1章 43話 歪んだ聖女の祈り
五日おきには投稿しようとしたのに…
連載は難しいですね
パタンと閉められる扉。
見窄らしさが感じない、必要最低調度品が置かれている執務室には、少しの寂しさとも言える魅力の欠如があった。
第一印象は、もう少し装飾をすれば見栄えの良い物となるであろうにと、部屋を見た人は残念、後一歩だと言う感想を浮かべるだろう。
しかし、誰がなんと言おうとこの状態がこの部屋の完成形だ。
それは、この部屋の主人が入室することにより完成する。
今までに無かった華やかさが、無駄な装飾など彼女の前では霞むのだから。
部屋の主であるセレンは、付き添っていたアルガードへ一瞥もくれることなく執務机へと向かうと、優雅な動作で椅子に座る。
「どうなりましたか?」
あまりにも唐突で要領を得ない言葉。
普通の人であれば、意味も分からずに困惑するのみだろうが、アルガードは特に考える様子もなく短く返事をする。
なんのことでしょうか?
そんなことを聞き返す無能は、セレンのそば付きには一人たりともいない。
主の考えを汲み取ってこその従者。
「失敗とのことです。勇者含む五人で向かい、説得に入りましたが後に戦闘。結果は敗北とのことで、現在は回収して治療に当たらせています。怪我の程は大したことのないとのことです」
「そう」
「そしてヤツの動向ですが、現在は宿屋にいるとのことです。いかがいたしますか?」
「手出しは無用です。『白死』があちらにいる時点で私に出来ることはありませんよ。どう足掻こうと、こちらに勝ち目などないのですから。下手に刺激して戦争など。それはそれで面白そうですが今は、ふふっ、ふふふふ…」
柔らかな微笑みを携えて、皇女たる気品も兼ね備えていた佇まい。
アルガードからの報告を聞いている最中ですら、その雰囲気にいっぺんの曇りもなかった。
話が終わるまでは。
まるで堪えきれないといった風に、お腹を押さえて笑いを堪える様は、普段のセレンを知る者であれば驚愕に値する光景だろう。
いつでも毅然とし、あの微笑みが崩れることなどなかったのだから。
笑いがひと段落つくと、乱れた息を整えてから顔を上げる。
そこに、先程の微笑みは微塵も浮かんでいなかった。
まるで別人を思わせる様なその顔は、口端を歪ませて三日月のような笑みが張り付いていた。
「まさか、本当にここから逃げ出すなんてっ。凄いわ!ダンジョンに残ったって聞いた時はガッカリしたけど、生き残るなんて!魔物の群だけでじゃなく、ハイ・オーガの変異種まで用意してたのよ?それを一人でなんて、アハハハハッ!」
興奮した様子で手足をバタバタさせながら、高らかと叫ぶ様はまるで壊れた人形か。
あまりの奇行に、止めに入るために人が集まるのではとも思える音を立てているのだが、この部屋には防音の結界が仕込まれているために、外に漏れ出ることは無い。
唯一、それを止めることのできる位置にいるアルガードは、主の奇行に驚くこともなく見守るのみ。
「確かに賢いとは思っていたけれど、どうすればあの状態からこんなことができるのか。不思議でしょうがないわ!」
止まらぬ高笑い。
そうなのだ。
マサキはこの世界に飛ばされて、頼れる縁など学生同士のみのはずだった。
長い間、教会内での監禁生活を強いられており、さらには隠れた監視までいる始末。
外に出られたと思えば、周りは全員創神教の信徒ばかりで監視の目は割増に。
半ば詰んでいる状況下でマサキに出来ることなど、セレンに媚を売ることくらいしか出来ないと彼女は思っていた。
そもそも、教会に疑問を覚えられる優秀で面倒な者は、そうなる様に誘導していたのだから。
事実、何人かはそうして来たし、正樹も例に漏れなかった。
違いを挙げれば図太さと、セレンの本性に気がついたことくらいだろうか。
それが分かってからは、更に監視の目を強化していた。
出来ることなど無かった筈なのに。
手足をもいだ状態で、釘を刺さしたどころか首輪までしていたのに。
自由とも言えない微かな自由のみで、一眼で隠れ潜むアレクレアの密偵を見抜いた上で接触して、監視にバレずに交渉をしてのけて、聖都脱出の段取りまで打ち合わせたなどと。
とてもでは無いが、人間技ではない。
それは、その知力に限った話では無い。
あくまでおまけの目的ではあるが、学生の間引きと教会への忠誠心を上げるために秘密裏に計画した商隊への襲撃。
さらにマサキ個人に限れば、セレンの預かり知らぬところでグイネスが独断で排除にまで動いていたのだ。
