2章 56話 閑話 シナの慈善活動
この世界の国は基本的に、その国の象徴的な建物を中心として栄えていく。
具体例で言えば王城であり、周りに貴族街が発展する。
そこを少し離れると普通の人達が住む一般的な街である平民街、さらに離れるとスラム街と言う感じに街が立ち並び、外に離れるほど治安が悪いのはどの国でも当たり前である。
それはこの国、リキシア王国も例外では無いのだが、街の割合が他の国と大きく異なっている。
この国の実に八割がスラム街と化しているのだから。
その理由の大元にあるのが、二十年以上前に鉱山が枯れてしまったことにある。
そして、その後の対策が良くなかった。
鉱山が枯れ、このままでは国の運営がままらなくなるのが目に見えていた貴族たちがとった行動が隣国、ソランへの戦争であった。
ソランは、リキシアを始めとした多くの国に囲まれており、理地がいいことから物の流通の中心として機能していた。
そこを支配することが出来れば、今後の問題を解決出来るとリキシア上層部は考えていた。
穴の多い考えではあったのだが、大半の貴族たちは基本悠々自適な生活をしており、所謂無能と言われる貴族が過半数を締めいたということもあり、多くに支持された。
さらに救えないのが、そういう者達の多くが王城勤めであり、国務に携わっていたのが原因だ。
当時はまだ金があり、鉱山大国であったことから武器などが豊富であり軍事力も隣国に比べてはるかに高かったのも悪かった。
最初こそ陰謀を重ね、戦争を初めてからは無双という形で進めることが出来た。
しかし、良かったのはそこまでであり、ソランがとった行動により戦局が大きく変わった。
それは傭兵を雇うという、一般的な軍の増強だった。
多くの者からしたら、傭兵など大したことの無いあり合わせの戦力なのだが、雇い入れた者達が問題であっあ。
その先が当時無敗を誇り、雇った国は必ず勝利を得ることができると有名であった傭兵国家とも言える、大傭兵団だった。
当初、その傭兵団が参戦すると聞いたリキシア上層部はその噂を知ってはいたが、眉唾物だと鼻で笑い、それごと潰せばいい。
自国の軍事力はその程度で問題ないと、他国にしらしめるという目的もあり、そのままソランに進軍を続けた。
リキシア上層部は勝利を疑わずにいたのだが
、噂の傭兵団が参戦してたった一日で撤退をを余儀なくされる。
戦で進軍したのは四万にも関わらず、『白死』の二つ名を付けられた者が率いる百の傭兵たちが退けたのだ。
これが敵の工作などにより一時撤退ならまだ考えることが出来たが、傭兵達は正面から戦い退けてしまった。
その被害は死者一万八千、負傷者一万三千と大敗もいい所であり、戦争の継続など不可能に近かった。
これにより戦争に負けたリキシアは、領土の半分を奪われ、当時隠していた鉱山が枯れていたことも大陸中に知られた。
そこからは、衰退の一途を辿り現在に至る。
そういった理由もあり、王都の八割がスラム街となっているのだが、一応行商やら旅人が訪れるためのある程度安全の確保された場所がある。
と言っても、あくまである程度であって他国に比べれば治安は非常に悪い、旅人街と言われる宿が密集している地域だ。
そんな旅人街を歩く二十代前半くらい、長い黒髪を三つ編みにし眼鏡をかけて、身なりが綺麗な男が一人道を行く。
いくら旅人街とはいえ、巡回の兵士すらゴロツキと変わりのないこの場所では、身なりのいい服や貴重品を身につけるということはトラブルに巻き込まれると同義である。
普通であるなら護衛などを付けるものなのだが、男は一人で身につけているのは腰に差してある棒の様なもののみ。
「おい、そこのお前」
「ん?」
当然、鴨がネギを背負っているので目をつけられる。
後ろから声をかけられると眼鏡の男が振り返る。
声をかけてきたのは小汚いがこの国の兵士の鎧を着た三人だ。
「なにかな? 」
「お前は今日この国に金は払ったか?」
「払ってないけどなに?」
「それはいけねぇ。この国には一日滞在する事に我々に銀貨一枚を納めなきゃいけないって規則があるんだ」
案の定、ガラの悪い兵士に捕まる。
普通国に入る時に銅貨一枚を収めれば入出国出来き、その後滞在による税をとることを禁しすることがアルジア大陸の連盟の下決められている。
つまり、この兵士がやっていることは所謂カツアゲというやつだ。
そのことが分かると「僕は今お金をもちあわせていないので後で納に行くね」と言いその場を後にしようとするが兵士がおい、と声を上げ拳を握る。
これを見ていた周囲の人はまた被害者が出たかと思った。
拳を構えた兵士が前のめりになり殴り掛かるように見えた。
しかし、兵士はそのまま地に倒れ伏す。
何が起きた!?
