1章 5話 未知の体験はいくつになろうとドキドキするもの
「では、これから魔力を感じてもらう」
長い長い講義。
清潔感のある白が部屋の広さと装飾により、壮大な雰囲気を醸し出す。
それでいて華美な飾りは無く、その場の者の集中を削ぐような事はない落ち着きの様なものまであるのだから、内装の力とは不思議なものだ。
その神秘的とも言える講義堂に、間隔に余裕を持って座る学生は、座学の総責任者であるゴルギーにより発さられた響きが反響するように、誰からともなくざわめきが伝播してゆく。
この場の全員が待ち侘びた、異世界の不思議である魔法の一端に触れる機会が。
その証拠に、今この時は普段は大きな反応を返さないような人物であろうと、その高揚を隠しきれていない。
ゴルギーが入るように言うと、十名のローブに杖といった、これぞ魔法使いと言わんばかりの格好をしたもの達が入る。
「皆には十のグループに分かれ、魔導士達に魔力の使い方を実際に教わってもらいたい」
その後も細かい全体説明が終わると、学生達は浮き足立ちながら自然とグループが出来上がってゆく。
正樹も例外無く、普段一緒にいる五人である光、淳二、咲、恋詠で集まることになった。
全員が一塊となったのをゴルギーは確認すると、魔道士達に指示を出してそれぞれを振り分ける。
その際に、正樹達のグループに振り分けられたのはかなり若い少女の魔導士だった。
「皆様初めまして。私はパミラと申します。魔導士としては若輩者ではありますが、精一杯努めさせていただきます」
顔を合わせると、初めに自己紹介をされたので各々も軽く自己紹介をすることにした。
パミラは見た目通りに若いらしく、初めての魔法講義で教えをこうには少し不安に思わなくも無いだろう。
例えるなら、研修生にテスト範囲の勉強を教わろうとするヒヤヒヤ感が近いのではないだろうか。
だが、それは教会の魔導士団に所属していることから一定以上に優秀であることは間違いなく、侮るようなことはすぐに捨て置く。
「ですが、それでも私のような者では少々不安でございましょう。そこで、皆様が安心できるよう、今実力を証明したいと思います」
ここにいる五人は決して侮ってはいなかったのだが、見た目の問題はよく言われるのであろうか。
実際には、人によってはそのことを指摘する者はいたのであろうから、今回も想定してたのかも知れない。
これは決して五人の深読みではないだろう。
なにせ、パミラの浮かべる笑みに付随する黒いオーラが。
苦労しているんだろうな、と哀れみの目を持って心の中で合掌。
「…?それでは、少し離れてもらっても良いですか」
当の本人は、五人の心の中で引かれていたり、合唱されてることはつゆ知らずにお願いをする。
すると、普段では考えられない協調性により、訓練された軍隊のごとくダラダラすることもなく迅速にパメラから離れる。
決して、あの笑顔が怖いから一刻も早く離れたかった訳では無い。
協調性が無いのも個々の我が強いだけで、仲のいいだけあってやろうと思えば連携もバッチリなのだ。
滅多にやらないだけで。
「それでは…」
ボォッンッ!!
