1章 3話 軽い嘘はすぐにバレるもの
見渡す限りの人々や模擬戦に使われるであろう木製の武器の数々。
これが教会の敷地の中にある訓練場と言うのだから、初めてこの場に訪れた者たちは驚きしかないだろう。
案の定、魔力測定で最後のグループだった学生達は目を向いている。
そして、学生の皆が思ったことであろう。
教会とはなんぞや?と。
日本の一般的な教会との差異に困惑していると、この場の説明係らしき騎士の一人が歩み寄ってくる。
「皆様、魔力測定お疲れ様です。次に皆様の近接戦での適性を見させていただきます。お体が弱かったり、動かすのが苦手と言う方はお申し付けください」
有耶無耶しく学生を迎えた騎士はマニュアル通りと思われる対応をする。
特に問題がないと判断すると、いそいそと案内を始める。
「では、こちらの皆様は大丈夫とのことでご案内させていただきます。まず、先程の魔力測定で大変優秀だった御三方はこちらに。他の皆様は自身の身体能力と相談していただき、自信のある方は騎士と模擬戦を。ない方は騎士に打ち込みを。お体が弱い方はカカシに軽く打ち込みをして頂きます」
そう言い終えると、説明途中に来ていた各担当の騎士達が一人一人に聞いていき、四つのグループに別れる。
「それじゃ期待の新人諸君、励たまえ」
「なんで上から目線」
「てかマサはなんでさらっと打ち込み組にいるんだよ」
説明が終わり、最初から省かれていた光、淳二、美咲の三人。
その三人に面倒事ご苦労と顔に書いてある正樹は口元を隠して小さく震えながら言う。
ここに来てもいつも通りの煽りをかます正樹き呆れ気味な淳二と、サボる気満々で騎士との打ち込み組に集まる正樹に聞く光。
「いや、だって俺ただの学生ですし。いきなり騎士と模擬戦なんてとてもとても」
「中学まで武道やってたって言ってなかったか?」
「かるーくダラダラやってただけだ。素人に毛が生えた程度は経験者とは言わない」
光が指摘すると正樹は素人に毛が生えたくらいと言うが、三人は正樹が毛が生えた程度とは全く思ってない。
なにせ、本人曰く四歳から色々な習い事としてやっていたと言うのだから、中学まで剣道をやっていたこともあり、とても信じられはしない。
そんなこともあり三人からの恨みのジト目が飛んでくるが、そんな視線は全く聞かないようだ。
疑う視線を無視していると、グループ分けが決まったようで担当の騎士が案内を始める。
「そろそろ移動か。まぁ、頑張れよ。俺もぼちぼち頑張るから」
そう言い残すと列の最後尾にくっ付くように正樹はついて行く。
何食わぬ顔でいく様は、ふてぶてしさがありありとしていて三人としてもイラッとするものがある。
「あれ、絶対に頑張る気ないよね」
「手を抜くことなら頑張ると思うけどね」
「本人がやる気ないのはいつもの事だろ。それにマサなら上手くやるから大丈夫だろ。それよりオレ達の方が問題だな」
他の学生が移動したのを見計らいやってくる三人の騎士。
三人とも薄々の予想は付いてはいたが、やはりかと言う思いが強いがために体が少し強張る。
「お残りになって貰った御三方には此方にいらっしゃる聖騎士様達が見極めをさせていただきます。それでは、私はこれにて失礼します」
そう言い終えると案内をしていた騎士は、片手で剣を掲げるような仕草と共に一礼するとその場を去る。
変わるように三人の騎士が光達の前に来ると、簡易版であろう礼をとる。
「それでは引継ぎをさせて頂く創神教テラクセス教会第二位次席聖騎士のクルガンだ。会うことは少ないだろうがよろしく頼む」
「創神教第三位聖騎士、メナスです。よろしくね」
「同じく創神教第三位聖騎士ミファオスです。よろしくお願いします」
長い銀髪が特徴の自信に満ちた表情をするクルガン。
こげ茶のウェーブのかかった髪、あまり興味のなさそうに光達を見る唯一の女性、メナス。
友好的に微笑む、この中で一番特徴の少ない燻んだ金髪の優男、ミファオスの順に挨拶をする。
騎士が終わると此方も名乗らない訳にはいかないので光達三人も順に自己紹介をする。
「それでは私はヒカル殿を見よう。メナスはミサキ殿。ミファオスはジュンジ殿の相手をしろ」
時間が勿体ないと言うクルガンは、横にいる二人にに指示を出す。
騎士が各々一人を担当することになった。
