすら感じる。
これが開始数秒すら経っていない刹那のやり取りでなければ、嘆息の声や拍手喝采があってもおかしく無い試合だ。
恋詠は踊る様に進んでいるにも関わらず、学生一二を争う素早さをもって一瞬で純司との間合いを食い潰す。
ミファオスを除く見ていた騎士達は、これは早々に恋詠が一本取って終わるかに見えた。
普通の飛び物使いは、間合いを詰め切られれば無力と言うのが常識だからこその予想だ。
しかし、純司の真骨頂はここからだ。
セオリーであれば、弾で牽制して距離を確保するのが正解だろう。
見学している人達もそうするのかと思っていたのだが、純司はそんな予想を軽々と裏切り前進する。
その際に発砲して牽制をしっかりと入れて、少しでも恋詠の体制を崩そうとする。
そして、純司が踏み出した事により、弾を避けるのが困難になるが、恋詠は直角に曲がり始めて的を絞らせなくする。
そんなジグザグと舞う恋詠に、迷う事なく正確に弾丸を打ち込む。
そのどれもが、恋詠を捉える軌道ではあるのだが全てが本人に当たることはない。
とうとう恋詠は剣の間合いに純司を捉えると、木剣に遠心力を乗せて叩き込む。
奇策により、これはあるかと思われたがそれもここまでか。
これをたったの一ヶ月訓練した者がやっているのだから充分賞賛物だ。
そんなことを考えた者が何人いるだろうか。
真骨頂はまだカケラしか見えていない。
それを証明する様に、迫り来る剣は体を捉えることはなかった。
ギリギリで体を引いて避けたのだ。
それどころか、お返しとばかりに回し蹴りを顔目掛けて見舞う。
それに加えて、二度の炸裂音。
三段構えのカウンターに驚きの声が漏れる。それに対して恋詠の方は、体を回す様に捻ることにより回し蹴りを避けつつも弾丸を弾く。
圧巻。
戦いを知らないはずの子供が一ヶ月でここまでになるものなのか。
だが、まだだ。
この二人はこれを偶然でやっているのではなく必然でやっているのだ。
ならばこれで終わるはずもないのだ。
それこそ、両者共に今ので仕留められるとは、これっぽっちも考えていなかった。
今やっと本番開始だ。
それから始まったのは、剣と弾丸によるデュオ。
両者共に引くこともなく、格闘術まで織り交ぜられている乱舞。
恋詠の剣が頬を掠め、純司の弾が袖を破く。
蹴りが見舞われれば好機とカウンターを仕掛け、剣が通り過ぎれば弾丸を叩き込む。
一進一退の攻防に、見学する者達は息をすることもなく見入る。
そう、これが正樹達が純司と戦うのを嫌がった理由。
人間離れした動体視力と反射神経。
これが彼の真の恐ろしさだ。
これに、ゲームにより鍛えられた高い集中力が合わさる。
身体能力が地球よりも遥かに高いこの世界において、人間離れしたなどでは無く人間を辞めているが正しいと言ったのは正樹の言葉か。
恋詠の下からの鋭い切り上げをギリギリに回避すると、今度は純司が胴に蹴りを食らわせる。
「くうっ!」
ここに来て初めてのまともな当たりで試合が動くかに見えたが、恋詠は後ろにわざと飛ぶ事により威力を殺す。
それにより、大した隙も出来ずに着地すると仕切り直しかの様に両者攻撃を見舞う。
そのあまりの見応えに、周りの騎士は唸る。
下馬票として、近づけば恋詠の勝ち、近づけなければ純司の勝ちと周りは予想していた。それが大どんでん返しな展開に、騎士は驚きと興奮を隠せない。
しかし、仲間内で言わせれば寧ろ恋詠がここまで純司に食いつく方が意外であった。
元々の彼女は、運動神経こそ良かったが純司に勝てるほど高くは無かった筈だ。
アイドル活動をしていたことから体力などはあったが運動では、引きこもりであったにも関わらず純司に勝てた事は殆どない。
身体能力の差はそれ程変わらず、それはこちらの世界でも同様だ。
恐らくは、こちらに来てからの弛まぬ訓練の賜物と、転移特典であるスキルの影響だろう。
それでも、全員恋詠が勝てるとは思ってはいなかった。
それくらいに純司の才能は常軌を逸しているのだから。
間違いなく大健闘である。
しかし、才能の差とは無慈悲なものでジリジリと恋詠が押され始めて、参りましたの一声で勝敗が決したのだった。




