1章 4話 寝不足の日に受ける授業は辛い
ただの説明回です。読まなくても本編に支障はありません
異世界転移に巻き込まれた翌日
学生達は教会内にある職員寮の一つを貸し出され、そこで生活する事になっていた。
そこで一夜を過ごした後に朝起床した学生達は備え付けの食堂で朝食を取った後、優しげな顔つきに眼鏡が似合う神官、グイネスに集められていた。
「皆様、昨夜はしっかりとお休みになられたでしょうか。急に環境が変わり、お体が優れない方がいらっしゃる様でしたら、遠慮なく私達にお申し付けください。こちらも精一杯、皆様をサポートさせて頂きますので」
挨拶を程々に済ませ、グイネスは学生達を心配そうに気遣う。
実際に、環境の変化や不安により寝不足になり、目の下にクマをつけた学生はかなり多い。
それでも、殆どの者が集まりこの場にいるのは少しでも不安を紛らわそうとしているのであろう。
それともう一つの理由として、今日から始まるこの世界についての勉強会、もとい情報を集めるためだろう。
幸い、この場にいる学生達は全国屈指の進学校に通っていたのだ。
全員がそれなりに優秀であり自分が取るべき行動をしっかりと理解しているからこそ、大半がこの場にいるのだ。
だが、逆に言えば大半しか居ない。
つまり、この場にいない者は耐えきれなかったのだろう。
未知と不安の恐怖に。
それでも、自棄を起こしたりしないだけまだ冷静とも取れるかもしれないが。
そんなこともあり、早く話を聞きたいと言う思いと寝不足による目つきの悪さにより、グイネスに無言の圧力を加える。
そんな学生達を見て、皆さま中々にたくましいですね、と呟くと「大丈夫な様子なので、話を進めさせていただきます」と言う。
「それでは、昨日お話しした様に希望者の皆様には本日より、こちらの世界について学んで頂くための講義をさせて頂きます。本日は、初めてと言うことで講義内容が多いために朝八時から夕方の六時、合計十時間を予定しておりますが、基本的には午前が戦闘訓練、午後が座学となります。勿論、休憩を定期的に挟ませて頂きますのでご心配なく」
他にも細かい注意事項や説明をし、グイネスは懐から懐中時計の様なものを取り出し時間を確認すると「話の切りも良いのでこの辺で。そろそろ講義の時間でもありますので場所を移動しましょう」と言う。
「講義をご希望の方は私の後につづいてください。講義室へご案内します」
そう言うとグイネスは、ゆっくりと出口に向かう。
続く様に、食堂にいた学生全員が後を追う様にぞろぞろと移動を開始する。
そして、案内された講義室は学生達の寮からそれほど離れていなかったようで、直ぐに到着した。
そこは、整理の行き届いているだけでなく、静謐な雰囲気をも醸し出しており、百人以上が裕に使えるのでは無いかと言う具合の広さを誇っていた。
学生達も、有数の進学校に通っていただけあってそれなりに良い施設を使っていたと自負をしていたが、これを見た後では見劣りしてしまうと言うものだ。
講義室に着くとグイネスは、ご自由の席にお座りください、と促すと学生達は、各々が仲の良い友達と固まる様に好きな席に座る。
皆が席についたことを確認し「担当の者が直ぐ来ますので、お気を楽にしてお待ちください」とグイネスは、うやむやしく頭を下げると講義室から退出する。
そして、程なくして講義室の扉が開くと、一人の老人と付き従う様に十人の神官が入室する。
それなりの年を取っているように見えるが、背筋はピンと伸び、険しい顔つきをしていた。
「皆様、お初にお目にかかる。私は、皆様の座学を監督させていただく、ゴルギーと申す。以後お見知り置きを」
ゴルギーと名乗る初老は、無駄な話は嫌いな様で短く自己紹介を終えると、同じ様に短く補佐の神官も短く紹介する。
それから、グイネスからは聞けなかった講義の流れと少しの注意事項を足早に説明すると、早速講義が始まる。
「まず、皆さまには我々創神教について軽く説明させていただく。創神教は創造神セフィラトラ様を信仰しておりこの世界、セフィステラで最も多く信仰されている宗教だ。創造神セフィラトラ様はこの世界を創造したとされ、三大神のうちの一柱とされている」
創造神セフィラトラの話が長々と続き、学生の皆がどこら辺か軽くなのだろうかと言う疑問符を浮かべるが、初めて聞く話なので全員が大人しく静聴する。
「以上がセフィラトラ様の説明の触りだ。後日、掘り下げてまた抗議させていただく」
どうやら、割とどうでもいい話であったようだ。
途中からは説明では無く、次第に尊さや素晴らしさを説き初めて、あれ?この話聞く必要なくね?と学生達がツッコみたい気分に駆られ始めるが、ちょこちょこ重要な話も混ざるのでそんな余裕はなかった。
「セフィステラにはアラシア大陸、ユーガニス大陸、リンガード大陸、クロア大陸の四つの大陸が存在しており、クロア大陸を除く全ての大陸で創神教は信仰されてる。そして創神教が最も信仰されているのが、君達がいる大陸でもあるアラシア大陸だ。さて、創神教についてはこれまでとして、本日の本題に移らせてもらう」
最初の無駄話が嫌いな雰囲気はなんだったのか。
そんな風に学生が呆れ、辟易とし始めていた頃。
やっとのことで教会についての話が終わる。
ひと段落がつくと、よいよ授業に移るとのことでホワイトボードのような板に線が浮かぶ。
今までの時間はなんだったんだと文句を言いたいところではあるが、それをグッと堪えてゴルギーの説明を聞く。