指示し終えるとクルガンは、ついて来い、と光に言うと白線が四角く引かれた場所の中央に移動する。
「それでは早速始めるとしよう。最初はその木剣を使うといい」
そう言うと木剣を光に投げ渡す。
受け取った光は不機嫌そうにフンっと鼻を鳴らしながらクルガンを観察する。
クルガンは「どうした?いつ来てもいいぞ」と挑発するように指を振るが、光に乗る気は無い。
今、光の中にあるのは取り敢えずあの余裕顔を変えるという事だけだ。
観察を怠る気はさらさらないが、すかした顔というのは殴りたくなるものなのだ。
「それじゃ、遠慮なくっ!」
ダンっ!と音を鳴らし勢いよくクルガンの目の前まで踏み込むと、木剣に力を入れ後ろに引いてから打ち込む。
しかし、その動作はフェイントでクルガンの木剣とは逆の左側に逸れる。
そして光は瞬時に木剣を構え直すと、クルガンを突く。
本来、突きは防ぎにくい。
それに加えて、フェイントをしてから突きを払いにくい位置取りをしている。
光の予想では当たりはしないだろうが、大きく慌てて避けるぐらいの動作があるだろうと、思っていた。
しかし、クルガンはフェイントには全く反応がなく、木剣をだらりと右手で持ったままだった。
取ったか?と光は思い、こんな物かと拍子抜けする思いだった。
そんな思いが浮かんだのはたったの一瞬、瞬きが行われる程の時間のみのことだった。
クルガンは突きを見てから木剣を振るう。
後から振られた木剣は、大した力を入れている様子もないにもかかわらず、光の木剣をカァーンと小君良い音と共に跳ね上げる。
明らかに後から振られた木剣に突きを防がれたことに驚愕するが、それは一瞬の事。
すぐさま光は、肩を前に突き出すように踏み込んでアドリブで体当たりを見舞おうとする。
クルガンは光の体に木剣を添えるように当てると横にずれるように体を傾け、またも逸らす。
力をそのまま逸らされた光は体勢を崩して前に倒れかけるが、足を前に出して踏ん張ると同時に乱暴に振り返りながら剣を振るう。
しかし、クルガンは突きの時と同じよう遅れてから木剣を振ると、光の木剣を大きく弾き、返す剣で光に振り落とす。
「あぶな!」
それを光は、体を捻って転がる事により躱す。
転がってクルガンの木剣の間合いから外れた光は、跳ね上がるように体勢を立て直す。
やり取りは一瞬の事であった。
時間にして、わずか五秒にも満たないにも関わらず光は玉のような汗をかき、息を大きく吐き出し整える。
(どうなってんだ?甘くみすぎたな)
そう心の中で光は呟くと、痺れる手に意識を向ける。
まるで壁に棒を叩きつけたような感触に困惑が深まる。
そして、クルガンとしても驚いたのは同様だ。
(剣を弾き飛ばすつもりだったのだがな。他より多少は出来るようだな)
本来で有れば、光の木剣を弾いて、返しの剣を首につき終わりだとクルガンは考えていた。
顔にこそ出しはしないが感心する程度には驚いたのだ。
「流石は勇者。他とは違うと言うことか」
クルガンが光に声をかけるが、本人は取り合う気は無いようで、油断なく木剣を中段に構える。
別に返事が欲しかった訳では無いが、クルガンとしては無視されると言うのは、あまり気分のいいことでは無い。
こうして向き合っていても意味はないと同時に、少し痛い目に合わせるかと思い一歩踏み出す。
それに反応して光も踏み出すと、木剣を振り下ろす。
(芸がない。勇者と言っても所詮は戦う術をしらない素人か)
クルガンは、落胆の感情を込めて迫り来る木剣を、またも大きく弾く。
しかし、それは光としても分かっていたことだった。
跳ね飛ばされる方向を横にする事により、その反動を利用し、クルガンに回し蹴りを見回す。
クルガンは光の木剣を弾いたばかりで、回し蹴りには対応出来ない筈だと考えていたが、まるで問題ないようにクルガンは木剣で受け止める。
ほう、と言う呟きがクルガンから漏れるが構わずに足を引き戻し、次は木剣を袈裟斬りの様に振り下ろす。
それに難なくクルガンは対応し、またも跳ね飛ばそうとするが、今度は跳ね飛ばされずに光と鍔迫り合いになる。
成る程、と心の中で光は呟くと同時に、跳ね飛ばされる原因が分かった。
と言うこと、今までの攻撃はどれも力強く振ったのに対して、今回の攻撃はあたる直前で力を抜いたのだ。