それが野次馬をしていた者達が皆思ったであろう感想。
残りの二人も例外ではなく、目を白黒させていると後を追うように倒れる。
何が起こったのかが理解できない野次馬は呆然と立ち尽くすしか無かった。
残った眼鏡の男は驚きの視線を向ける周囲を無視して何事も無かったかのように歩き始める。
そして、すぐ目の前にある周囲の宿よりも立派な宿に入る。
ロビーを素通りして足速に部屋に戻ると、帰宅を伝えていないにも関わらず一人の男が待ち伏せていた。
「お疲れ様です、旦那様」
「お疲れ様。そっちの首尾はどうなってる」
眼鏡を掛けた男、シナを出迎えたのは灰色の髪に切れ長な目をした男、オルクスだった。
敬うように頭を下げ、シナが部屋の奥に歩き出すとその後ろを控えるようについて行く。
「調査結果は?」
「進行に問題ありません。資料を纏めましたのでそちらをご覧下さい」
相変わらずの仕事の速さに、満足げに頷くと居間へ到着する。
シナは資料を男から受け取ると、目を通す為に机に座ろうとすると既に先客がいた。
先客の女性は、うたた寝をしている様で上下にコックンコックンと動きながら俯いている。
起こすまいと静か席に着くがその気遣いは無用なようで、月を思わせる金糸を揺らしながら女性は顔を上げる。
シナに似た赤い瞳をトロンと垂れさせ、眠いのか目を擦りながら「おかえり…」と呟くように言う。
「ただいま、ルナ」
それに反応をする幼くあり大人びているようでもある幻想的な女性、ルナは小さく欠伸をする。
しかし、まだ眠いようで机に突っ伏してしまう。
シナはそれを見てベッドに行くように勧めたいところだが、気遣いが無駄に終わることが目に見えていた。
仕方なしと資料に目を落とすと、茶器を持ってきたオルクスが口を開く。
「して旦那様。そちらは上手くいかれましたか」
「それがコソッとやろうとしたらバレちゃって。しかも、逃げた先にターゲットみたいな人とぶつかっちゃって」
「貴方様はとことん潜入捜査に向いていませんね」
「いやぁ、面目ない」
詫びれも無い様子で頭を掻きながらアハハと笑うシナに小さくため息をつく。
オルクスが知らないことではあるが、ターゲット改めてオストはぶつかったようではなく膝蹴りを入れられており、それを知ればジト目を送るところなのだが幸いそのことを知ることは無い。
シナがやろうと思えば潜入捜査など容易くできることは知っていると同時に、シナ個人の責任となる仕事はかなり自由なのもよく知っている。
今回のミスも恐らくその場の勢いや気分でやったことだろうと内心で当たりをつける。
この様子を見るに修正の効かないミスでは無いみたいなのでため息をつくだけに留めたのだった。
「シロ、終わりそう?」
「どうだろう。相手の出方次第としか言えないな」
今度は言葉足らずの質問がルナから出る。
寝ているように見えて、意識はしっかりあるようだ。
さらっと答え、見ていた資料から視線を上げその後「ただ…」と付け足し。
「僕の予想だとそろそろ頃合だと思うよ」
「そう」
「でしたら、私も準備しときます」
「そうしといて」
「私は?」
「とりあえず待機で。万が一の時のフォローだけお願い。多分分かりやすいから」
一通り指示を出しルナが小さく頷き、オルクスが恭しく礼を取る。
確認したシナは「ありがとう」とお願いを聞いてくれた二人に礼を言う。
会話が一区切りつくと、オルクスが「そういえば」と何かを思い出す。
「本国より早急に帰還するように命令が来ておりますが」
「帰る気は無しって伝えといて。それにしても、跳ね除けられるの分かってて伝えに来るなんてねぇ。引退した老人に人員を割くなんて勿体無いよね」
思い出された内容を一応は主人へ伝える。
すると、やはりわかり切っていた答えに加えて、シナは愚痴を混じえる。
「私たちが秘密裏に国外にいるのは大問題ですからね。一応は体面を守るためにやらなくてはならないのですよ」
「バレても文句言ってくるところなんて無いのにマメだね。ボクが外をぶらつくなんていまに始まった事じゃないのに」
「団長方は同じ考えでしょうが、事務や外務はそうでは無いのですよ。もし問題になれば大事ですからね。彼らの胃を考えれば戻ってあげるのが優しさです」
「それが嫌だから称号とか位を返上するよって言ってるのに、それを認めないのはあっちだからね。それくらいの代償は飲んでもらわないと」
雑談の延長で忠言をするが、オルクスとしても同じ立場なために言葉ほど憂が込められていない。
