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社会不適合者達による成り上がり英雄譚  作者: 鳩理 遊次
三章 アレクレア共和国と騎士小隊結成
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4章 124話 計画の歪み

「今何と言った?商品が逃げただと!?」


机が軋みを上げるほどの勢いで青年の手が叩きつけられる。

それに白仮面は呆れながらも、今し方知らされた報告について考える。


『ご会談中に申し訳ありませんが火急の報告がございます!収容されていた商品の一部が市街へ脱走してしまいましたッ…!』


今日も今日とて、教団からファーゲでの暗躍を命じられた青年とこの街の裏を牛耳る商人の男と三人で定期会談を行っている時のことだ。

青い顔をした初老の部下が駆け込んできたかと思えば、そんなとんでもない報告をしたのだ。

計画の屋台骨すら揺るがしかねないその失態に思わず青年は怒鳴り声を上げ、初老の男も顔を険しくする。

唯一、白仮面は慌てふためく面々を何の感慨もなく見守る。


「ビルゲイン!これはどう責任を取るつもりだ!?」


「責任とは?」


青年は怒鳴りつける。

対してビルゲインと呼ばれた初老は余裕の態度で青年の叱咤を受け流す。

まさかの開き直りに青年は言葉が理解できないと一瞬真顔になるが、再び顔を真っ赤に染める。


「この期に及んで言い逃れか?商品の管理は貴様の仕事だろうが!!」


青年は耳を裂く怒声に合わせて拳を振り下ろすと、今度こそ机が叩き割られる。

呼吸すら乱れるほどの怒り。

これ以上迂闊なことを言えば殺すということがありありと伝わる目つきで睨み付けているのだが、初老の方はこの状況においても顔色ひとつ変えることは無い。


「勿論、商品の管理は私の管轄です。しかし…その保管場所の警備に関して言わせれもらえばそちら側の管轄の筈ですが?」


「だから、何だと…?」


「商品を見逃したのはそちらの落ち度では?ニンブス殿」


「ッ………!!」


ビルゲインの返しにニンブスと呼ばれた青年は血走らせた目を見開く。

今にも飛びかからんという雰囲気だったが、次第に息を落ち着けるとゆっくりと椅子に座り直す。

逆上しやすい彼であるが腐っても少数精鋭のクロフォード教団の構成員。

かすかに残った冷静な部分が自分の責任とビルゲインを殺した場合この取引が御破産になるデメリットを計算したのだ。


「あぁ、そうだな…ヤツらには罰が必要だ。だが、商品を管理しているのが貴様なのに変わりは無いぞ」


ひとまず冷静な風を装うことが出来たニンブス。

だが、腑が煮えくりかえっているのは変わらないようで、今この場にいない部下への報復を口にする。

一旦はそれで怒りを収めるとして、本題である責任問題の重きに関して問う。

ビルゲインは鷹揚に頷いてこちらの比重が大きいことは認める。


「えぇ、存じています。とは言え、私としてはこれも想定の範囲内。君、現状報告を」


「はいぃッ!で、ですが現在狩猟部隊の半数を動員して捜索中ですので直ぐに捕縛できるかと…」


報告係は手短に報告と希望的観測を口にする。

それを聞いたビルゲインは顎に手を当てて少し考える。


「少ない。警備も半数動員しなさい」


「ハッ…!?いやしかし、それでは輸送作業が…」


現在、彼らはアレクレア騎士団の調査隊派遣を受けて隠蔽作業の真っ最中だ。

その関係で大多数の従業員を導入していることもあって人手の余裕がない。

そんな懸念を連絡係が口にするが、ビルゲインは有無を言わせずに目を細める。


「これは命令だ。早くしたまえ」


「畏まりました!」


凄まれた連絡係は余計なことを口にしたと背筋を伸ばすと、命令を遂行すべく速やかに退出する。


「本当に大丈夫なのだろうな?」


途中から経緯を黙って見ていたニンブスは粗探しがてら計画について今後の展望を聞く。

これで具体性のない希望的なことでも口にすればどうにかしてやろうかとも考えていたのだが、生憎とビルゲインはそんな事はしなかった。


「はい。輸送作業が多少滞るでしょうが商品がこのまま逃げてしまいハンマーグかアレクレアに保護される方が問題です。商品の方は発信機が付いているので直に全て回収できるでしょう」