クルガンの動きからはあまり力を入れているようには思えないにも関わらず、光の方が弾き飛ばされることから、原因があるのではと予想していたが当たりのようで、今度は弾き飛ばされることとない。
これには、クルガンの余裕の張り付いていた表情に驚きが現れる。
戦いなど無い世界から来た者たちと言う侮りがあったからこそではあるのだが、それでもこんなに早く対応されるとは全く予想はしていなかったのだ。
そもそもクルガンの技は、騎士見習いなどではとても対応は出来ない物ほどの技術だからこそ、光の対応力がどれほど優れているかが分かる。
そこから、クルガンの体勢を崩そうと力を込めようとする。
すると、なんの抵抗も無く光の木剣は押し込まれる。
しかし、それはクルガンが意図的に力を抜いた結果で、光の体勢が前に傾いたと同時にスッと横にずれて足をかける。
しまった!と光が理解した時にはすでに手遅れで、なんの抵抗も出来ずに地面に転がされることとなる。
しかし、そこで倒れて負けるのは光は良しとしない。
咄嗟に体を丸めて前転することによって、地面に倒れ込むことを防ぐ。
そこから勢いを殺さずに立ち上がり振り返るが、光の首元に木剣が添えられる。
「なるほど、なるほど。流石は勇者といったところか」
笑みを深くしながら、クルガンは光を褒めるように言葉をかける。
しかし、光としてはクルガンの目を見るに見下す様されている様で気に食わない。
しかし、負けであることに変わりはない。
そもそも、これは試験の様なものなので光は「ありがとうございました」と頭を下げ、悔しさに顔を歪めるのだった。
●
光達三人と別れた正樹は、案内係の騎士に連れられて光達と同様の白線で四角く囲まれた試合場に案内される。
そして、学生一人につき一人の騎士と試合場が振り分けられることになった。
「君の適正を見させてもらう事になったパーシィだ。よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
柔和な笑顔を向ける短い金髪の騎士、パーシィは正樹と握手をする。
しかし、日本の学生ということもあり、普段握手などしないため一瞬戸惑いがでてしまう。
普段のコミュニケーションでこそ問題ない様に見えるが、正樹もコミュ症グループの一員だ。
当たり障りのない話くらいは出来るか隠れコミュ症に握手のハードルとは非常に高いのだ。
まさか、コミュ力も適正はかられてるのか!?と内心戦々恐々とする。
勿論、そんな適正は全く図られていなかったりするのだが、正樹も柔かに返す。
「それじゃあ、そこにある練習用の武器で気に入った物一つ選んでくれるかな」
そう言われ、試合場の外側にある武器が立てかけられた場所に行くと適当に木剣を手に取る。
「じゃ、これにします」
「よし、打ち込みと模擬戦のどちらにする?」
「打ち込みで」
「分かったよ。いつでもかかっておいで」
そう言うとパーシィは正樹同様の木剣を中段に構える。
ここで正樹は悩む。
全力でやる気は無いが、全力を出して無いとバレそうなのだ。
相手は騎士で、戦いのプロなのだ。
習い事で剣道を齧ってたくらいの正樹との差は歴然な訳で、本職を騙せるほどに剣が上手いわけでは無い。
剣道を習っていた弊害がこんな所で足をすくってくるとは、と思い心の中で悪態をつく。
取り敢えずは適当に全力でやると言う、よく分からない作戦を打ち立てることにしたのだ。
所謂、ガンガン行こうぜ。
何故か面倒臭がって打ち込みをするのに、全力を隠すために全力で行くと言うとんでも無く本末転倒なことに本人は気が付かない。
これがすぐに意味なくね?と気がつくのは割と早いのだが。
右手に持った木剣をぶら下げたまま駆け出し、片手のまま横凪に剣を振るう。
迫る木剣をパーシィは問題なく受け止める。
しかし、それは想定内。
正樹はすぐ様に剣を引き、そのまま突きを連続して放つ。
おっ、と少し驚いた声がパーシィから漏れるが問題無く全部躱される。
が、これも想定内。
本来であれば引けばいいのだ。
しかし、これは打ち込み。
実力を見るために無理をして受けたパーシィの体勢が少し崩れる。
右側寄りだった連続突きを止め、さらに詰め寄り、パーシィの左側に木剣を袈裟斬りの様に振り下ろす。
右側の突きをフェイントに左に木剣をいれるが、それもパーシィは対応する。
