1章 31話 正樹の夢
なぜ俺は今責め立てられているのだろう?
神宮正樹はヒーローに憧れた。
それはいつの話だろうか。
ヒーローとは、小さい少年であれば誰しもが憧れたであろう夢だ。
その中でも俺は、父が警察官、母は弁護士、他の親戚もそれに類似する職についており、そんな環境からより強く正義への憧れが強かった。
そんな子供な俺は、ヒーローになる為にはどうしたらいいか、身近なヒーローに聞いたことがある。
「できる限り強くなって、人を助けなさい」
これは誰から聞いたことだろうか。
あぁ、これはじいちゃんの言葉だったな。
このことを聞いた時から、小さい俺は正義のヒーローになるために欠かさず努力をした。
出来うる限りの努力を。
知識を貪った。
五歳の時には親に頼んで先生を呼んでもらった。
小学生になると、一人の幼馴染に勉強を教える事になり、そいつが俺なんかよりも地頭がいいらしく、とんでもない速さで知識を吸収していった。
焦った俺は、小学生の時に中学生の勉強をしたら、全く意味がわからずに知恵熱が出た。
力を蓄えた。
基礎トレーニングは勿論、武術を片っ端から体験して自分に合った物を学んだ。
剣道では、血反吐を吐く思いを味わされた。
幼馴染の一人に、技術で完膚なきまでに敗北させられた。
空手でも、幼馴染の一人に生まれ持った体格差というものを味わされた。
他にも会話と言う点でも、幼馴染に分からせられたことがあった。
困っている人の話を聞こうにも、気持ちが先行しすぎて会話がすれ違ってしまったことがあったのだ。
これを機に会話についても学んだが、学べば学ぶ程に差を思い知った。
それでも、当時はそれでも優越感があった。
知識で勝てない幼馴染には、力が。
力で勝てない幼馴染には、知が。
会話で勝てない幼馴染には、心が。
おかげで当時の俺は、幼馴染達の中心にいられた。
だが、ふとした時に不安に思う時があった。
俺に何も勝てない、目をキラキラさせて後をついてくるだけの一人の幼馴染いた。
そいつは、俺から色んなものをすごい速さで吸収していった。
それでも、俺はその幼馴染の何十倍も努力を重ねていたために、当時は追いつかれることはなかった。
才能の差に不安を覚えることがあったが、そもそも俺は幼馴染に勝ちたくて力を手に入れているのではないから、ここで俺が捻くれることはなかった。
俺は、手に入れた力を使い人を助けた。
一人助けると大抵は感謝された。
これにより一層、ヒーローへの渇望が強くなった。
だが、この時の俺は正義と言うものを分かっていなかった。
その代償を払う羽目になったのは、小学生の後半だった。
一人の子が複数人にいじめられている時だった。
俺はいつも通り助けなくちゃと思い、イジメをして居る奴らに止めるように言った。
だが、それは叶わずにその集団と喧嘩になった。
結果としては、俺一人でいじめっ子集団には勝った。
この時は、また良いことをしたと悦に浸っていたが、問題は次の日だった。
俺がイジメをしていたことになっていたのだ。
講義したが、多勢に無勢。
ならと、イジメられていた奴に証明してもらおうとしたが、なんとそいつまで俺がイジメをしていたと言うのだ。
なら、周りの今まで助けた奴らに助けてもらおうとした時だ。
そこには誰一人として、味方は居なかった。
正樹だからな。
まぁ、正樹ならやりかね無いよな。
そんな声が周囲からひそひそと聞こえてくる。
何故?
そして周りの奴らをよく見てみると、白い目で見られているような気がした。
足元が崩れるような幻覚が襲ってくるが、俺は間違ったことはしていないと、必死に弁明した。
だが、それを信じる者は一人とていなかったのだ。
この時の俺は正義を傘に、やりすぎていたのだ。
ある時は、暴力で喧嘩両成敗をし。
ある時は、ズルをする奴を吊るすように叱り。
ある時は、お節介に首を突っ込み無理やり仲直りさせたり。
要するにウザがられていて、俺は浮いた存在になっていたのだ。
強引な行動の前科がある奴を誰が信じると言うのか。
何故?
それでも当時の俺は認められずに騒ぐが、耳を貸すものなど皆無だった。
俺は間違っていたのか?