ビルゲインが作戦の支障についての解決策を全て口にすると、ニンブスは気に入らなそうに腕を組む。

さすがはこの街の裏を牛耳る商人なだけあって対応が早く、弁論に関しても一枚も二枚も上手だ。

そもそもの話として戦闘員の色合いが強いニンブスには勝ち目が無い駆け引きだったとも言える。


「フン…これ以上事態が悪化したら分かっているだろうな?」


「勿論、心得てますとも」


「チッ…ダスト様、急用も出来たことなのでお先に失礼します」


釘を刺そうにも効いているようには見えないビルゲイン。

その様にニンブスは不機嫌の態度を隠す様子もなく舌打ちをする。

これ以上ここに居ても怒りが募るだけだと悟った彼は、上司である白仮面にだけ礼儀を尽くすと乱暴に出て行く。

それを見送ると少し遅れてビルゲインも席を立つ。


「お見苦しい所をお見せしました。私も今後の対処をしなくてはならないので失礼致します」


終始張り付いている薄ら笑いで白仮面にそう告げると、彼はニンブスの跡を追うように静かに部屋を出た。

残された白仮面はあまりにも無駄な時間だったとうんざりとした思いだと、体勢を崩して机に頬杖を突く。

ここに来ての致命的な問題。

白仮面はどうしてもあの食えない優男の顔がチラついてならない。

アレクレア騎士団、より厳密に言うならシナの手先が派遣されて何かあるだろうとは思っていた。

実際にここ数日でビルゲインが所有する情報網と狩猟部隊の幾つかが使えなくなっていると報告は受けていたが、これに関しては織り込み済みの切り離しが可能な末端だけなのでそこまで問題にはならなかった。

だが、確実に教団とビルゲインの計画に多少なりとも圧をかけられていたことは確かだ。

今商品に逃げられたのもそうした目に見えないストレス、言うなれば精神攻撃によるミスとも言えるだろう。

手段は乱暴かつ素人臭い上に賭けの要素が強いと、普通に考えれば悪手以外の何物でもない代物だが効果はあった。

見通しが全くついていなかった辺境伯の極秘裏による調査に比べれば、この炙り出しとも言える作戦はこちらの状況を考えるとピンポイントに有効な作戦だ。

やはりシナの手の者だと感心する。

これは白仮面の予想でしかないが派遣された騎士達は恐らく新人部隊だと考えている。

作戦の大雑把さもあるが、仮にベテランを派遣したのならこんな大胆な作戦などやる必要もないからだ。

第八騎士団はアレクレア建国の前から暗躍と殺戮を生業とする怪物達の巣窟だ。

ニンブスとビルゲインがいくら慎重でやり手だろうが、外部に事件だと認識されているような計画など彼らからすれば暴くことは造作もないことだ。

シナとはそれこそ長年教団の一員として戦ってきたどころか、子供の時からの付き合いだ。

大方、新人部隊の教育ついでに囮をさせて、裏から本命の団員に調査させようとしたが、予想以上に新人部隊が成果を上げてしまっているといった所か。

白仮面は予想を立て終えると嫌なビギナーズラックだと、他人事のようにこの件を任されているニンブスとビルゲインに同情する。

楽観的とも思える態度かもしれないが、シナの狙いがわかった所で大した意味は持ち合わせない上に、白仮面も教団上層部も計画の成否にはさほど興味がない。

久々に頭を使ってしまった白仮面は「疲れた」と呟いてから今後の予定を考える。

ニンブスの計画を手伝うか己の目的の続きを再開するか…


(観光しよ)


考えるまでも無かった。

最初から休暇という認識でファーゲに来ている白仮面からすれば仕事をするという選択肢は無いのだ。

早足に部屋を出て外に向かう。

その途中で仮面と服装がグニャリと変化する。

髪の色が白から黒茶へ変色し終える頃にはどこにでも居そうな娘の姿があった。

建物の扉を開けて日中でありながら憂鬱とした路地裏に出ると、早速近場の大通りへと向かう。


(何食べよう)


朝寝坊をして朝食を食べる前にニンブス達と会議をする羽目になったおかげで今日はまだ何も食べていない。

少し前からお腹の減りを感じていた白仮面は先に腹ごしらえをしようと考えた時。


(ん?)


どこか覚えのある気配を感知して足を止める。

はて?どこでだろうと少し頭を悩ませると商品の内の一人なのではないだろうかと思い至る。

確か『アレ』と一緒に捕まっていた魔力の高い奴だと思い出す。

追跡係達は何をしているんだと思うと同時に、折角の観光を台無しにされたようでゲンナリとする。

無視してこのまま行こうかとも考えたが、一応この計画を手伝うように上から命令されていることから、渋々ながらその場へ向かう。

さらにその途中、知っている気配を追加で感知する。


(これは…)


こちらはすんなりと誰だか分かった。

白仮面が逃げ出した商品を目視すると、丁度曲がり角で人にぶつかった。

商品とぶつかった男は驚いた様子をしていたが、それ以上に白仮面は反応を示す。


(オスト…!)


炎を思わせる赤髪の青年、オストと商品が接触したのを遠目に見ながら白仮面は久々に驚きの感情を抱く。

シナに連れられてオスト達がアレクレアに入国してからまだ一月にも満たない。

それなのに教団の関与が予想されている今回の事件に彼らを派遣するとは予想などできるはずもない。

白仮面は最後にいつ上がったかも分からない口角が少し上がるのを感じた。

これから起こるであろう展開に、ここ数百年味わうことのなかった心の湧き上がりを予感して。

面白いと少しでも思えましたらブクマと評価よろしくお願いします

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