シナに至ってはどうでもいいと考える余地すら無い。
仮に本国の事務か外務が目の前にいたとしても、胃を痛めるだけで何も言えないのだから本当に雑談以上の意味はない会話だ。
それからもオルクスと業務連絡を少し含ませて会話をしていると、資料の吟味をあっという間に終える。
「よし、仕込みは上々。流石オルクス、思ったより早く終わりそうで何よりだよ」
「元々情報は貰っていましたからね。私は足りない部分を補足してまとめたに過ぎません」
シナは満足気に笑うと資料を机に投げ捨てながら褒める。
しかし、褒められた本人は大したことないと眉ひとつ動くことは無い。
それがオルクスの本心であり、言うことが事実なのも分かっているが有能な部下であることは間違い無い。
「情報は揃った、あとは釣りの時間だ」
「そうですね。私としても早いところこの国から出たいところです」
体勢をダラリと崩して、シナは面白そうに笑顔を深くする。
オルクスは同意すると、この環境に滅入っているようで珍しく愚痴のようなものをこぼす。
それを聞いてこれは珍しいとシナが口にすると、答えを返す前に自分に入れた茶を飲む。
「当たり前です。見どころもなければ治安も悪い。この国は観光をするのには些か不向きですので」
「まぁ、オルクスからしたら趣味が潰されているんだから暇だろうね〜」
「趣味が潰された訳ではありませんが、興じるのが難しいのは事実ですね。それは旦那様も変わり無いのでは?」
まるでオルクスは出来るような執事の様な物腰であり、アウトドアが好きそうな見た目では無いのだが、実のところかなり好きなのだ。
元々は職業病の延長線であった情報収集が災いし、気がつけば旅行が趣味に転じていた。
その為に満足にも外出も出来ず、あるのは没落寸前の成金貴族の巣窟かだだっ広いスラムの海はかなり退屈であった。
だが、それは似たような趣味を持つシナにも言えることだ。
「今のところは楽しいよ。面白い子もいたし、何より状況が結構複雑なんだよね」
「また趣味の悪いことをしているので?」
「人聞が悪いなぁ。ボクは手段が回りくどいだけでやってることは人助けだよ?」
「そんなことばかりしているから誤解されることが多いんですよ」
主人は行動こそ考え無しに見えるが、その裏にはしっかりとした行動理念と損得勘定がある。
オルクスの悩みであるのが、この態度と行動の結果のせいで黒幕と勘違いされることが多々あるのだ。
確かにシナは陰謀やら策略やらを巡らせはするが、これらは全て人の為だったりする。
これは別お人好しだからと言う訳では無く、結果が人の為になるだけで己の欲望を満たすことが大半である。
人道的で無いことも平気で実行し、相手に容赦が無いので最終的に黒幕の様なものになっている事もあるが、敵対しなければ基本無害だ。
オルクスが何が言いたいかと言うと、その厄介な性格を治して欲しい。
そうすれば変に恐れられることも、嫌われたり、恨まれたりすることもないのだ。
しかし、本人はそれを分かっていて、むしろ楽しんでいる節があるので意味がないことでもあるのだが。
「物語みたいに人間関係は簡単にはいかないから仕方ないよ。なら最初は怪しんでもらって信頼を勝ち取る方が確実だよ」
そんな打算から人間関係を始めようとするから疑われるのでは?
オルクスは喉元まで出かけた言葉をぐっと飲み込む。
そんなことを言ったところで意味など全く無く、それどころか今度はどんなヘンテコキャラ設定に変更されるか分かったものではない。
なら、今の陽気と言う名の胡散臭い商人の方がいくらかマシだ。
「さて、そろそろ行くとしようかな。それじゃ、二人とも引き続きよろしくね」
「いってらっしゃいませ」
「早くしてね…」
そう言いシナは二人を残して部屋を後にしようとすると、オルクスが恭しく腰を折って送り出そうとしたあと。
ピクリとも反応しなかったルナが寝言のような声で言う。
それにシナは「頑張るよ」と、本来の優し気な小さな笑みを作ると部屋出て行く。
「最近あんまり構えなかったからね。早いところ終わらせてようか」
断言こそしなかったが、ルナからああ言われれば断ることはできない。
シナは珍しく気合いを入れると、頭の中でプランを練り直すのであった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
出来ることなら評価とブクマ、感想の程をよろしくお願いします。
褒めるとモチベが上がって投稿が早くなるかもしれない。
誹謗中傷以外の感想も大歓迎です?