そう思えた瞬間視界が真っ黒に染まり、気がついた時には親父に殴られていた。
何故。
いつも良い行動をすると褒めるのに、今はそんな冷たい目を向けるんだ?
まるで俺が、間違ったことをしていたみたいじゃないか。
声高らかに吠え散らかしたが結局事実は変わらずだった。
正論は、時として詭弁になる。
人間、生きて行く上で正論ではどうにもなら無い時が必ずある。
だが、当時の俺はそれを認められ無かった。
俺は間違っていたのか?
何故?何故?何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故?
俺は周りに聞いたが、それに対する答えを返してくれる者はいなかった。
●
「胸糞悪い…」
正樹は目を覚ますと、何よりも先に悪態をつく。
最近は悪夢続きではあったが、今の夢はその中でもダントツで気分を悪くさせた。
元々、重度の疲労のせいで気絶するような形で休みを取ったのだが、全く疲れが取れた様子がない。
意識がすぐに鮮明になり、確認を取るために身動ぎをすると、依然として体はガタガタであった。
幸いとして、自然と起きられたことから最低限の休息は取れたのであろう。
一番最悪な展開であった、魔物に寝込みを襲われなかっただけ良い夢だと捉える事にして、気持ちを切り替える。
ここでダラダラと物思いに耽るのは時間の無駄だと断じて、疲れ果てた体に鞭打つように立ち上がる。
体にかけてあったカモフラージュの布が、上に乗った石がパラパラという音を立てて落ちる。
周囲を確認してみると、パーシィとあらかじめ決めていた休憩ポイントの一つだと思い出す。
しんと静まり帰った洞窟が、むしろ不安を掻き立てる程に何も感じなかった。
さてこれからどうするかとなった時だ。
「パーッ…チッ…」
いつもの調子で、相棒とも呼べる人物の名を呼ぼうとするが、すぐに止めて舌打ちを一つ吐く。
もうパーシィは居ないのだと。
切り替えをしたつもりが、まだここにも切り替えるべき事があった。
深呼吸をして、今度こそ気持ちの整理をつけると伸びを一つしてから、ただ立っているだけでは無駄に体力を消費するだけなので座り直す。
「どうすっかなぁ」
今の正樹には、やることが全く無い。
食料は異空間収納に有り余るほどにあり、周辺の探索は粗方終わっている。
早急にやることといえば、体力や魔力の回復なのだが、休むだけで結局やることは無い。
それならば寝るか、となるのだがここはダンジョンで今は一人。
疲れや眠気はあるが、今起きたばかりで目が冴えているなどの理由はあるが、一番の理由としては怖すぎて全く寝れる気はしない。
どうしようかと途方に暮れていると、不意にぐぅぅぅと腹の虫が鳴る。
「そういや、最後に飯食ったのいつだ?」
そう呟き、ダンジョンに入ってからパーシィと取った一回きりだったのを思い出す。
それも最後の休憩ではなくその前の休憩なので、正樹が気絶していた時間を合わせればかなりの時間食べ物を口にしていない。
他にも、あの激戦のあとであるから尚のこと体がエネルギーを求めている。
普段であれば、そう言ったこともこまめにしていたのだが、やはり平静を装っていてもこういうところで緊張が出る。
少し反省をする。
食べるかと、ゴソゴソと干し肉と共に回復ポーションを取り出す。
食事を始めると、未だに痛む体の為に水代わりにポーションを煽りながらこの後のことを考える。
ひとまずは、このサバイバル生活については問題があるとすれば精神なのだが、それについては十分に荒んでいるので問題は無い。
壊れているものがさらに壊れようと、特に変わりがないと正樹は切り捨てる。
ならば、考えるべきことはここを出た後のことになる。
まず考えるべきことは、教会からどうやって抜け出すかだ。
セレンの裏の顔を知っている以前の話として、教会のきな臭さはこの一件で大きくなった。
正樹は、今回の事件の黒幕は間違い無く教会だと思っており、すでに見切りはつけていた。
と言うのも、今回一番の利益があるのが間違いなく教会、と言うよりもテラクセス聖皇国なのだ。
まず、一番大きい利として思いつくのはオルランテへの貸しがあるだろう。
可能性は限りなく少ないが大前提として、オルランテと裏で繋がってなければと付くが、そうでなければ煮てよし焼いてよしとどんなこともできる万能札を手に入れられる。
