4章 134話 辺境伯の結団
連続失踪事件の黒幕としてファーゲの二大商会のうちの一つ、ランバック商会が最有力候補だと怪しむには充分な推測。
近場で飢饉が起きた報告も無い中で、少し不自然な食糧品の高騰理由としては納得できるものだ。
しかし。
「マサ殿の推測は実に見事だ。しかし、最も大きいのがランバック商会ではあるのは事実だが、ファーゲの食品の流通を一手に担っている訳ではない。まだ、断定するには少し弱いぞ」
即座に平静を取り戻したベックスは、今でているだけの情報と推論だけでは他にも候補があることを指摘する。
統治者をしているだけあり、脳筋のような言動と見た目をしていながらも頭の回転が速く慎重だ。
それに、マサキ達とは違い付け焼き刃の情報では無いので、精度の高い他の大商会の詳細も把握しているのだろう。
ハリボテな上に突貫工事な推測と交渉にはなるが、それを上手いこと綺麗に見せるのが詐欺師の腕の見せ所。
マサキは動揺を一つも表すことなく、真剣な声音で次なるカードを切る。
「おっしゃる通りです。ですが、次の要素が合わさると最も怪しい立場にあるのがランバック商会になるのです」
「次なる要素ということはまだあるのか」
尽きない情報にベックスは感心する。
事件の進展には大きく反応を示していたが、黒幕についての予想に関してはどことなく懐疑的な様子が見受けられた。
それが今は一つの意見として聞いておこうという態度から、もしやという興味を引けている。
ここが勝負所だ。
まずは札の魅せ方を工夫する。
「先ほども言いましたが、ランバック商会は古くからファーゲにて活動を続けており、多大な尽力をしてきた商会です。辺境伯家としても長い付き合いですよね」
「先先代からの付き合いだ。それこそ私が生まれるよりも前からな」
「そうなのですか。それほど前からですと、老舗としての年月も一二を争うのでは?」
「そうだな、私が生まれる以前からファーゲに存在するのはランバック商会を含め片手の指で足りるほどだ」
三つ目の根拠を説明してくれることを期待していたベックスだが、内容は何が関係があるのかわからない要領を得ないものだ。
困惑しながらも、流石に商会一つ一つの活動期間までは覚えてはいないが、それでも大体ならばと断言する。
「そこが肝です」
「何?」
急にそれが核心だと言われても、やはりベックスには思い当たることがない。
それも仕方のないことで、関わりの深い辺境伯だからこそ気が付きにくい盲点なのだから。
「今ある数々の大商会とランバック商会の大きな違いです。その土地に長く根付いているからこその信頼と人脈があれば、ベックス様を欺きながら巨大地下倉庫を作るのが最も容易だとは思いませんか?」
「なっ!?しかし、彼奴がそのようなことを!いや、むぅ…」
マサキの言葉を咄嗟に否定しようとするベックスだったが、統治者としての一面が二の句を飲み込ませる。
感情と理性の間で混乱しているところへ、マサキはトドメとばかりに「実際に、建築と不動産の最大手はランバック商会です」と、追加の情報を投げつける。
後は結果を待つのみと口を閉じてベックスの判断を待つ。
やがて考えがまとまると重々しく口を開く。
「ランバック商会の長、ビルゲインは昔からの友人だ。少し融通の効かないところはあるが真面目で誠実な性を信頼している」
話しはじめたのは独白だ。
予想していたことではあるが、やはりランバック商会の会長とベックスには個人的な関わりまであった。
それこそ人となりを把握できるくらいには密接な関わりがあり、それに比べてマサキは顔を合わせて二回目程度の間柄だ。
「が、私にはマサ殿の言葉を否定する根拠は無い…」
それでも、ベックスは統治者だった。
情に流されそうになろうとも、判断を間違う事は決して許されないという覚悟が目を背けることを許さないのだろう。
表情から力が失われることこそないが、言葉の端から認め難いという思いがありありと伝わってくる。
「ベックス様。気休めではありますが、これはあくまで予想の話です。他に真犯人が存在する場合も充分にございます」
「ここまでの可能性を提示したのは貴殿だぞ」
たった今、友好関係にヒビを入れた男は慰めとばかりに楽観的な意見を述べる。
完全に「それ、お前が言うのか」状態の発言にオストとヒカルは白い目をし、ベックスも嘲笑するように鼻で笑う。
