1章 24話 ダンジョンの中にて
1日100pv突破!
夜が明け、辺りの小山を照らす頃。
まばらに散る雲に光がさして、幻想的な光のカーテンが作られる。
観光などであれば、あまりの景色に見入っていただろう。
しかし、この場は戦場であることから辺りの光景では無く、まだ見ぬ敵影を見張っており、景色に気を配る余裕は無い。
これから強行軍でテラクセスの砦までいかなければならないと考え、夜が明けてしまったことを見張りをしている学生達は少し恨めしく思う。
フェミルの指示で、この場で一夜過ごせたおかげで体の休息は取れはしたがそれでも精神的疲労が取れた様子は誰一人として無い。
ある者は目の下にはびっしりと隈を貼り付け、ある者は顔中に不安が現れている。
中には泣き腫らした顔で、ホラーな顔になっている者もいる。
それも、昨日の襲撃を鑑みれば仕方のないこととも言える。
夜など阿鼻叫喚であった。
吐き出すなどざらで騒ぐことは無かったが、泣き出したり、酷いと発狂しかけて強制的に気絶させられた者が何人が出たほどだ。
それでも、多くの学生が覚悟を決めて動けるまでには立て直せたのだから、休憩を取った意味は十分にあったと言えよう。
辺りの騎士が行動を開始し始め、フェミルが陣形を作るために指示を出し始める。
そんな中で正樹達は、隊列の後ろなので周りよりも余裕があるために今直ぐ動き始めることはない。
「本当に、こんなんでオレ達は帰れるのかね」
「さぁ、どうでしょうね。何もなければ無事に帰れると思いますよ。何もなければ」
慌しくなった商隊を見て、少し小馬鹿にする様に、自暴自棄とも言える笑い方をする光に、恋詠が不安になるような返答を返す。
「大丈夫ですよ。今度はいつでも戦えるような陣形で、全員の警戒度も違います。例え昨日の様なことがあっても被害はかなり抑えられると思います」
「まぁ、あれだけ奇襲されまくっても全滅はしなかったし、万全の状態なら大丈夫だよな」
そんなネガティブな事を言う二人に真一は、安心できるように自身の考察を述べ、秀太も続く。
「そうだよ。それに僕達が君達を守って見せるさ」
振り返ると、先ほどまで他の場所で見張りをしていていなかったパーシィが胸を叩く様に言う。
そんないつもの頼もしい様な言葉が、この非常事態では感に触る言葉になる。
騎士であり、普段からそんな事を公言していながら、昨日のあれはなんなのだと言う思いが湧く。
光と秀太が八つ当たりに噛みつきそうになるが、パーシィの顔を見て言葉を飲み込む。
それは、いつもの様な優しげな笑顔ではなく、まるで命すら賭けた様な思い詰めた表示をしていたからだ。
それによく見てみると、胸を叩いた拳は強く結ばれていた。
昨日のことで、パーシィ自身も思い詰めていたと、二人はこの時に気付かされる。
それを見た後からだと、言葉の後ろに今度こそと言う幻聴まで聞こえてきそうだ。
「それで、それを言いに来ただけか?」
今までずっと会話に加わらず、ダンマリとしていた正樹は、いつものように尋ねる。
「うん、それだけだよ」
「そうか。まぁ、そっちも頑張れよ」
「君も。一番は自分の命だよ」
「俺はいつも自分優先だから意味ないな」
「そうだね」
正樹らしい答えを聞けたパーシィは、笑いながら任された位置に移動していくのであった。
その背中を見て、正樹は小さく「面倒い性格してんな」と呟くと、立ち上がり軽いストレッチをする。
「全員注目。どっか不調な奴いるか?」
その問いの答える者は誰もいなかった。
夜の段階では、不安で押しつぶされそうになっていた咲と真一は、心の整理をしっかりとしたようで不安そうながらも、これなら第三者という安心感があった。
他にも、この状況で気が立ってはいるが光や恋詠に問題は見られない。