アラシア大陸では、主に三つの国が創神教を国教としており、オルランテ連邦、セフィラーク教国、テラクセス聖皇国の三つであり、三教国と言われている。
因みに、学生達がいる教会はテラクセス聖皇国の聖都にあるテラクセス教会だ。
「この内の創神教の総本山であるセフィラーク教国は、三大列強と言われる大国の内の一つとして数えられている」
この列強というのは地球での意味と同じであり、簡単に言えば大陸全土に影響力のある国だ。
「それで、この大陸で生活するにおいて列強は大きな影響を及ぼす。必ず覚えとくように。アラシア大陸最大規模の国土を持つ超大国、クレメリア王国。傭兵が起こした国で経ったの数十年で最強の軍事大国に至った国、アレクレア共和国。これに創神教の発祥地であり、アラシア大陸の歴史とも言える最も古き国、セフィラーク教国の三つで三大列強だ」
そして、次はこの三大列強の何が優れているのかと言う話になったのだが、これまだ単純明快で、何者も寄せ付けない圧倒的な武力を持っていることだった。
経済力でも技術力でも無い、ただただ強い個人が多くいるからこそ列強なのだと。
この話を聞いて、日本人である学生達はそんなまた馬鹿と言う感想を抱くだけだ。
そんな反応をありありとゴルギーは感じるが、特に怒る様子もなく予想していたとでもいいたげに流すと、次にこの世界特有の物についての話を始める。
それは、異世界の特産品の代表とも言える魔力という摩訶不思議な物についてであった。
これには、全学生の表情が引き締まる。
今回の講義で一番知りたがっていまた者が多いのが、このファンタジー要素のことだったろう。
そもそも、この世界の人間には不思議要素代表とされる魔力以外にも別のエネルギーがある。
「この世界で生きるために三つのエネルギーが必要だとされていおり、それが魔力、気力、霊力の三つだ。これらについて説明するにはもっと専門的な知識が必要になる。一度に学ぶには時間が無いので、詳しい話は後日とする」
あからさまなまでに気落ちする一部の学生。
折角のお宝を目の前にお預けを食らえば、仕方がないのかもしれないが。
ならば、何故この話になったかと多くの学生は疑問に覚えるも、直ぐにその理由というのは分かる。
まず、この世界で生きて行く上で一番に大切とされているのが、知力などよりも最も直接的な力となる個の戦闘力だとゴルギーは断言する。
いくら知力を振り絞ろうが、度を過ぎた力の前には無意味だと言うことが常識で、言うなれば地球での出来事に例えるとすれば超巨大隕石に知力で対抗する様なものだと言う。
それが日常的にありうるのが異世界であり、発想や思想が原始的とも言える方へ行ってしまうのは、厳しい世の中を生き抜くには仕方がないことなのかもしれない。
そして、この世界で一番重要視される戦闘力についてだが、これらが先程上がった三つのエネルギーにより決まるのだ。
この三つの合計が俗に言う戦闘力だ。
さらに、戦闘力は正確に定められているわけではないが、全ての生き物が大雑把ではあるが階級訳されている。
下から、凡級、下級、中級、上級、超越級、英雄級、伝説級、神話級、亜神級、神級、創神級と言う風になっている。
「今階級を全て言ったが、下三つは実質存在しないので気にする必要は無い。これらは御伽噺で存在したと言われるだけで、そもそも神は天界に在らせられるとされているからな」
この戦闘階級なのだが、ただ聞いただけでは個の強さを測るだけの意味のないもの。
力自慢の指標にしか聞こえないのだが、何故こんなものが取り決められているのかと不思議に思う。
しかし、理由は簡単でその個の強さの振り幅が数の力を上回ってしまうからだ。
凡級から中級までは関係のない話なのだが、これが上級にまでなってくると、一人で凡から中級で構成された軍の小隊と同じ強さになってくるとのこと。
その上の超越級にまでなると、無策であれば国の軍隊でも太刀打ち出来ず、英雄級であればそもそも勝負にはならない戦闘力になると言う。
伝説級になれば国を一夜で滅ぼすことも可能であるし、神話級は言うに及ばず。
人一人が天災をも引き起こすこともできるからこその指標。
これは謂わば国家における危険度指数に置き換えることもできる、この世界での絶対の階級。
では、この個が何故絶大な力を持てるかと言うと、これが先程聞いた三大エネルギーに繋がってくる。
魔力が強ければより大きな魔法を。
気力が強ければより大きな精神を。
霊力が強ければより大きな恩恵を。
これを聞いて精神とは?と疑問に思うだろうが、察しのいい学生はそれがアルガードの威圧感と関係があるのではと睨む。
それは正しく、この世界での意思の強さは現実に影響を及ぼす力を持っているのだ。
魔力はこの世界に溢れる第二の酸素の様な存在で、霊力は保持できる加護やスキルの容量だ。
これらには成長限界と言うものが無く、だからこそ理不尽な存在というのが生まれてしまうのだ。
例え話で、人間で山を砕く者もいるとゴルギーが言うと、聞いていた学生顔を引き攣らせることしかできない。
何故、最初に国のパワーバランスと強さの大切さを説いたのかがやっと理解できた。
地球と異世界の常識の意識の差を理解させたかったのだろうと。
それがなんとなくでも学生たちが認識し始めた頃には、教会に備え付けられた鐘が大きな音を鳴らして時間を告げる。
「今日の講義はここまでの様だな。次回も今日と同じ時間に始めるゆえに忘れぬ様にな」
そう言い残すと、やることは終えたとばかりにゴルギーは出て行くと、学生達は疲れたとばかりに息を吐きだしてこれからの身の振り方に思い馳せるのであった。