「そう言われては心苦しい限り…ですが、肝心なのは誰が黒幕かではなく、相手がどれほどの戦力を必要とする規模か、ですから。その点、ランバック商会は最も強大な組織であっただけのことです」
「彼らを想定して動けば大抵の敵には対応できるということか?それにしては仮想敵が巨大すぎるな」
正直な話、マサキとしては敵については誰でも構わないのは本心からのことで、あくまでもベックスから戦力を引き出す口実に過ぎない。
その意図をしっかりと理解したベックスは生徒を嗜めるような険しい表情で大雑把な作戦だと指摘するが、そんな事は百も承知だ。
「三流のやり方だということは否定しません。無駄にコストをかける可能性は充分にあり得ますが、ここで取り逃すよりは幾分も良いかと。違いますか?」
マサキは力不足に申し訳なさそうな態度こそ取るも、自分の使命は依頼の成功だと言い切る。
誰も金を使うなとも人を使うなとも言っていないのだから、使えるものはなんでも利用するのは当たり前だ。
そのためにはベックスの心情もを利用する。
「フンッ…シナ殿が貴殿達を遣わせた理由がよく分かった。中々に食えないでは無いか」
「過分な評価、痛み入ります。自分達はできるだけ失敗しない手段を模索したに過ぎません」
マサキの言葉の真意に気が付かないわけもなく、ベックスは顔に似合わず苦労性な顔でせめてもの皮肉を吐く。
しかし、当の本人には何の痛痒も与える事はできないようで、非常に残念だと肩を落とす。
同時に息を吐くと、最後の葛藤の後に己の中の答えを整理し終えた。
「そうだな…娘の件を抜きにしても、これ以上悪党をのさばらせるのは許せん。貴殿達の提案に乗ろうではないか」
「ありがとうございます。力不足な身ではありますが、全身全霊を持って事にあたらせて頂きます」
娘の安否に旧友への嫌疑。
おおよそ冷静を下すには難しい精神状況であることは想像に難く無い。
しかし、ベックスにはそんな不安を微塵も感じられない覇気を伴って、提案に賛同することを宣言する。
それに答えるよう、代表のオストを先頭にマサキは感謝と抱負を口にしてうやむやしく頭を下げる。
そんな大袈裟な対応があまり好きでは無いベックスは素気無くやめさせる。
「よい。して、このような提案をしてきたのだから無論、良い作戦もあるのだろう。まずはそれを聞かせよ」
「承知しました。まずは概要から…」
澄まし顔で応じるマサキだが、内心は盛大にガッツポーズを取る。
ほとんど口を開いていないオストとヒカルですら小さく安堵の息を吐いたくらいには綱渡な説得だ。
対話時間だけで言えばまだ数分しか経っていないが、ミスの許されない会話はマサキをして長く感じられた。
後はマサキの原案にヒカルがリテイクにリテイクを重ね、コヨミが改良を重ねた物を説明するだけだ。
聞き終えたベックスは熟考しながら難しそうに唸る。
「地下倉庫には精鋭のみで突入し炙り出し、出入り口がある範囲全てを包囲する、か…普通なら愚策もいいところだが?」
あれだけの推論を持ってきた者達がどれほどの策を用意してきたのか期待していたベックスだが、大まかな説明を聞き終えるとあまりに杜撰な策を聞いて不機嫌そうに問いただす。
これが敵の殲滅だけのことならまだアリではあれのだが、今回の目的は事件解決よりも被害者の救出が主なものだ。
それなのに即座に制圧するのに向かない少人数なのに加えて、さらには包囲で敵を追い詰めるなど被害者を人質にしてくださいと言っているようなものだ。
そうでなくとも、証拠隠滅のために殺される可能性すらある。
ことと次第によってはこの話は無しだという圧がヒシヒシと叩きつけられるが、マサキは平然と受け答えをする。
「時間が無い上での奇襲作戦ですからどうしても無理は出てしまいます」
「被害者達の保護が最優先なのだぞ」
一見ただただ結果だけを追い求める冷酷人間のような返答にベックスは失望しながら怒りを滲ませる。
その余りの迫力にオストとヒカルは自分に向けられていなくとも本能的に身を固くするほどだ。
「ええ、勿論ですとも。なので、秘策をしっかりと準備しています」
そんな圧を直接向けられている超本人は気にすることなく軽やかに口を動かす。
お陰で内容を聞いたベックスは一先ず矛を収める。
「しかし、それだけでどうにかなるものなのか?」