これで生き残れたことだけでも賞賛ものなのだが、さらにマサキを一番高く買っていたセレンでさえも、死んだと思っていたダンジョン脱出劇。
学生達に恐怖を覚えさせるために設置していた魔物の群れに、ダメ押しとばかりに設置した超越級の化け物、ハイ・オーガの変異種。
さらに、元々監視に付いていた暗部の上位者。
これらの攻略不可能な障害を置かれていたにも関わらず、正樹は生き残ってみせた。
いや、それどころでは無い。
魔物の群れは兎も角、セレンの付けた枷である上級暗部二人を殺すだけに留めるどころか、むしろ利用してみせた。
さらには、聖騎士を派遣しなくては討伐出来るはずもない超戦力であるオーガまで撃破してのけた。
大番狂わせもいいところだ。
これが、超越級の戦闘力を保有していれば難しくとも出来ないことは無かっただろうが、これをやって退けた本人が持っていた戦闘力は中級程度。
これは、セレン本人も直接確かめていることなので間違いはない。
そんな程度の力の持ち主が、これらのことをやってのけたのだから驚愕に値するとしか言えないだろう。
セレンからしてみれば、それすら陳腐な言葉だ。
「ふふふっ、アハハハハッ!」
彼の所業を並べれば、思い出し笑いをしてしまう。
あぁ、なんとおもしろきことか。
「私の想定を大きく上回るなんて。ちょっと面白い玩具を見つけた程度だと思っていたけれど、訂正するわ。貴方は最高の玩具よ!惜しい、本当に惜しいことをしたわ」
ひとしきり興奮しきったのか、セレンは力が抜ける様にドカりと椅子に座り込む。
そして、熱を吐く様に疲れたため息は色を含んでおり、本心から惜しいことをしたということがありありと伺える。
相手がアレクレアで無ければ今すぐにでも奪い返したいくらいには、彼女はマサキのことを気に入っていた。
退屈だった。
齢十八にして彼女はこの国の実質的な頂点へと至った。
五歳の時には己は特別だと悟っていた。
それを証明する様に、学べば学ぶだけ、鍛えれば鍛えるだけ、彼女は力をつけていった。
それは、直ぐに聖女の称号を得たことにより証明された。
その時には、周りのレベルの低さに辟易とした日々だと感じていた。
何故この程度のことで褒められるのか。
何故この程度のことが出来ないのか。
退屈だった。
ならば、次はこの国の頂点を目指してみるのも一興か。
幸い、彼女の家族は皆が何かしらの才能を持つ優秀な家系であった。
名君と名高い父に、その後を継ぐに足る優秀な皇子、皇女達。
セレンに劣りこそすれど、退屈を紛らわす程度の相手には十分だろ。
最初は楽しかった。
まずは遊ぶための場を用意するために、父親をどうにかすることにした。
ひとまず、病気に見せかけて暗殺することにした。
バレないように毒と呪いを使い、徐々に徐々に殺して行く予定であった。
しかし、父はそのことによる症状だと気が付き、すぐに秘密裏に下手人を捜索し始めた。
さすが、名君と言われるだけあって病魔に侵されながらも、的確な支持と有能な配下を使い幾度とセレンをヒヤリとさせたものだ。
そんなスリルが少し楽しかった。
だが、その時間は長くは続かなかった。
手を打った時にはすでに遅く、状態も手遅れな段階だったために、さほど時間がかからずに意識不明になった。
本来の予定であれば死んでもらうところであるが、セレンとしてはこの状態の方が都合が良かったので、それ以上に手を加えることは無かった。
呆気ない。
もう少し頑張って欲しかったところだが仕方が無い。
やろうとしていることが楽しいことだと知れただけで儲けものだ。
次に控える兄弟との政権争いにワクワクとしながら、争いのタネを巻くことにした。
それからは疑心暗鬼の坩堝だった。
家族全員が己以外を信じることのできない中、誰が聖皇に毒を盛ったことだけが噂に拍車をかける。
待ち望んでいた状況。
兄弟は皆が保身に走り、身を守るために自分こそが正当な継承者だと名乗りを上げていった。
勿論、セレンもこれに名乗りを上げて争いに加わったが、順調だったのはここまでであった。
ここに来て経験の差というもので、上三人の兄弟に遅れを取っていたのだ。
足りないものは上げ始めればキリが無い。
しかし、それはなんと愉しいことか。
優れた人間との力比べとは、これほどまでに心躍るものかと歓喜した。
一筋縄ではいかない政権争い。
セレンが初めて出会った娯楽にのめり込んでいくのも難しいことではなかった。
自分に足りないものを自覚し、快楽を覚えてからは早かった。
冷静さを取り戻して気が付いた時には、最後に残った長兄が火炙りにされていた。
もう終わってしまったの?
