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社会不適合者達による成り上がり英雄譚  作者: 鳩理 遊次
三章 アレクレア共和国と騎士小隊結成
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4章 136話 違法地下倉庫襲撃作戦始動

ついにやってきた救出作戦実行の時。

暗かった夜空が薄まりはじめ、雲ひとつない空は幸先の良さを予感させる。

とは言え、そんな風流なことを考える余裕があるのは今日何が起こるのかを知らない外野の人々のみだろう。


「ふぅ…」


「緊張か。少しは肩の力抜かねぇと肝心な時にコケるぜ」


風流はおろか空模様も気にする余裕のないオストは浅くなっていた呼吸を整える。

物陰に待機している時間がどうしても苦痛に感じてしまう。

思いの外響いた音を拾ったヒカルは、冗談を交えて緊張をほぐさせようとする。


「そうだな。分かってはいるんだが、やっぱどうしてもな。逆に落ち着いてるお前らを尊敬するよ」


「馬鹿言え。そう見えるようにしてんだよ」


ヒカルは感情を表に出さないように言う。

普段通りに振る舞ってみても、事の大きさを考えると平常心で居るのは難しい。

あの言葉はオスト以外にも向けたものでもある。

珍しく隊が静かなのは気配をあまり出さないようにしている以外にも、そういった緊張が多かれ少なかれ全員が抱いているからだろう。

とは言え、例外も居る。


「それによ、あれを見習いてぇとはおもわねぇだろ?」


「まぁ…そうだな」


「すぅ…すぅ…すぅ…」


二人して呆れながら見る先は、あと数十分で突入だというのに爆睡をかましているマサキに注がれる。

石畳の上に寝転んでアイマスクまで付けて爆睡する様は、さながら自宅のごときくつろぎ具合だ。

とても真似できる所業ではない。

一応これには結構深い事情があったりする。

数週間にわたる長時間業務からの二日の徹夜により、割と洒落にならないレベルで活動し続けていたせいでまともな睡眠を取れていなかった。

ジュンジも実質的にペアを組んでいたようなものだが、それでも昨日はしっかりと休息をとっている。

なので、こういった隙間時間で休憩することに誰も文句は言わないのだが、だからと言ってこの状況で寝れるか?と呆れ果てるのはまた別の話だ。

辺境伯や別働隊との打ち合わせした時間までもう少しになり、そろそろ起こすべきかとミカが動こうとする。


「ふわぁ…」


すると、声をかける前に対象がもぞりと動く。

作戦開始時刻があと十分を切ったところで、場の空気に似つかわしくない気の抜ける欠伸と共にマサキは起床する。

石畳の上での寝心地は最悪だと言わんばかりに低く唸り声を出しながら、固まった体をほぐす。

早速、この世の全てを恨む様な顔をしているマサキへ、コヨミは軽口を叩くべくちょっかいをかけに行く。


「流石の先輩でもやっぱり寝たふりしてたんですか?緊張してるのは分かってますし、隠さなくてもいいんですよぉ?膝貸しますよ」


「いらん。体内時計は俺の数少ない自慢ポイントだぞ。あと、今それやられるとウザい…」


普段どれだけ煽られようともシバかれようとも不機嫌になることがまず無いマサキにしては、珍しく嫌がる素振りを見せる。

緩慢な動きも相まってアンデッド顔負けだ。


「これから突入なのにそんな体たらくで大丈夫なんでしょうね?足を引っ張るくらいならそのまま寝ていなさい」


こんなので大丈夫なのかと全員が不安視していると、その様子に目くじらを立てたエレナリーゼが厳しい言葉をかける。

キツい物言いだが、実際にこれから戦いに赴くには無理があるように見えるのに違いはない。

マサキは売り言葉に買い言葉を返す。


「大丈夫に決まってんだろ。張り切ってるお前には足を引っ張るくらいが丁度いいと思うが」


「誰に物を言っているの?体調管理もできない人はいらないわ」


「そっちこそ誰に物を言ってるんだ?ベストコンディションに決まってんだろ」


