1章 20話 遠足の時の校長の話の長さは異常
真っ暗だった空に灯がさし、見渡す限りに大きな雲も無く、今日一日が快晴だと思わせる。
そんな時間に、朝食を取る多くのものは目を擦るなり、あくびを噛み殺すなりと寝不足を主張する。
今日あることを考えると、寝付きが悪くなると言うのも仕方のないことだろう。
告知がされてから約三ヶ月。
その間の時間はあっという間に過ぎてしまい、本日はグイネスが言っていた野外訓練である、行商隊の護衛の日だ。
眠気と緊張が場の空気をピリッとさせる中。
グイネスと神官、見覚えのない人達が食堂に現れる。
「皆様、朝早くからお集まり頂きありがとうございます。さて、本日は野外演習にございます。しかし、皆様のお顔を見るに不安ではありましょう。前回のことを考えれば恐怖を抱いてしまっても仕方のないことでしょう」
学生達を見渡し、憂う様にグイネスは言う。
それもそのはずだ。
前回の野外演習で学生達は、命の危険に晒されたのだから。
演習前から命の危険は理解していたし、覚悟もしていた。
しかし、その覚悟を大きく上回っていた。
大半の学生達は心が折れたことだろう。
それでも、立ち上がって前に進んだのが今いる者達だ。
それでも、前回の恐怖を完璧に克服したわけではない。
それを表す様に、学生達の顔は蒼であったり、険しい顔をしていた。
グイネスは顔を引き締めると、一息ついた後に力強く言う。
「それでもここにいらっしゃる皆様は前に進もうとしていらっしゃる。是非、その御心を誇ってください。恐怖に負けないでください。我々も前回の失敗を糧に、出来うる限りのサポートをさせて頂きます。それに加えて今回は騎士の小隊を同行することになっています。これだけでも皆様の不安が無くならないことは無いかもしれません。それでも、我々はそれらを乗り越えられると信じています。何故なら、そのためにあの時からより一層皆様は研鑽を重ねてきたのを知っているからです」
最初に恐怖していると心の中を言い当てられて、顔を俯かせていた学生達が顔を上げる。
まるで引き上げられるかのように。
先程までの悲壮感が嘘かのように。
学生達の瞳に火が灯るかのように。
それを感じ取ったグイネスは、励ましに成功したことを理解して先ほどとは違う柔和な笑みを浮かべる。
「どうやら、このご様子では大丈夫なようですね。この不肖、グイネスの言葉で皆様に影響を及ぼせたのなら幸いです。では、野外演習に向けて紹介したい方々がいます。今回の護衛対象であり、我々の演習に手を貸していただけることになった商隊を率いているミール様です」
グイネスが変わる様に後ろに下がると、髭を蓄えた逞しい体つきをした中年ごろ男性が前に出る。
商人と聞いていたので、膨よかなな者だったり、ひょろっとした者を思い浮かべていた者が多かったのだろう。
現れた男が商人とは思えない様な筋肉を携えていた。
「どうも、皆さん。この商隊の長をしています。アルベット商会会長のミール・ベットです。この度は、私達の護衛をしてくれるとのこと。是非ともよろしく頼みます」
尚も続くミールの話。
学生達が真剣に耳を傾ける中、正樹達はと言うと、いつも通り端に陣取って平常運転であった。
「いや、その隣の成金っぽいおっさんは誰だよ」
「なんか、ボディービルダーがマネキンしてるみたいだ」
小話に興味はない正樹と純司は、思い思いに小声で感想を言う。
そして純司の感想にゴフッ!という音が二つ聞こえる。
どうやら光と咲は、流れ弾に当たった様だ。
「あー、分かるわー。いい服が筋肉でぱつんぱつんだしな。あの服を隣にいる右腕っぽい人に着せると丁度いい感じなんだけどな」
「確かに、あの小太りの人は気になりますよね。あれだけ如何にもって雰囲気を出しておきながら、あれが秘書さんって。とんでもない名俳優ですよ」
先程から周りの空気を読んで真面目な顔を保ったまま、たわいもないやりとりをする。
流れ弾に当たった二人は辛そうに体を揺らし、光がお返しとばかりに純司に肘を入れる。
