1章 13話 遠足の前日は眠れない
雲ひとつない夜空。
数多くの星が、自己主張するように輝きを放つ。
しかし、それは怪しく光る紫色の月を飾る屑星にしか足りえない。
そんな、紫の月が出る深夜。
多くの生き物が眠る中、一つの応接室にノックの音が鳴り響く。
既に部屋に待機していた青年は、気だるげにしていた佇まいをただし「どうぞ」と一言、扉の向こうの来客者へと声を掛ける。
来客者の護衛である騎士が扉を開け、横に控えると絶世の美少女が部屋に入る。
部屋にいた青年は、少女を一瞥すると席を立つと頭を下げる。
窓から入る月明かりに照らされ金色の髪が妖しく輝き、少女から放たれているとも思われるオーラのせいかより美貌を引き立てる。
少女は席に着き、「お座りになってください」と言うのを聞き届けると青年は頭を上げ、席に着く。
「今宵は、遅くに私の招待に応じてくれたこと感謝します」
「こちらこそ、まさか貴方様が直々にいらっしゃるとは思いませんでしたが」
「貴方にはそれほどの価値があるということですよ」
そういう少女は小さく微笑む。
その微笑みは万人を魅力する微笑みなのだが、青年はなびく様子を一切見せずに「そうですか」と一言返す。
「それで今宵、私をここに呼んだ目的は、私の勧誘ですか?」
「まぁ、よくお分かりになりましたね。異世界人の皆様は少しお気楽が過ぎますのに。理由をお聞きしても?」
「粛清という理由もなくは無かったのですが、わざわざ今暗殺紛いなことをしても意味が薄いですね。やるなら野外訓練のときにコソッとやるのが一番楽で、メリットが大きいです。となると忠告か命令、交渉のどれかですね。私達が普段コソコソしていることの内容はおそらくご存知なのでしょう。だから、まとめ役かつ危険性を説いてる私が呼び出されたという可能性もありました。だが、それに対する忠告はそちらにメリットはほとんど無い。同じく、警戒している相手に命令をして、さらに警戒心を上げる必要もない。最悪、警戒される程度から敵意を抱くまでになりますからね。私達を見栄えの良くて強い手駒にするために飴を与えて懐柔の最中にする事じゃない。明らかな悪手です。なら最後の交渉ですがこれも無い」
少女は普段なら、青年との接点などない天上人なのだ。
普通なら、そんな人物に呼び出されたなら命令か交渉を持ち掛けられると思うだろう。
地球でサブカルチャーに触れる機会が多く、自分のことを特別だと思い込んでいる異世界人は尚のことだ。
にも関わらず、目の前の青年はどれも無いと言う。
あまつさえ、あなたはそんな馬鹿じゃないですよね?ちなみに私は命令を聞く気がないですよ、と説明をしつつも釘を刺してくる始末だ。
少女は面白そうな表情を浮かべながら、声を少し低くして聞く。
「何故です?」
「交渉も取引も、同じ土俵の人間だからこそ成り立つものだからですよ」
満足のいく答えだったのだろう。
今までの微笑みが、塗りたくられたペンキのごとく剥がれ落ちる。
姿を現すは三日月のような笑みだ。
それは紫色の光に照らされより邪悪に見え、それでいて整った容姿が損なわれることの無いものだから余計に不気味に見える。
普段の少女を知っている者が見れば卒倒することだろう。
しかし、対面に座る青年は目を少し細める程度に留める。
少女は心の中で少し驚くと同時に、少しの関心を抱く。
青年の目は、やっぱりかと言う思いがありありと浮かんでいる所を見るに、最初会った時には既に見破っていたのだろう。
少女の本質に。
そもそも、ある程度は見破られているだろうと思ってはいたのだが、精々腹黒な程度だと思われているとは考えていた。
結果は少女の予想を超えてこちらを理解していたことに喜びが湧き上がると同時に、都合の悪いことへのイラつきがチラつく。
「貴方様は私の予想を超えて優秀ですね。そうです。私は貴方に勧誘をしに来たのですよ」
「それは光栄ですね。で、私を勧誘する理由をお聞きしても?」
「それは私が今言ったように貴方様が優秀だからです。異世界人とは思えないほどの用心深さに、その策略。会話の内容が筒抜けになっている事前提で仲間内に警戒を促しつつ、こちらには反抗の意志のなさを伝える。さらには、私の行動を予測まで。のうのうと平和に生きてきた異世界人の、それもただの平民とは思えません」