純司も昨日とは違い、心持ちの違いを感じさせる落ち着きを見せていた。
正樹自身も昨日の夜のうちに覚悟を決めた。
吐瀉物を吐き出しもしたし、状況が許すなら叫び出したかった。
それ程までに、昨日の出来事は全員に何かしらの精神的な傷を付けた。
夜の時点では、冷静だったのが純司だけだったので、冷静風にでも振る舞わなければならなかったとはいえ醜態を見られなかったのは、正樹にとっての幸運だ。
純司に全て振るには、本人のコミュニケーションに問題があるから仕方が無かったとは言え感謝である。
自分に嘘の暗示をかけて、感情を押し殺した甲斐があったというものだ。
お陰で朝になるまでには正樹も心の整理がついたのだから。
この感謝を純司に伝えたところで、酷いとか言いそうだなと思いながらも、そろそろ自分達も準備を開始するぞと号令をかけるのであった。
●
全員が何かしらの決意を固めて丘陵からオルランテ国境付近にあるダンジョン前の砦に出発した。
しかし、最初の道のりはそんな決意とは裏腹に魔物と遭遇することもなく快調に進んでいった。
それは、森に入ってからも同じで肩透かしを食らった様な形になるが、全員の警戒が解けることはない。
昨日にあれだけのことがあったのだから、気を緩める様な事をする者は出る筈もない。
逆に、余りにも魔物と出くわさない為に、薄気味悪さすら感じずにはいられないほどだ。
そんな懸念もあり、探知探索はこまめにされていた。
そして、何事もなくダンジョン前の砦に到着することができた。
そこで一時休憩を挟む。
オルランテ側の砦にて、取次に一悶着おこることとなく許可がおりて、ダンジョン内に入る運びとなった。
初めて入ったダンジョンへの感想は巨大な洞窟だ。
広さは、地下鉄の穴と同じか少し広い具合だ。
壁には光る苔が生えており、まさに異世界と言った幻想的な光景が広がっている。
中には多少の植物が生えていたりと、外とそれほどの違いは見られない。
これがただのダンジョン探索であるなら、全員が足を止めて感動の一つや二つしたのだろうが、今そんなことをしている暇はない。
あらかじめ聞いていた通りの場所なので、商隊は特に何かある訳でもなく前頭の騎士が誘導しながら先へと進む。
「ここ、楽できていいな」
「いや、楽できてんのお前だけだからな。後ろから来たら働けよ」
ダンジョンに入ってからは散発的に魔物と遭遇し始めた。
それを前衛が迎え撃つ中、正樹はいつも通りの気の抜けた表情で前を見る。
それを隣にいる秀太が文句を言う。
と言うのも、正樹は基本的にはこの班の指揮しかしないことが原因だ。
なぜかと言うと、異空間収納というスキルを持っていた為に、作戦会議の時にフェミルから物資の運搬を命じられたからだ。
その為に配置としては、一番安全な中央線後衛なのだ。
半ば中央の非戦闘員と一緒に行動し、前衛から魔物が抜けてきてしまった場合にそれに対処するのが主な役割だ。
前衛から魔物が漏れてくることなど無いのに加えて、班員には既に大まかなことは言っているので一々指揮をする必要もない。
今も前衛が魔物と戦闘を行なっている為に、魔物の鳴き声や、魔法による破裂音などが聞こえるが、やることの無い正樹としては他人事なのだ。
殿へのフォローは、咲と淳二、秀太の三人で十分であり、商人の護衛はフェミルに加えて機動力が高い光と恋詠がいる。
残ったのは正樹だけとなるのだ。
因みに真一索敵係のために非戦闘員達と一緒にいる。
こうして、大した遠距離攻撃も無く、荷物持ちのために前に出れない暇人が爆誕したのだ。
後方からも魔物がやってきたようでフェミルから指示が出る。
「魔物が来たらしいから俺も一応下がるから」
「いってらー」
魔物との遭遇も既に数回したことにより、りきみの取れた秀太は迅速に殿に着く。
それに、気にした様子もなく正樹は見送る。