理不尽!と呟いて良いところに攻撃が入ってしまい痛みを堪える。
そして、出来上がる微振動する三人。
カオスである。
割と真面目な話をしているのだが、五人は構いもせずに最初からこの調子でいる。
周囲の学生に聞こえない音量かつ、表情見える人は顔色を変えずに会話を続けてるのだから、余計に見た目と実情の落差が酷い。
外から見れば、震える三人など不安と戦っているように見えなくも無い。
「取り敢えず、あれについて話すのはやめようぜ。表情がきつい。マ、マサ、そう言えば昨日遅くまでいなかったけど、どこ行ってたんだよ。外出が出来る様になってからずっとじゃんかよ」
これ以上、会長周りの話は危険だと判断した光は話を変えるために正樹に会話をふる。
えー、っとあからさまに嫌そうな声を出す正樹。
勿論、周りには聞こえない様に。
「だから言ったろ。外で友達ができたから遊びに行ってただけだって」
「そう言うのいーから。早く話したほうが楽ってもんだ。何言われても気にしねぇから」
「そうですよ。先輩が友達と遊びに行ってたとかなんの冗談ですか。居たとしても、どーせ外の情報源に使ってるだけなのが見え見えですよ」
「正樹が友達とか言う人は碌な付き合い方してないし」
視線こそ向けられていないが、間違いなく疑いの目を向けられていることだけは確かだと、正樹は思う。
正樹をよく理解してるからこその言葉だからこそ反論が非常にしづらいところだ。
「お前ら酷くね?何も間違ってない理解のされ方だからこそ痛えよ、心が」
人間関係は広く、浅く、をモットーにしている正樹だ。
それを実践しているために、見た目がオタク地味男子の割に知人関係が異常に広い。
それこそ、その気さえあればクラスの明るいグループにすら混ざれるコミュ力を持っていたりする。
しかし、人と仲良くはなるのだが、本人は友達付き合いにまで発展させようとはしない。
理由は至って深く関わると面倒臭いとのことで、大抵は話し相手程度止まりだったりする。
その事が四人にはバレているので、遠回しに正樹に友達とか居ないだろと言われている様で、少し目が遠くなる。
そして、何も間違ってないことによりさらに遠くなる。
さらに、最近の出来事を思い出すとさらに目が遠くなる。
そろそろ、ミールの髭の毛穴が見えてくる頃なので、と現実逃避に入る。
少し気持ちの悪い考えが入った辺りで、これは沼だと結論付けてため息をつく。
「だいたい予想通りだ。外の情報収集と人脈作りの為に冒険者ギルドに通ってたんだよ」
「冒険者ギルド!どこにあったんだよ。オレとジュンで探したけど結局見つからなかったぞ」
「そうだよ。なんでさそってくれないの。私も行きたかったよ!」
「ずるいじゃないですか。そんな面白そうなところに先輩だけ!」
「俺達、騎士の人達や街の人達に聞いても見つからなかったんだけど…」
各々が正樹に問い詰める様に言う、周りには聞こえない程度の音量で。
非常に器用なことである。
四人は純司が言うように、何度か冒険者ギルドを探した事がある。
しかし、聞き込みをしても一般の人達は行く必要が無かったり、冒険者自体がほとんどいないために聖都に冒険者ギルドがあると知らないのだ。
それに加えて、あの外装をしているのだから影の薄さは折り紙付きだ。
知ってる人が恐ろしく少ないのだ。
それなのにも関わらず、オストに一発で声をかけられた正樹は、とんでもない幸運を発揮していたりする。
「マジか、存在感薄いとは思ってたけど地元民にすら覚えられていられないなんてすげぇな。薄々感じてはいたけど」
というのも、あれから何度もでいりしているが、正樹はギルド内でオストやシナ以外に人を見かけたことがないのだ。
行く時間帯も関係があるかもしれないが、それを考えても一般市民はおろか冒険者すら見かけないのだ。
四人からの話からも分かる通り、聖都の住人にすらほとんど知られてないとのことだから相当だ。
とてつもないステルス機能を誇る冒険者ギルドに正樹は戦慄する。
「まぁ、知らないなら今度案内してやるよ」
正樹が案内すると言うと、各々が嬉しそうに返答を返しながら冒険者ギルドについて話す。