パミラの右手には、小さな爆破を伴い現れた火球。
正樹達も軽く習った高等テクニックである無詠唱による火球だ。
これに五人は「おー…」と声を上げならが躊躇いがちに拍手を送る。
流石は魔導士団所属なのだが、何故躊躇いがちなのか。
(((((なんでだろう、火球が黒く見える…)))))
その火球は、使用者の怒りや怨念的な何かにより黒く見えたのだ。
勿論ただの幻視であり、火球はメラメラと赤く燃えている。
拍手をもらえたことでスッキリしたのか、オーラから黒味が取れたパミラはぺこりと頭を下げる。
そこからは、特にこれと言った問題もなく講義でも説明された注意事項を再度聞き、早々と実践に移ることとなった。
「これから皆様には魔法を使うための必須技術である、魔力操作を練習していただきます」
魔力操作とは、体内にある魔力を動かす技術のことで、魔法を使う上では必須技能とも呼べる。
魔力を使いたい場所に集めることに始まり、魔法を行使するための出力設定などもこれが出来なければ不可能だ。
「そのために、魔力操作を出来る様になって貰いたいのですが、出来る方はいますか?」
パミラは視線を全員に向けるが、それに応じるものは居ない。
これは分かりきっていたことなので特に問題は無い。
と言うよりも、魔法の扱いを禁止されていたので使える方がおかしいのだが。
「分かりました。では、最初に魔力を感じていただくところから初めます。そのためには、私が皆様に直接魔力を流し込んで感じてもらう、魔力循環というものをさせてもらいます」
この魔力循環については、正樹達は講義であらかじめ説明されていたので質問も無く頷く。
特に問題もないようで、パミラは当初抱いていた緊張が抜けるとニコリと笑う。
話が早いと言うのはそれだけで好印象なのだ。
「どなたからにしますか?」
「オレから頼む」
問われると、すぐに光が一歩前に出る。
あらかじめ決めていた順番を決めており、スムーズに進める。
因みにではあるが順番の決め方はジャンケンであり、光がトップバッターになる事が多いのはつまりそう言うことだ。
パミラはすぐ側にあった椅子をすすめて、自身も座ると力を抜くように言う。
「ヒカル様ですね。それでは手を繋いで頂けますか?」
「こうか?」
「そうです」
差し出された手握り、円を作るように繋ぐ。
「はい、ありがとうございます。では、魔力を流させていただきますので、体に異変が有ればすぐに言ってください」
「分かった」
「その見た目で女の子と手を繋いだこともないんですか?」
「ちげぇよ!!」
魔力を流すと聞くと、光は少し体を硬らせて緊張したように頷く。
それを見た恋詠が茶化したが、光は別に女の子が苦手と言う訳ではない。
「ヒカル様、集中してください」
「はい…」
しかし、今はふざける時では無かったので、パミラの注意に大人しく反省する。
やはり、自分から未知のことによる不安からくるものなのだが、それは恋詠とて同じこと。
怒られると光は、少し気落ちするがおかげで緊張が解れてしっかりと集中する。
パミラもそれが分かると「いきます」と言うと魔力を光に流し始める。
「うぉ…?」「くぅぅ…」
魔力の循環が始まると両者から声が漏れるが、その内容には違いがあった。
光の方が驚いたような不思議な声なのに対して、パミラは力むように顔を顰める。
咲が「大丈夫ですか?」と聞くと苦しげに大丈夫と言うと、そのまま魔力循環を続ける。
時間が経つにつれてパミラも平常に戻ると、ふぅーと息を吐き出すと繋いでいた手を離す。
「ヒカル様の魔力回路は、どうやら随分凝り固まっていたようで大変でした。ですが、しっかりと魔力を循環出来る様になったので問題は無いと思いますがどうですか?」
「あぁ、特に変なところはないな」
「良かった。でしたら、魔力を自力で動かすことは出来そうですか?」
「やってみる」
そのまま椅子に座り続けると、深呼吸を一つする。
傍目から見ても特に何もなく、分かる変化としては次第に顔が険しくなっていることくらいか。
それでも、パミラが「そうですその調子です」と言っていることからも、魔力操作は順調に出来ているのだろう。
非常にシュールな場面で、非常に面白い状況なので正樹と恋詠はチャチャを入れたくなるが、先程のことを思い出してグッと堪える。
「しっかりと魔力を動かせてますね。もう大丈夫ですよ」
「はぁーーー…」
もういいと聞くと、光は大きく脱力してだらけ切る。
魔力を感じ取る事が出来ない恋詠は首を傾げるが、本人は大分大変だったようで汗を少し滲ませている。
「どうなんですか?」
「んー。なんかこう、もやっと?あー、口で説明しづらいな。やってみりゃわかる」
「そうですね。なら、次は私で良いですか?」