なりふり構わず兄弟を粛清していき、セレンが実質的な皇の座に着いたのは齢十四歳の頃だった。
そこからは退屈な日々だった。
国の中にセレンの足元に及ぶ者は一人とておらず、ならば他国との戦争をと考えたりもしたが周辺国の情勢は安定しており、それを支えている大陸を牛耳る主権者達はセレンから見ても別格の人物達であった。
聖女の称号を授かり、創神教の総本山であるセフィラークに教皇からのお言葉を貰いに行き、次元の違う生き物と邂逅した。
聖女という強大な力を持っていたからこそ、感じ取ることが出来た教皇の力の一端。
テラクセスのトップとして、大陸の覇者たるクレメリア王国へと挨拶回りへと行った時、たまたま前女王にお目通りする機会を得た。
その時に、会って間もない一言二言しか会話をしていない筈なのに、セレンの全てを見透かされた。
腹芸はマスターしたと自負していただけに、まさかこうもあっさりと見抜かれたことに畏敬を覚えた。
アレクレアの第一騎士団団長を戦場で見た時には、遠目にも関わらず怖気を感じた。
戦闘での強さは勿論のこと、知力による策略による暗躍ですら、セレンが何をしようが彼には通用する気がしない雰囲気を漂わせていた。
文字通り全てが、上に立つことを宿命付けられた皇女を超える圧倒的なカリスマ力がそこにはあった。
この三人以外にも、彼女がどうにもできない存在というのがこの世には稀にいる。
今回にしても、アレクレアの伝説、第八騎士団初代団長『白死』のシロは底の見えない怖さで言えば別格であった。
そういった化け物達にまで喧嘩を売るつもりは、セレンには無かった。
別に自殺志願者では無いのだ。
勝負にならないのに喧嘩を売るつもりは毛頭ない。
今はまだ。
地道に力を蓄えるべきだ。
そんな辛い修行の様なことをしているところへ、手を抜いていたとは言え自分を負かすほどの才能の持ち主が現れたのだ。
彼女に久しく味わっていなかった悦びを与える玩具。
一般的な言葉で言い表すなら、ライバルが欲しかったのだ。
セレンがどれほど待ち望んでいたことか。
悦に浸る彼女が一つの事実を思い出すと、愉しげに歪んでいた表情に不機嫌さが宿る。
それが、価値に気が付いた時には自分の手から滑り落ちていたのだから、昔の自分をズタズタに引き裂きたい、憎悪とも言える感情を一瞬抱く。
それでも、それが出来なくては好敵手になり得ないと思い直し、自分の受けた屈辱を思い出すとまた顔を悦に歪ませる。
「今回の勝負は私の完敗です。居なくなってしまったのが本当に残念でなりません。もっと話していたかった。もっと見つめ合っていたかった。はぁ〜、次が待ち遠しい。今度はどんな風にヤり合いましょうか」
その様は発言と相まって恋する乙女の様。
だが、その内容の意味は世の中の乙女とは些かかけ離れていたりするわけだが、この場でそのことを指摘する者は居ない。
その思いは狂人の歓喜なのか恋心なのか。
答えを知る者はセレンを含めて誰もいない。
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