見るからに絶不調をいいところなのだが、本人はそれを指摘されると苛立たしげに否定する。

疲れで血色は最悪。

目の隈もいつもの二割り増しで二日酔いの人間の方がまだ元気そうだ。

どう見ても強がりにしか見えないのだが、すぐにそれが間違いだと思い知らされる。


「『天邪鬼』」


マサキは気怠げにスキル名を呟く。

すると、みるみるうちに血色は良くなって行き、普段通りどころか類を見ないほどに生気に満ちた顔付きになる。

数あるマサキが保有するスキルの内の一つ、『天邪鬼』の能力は自分の精神状態、異常状態を反転することができる。

その効果が目に見えて発揮されると、あまりのビフォーアフターに全員が目を見開いて驚く。


「ほらな」


「ほらなって、変わりすぎですよ!?死人が蘇る過程を見たみたいです!」


「マサくんの目に力が宿ってるよ!初めて見たかも」


「ヤバい薬やってるみてぇだな。なんか副作用とかねぇよな?」


あまりの変わり様に言いたいことを好きなだけ言われる始末で、中々に酷い言われようどころか、挙げ句の果てには後が怖いとヒカルに心配されるほどだ。

全く何の悪影響も無いとは言えないのだが、かと言って後遺症などが残る類のものでは無い。


「デバフは無いがデメリットはあるな。ま、あんまり深刻なものじゃないから気にしなくていい。そんなことより、そろそろ始めるぞ」


詳しい説明をはぐらかしたマサキは、無駄話も程々に最後のミーティングを開始しようとする。

まだ開始時刻にはほんの少し早いのだが、メンバーの中で最も索敵能力の高いジュンジの名前を呼ぶ。


「見張は?」


「入口に三、その周りに二人一ペアが計七組の十四。周りのは下級くらいで入口付近にいるのは中級だと思う。あと中には確認できる限りで二十三が待機してる」


唯一、昨日のうちにたっぷり休息をもらっていたジュンジは、一人スキルと索敵魔法を併用し探っていた敵の情報を伝える。

マサキ達が発見できた限りの出入り口は十ヶ所以上はある事を考えると、ここが手厚いことを考えても中々の量だ。

一同は目標地点であるパッと見ただの民家を見つめる。


「ひゃー、知ってはいましたけど厳戒態勢ってやつですねぇ」


「直したばかりっぽい壁がラシェンダちゃんが逃げる時に開けた穴かな?」


「なんでもいいだろ。んなことより、中のヤツらの無力化だ」


「ああ、中に二十三人は一般家屋の中にしちゃ随分な数だな」


まず最初にその厳重さにコヨミはくだらないことを言い、次にミカが目に付いた真新しい壁について言及する。

ヒカルは一番難易度が高い問題点を上げると、オストが見た目の大きさに対する中の人の多さについての感想を述べる。

少しズレたオストの発言にエレナリーゼは「そんなことはいいのよ」と嗜めてから、民家の制圧担当に向き直る。


「見た目は少しマシになったようだけど、たった二人で相手にバレないように制圧なんて出来るの?」


「そのために二人も人員割いてるんだろ。俺一人だと心配する何処ぞの何某がいたからな。心配ならそっちのタスクが終わったら加勢にくればいい。もし先に終わればな」


「いつになく強気ね。やっぱり頭に異常があるんじゃないかしら。それでミスなんて許さないわよ」


既に何度も指摘されていることを今になっても蒸し返されると、マサキは挑発をかねて問題無いと断言する。

人の短所を攻撃するなら兎も角、珍しくも自信過剰な発言を意外に思うエレナリーゼだったが、それよりも小馬鹿にされたことを腹に据えて剣呑な空気を放つ。

隠密行動中でなければ殺気の一つでも飛ばしただろうが、そこはエリートなだけはあり態度と言葉とは裏腹に微塵も気配に揺るぎはない。

それでも言葉に表せない威圧感があるのだが、マサキはどこ吹く風で受け流す。


「当たり前だ。じゃ、仕込みしてくるから合図したら行動開始な」


そして各員が所定の位置へと散る。

オスト、ヒカル、ミカ、コヨミ、エレナリーゼの五人は巡回してる外の見張りの無力化。

マサキとジュンジは入口の三人および中の敵の排除だ。


(俺の担当はあれか)