それに加えてもう一つが学生達の信頼だ。
こちらも煮てよし焼いて良しで、無償の善意が一番高いの良い例だろう。
今回の件で信頼を手に入れたと言うことは、教会の話を信じやすくさせられる、つまり一種のマインドコントロール権を得たようなものだ。
絶望的な状況で学生達と苦楽を共にした騎士に、全力を持って救出をした教会の上層部。
何も知らなければ、親近感を持つなと言う方が無理な話だ。
これにより、学生は教会を拠り所にし始める可能性が高いくなり、与えられた情報を鵜呑みにしやすくなる。
実際に正樹が知っている限りでは、能力が最上位の学生は誰一人として死んでいないのだ。
彼らが優秀と言えばそれまでなのだが、決して下衆の勘繰りなどではないだろう。
この二つが主な利益なのだが、同時に損失が一番少ないのもテラクセスなのだ。
何しろ、失ったものなど数十人の犠牲と多少の名声だけだ。
数十人の犠牲など、数十年に一人の勇者に比べれば安い経費であろうし、失った名声など唆した盗賊を皆殺しなり晒し首にすれば十分にお釣りが来る。
そんな、超ブラック企業創神教テラクセス支部に居続けるのは愚策も良いところだろう。
教会の全てが悪と断じる気はないが、黒幕は間違い無くいるだろう。
正樹の中で教会から脱走するのは確定だが、まだやることはある。
この煮え繰り返る怒りを黒幕に知ってもらわなくては、とてもでは無いが正気を保てそうに無いのだから。
その為には、まずは情報を探すことが急務なのだがここはダンジョン。
本来なら、こんな所に人間社会の情報が転がっている訳はないのだが、幸いにも持っていそうなネズミはいる。
最後の干し肉を口に放り込むと、メモ用紙を取り出して筆を走らせるのだった。
●
バタン!!
静かさと清潔さに定評のある冒険者ギルド、テラクセス支部。
それは、冒険者の少なさゆえのことなのだが、そんなギルドに珍しく扉が大きな音を立てる。
駆け込んできたのは十代の男女で、玉のような汗をかきながら肩で息をしていた。
だが、その人物達は息を整えることもせずにギルド内を忙しなく見回す。
そして、急な事に気になって視線を向けている赤髪の青年と黒髪の青年と目が合うと、男女二人は必死な形相で近寄る。
何だ?と赤髪の青年は警戒を露わにするが、駆け込んできた二人、光と恋詠に気にする余裕はない。
「オストとシナで間違い無いか!?」
余裕のない光は、目の前に着くと息を整える事もなく探し人か問う。
いきなりのことに、オストとシナの二人は顔を見合わせた後に「そうだが」と答える。
そう聞くと、飛び出すように恋詠がテーブルに手をつき、ダン!と鳴らす。
「お願いします。先輩を助けてください!!」
いきなりと言うこともあるが、なによりも涙ながらの頼みにオストの困惑の色は強まる。
同時に光も、頼む!と大きく腰を折るのを見て慌てる。
「待て待て、頼むから顔を上げてくれ!」とワタワタするオストを横目に、「ふむ」とシナは零す。
「ねぇ、僕達もいきなりの事でよく分からないんだけど、話を聞かせてもらっていいかな?」
その一言に、頭を下げていた二人がハッとする。
慌てるあまり、自分達が何の目的でここにきているのか説明ができていない事に気が付く。
「すまん。今から説明する」
「取り敢えず、掛けなよ」
シナが席を進めると、二人とも席につき始める。
その後、アイコンタクトを取ると光はシナに向き直る。
「気が動転していた。オレは光、こっちは恋詠。オレ達はマサ、神宮正樹に言われて二人を頼れと言われて来た」
「なるほどねー。それで詳しい要件は何かな?」
「ダンジョンに取り残されたマサの救出をお願いしたい」
そのことを聞くと、隣からガタンと言う音を立ててオストが立ち上がる。
「何だって!?」と言うオストを宥めると、再び光に向き直る。
「それから、これを預かってきた。これをシナに渡せば力になってくれるって言われてな」
シナは光から差し出された手紙を受け取り中身を見る。
見たと同時に「分かった」と言われ、光と恋詠は驚く。
「それで、どうしてそんな事になったのか聞いても?」
「あぁ、オレ達は教会の演習でオルランテに行商の護衛に行って…」
その後もこれまでの経緯をシナとオストに説明をする。
