1章 6話 オストの苦難は旅の合間にも
暖かい陽光照らす日。
そんな気持ちの良い日、とある開けた山の中に木と木のぶつかり合う子気味良い音が鳴り響く。
しかし、その音を奏でている奏者の片割れは、そんな木の音色に聞き入るような余裕など無いと言わんばかりに疲労した表情で赤髪の青年、オストは満身創痍になりながらも迫り来る棒に備えるために木剣を構えるが、力も限界であることから難なく木剣は宙を舞う。
飛ばされると同時に、オストは体の限界も迎えてその場に倒れ込む。
「まだ動きがぎこちないね、身体強化も途中出来てないし」
「わかっては、いるんだが、はぁ、きつ、すぎるんだよッ」
「魔法が使えなかった時に比べれば上達はしてるよ。だからもう一回頑張ろうか」
「おに、かよッ、げんかい、もう無理だッ!」
息も儘ならないオストに、追い討ちの如く続きを急かす長い黒髪を三つ編みにする男性、シナはニコニコしながらしゃがみオストを棒でツンツンと突く。
普段であれば、怒るなり払い除けるなりのことをするのだが今はそんな余裕は無い。
つい最近まで魔法はおろか魔力を使った身体強化も使えなかった者が、いきなり身体強化を使い模擬戦をするというのは本来まともに出来きないのに加え、オストは自身のスキルのせいで魔法を扱うのがそもそも困難なのだ。
それにも関わらず二週間程度で身体強化魔法を習得し、模擬戦が出来る程度までになっているのはオストのたゆまぬ努力と才能のおかげだ。
それでも、慣れないことをすればまな板の上の魚のようになってしまうのだ。
「旦那様、食事ができましたのでそろそろ切り上げてください」
オストをまだ絞る気満々のシナの後ろから声がかかる。
灰色の髪をした三十代くらいの切れ長な目の男、オルクスが食事の準備が出来たと呼びに来る。
今きたオルクスをオストは神を見るような目を向けるのだが、当の本人は何故そんな視線を向けられているのか分からず困惑する。
このままであれば、調理をされるのはオストであっただろうからこその感謝だ。
「もうそんな時間か。わかったよ、オストくんは体洗ってから来てね」
シナはそう言うと立ち上がり馬車が止まっている方に向かう。
「ありがとうオルクスさん、シナのスパルタ訓練で死ぬところだった。助かった」
「なるほどそういうことですか、礼には及びません。私はお二人を呼びに来たにすぎませんから」
そう言い残すとオルクスも馬車の方に歩き出し、オストもおでこに張り付いた赤髪を鬱陶しそうにかき上げると、体が泥だらけなのに辟易とする。
仕方がないと、重い体に鞭を打っておぼつかない足取りではあるが、川の方に歩きだすのだった。
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「はぁー、生き返る」
「そんな大袈裟な」
「いや、お前の特訓洒落になってねぇからな」
体にスープを取り入れると、感動するように呟くオスト。
オーバーなリアクションだなぁとケラケラと笑い、シナが茶化すように言うと真面目な顔で返す。
二人は、まだ出会ってそれ程の時間が経ったわけでは無いが、この三週間程でシナの態度にも慣れたため、オストはこの程度では一々目くじらを立てなくなっていた。
何より最近は怒りより恐れの方が先行してしまうのだ。
というのも、シナに師事し始めてからというもの特訓と称して割と命懸けなことを平然と言ってくるのだ。
最初に狼型の魔物の群れを前にした時、三時間くらいこいつらから逃げ切れと言われた時は流石に冗談だと思ったが、直ぐに馬車から蹴り落とされて狼に四時間も追い回されたり、魔力の使い方を教わるときにもオストの体内の魔力を無理やり使わされたために、腕が爆散したりと散々な目にあっている。
本人はオストに『超再生』のスキルが無ければこんなことしないと言ってはいたが、後でオルクスに聞いた話ではシナ本人はそれ以上のことを平然とするため、その気になればそれくらいの事をやらされると聞いた時にはオストは肝を冷やしたものだ。
これは支持する相手を間違えたのでは?