(あれ?これもしかしなくても俺ただのいらない奴じゃね。いや、いらなくは無いけど扱いが完璧にキャリアカートじゃねぇか)
ふと自分の顔が付いたキャリアカート、某機関車のような物を想像する。
ただのホラーである。
「マサ君、何考えてるの?」
アホな考えに没頭していると不意に横から声をかけられる。
「えっ、何も」
声をかけてきた咲に、適当な返事をする。
とてもでは無いが、某人面機関車のような自分を想像していたなど口が裂けても言えない。
「えっ、て言ったよ?それにマサ君がボケーってしてる時って目が死んでるから直ぐにわかるよ」
「死んでるってなんだよ。てかそんなことで判断されてるの?俺」
かれこれ中学生からの付き合いである咲からしたら、かなりわかりやすい違いだ。
咲の言い方などまだマイルドな方で、光なら「焦点が合ってないから死体に見える」、恋詠などさらに酷く「先輩、薬物に手を出したんですか」と本気で言っているところだ。
それ程までに、呆けている時の正樹は酷い。
「後ろの魔物は、もう倒し終わったのか。早いな」
これ以上は、不味いと思い話を逸らす。
決して教えはせんぞ、と言う固い意志を込めて。
「昨日のに比べれば大した数じゃなかったからね」
固い意志が伝わったのか、はたまたそれほど興味のなかったのかは分からないが正樹の話に乗る。
と言うよりも、恐らくはこちらがメインの話しだろう。
「昨日の群れが多すぎただけだからな。普通あんな群れは出来ない」
これについては、騎士の見解だ。
まず、多くのものが聞いた笛の音。
これがおそらく魔道具の類では無いかと思われている。
理由としては、あの魔物の群は単一種のみではなく複数種からなるスタンピードであること。
これだけであれば、スタンピード時では珍しく無いのだが群の数が問題なのだ。
そもそもスタンピードとは、魔物達が目的を持って大移動する事を言う。
通常のスタンピードの群れは、幾つかの群に別れることはあっても別々の方向に移動すると言うことはあり得ないのだ。
索敵の結果、大規模な魔物の群は三つに細々とした群が多数あったのだが、一つが国境付近に向かい、もう一つが商隊に向かった。
この二つはオルランテ側から襲ってきたのだが、問題はもう一つの群れでなんと商隊の向かっていた最寄りも町だったのだ。
これに加えて、細々とした群にはスタンピードの兆候である興奮状態が動きからは見られなかった。
スタンピード時の魔物は、個体差がありはするが興奮状態であることが殆どだ。
商隊を襲った魔物達も、興奮状態であった。
これだけの情報があれば、魔物の習性に詳しいことが分からずとも人為的の可能性が高いと分かるだろう。
無論咲とてその事は理解している。
それでは何が気になるかといえばやはり、またも襲撃があるか、に尽きるだろう。
騎士は、襲撃の目的は荷物の強奪だと結論付けた。
何故なら、その場で物資を奪っていると言うのに加えて、襲って来た盗賊達が既に何度か別の商隊にも手を伸ばしていたと言うのだ。
笛の魔道具こそ今回が初めての手口らしいが、この規模の商隊だからこその作戦だと予想していた。
それに教会が商人を雇ってオルランテに商隊を派遣すると言うのは、秘密度の高いことはなかったので商隊の行動がある程度盗賊側に漏れていたと思われたからだ。
しかしこれに関しては、正樹、恋詠、光の三人は別の目的があると考えていた。
確たる証拠こそ無いが、不自然な点は幾つかある。
まず一番大きいのは盗賊側のメリットデメリットが本当に釣り合っていたのかと言う点だ。
これに関しては、普通に考えてデメリットの方が多い。
まず、盗賊側にも多少の犠牲がでること。
これは盗賊側も予想していただろう。
そして、教会が主導していた商隊を襲ったこと。