これも想定内。
連続突きを放ってる時点で、これでは崩し切れないと分かっていた。
そして、ゴツッ!と言う音で二人とも大きく距離を取る。
目を見開いたパーシィ。
特に変わりなく、覇気のない顔をしている正樹。
次の瞬間、ドサッと片膝をつく。
正樹が。
「いッ、かぁったぁぁ…」
膝を抱える様に震えながら蹲る正樹。
何故こうなったかと言うと、木剣を振り下ろしほぼ同時に右膝をパーシィの腹に入れたのだ。
これは想定内。
しかし、パーシィは団服の下に楔帷子を着けていたのに加えて、お腹が石のように硬かったのだ。
ちなみにこれは想定外である。
パーシィが「すまない!」と慌てて駆け寄ってくることから正樹は、異世界の不思議パワーかと頭の片隅に思い浮かべる。
学生の中では珍しく騎士に一泡一泡吹かせたにも関わらず、なんとも締まりのない姿であった。
勿論、パーシィが律儀にサンドバッグの役目を全うするために反撃どころか、一歩も動かない気でいたということ前程とはなってくるが。
「つい驚いて闘気を使ってしまって。今すぐに治癒の使える神官を」
「大丈夫です。特に問題は無さそうですし。痛いですけど」
パーシィが慌てて神官を呼ぼうとするが、正樹は慌てて拒否する。
これはもしかして、足を怪我したから見学させてください、と言う体育の裏技を使えるのではと瞬時に頭に電流が走る。
実力は今ので大方把握したであろうし、僕には剣が向いてそうですー、的なことを言えば問題無くこの検査を終わらせられるのではと考える。
この間、僅か一秒。
無駄な冴えである。
「膝は大丈夫そうですけど、痛むんで俺は見学を」
「すまない!この子が膝に怪我を負ってしまって。誰か見てくれないか!」
正樹渾身の冴えは、全く話を聞いてもらえずにパーシィの前に散る。
そんなパーシィをポカンと痛みを忘れて見てしまう。
そして、程なくして来た神官に膝を治癒してもらい、何事もなかったかのように足が動く様になる。
本来であれば、異世界の不思議パワーとも言える魔法に触れられて興奮や驚いたりするところなのだが、渾身の閃きが無視されての治癒ために、正樹の心情は複雑である。
「よし、怪我も治ったようだし続けようか」
どうやら、問題なく続く様だ。
顔にこそ出ないが、正樹は心の中でげんなりとした顔になる。
「さっきの打ち込みだけど、マサキ君は筋がいいね。何か武道の嗜みがあるのかな。フェイントも多かったし、何より体幹がすごく良かったよ」
笑みを浮かべながら凄い凄いと褒めながら、パーシィが評価を述べる。
正樹は捻くれているために褒められて嫌そうな顔をするが、それ以上に顔を顰めたくなることがある。
(何かさらっと武道やってたことばれた)
今回の正樹の戦い方は武道など一切関係ないケンカスタイルなのだ。
それなのにパーシィに見破られたのが正樹としては解せないからこその顔なのだ。
そんな不満そうな顔をパーシィは「まだ、足が痛むのかい?」と心配そうに尋ねてくるが「大丈夫です」と返す。
正樹から見て善意百パーセントな心配を勘違いでされ、さらに顔をすぼめる。
分かる人なら分かる、チベットスナギツネのモノマネだ。
「それにあれだけ密着しても攻撃がしっかり当てられるならナイフとか、いや。あれだけの突きを出来るなら槍。でもあの動きができるなら…」
パーシィが次々に武器の種類をうんうん言いながら悩み始める。
察しはいい方だ。
これは正樹に次、何を使わせようかと悩んでいるのだと言うことだ。
「マサキ君は次何か使いたい武器はあるかい!」
「いや、俺は剣で…」
「何を言ってるんだい!あれだけの事が出来るのに他も試さないと。それに君達にあった武器を探すのが目的なのだから、遠慮はいらないよ。それから次は僕と模擬戦にしよう。君のレベルだと打ち込みだけだと分かりにくいところもあるだろうからね。因みに僕は次さ槍が良いと思うよ。あの牽制での振り方も隙が少なかったし、なにより」
「あ、はい。分かりました。槍ですね、槍…」
怒涛の話に、あ、これ無理だわ、と悟った正樹は長くならない様に、せめて指示に従って満足させて終わらせようと言う作戦にさっさと切り替える。
その際の顔は無表情に見えるが、いつもの五割り増しで疲れた表情をしていたとか、していなかったとか。
その表情を知るのは二人だけなのであった。