それに会ったときのシナは、演技で軽薄そうに振舞っていたのもありオストの神経を逆撫でしていたのだが、素の方はそれほどまででも無く、むしろ落ち着いた性格をしていたのでまだマシと言える。
それでも第一印象が強いのに加えて、オストに悪戯をする頻度が前より下がっただけで無くなった訳では無いので接し方は変わらないのだが。
そんなこともあり、シナとの付き合い方に慣れてきた頃でイラッとすることも少なくなってきた。
それはひとまず置いておいて、オストは建設的な話をするために旅の目的地について聞く。
「それでいつ頃になったらアレクレア共和国に着くんだ?」
「それなんだけど、今ボク達が向かってるのアレクレアじゃないんだよね」
「どういうことだ?」
オストがそう思うのも、元々はアレクレア騎士団に入団する為にシナ達についてきてるためだ。
何より、今からアレクレアに行くけど着いてくる?みたいな旅立ちにも関わらず実際には別の国を目指してるんです、など言われれば疑問も抱くだろう。
「それがね、最近聖皇国が異世界人の召喚なんて秘密裏にやったらしくてね、それの調査して来いって急に言われてね」
「本来、旦那様がやることでもないのですが、何分今は帝国との戦争で人手が足りないというのもありますからね」
「めんどい」
そう一言呟かれた方を見るとサラサラのプラチナブロンドを靡かせ馬車から降りてきた少女、ルナはシナの隣に座るとスープを受け取り食事を始める。
「そう言わないでください。本来私達が他国に赴けないのを無理を言って来ているのですから、多少の要望は聞かなくては」
「そうだね。無理を押し通して来たわけだからある程度の雑用くらい引き受けるさ」
「私達?シナは兎も角、二人も結構偉かったりするのか?」
「第八騎士団の元団長と副団長だからね、この三人だけでちょっとした国なら落とせる大戦力だね、ハハハ」
気になったことを聞いてみたところ、予想の斜め上の回答が返ってきたオストは口が塞がらない。
アレクレア騎士団の団長とは、皆少なくとも伝説級の強さが求められるのだ。
副団長もそれに準ずる強さを持っていると言われており、シナの言った国を落とすと言う冗談はあながち間違えではなく、この三人なら小国くらいなら滅ぼせるだろう。
事実、リキシアと呼ばれる国はシナによって軍を壊滅させられたことがあるのだから。
もしシナの言葉を真に受けるのであれば、これ普通に国際問題なのではと思わなくもないがオストは深く考えるのを止めた。
「まぁ、そんなこともあって調査してからアレクレアに向かうことになるね」
「わかった、それじゃ聖皇国にはどれくらいで着くんだ?」
「それならあと一週間くらいかな、着いたら調査のせいで修行は出来なくなるから、今のうちに頑張ろうね」
オストとしては引き攣る他無いだろう。
何せこの言葉の裏には、間違いなく今までよりキツくするから死なないでね?という含みがあり、笑顔を向けてくることからもほぼこの予想は当たっていることだろう。
嫌だと思う反面、オストは大切な幼馴染に会うためには強くなるのが必須ということも分かっているのでここは前向きに考え身を引き締める。
「という事でご飯食べ終わったら魔力で身体強化を次の休憩までしようか」
本来、魔力を使った身体強化は燃費が非常に良いのだが、体にかかる負荷がかかる為長時間の使用は厳禁である。
そもそも、いくら燃費が良いと言えど魔力を使うことに変わりは無く、そのうちに魔力が切れるのだ。
しかし、オストには潤沢な魔力と体に負荷を掛けすぎて壊れても再生するスキルがあるため、問題なく地獄の修行ができてしまうのだ。
普通の前衛で戦う人は、魔力を調整して身体強化を行い、体への負担や魔力の消費を抑えるのだが、今のオストにそんなことは出来ないために三十分ほどで体に異変が生じる。
恐らく四十分で体が壊れ始めるのだが、幸か不幸かオストの体は壊れた端から再生してしまう。
だが、再生はしても痛みを感じることに変わりはないので、馬車を走らせ次の休憩は四時間後であるためその間、痛みと格闘するということだ。
そんなことを言われ、先程締めた体が震える。
オストは助けを求めるためにオルクスの方に目を向けるが、その先に見えるは横に振られる首が。
「私に旦那様を止めることはできません」
返って来たのは無慈悲な返答だったので、ダメ元でルナにも目を向けるが本人は何故見られているのか分からずに首を傾ける。
残念ながらオストの味方がいないと分かり肩を落とす。
「メル、俺はお前のために頑張るって決めたけどよ、もう心が折れそうだわ…」
そう上を向き、今は離れ離れの幼馴染ぬ泣き言を漏らすオストの目には、光る何かがあったとか無かったとか。
真実は本人が知るとことなるがそれが、知られることは無いのだった。