盗賊団として、国からマークされると言うのは半ば詰んでいると言っていい事だ。
まず指名手配がされることにより、この国での活動が絶望的になることに加えて、他国でも活動が制限される。
正樹の知識によると、盗賊は数ヵ所の狩場を作り、それを国から本腰を入れて討伐されないくらいの被害で盗みをするのが基本なのだ。
これが素人の犯行なら物資目的と見ていいのだが、パーシィによるとあの盗賊団はこの辺りで既に何度か商人を襲撃しているのだ。
盗みに必要な要素とは、鮮やかな盗みの手口や技術では無く、前もって手に入れた情報なのだから。
つまり、あの盗賊団はこれまでの犯行から見て基本は分かっていると言うことだ。
そうなると、盗賊団の目的は別にある可能性が出てくる。
そして、盗み以外だとして国に睨まれてまで襲う目的になり得る物とは何か。
一つがこの商隊が重要な物を運搬している事。
しかし、それは無いと言わざるを得ない。
演習をカモフラージュにしようにも、商隊の行動予定が漏れていると言う時点で可能性が低い。
裏をかいてと言う場合もあるが、それにしても付いてきた騎士に聖騎士クラスの者はいないことからも秘密裏の運搬は無い。
それなら他に、商隊に襲うに足る何があるか。
これについては、パーティーメンバー全員で一応の話し合いはした。
結論としては、真一の出した恐らくは自分達では無いか、という予想が一番可能性が高いのではとなった。
一番襲う価値があるのが自分達と言うのは自惚かもしれないが、目撃情報のない何人かの行方不明者まで出ているのだから、可能性としてはある。
実際に、この中には世界的に見ても稀な勇者に加えて希少なスキルを持った者が何人もいる。
そもそも、スキルなど一つあるだけでも才能ありと言われているくらいには希少で、普通は複数も持てる物ではないのだ。
襲う価値は十分に有るのではないだろうかと言ったのも真一の言葉だ。
これで、盗賊団の目的が学生の誘拐だと予想できる。
それならば、あの戦場で一直線に奇襲てきた盗賊がいたこともあり信憑性が上がる。
あの場で無理に正樹達のパーティーを無理に襲う必要などないのだから。
それでは、誘拐を達成できた盗賊団はどうするのか。
この時点で、盗賊団はテラクセスを敵に回してまでの対価は得られるかと聞かれたら答えはノーだ。
何故なら、本命であろう勇者や学生の中でも飛び抜けたスキル持ちは殆ど誘拐出来てはいないからだ。
それならば、まだ奇襲はあるべきだと考えた方が良いだろう。
因みに不確定というのに加えて、騎士の立てた全体方針を乱すとこれからの行動に支障をきたすために、他には伝えていたない。
何故ならば、素人の深読みをあの緊張とした場所で言うにはリスクが高すぎるからだ。
下手を打てば商隊が混乱で瓦解しかねない。
それがパーティー全員の見解で、聞いたからこその咲の不安なのだろう。
だからこそ言葉を濁している。
フォローの為に何か言おうと正樹が口を開いた時だった。
「前方から多数の魔物が来ます!数は五十ほどで種類は昆虫型数種類と蜥蜴型です。この調子ですと三十秒で前衛と衝突します!」
大声で報告していたのは真一であった。
それを受けたフェミルは、矢継ぎ早に前衛に指示を出す。
「遠距離魔法を使える者は前に、前に出て一斉掃射準備!掃射後に突撃指示を出す。そして魔物の群れを一気に駆け抜ける」
疎らでしか来なかった魔物が群れで来る。
全員の緊迫度が、急に上昇し始める。
昨日のこともあり、余りの緊張に誰かの息遣いがダンジョン内に響き渡る。
そして程なくして、壁を擦るような音が商隊の元に届く。
そして、緩い曲がり角から魔物達が見え始めた。
報告の通りに蜥蜴型に加えて、蜘蛛に蟻、百足と言って昆虫型魔物の混成群が姿を表したのだった。