「分かりました。では、椅子に腰掛けてください」
「はーい。灰原先輩、いつまで陣取っているんですか?邪魔です」
「ま、ちょっ、いでっ!」
はい、ドーン。
両手で椅子から押し出されて落ちると、光は尻餅をつくと恨みがましい視線を向ける。
その本人は、そんな視線はなんのそのと一瞥することすらなくタタっと椅子に座る。
他の三人も、恋詠が先にやることに異論は出ずにどうぞどうぞと言う感じですすめられる。
このメンバーの順番決めは、基本的に最初の人を決めたらあとはノリと流れで決まるのが常なので、慣れたように譲る。
光は、このことに抗議をしようかと考えるが、いつものことなので無駄だと言うことも分かっている。
打ちつけた場所を摩り、少し恨み節を言いながら純司の隣に行く。
準備が整うと、光と同じように手を繋いでくださいと言われる。
それを、楽しみで待ちきれないと言ったようにニコニコとしながら手を繋ぐと、パミラの合図と共に魔力循環が始まる。
「おぉ?なんか、凄いですね。ちょっと気持ち悪いかも?」
「お体に異変が?」
「いえ!なんか身体がゾワゾワってして、くすぐったいなって」
「それなら大丈夫です。普段動かしてない物が動いて身体が驚いてるだけですから」
光とは違い、特にこれと言った苦労もなく魔力循環が終わる。
終わると恋詠は、おぉーと言いながら身体中をペタペタと触る。
パミラはそれを見て魔力操作が出来る様になっているので褒めるが、やはり傍目から見たら変な人だ。
「なるほど、確かにこれは言葉にしにくいですね」
「だろ」
ふむ、と顎に指を添えて言う恋詠に光は同調するように相槌を打つ。
魔力の動かし方は、体の動かし方に近いのかも知れない。
そして、次は永遠の二番手であった純司が成り行きで魔力循環をやることとなった。
今まで通りに戸惑うこともなく椅子に座ると、手を繋ぎ魔力循環を始める。
恒例とも言える変な声を少し出して、恋詠と同じようにつつがなく終わると、咲に椅子を譲り渡す。
これも同じように終わるのかと一同が思っていた時、少し問題が起きる。
「あれ?」
不意にパミラが戸惑いをあらわにしたのだ。
今までであれば、咲も同じように何かしらのリアクションを取ると思われていたのだが、本人は何もないようで首を傾げる。
「どうしたんですか?」
不安になり、咲が聞くと一旦手を離して大丈夫ですと安心させるように手振りをする。
「最初から聞いてはいましたが、どうやらサキ様は魔力量が多すぎるので私でも循環させるのが難しいようなのです」
「そうなんですか?」
「大丈夫ですよ。少し荒療治にはなりますが、押す力を強めてみますので少しでも異変があればすぐに手を離してください」
「分かりました」
最初の属性検査でも分かっていたことだが、咲の魔力量は飛び抜けている。
潜在的なスペックが現地人を大きく上回る転移者のなかでも飛び抜けている。
それどころか長年訓練し続けて魔力量を大きく増やした魔導士すらも凌駕していると言うのだから、その規格外っぷりが分かると言うものだ。
例えではあるが、一般人の魔力量を十とする。
これで一般的な魔導士の魔力量は三百ほどで、国に仕える魔導士となると五百。
大陸最大規模の宗教である創神教。
その宗教が運営する国の魔導士団となると、エリート中のエリートであり、その魔力量は千を超える。
そんな魔法のエリート集団である魔導士団の一員のパミラなのだが、咲の魔力の前では例外では無いようで、生半可な魔力では咲の魔力を押すこともできない。
その咲の魔力量だが、魔導士団の五倍である五千だ。
言い方が悪くなるが、これを体重換算にして例えると五十キロの重さの人が二百五十キロの物を動かそうとしているということだ。
これを聞くと、どれくらいの苦労かが窺える。
再び二人は手を繋ぐと、パミラは目を瞑り深呼吸を一つ。
ふっと力を入れるような動作をとると、驚いたような声が咲から漏れる。
ふぅぅ!と今までになく顔を赤らめならが力を込めるパミラ。
それから間も無くして、はぁはぁと肩で息をしながら脱力をしたところで魔力循環が終わる。
話ぶりから咲の魔力を動かすのが相当難しかったのに加えて、恐らく今までで一番時間がかかっていたの疲労の原因だろう。
疲労困憊と言ったパミラに咲は、心配するような声をかける。
「パミラさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫、です。少し、休めば、問題ないです、から」
大丈夫と言われても、この様を見るとどうしても心配がでる。
パミラは童顔の少女とも言える顔出しをしているだけに、燃え尽きたおっさんみたいな体勢でぜぇぜぇされるとなんとも言えない感じなのだ。
(なんだろう、俺に当たる人間って変なの多くないか?)