そんな四人に内心ほくそ笑む。
(盛り上がっちゃってまー。舞い上がってられるのも今のうちだ。貴様らに真の絶望をおしえてやろう)
全ては現実を見せつける為と、自分と同じアホ面を拝む為だ。
正樹が純粋な好意で行動などするわけがないのだ。
会話を振られても生返事で返しつつ、楽しみが一つ増えたと思うと同時に、一つの問題点を思い出す。
四人を冒険者ギルドに案内すると言うことは、あの二人を紹介すると言うことなのだ。
そう思うと正樹は、少し不安になる。
オストは別にいいとしても、問題はシナの方なのだ。
結論から言うと、あの後に何度か関わるうちにそれほど危ない人物では無いとは分かった。
人当たりは良くて気配りもでき、何より気さくだ。
これだけ聞けば最初の印象は何なのだとなるのだが、シナは間違いなく正樹のことを観察する様な目を向けてくるのを感じていた。
それに加えて、最初のあれはスキルの誤作動かと思い、確認のためにいたずら程度の攻撃を仕掛けようとしたのだがまたもやスキルがストップをかけてきたのだ。
それも、最初よりも強く。
正樹がこちらの世界に来て、スキルが大きく警笛を鳴らしたのは三人。
セレンの護衛であるアルガード。
そのアルガードを大きく上回るセレン本人。
そして、最後が前者二人とは比べることも馬鹿らしいシナ。
パーシィ曰く、アルガードはこの国でも両手の指で数えられる程の強さだと言っていた。
そのアルガードが比べ物にならないシナが一般人というのは無理があるのだ。
そんなこともあり、腹の中に一物、二物ありそうなシナに引き合わせると言うのは考えものだと正樹は思があったりする。
(まぁ、敵意も害意も感じないし、なる様になるかぁ)
深読みしても意味のない事と切り捨て、正樹は勘に任せて思考を盛大にぶん投げる。
悪い方向限定ではあるが、正樹の勘は日本にいた時からいのだが、それがこの世界に来た瞬間に精度がとてつもなく上がったのだ。
それこそ、わざと脅す様な真似をした聖騎士の行動を見破ったり、猫被りな姫を確定で黒としたり、冒険者のいない街中で冒険者に出会ったり。
上げ出せばキリが無いが、精度の程は嫌でも理解している。
一周回って不気味にすら思い、この勘自体を頼るのは正樹としても複雑ではあるが、そうも言ってられない状況だ。
決して考えるのが面倒だとかでは無いのだ。
そんな感じで、五人は出発の時間まで過ごすのだった。
●
「報告します。特にイレギュラーなどはなく転移者の皆様が先程、オルランテに向けて出発しました」
「そう、グイネスは上手くやったようですね。下がっていいですよ」
朝日が差し込み執務室。
一人の少女は事務的聞き終えると、執務机の上に置かれたティーカップに口をつける。
そして、これから起こるであろうことを思い、淡々とミスが無いかと今回立てた計画を軽く頭の中で見直す。
「配置は問題なくて?」
少女は不意に後ろに控えた男に声をかける。
男は「既に配置済みです」と手短に答える。
その言葉に相槌を打つことなく、少女は思考に没頭する。
そして、問題がないと分かると再びティーカップに口をつける。
「なにかご不安ごとでもお有りですか?」
男は、少女の考え事が終わったことを悟り声をかける。
いつもなら、既に動き出した計画の見直しなど軽くですらしないのだ。
それだけの仕込みは毎度しており、万が一の対応策など複数にわたり用意して、どんなイレギュラーだろうと問題ないと言い切れるほどに。
「不安と言う程では。ただ、アレがどの様な動きをするのかが気になる物で」
少女はそう言うと、口元を少し歪める。
それは、この後に起こることを思ってか。
最近見つけた玩具の反応を楽しむためか。
恐らくは、後者であろうと男は当たりをつける。
「ふふ。貴方はこれを予期出来ますかね。久しぶりの楽しそうなおもちゃです。今から貴方の顔を見るのが楽しみで仕方がありませんよ」
少女は楽しげに笑うと、窓に目を向ける。
「無事に帰ってくることをお祈りしております」