「難しいでしょう。これはあくまでも敵の動きを制限するためのものです。そこで次に奇襲を仕掛け、さらなる現場の撹乱と目的の誤認を図ります。それから少し遅らせて被害者の救助をする部隊を秘密に送れば、比較的安全に確保できると見ています」
「…確かに多少の安全は確保できよう」
「救助部隊については人が欲しいのでベックス様が主導して欲しいと思っています」
「いいだろう。承わる」
リスクリターンの高い作戦ではあるが、準備期間を置けない中ではそこそこ安全を取れていると思ったベックスはリターンを取る事にした。
とは言え、それを認証したところで別の問題も出てくる。
「だが、そうなると人事は手間だな。考えてはいたことだが、組織だった犯行だということはこちらも自由には動かせん。それがランバック商会の仕業だとしたら尚更な」
「買収問題は政治をする上で切っても切れぬ問題ですからね。組織が大きくなると仕方がない物かと」
「妙な気遣いはよせ。これも私の怠慢だ」
この街の支配者であるベックスとは言えど、鶴の一声で全員が思いのままに動くことはできない。
前もって準備していた場合を除き、その行動を起こすまでにいくつもの過程を踏む必要があるからだ。
さらに今回に限ればランバック商会でなくともそれに近しい商会が関わっていることは確実であり、それほどの大きさとなると辺境伯家が運営する機関にも繋がりがあることは明白だ。
貴族に限らず権力者というのは清廉潔白ではやっていけない以上、ある程度の汚職というのはどうしても見逃される。
それは必要悪であり、罰するのに労力が見合わなかったり、単純に発見できていなかったりと理由は多岐に渡り、頭の痛い話だと言うのはベックスの表情を見れば明らかだ。
「しかし、救助部隊も組織するとなると包囲の方が難しくなるぞ。懸念を考えれば動かせる人員にはどうしても制限がついてしまう」
今回の場合、ベックスが見境なく命令を飛ばしたとすれば、思惑はなんであれ間接的に事件に共謀した者たちが妨害工作などで時間稼ぎをし始めるだろう。
最も数の多い末端の兵が使えないとなると、いかに辺境伯といえど人員不足ではあるが、そこは織り込み済みのマサキはこんな提案をする。
「それについては明日の巡回ルートを弄ることで対応しましょう」
「ネセミアン商会への強制調査を口実にするのだな。堅固なものは難しいがないよりは幾分も良い」
「おっしゃる通り、包囲する兵達が連携をとるのは難しいでしょう。なので、多少包囲の確実性を上げるために、判明した出入り口付近で人為的にトラブルを起こして知らされていない兵を誘導します」
「知らせずに部下達を危険に向かわせるのも好かんが、それよりも人為的なトラブルとは何をする気だ?」
トラブルと言われたベックスは眉を顰める。
言い方的には大したことではない些細なものではあるのだろうが、この街の統治者としてはどんな騒動を起こすのであれ聞いておく必要がある。
「このジョークグッズを使います」
「ジョークグッズ?」
目の前に円柱の物体を取り出され、見当のつかないベックスは注意深く観察する。
ジョークグッズと聞かされてそんなものが何の役に立つのか首を捻る。
マサキは前置きとして「魔力によって起動するので、今はただのガラクタですが…」と言ってから、コレの正体を口にする。
「平たく言うと音爆弾ですね」
「ふむ…本当に安全であるのだろうな?」
前置きがあったので驚きこそしないが、急に物騒な物の名前を聞かされれば民間に出回っているようなものだろうと分かりながらも不安視してしまう。
当たり前であるが、辺境伯本人に物騒な物を紹介などしないとマサキは安心させる意味合いも込めて朗らかに威力の程を説明する。
「所詮は人を驚かせるための物なので。間近であれば耳に異常が出ますが、もし懸念があるのなら位置は工夫します。花火のようにしても良いかもしれませんね」
「あまり騒ぎを大きくしたくは無いが、そうも言ってられんか」
領主としては進んでやりたいことでは無いが、安全性が確保されているからと納得する。
だが、ベックスは知らない。
目の前の男が最初は本当の爆炎石…爆弾を何も知らせずに使おうとしていたと。
ヒカルの隠れたファインプレーがあったからこそ、今のように包み隠さず話すことになっているが、それがなければ犯人の仕業ということにして爆弾魔がほくそ笑んでいたことだろう。