ヒカルに指差される方へ向かったオストは、程なくして剣呑な雰囲気漂う二人組を見つける。

見たところただ歩いているだけの一般人に見えなくもないが、服の下には不自然な膨らみがあることからまず間違いなく変装だと分かる。

任されたのは一ペアだけで、メンバーの中では一番楽な受け持ちなことに情けなさを感じつつも、それを傍に置いて気を引き締める。


『襲撃』


多少の気負いをしつつも余計な力を抜いた状態でしばらく待機していると、通信機能が搭載された魔導具の仮面から合図が送られてくる。

最初に説明を聞いた時はなんとなくその多機能性に凄い魔導具なんだろうなとぼんやり思う程度だったが、こうしてそのうちの一つの効力を使ってみるとその凄さを改めて実感する。

頭に会話が入ってくるという不慣れな体験に違和感を覚えるも、身体は何の支障も無しに滑らかな動きをしてくれる。

できる限り音を出さない様に、しかし迅速にオストは標的二人の背後に迫る。

しかし、完璧とまでは行かない隠密行動だったせいであと数歩というところで、一人が違和感を覚えて振り向こうとする。


(やっぱ、アイツらみたいにはいかないか)


異変程度でも気付かれたことに、こういったことをうまくやる仲間達と自分を比較して歯噛みする。

自身も貧民街で生活をしていたのだから、素人よりは秀でていると思っていたが自惚もいいところである。


「…?…ッ!」


また一つ、帰ったら猛特訓する項目に心の中でメモをしながら、振り向きかけている一人に殴りかかる。

相方に異変が起きたもう一人の男はギョッとして体が硬直した。

次いで直ぐに声を上げようとするも、それよりも速くオストの二撃目が顔を捉える。

殺さないまでもそこそこな威力を持った拳で顎を狙った一撃。


「あんま強くないのは分かってたが、何事もなくて良かった」


器用ではないオストに出来る殺さない以外の唯一の制圧方法であるが、狙い通り何もさせることなく二人を気絶させられ、小さく息を吐く。

威力が足りずに起き上がるなんてこともなくテキパキと捕縛を済ませると、もっとも大変であろう出入り口の確保を担当している二人を心配するのであった。



『襲撃』


仕込みを終えたマサキは仮面に内蔵される機能の一つである『念話』を使って各員に合図を出す。

頭に直接言葉が届くのは不思議な感覚であるが、発信する側も同じだ。

コレ本当に繋がるのか?と言った疑問は試運転を終えた今でも拭い切れないのだが、しっかりと作動していることを隣に控えていたジュンジが動き始めたことで教えてくれる。


(おー、やっぱ喋ってもないのに伝わるの凄いな。結構簡単に対策できるらしいけど、それを込みにしても便利過ぎるな)


作業をしながらも無駄に冴え渡る頭のお陰で余裕があるマサキは、改めてファンタジーの力を見ると思わず感心してしまう。

その間にぬるりと屋根から入口へ移動するジュンジは見張の頭上を取ると、一人の首に紐を通して力一杯引っ張る。

屋根の取っ掛かりを経由されている紐は見張を宙吊りにすると早くも一人を無力化する。

ほとんど音すら出さない技はさながら必殺仕事人のような鮮やかな手口だ。

壁走りといい紐使いといい銃士ではなく忍者に転職した方がいいのでは?とマサキは思わずにはいられない。

しかし、どんなに鮮やかな手並みでも人一人が吊るされるのに完全な無音というのは無理な話で、些細な異変に他の二人が反応する。

いくら警戒体制とは言え、ほんの少しの物音で臨戦態勢寸前まで意識を持っていく練度の高さは、相当修羅場慣れしている者達だということが伺える。

彼らに不備は何一つない。

仮に相手が暗殺者などの隠密行動に長けた者だとしても、この反応と対応であれば異常を知らせると言う最低限の職務はこなせたはずだ。

ただただ運が悪かったとしか言えない。

バレることまで織り込み済みのジュンジは片方の見張の喉を容赦なくつぶし、さらにマサキ産の毒針を武器を取ろうとした腕に刺す。

次に今まさに声を出そうとする最後の一人。

だが、怪物の魔の手はそれを許さないと口を覆う。


「『サイレンス』」


ボソリと呟く様な声で唱えられる短縮詠唱の魔法が見張の声を奪う。

仲間に襲撃のことを伝えようとするも、声が出ないことに驚愕に目を見開く。

次に体を動かして抵抗しようとする素振りを見せるが、ジュンジの拳が鳩尾を撃ち抜く。

最初の見張を無力化してから最後の見張りを倒すまでにかかった時間はわずか二秒。


(速ぇー。いつものとギャップあり過ぎだろ)