そこで区切るとそばに控えていた騎士が入れたであろうお茶を優雅に飲み、一息入れる。
「それに今分かったことですが、こちらに牽制を入れる豪胆さまで併せ持っているとは。正直、過小評価していました。貴方様は先程交渉は有り得ないと言っていましたが、最初から私を交渉の席につかせるのが狙いでしたのでしょう?そうでなくても、取り込まれにくくも有用性を示す様な立ち回りをしていらっしゃいますからね」
「それは買い被りですね。私は自分の尊厳を保証してもらいつつ、そちらの顔色を伺うだけのつもりでしたから」
「それこそ、ご謙遜することはありません。ここまでの物を捨てるだけなのは勿体ない。しかし、このまま不安の種を野放しにする訳にも行きません。なら貴方様には、こちらの利益になるように働いてもらうのが一番の使い方です」
「なるほど、分かりました。では、そちらの要求は?」
理由を聞いたのにも関わらず、内容を知っていたかのように顔色を変える様子がない。
つまり、この流れを読んでいたということだ。
自分が少女に使われるというのが分かっていたかのように。
大抵の者は使われると聞くと警戒心や、不安、躊躇いなどで思考がすこし鈍る筈なのだが、青年は考える素振りすら見せずに話を進めるのがその証拠だ。
「些細なことです。こちらがしていることに対する妨害を今後もしないと約束して欲しいのです。それと少し疑り深い者のコントロールをお願いしたいのです」
「分かりました。それで私の身の安全が保証されるのでしたらお受けします」
「懸命なご判断です」
少女はこう言うが、青年にこれ以外の選択肢など初めから無いのだ。
確かに青年は、少女の行動を完璧と言って差し支えない程に読んでいたようだが、それでも少女の優位性はどう足掻こうが覆せるものではなかったのだ。
なら、何故このような駆け引きをしたのか。
「それに当たり、仕事を円滑に進めるためのお願いごとがございます」
「何でしょう」
つまり、これが本命なのだろう。
少女に青年の有用性をこれでもかと売り込むために。
自分の要望を通しやすくするために。
「私に道具をいくらか支給して頂けないでしょうか。それから貴方様との連絡手段もご用意していただけると助かります」
「分かりました。それでは私の部下を遣わしますので、そちら必要な物を言いつけてください」
「ご好意感謝します」
それを見届けた少女は席を立つと、怪しく光る金髪を靡かせ、部屋を後にするのだった。
●
結局昨日は、五人で話し合いを終えた後に全員が書斎に篭って情報収集をしただけで日が暮れてしまった。
その為、野外訓練を受ける学生の中で唯一の引きこもりグループになってしまったのだが、リサーチを万全に済まして迎えた朝。
正樹は一人、自分の訓練の担当騎士の元を訪れていた。
「うん分かったよ、今からかい?」
そう答えるのは二十代後半くらいの男性で、柔和な顔立ちに短めの金髪が似合う騎士、パーシィだ。
正樹がそうですと返事をすると、すぐに了承してくれた。
「ありがとう」
「いいよいいよ、それにしても折角昨日外出許可が出たのに直ぐに行かないで書斎に籠るなんて、マサキ君らしいね」
「外出を百パーセント楽しむのには下準備が必須なんだよ」
「ハハ、君くらいの歳はまだ無鉄砲なくらいが丁度いいと思うんだけどなぁ」
十七歳とは、こちらでは成人として認められる年齢ではあるのだがそれでもまだまだ子供として扱われることも少なくない。
そんな、子供らしからぬ発言をする正樹に、困った様に頭を掻きながら笑う。
「それでマサキ君、君一人で外出するのかい?」
「いや、いつものメンツで行く予定。今は四人とも自分の担当のところに行って外出許可を貰ってると思うぞ」
「それもそうか、昨日皆で調べてたみたいだしね。パーティー内で団結出来てるのはいいことだよ」
「そうだな。それじゃあ待ち合わせ場所に行くか」
話している途中に、パーシィが手元の書類を片付け終えたのを確認してた後に声を掛ける。
その気づかいにパーシィがお礼を言うと執務室から出る。