そんな残念少女を前に正樹は、とてつもないデジャブに襲われる。
某腐女子しかり。
某毒舌アイドルしかり。
性別は違うが、直近では某熱血気味騎士も瞼の裏にチラつく。
いや、あれは男だ。
すぐに頭から追い出すと、んんー…と天井を見て唸ると、淳二に大丈夫?と心配される始末だ。
「大丈夫だ。世の中の不条理に嘆いていただけだ」
「え、本当に大丈夫?」
「(人間関係は)大丈夫だ。多分…」
純司はいきなりの奇行に心配をしたのだが、本人はそんなこと気にするなかれで今一番気になることに返答をする。
驚くほどに噛み合わない話である。
だが、これはいつものことなので純司も深く考えずに「そう?」と返すだけで終わる。
正樹も含めて、このメンバーは全員話が自分の中であらぬ方向にいって迷走してることなど日常茶飯だ。
今回も例に漏れず、自分の世界にどっぷりと浸かっている。
その考えが類は友を呼ぶで片付くのだが、本人がそれを認めるわけもないので無意味に時間を使うのもご愛嬌。
取り敢えず、パミラの様子を見て魔力循環を続行可能なのかは気になるところだ。
「大丈夫?なんなら俺は後日でもいいですけど」
「い、いえ!お気遣いは無用です。さ、落ち着いたのでどうぞどうぞ!」
どうしても気を遣われるのが嫌なようで、未だに顔色は優れていないが空元気で対応する。
顔に似合わずプライドが高いんだろうなぁ、と思うもそれを顔に出さずに正樹は指示に従う。
こういうのは、指摘しても面倒くさいだけなのだから。
正樹が椅子に座る頃には、パミラの息遣いは正常に戻っており、一応は大丈夫なまでにはなり一安心。
もう見慣れたと言える一連の動作で手を繋ぐと「行きます」と声をかけて魔力循環は始まる。
「おお?」「ええ?」
魔力循環を始めた直後。
今までにないパターンで、同時に困惑するような声が漏れる。
残りのメンバーも、どうしたと言う表情を浮かべながら経緯を見守る。
手を繋ぐこと五秒。
パミラから手を離し、それを見て全員が早いなと言う感想が浮かぶ。
それから少しの沈黙が訪れる。
まさか、正樹に異常が。
そんな思いが浮かんでくる頃に、パミラは重々しく尋ねる。
「あの、マサキ様は今までに魔力に触れたことは?」
「無いですけど」
「では、魔法を使ったこと。あるいは当たったことは?」
「それも無いです」
「なるほど…」
パミラはいくつかの質問をした後に、少し考え込むようなポーズを取る。
変な間が出来て、誰からともなく唾を飲み込むような音が出る。
実の所、魔法が使えると聞いて一番に舞い上がっていたのは正樹なのだから。
普段から基本的に死んでいる目が、魔法の話をしている時だけは息を吹き返していたのだから、どれほど興奮していたかが伺える。
それでも、テンションや表情はいつも通り気怠げなので他人が見たらあまり違いがわからないのだが。
そんな、珍しく少年のような態度を取っていた正樹の希望を打ち砕くのかと。
そう思われた時だ。
「これはすごいですね。魔力の質がまるで熟練の魔導士のようですよ。魔力量はそこまで大きくありませんが、これなら魔導士としてもやっていけそうです」
「へー、それは良かった」
「そうですね、では魔力を動かしてみてください」
「こうか?」
「「「「「…」」」」」
正樹が魔力を動かし始めると、他の四人とは違い大した苦労もなく魔力操作を行う。
魔力操作に不慣れで手こずっていた四人はドン引きし、あまりの出来事にパメラは固まる。
例えるなら、周りがよちよち歩きをしているのに対して一人だけ走っていると言う感じだ。
「あ、あのー。本当に魔力操作をするのは初めてで?」
「一応?あ、そういえばスキル使う時にこの感じ、というか魔力?を使ってたからそのせかな?」
「スキルを?ですがその様子を見るに一度使ったくらいですよね。それくらいでそんなになることは…」
「いや、一人の時に楽しくて使いまくってましたね」
ここでパミラがあー、と合点の言った表情をする。
スキルの中で任意で起動するものの中には、魔力を代償に使う物がある。
それは魔法とは違い、知識がなくともスキルのサポートがあったり、勘などで使いこなせるような物がある。
これのおかげで、魔法のように知識がなく、無知の状態で魔力操作を知らなくとも練習ができていたと言う訳だ。
それでも魔導士と同じくらいの質と言うと、常日頃から何年も魔法を使い続けていることになるのだが、この一ヶ月でどれだけスキルを使い続けたのかが気になるところだ。
この一言を聞いて、「あー、正樹だわ」と呆れた目を向けられた。