正樹が自己犠牲でダンジョンに残ったの下りで、オストがまた騒ぐと言うことがあったが全てを話し終わる。
「おい、シナ!?」
「分かったから、それで最初の話に繋がるわけね」
「そうだ」
今にも飛び出そうとしたオストに、「場所分からないのにどこ行くの?」と言うとバツが悪そうに座る。
光と恋詠にしても、急いで欲しい気持ちがあるので少し態度に焦りが出る。
「分かった。その頼み受けるよ」
「シナ、なら助けに行くことに文句は無いな?」
「いいよ。こっちとしてもありがたいしね」
助けに行ってもらえる事にはなったが、急に不穏な話をされて光と恋詠は顔が強張る。
正樹が作った人脈なので、ある程度の信用はおける。
しかし、正樹の人脈と言うこともあり、やはりと言うべきか怪しさが出るのに一抹の不安を抱く。
大丈夫かと、二人が再び見合うと「おい」と声がかけられる。
「それで、場所はどこのダンジョンだ?」
「『長蛇の巣穴』っていうところだが…」
「分かった。それじゃ、行ってくる」
「え、今から!?」
今まで話に加わらなかった恋詠が、今すぐダンジョンに行こうとするオストに驚きを露わにする。
いきなりと言うこともあるが、先程の感情的な行動を見るに、考え無しに見えなくも無い。
これに不安を覚えたことを察したシナがフォローを入れる。
「あぁ、大丈夫だよ。オスト君はディメンションボックス持ってるし、それなりに強いから。あ、救難捜索の基礎覚えてる?」
二人に説明したあとに、ふと思い出したようにオストに尋ねる。
それに問題無いと答えると、もうようは無いなと全員を見渡した後に飛び出していく。
保証はシナが一応してくれたが、それでもあの行動を見るに疑いたくはなってしまう。
「しつこいようだけど大丈夫だよ。オスト君なら死ぬことはないし、僕もキミ達と話したら行くからね」
そうは言うが、実際のところ光達はシナの実力を知らないために納得がいく話ではない。
二人の不安を汲み取ったシナは、安心するように言う。
「少なくとも僕は、外で待っている聖騎士二人よりも強いよ」
これに驚くと同時に二人は身構える。
この世界に、人の力を見抜く技術はある。
しかし、それは目視してと言うことが前提で、そうでない場合は魔法を使っての場合がある。
だが、シナは魔法を使った様子はない。
もし使用していた場合、護衛の二人は間違いなく飛び込んでくるはずなので、魔法ではないと言うことだ。
口ぶりからするに、見えもしない相手の実力を正確に感じ取ったと言うことだ。
正樹からの紹介なので、最初から怪しさはあったのだが、そこに得体の知れなさが加わる。
少なくとも、そんなことは騎士には出来ない。
そんなことができれば、魔法の属性検査とスキルの有無を確認するだけで良かったのだから。
「あぁ、今この話は外には聞こえないし、入っても来れないよ?」
そう言われて二人はすぐに周りに視線を送る。
結界魔法を張られたのかと、確認するがそんな様子はない。
光がはったりかと思った時に違和感を感じ始める。
その違和感に気がつくと、すぐさま耳を澄まして再び驚愕を露わにする。
外からの音が聞こえないのだ。
これには恋詠もすぐに気が付き、光と同じような反応をした後に変わることのない笑みを貼り付ける男を見る。
このことから、シナは二人に気づかれることとなく結界を張ったということになる。
いや、恐らくはギルドに意識を向けていたはずの聖騎士の護衛すら気付くことが出来ていない。
「参ったなぁ。キミ達が実力を疑うようだから、少し力を見せようとしただけなんだけど。そんなに警戒しても、僕は何もする気がないよ」
警戒心が一気に上がってしまった二人に対して、困ったと口では言うが表情は先程より一切変わっていない。
何もしないと言う意思表示をするが、それを間に受ける人間は少ない。
だがシナが言うと、その言葉の裏に、何かする気ならもう詰んでいる、と聞こえる凄みのようなものがある。
その何かに気圧されるように、二人は臨戦態勢に移り、その様を見たシナはこれでは話が進まないなと判断する。
「じゃあ、そのままでいいから話を聞いてくれる。内容はこの手紙のことだから」
二本の指の間に挟んだ手紙をペラペラと弄びながら、優しげな笑みを二人に向けながら要件を話すのだった。