念の為の不殺というハンデを背負いながらも予定よりも遥かに早い制圧に、マサキは普段と戦闘時のビフォーアフターに若干困惑しながらも内心で拍手を送る。

この状況で不殺などのハンデが付いている理由としては、百パーセントの裏どりが取れていないからといった事情がある。

道徳を抜きにしても敵だから、悪者だからと殺しても良いケースなど早々には無い。

ここがいくらファンタジーな世界でもフィクションではなくリアルである以上、それはどこの世界でも変わらない。

そんな裏事情のせいで難易度の上がっているはずの仕事なのだが、全く意に返さない手際で終わらせる様にマサキは感心しながら、こちらも早くやらなくてはと魔力操作に集中する。


(こっちもこれで大体終わりだな。効果が出るまであと数十秒か)


他に気を回しながらもしっかりと手ならぬ魔力を動かしていたマサキは順調に仕込みを終わらせる。

今の今まで一人屋根の上に止まっていた仕込みというのは催眠ガスの散布作業だ。

屋根に穴を開け、そこから『異空間収納』の中からマサキの霧の魔法『ミスト』に睡眠薬を混ぜた物を建物の床全てに滞留させた。

後は魔法の遠隔操作を解除すれば全員を同時に昏倒させることが出来るという寸法だ。

とは言え、コレで完璧とは行かない

この催眠ガスに使われてている睡眠薬は下級までの人間は問題無く効くのだが、中級になると抵抗力も相応に高いので耐える人間も出てきたりする。

なので、後詰めに催眠ガスの効力が現れ始めた直後にマサキとジュンジの二人で中に突入し、速やかに残った人間を排除するのが制圧作戦の概要になる。

作業を終えたマサキはジュンジとは逆の側に降りると、いつでも入れるように魔法で壁の耐久を落としておくと、あとは効果が出るのを待つ。

中の気配を注意深く意識を向けていると、それほど時間がかからずにその時は来る。


『突入』


言葉を言い切る前にはマサキは壁に穴を開けると室内を駆け抜ける。

バタバタと倒れ伏す人に目もくれずに、いまだに意識のある者の元へ急ぐ。


(効いてないのは六…いや、五か)


今だに残留するマサキの魔力は正確に意識のある人間の数を教えてくれる。

ついでに建物の間取りもきっちりと把握できているお陰で、迷うことなく標的の元まで突き進む。

突き当たりを曲がると仲間の意識確認を行う一人目のターゲットが見える。

その男は急に同僚が倒れたことに困惑している様で、まだ奇襲を受けていることに気づいた気配はない。

そんな状況で気配を消すマサキを捉えられる訳もなく、コレ幸にと背後を取ると首を捻り上げる。

碌な抵抗も出来なかった男は何をされたのかも察知する暇もなく、仲間同様に地面へと倒れ伏すことになった。

まず一人。


(残りはあと三人。てか、ジュンジの奴俺が一人やる間に二人っておかしいだろ)


次のターゲットの正確な位置を探るために再び気配探知をすると、すでに三人だけになっている敵を把握できたと同時に身体能力の差を嘆く。

しかし、配分で言えばこちらはあと一人だけ倒せば良いのだから、楽ができたとマサキは前向きに考えることにする。

その間も止まることなく建物の中を走っていると直ぐに次の目標の近くまで到着する。

しかし、今度は壁越しだ。

蹴破るのも悪くないが、不安要素はできるだけ排除したい。

なので、突入するときと同じ様に壁に手を触れると勝手に広がる様に出入り口が作られる。

部屋の中にいる者も、前の者と同じ様にまだ本格的な異変に気が付けていない。

しかし、今度は完璧に背後を取るのは難しいと判断したマサキは間髪入れずに詰め寄る。

途中、流石にマサキの存在に気がついた標的は目を見開いて体を動かそうとするが、それよりも早くその者の頭を手で押さえると膝を叩き込む。

非力とは言え、中級の筋力による渾身の膝蹴りは人一人を気絶させるのに余裕の威力を持っていたお陰で、また一人制圧することができた。


(残りは…居ないな)


三度の目の気配探知をすれば、ペース配分の予想通りジュンジが残りの二人を倒し切っていた。

こうして、僅か数十秒でマサキとジュンジの二人は建物の制圧をすることが出来た。

それから、オストやエレナリーゼが突入してくるのは直ぐのことだった。

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