「それで、今日は何処へ行くんだい?」
「決まっているのは本屋と雑貨屋、魔道具屋がメインだな。あとは各々自由行動で、女子が服屋、男子が武器屋に行く予定」
「なんだ、食べ歩きとかしないのか。他の子達は食事に行ったり観光に行った息抜きをするそうだぞ」
「俺達も観光みたいなもんだよ。魔道具屋なんて如何にも観光スポットだろ」
「魔道具屋が観光スポットなんて初めて聞いたよ」
真面目な顔で魔道具屋は観光スポットと言い張る正樹に、パーシィは苦笑を漏らす。
実際にこちらの世界基準では、魔道具屋は決して観光スポットではない。
「君くらいの年頃なんて食べ盛りなんだから何か食べに行かないのかい?何なら僕が美味しいお店案内するよ」
「それなら今度頼むわ。食べ歩きはするつもりだったからな。よく分からない物を食べて一喜一憂するのが楽しいんだよ」
「そうか、それは良かった。しっかり食べてるって言うのは知っているんだけど、マサキ君不健康そうだから心配でね。お節介が過ぎたよ」
「元々だからな。実際に不健康だしな」
「いや、気にするよ、大丈夫なのかい!?」
「いつものことだ」
「そ、そうなのかい?」
パーシィの言うように正樹の顔色はお世辞にもいいとは言えない。
深い隈に眠そうな目、青白い肌をしているのに加えて、ボサボサした髪にだらしない服装という、如何にも体調悪いですよみたいな風貌をしているのだ。
服装をボロくして血糊を被れば、ホラー映画に出てくるモブゾンビだ。
面倒見がよく、心優しいパーシィでなくとも気にするというものだ。
実際に初めて会ったとき、パーシィは急いで医者を呼ぼうとしたほどだ。
慣れはしたが気にするなと言うのも難しいようで、ことある事に正樹を心配するようになったのも仕方の無いことだろう。
この様な雑談をしている内に教会の出入口の一つである裏門に到着する。
そこには既に六人居ることから、正樹達が最後のようだ。
「お待たせ」
「オレ達も今来たところだ」
「ホントはすんごく待ってましたよー」
「ヨミちゃんは直ぐにマサくんをからかわない」
「そうだよ、また話しが進まなくなるし。俺は早く行きたい」
「そうだな、ここで立ち話をしていても時間の無駄だし行くか」
光が号令を出すと、みんな外に出たい気持ちは同じらしく早足気味に門番の元に行く。
一人落ち着いてクール振っているようにしか見えない正樹は、如何にもなやれやれをする。
実際は寝不足と疲れ、筋肉痛と色々なバッドステータスがあるためにはしゃげないだけであるのだが。
「手続きよろしくー、それじゃ、今日はよろしくお願いします」
そう言うと正樹は振り向き、今日の同行者である三人の騎士に頭を下げると「任せてください」「はい」「よろしくね」と順に答える。
最初に返したのはキリッとした美人な女騎士、咲の訓練担当のエイリューンだ。
次は茶髪で物腰が柔らかいのが特徴な女騎士、恋詠の訓練担当のフィーレス。
最後は言わずもがな、優しく笑うパーシィだ。
「ところでマサキ殿、本日はどちらに行くつもりか伺っても?」
「それなんですけど、遠征の支給品で足りないものでも買いに行こうかと思うので、支給品の詳しい内訳を聞きたいんですけどいいですか?」
「構わないが、言いつけてもらえればこちらで用意することができるが?」
異世界転移してきた学生達は、教会から絶大と言っても良いほどの支援を受けていると言っていい。
細かい条件などがあるが、それさえクリアすれば何でもと言っていいほど必要な物を準備をしてくれるのだ。
それこそ、勇者になると貴重な聖剣と呼ばれる魔道具やそれに準ずる武器などだ。
それなのに、個人的に物を買いたいと言うのだから、エイリューンが疑問に思うのも最もなことだろう。
「こう言うのは自分の足で買いに行くのがいいんですよ。特に友達とワイワイ買い物って言うのは何であれストレス発散に繋がりますから」
「なるほどな、了解した」
「おーい、手続き出来たからこっちにきてくれー!」
正樹達の会話が一段落着くと、タイミングよく外出手続きが終わった様で光が大声で声を出す。
それにより話は歩きながら聞くことになり、正樹は四人の元に向かった。




