4章 119話 人攫い退治
「つけられてるわね」
「ですね」
和気藹々に見えるようミカ、コヨミ、エレナリーゼの三人は雑談をしながら歩いている途中、不穏な気配を感じとる。
人通りが少ない裏道ではあるが念の為にエレナリーゼは小声で知らせると、同じく気が付いたコヨミも続く。
「またナンパかな?」
気配を感じ取るのが得意では無いミカが二人に聞く。
目立つ格好をしている三人は、女の子とお近づきになりたい飢えた男達に今日だけでも片手で足りないくらい声をかけられている。
なので後を付けられたのも初めてではないのだが、こんな所でそんなことをされれば多少身構える。
「うーん、私はそこのとこなんとも。エレさん的には?」
気配の細かい違いがまだ分からないコヨミは悩んだ末に、気配感知に一日の長があるエレナリーゼを頼る。
「こっちを伺う気配が気持ち悪いわ。それに二人くらい回り込んでいるからただ声を掛けてくるだけじゃないわね」
彼女は集中するために視界情報を遮ることでより詳しい感知をすると、その結果と予測を伝える。
気持ち悪いのは置いておくとしても、進路を塞ぐために回り込んでいるのなら確定だろう。
「そっかぁ。こっちは実力行使はあんまりしたくないしどうしよう」
「アレも面倒な注文をするわ。手を出せれば手っ取り早いのに」
名前こそ出ないが、エレナリーゼはどこの誰かを恨めしそうに思い浮かべる。
横目で顔を伺ったミカとコヨミは荒れてるなぁと内心同情する。
ここが外でなければ舌打ちの一つでも打ちそうな様は、二日間に及ぶストレスも多いに関係しているだろう。
とは言え、本当にキレられても困るのでコヨミは状況確認ついでに話を逸らす。
「オストさんとヒカル先輩が気付いてくれてるといいんですけどね」
「分かりにくい気配も二つ近づいてきてるから多分気付いているわよ」
「それならどうにかなりそうだね」
打ち合わせでは人攫いの類と接触したらオストとヒカルが対処する算段だ。
しかし、遠くからの監視なので万が一気づけていない可能性も考慮しなければならない。
そんな懸念もあったが、多少恨みを抱いたところでエレナリーゼの仕事に対する姿勢は健在で、すでに把握していることを共有する。
「そこのお嬢さん達」
弾む声音に何処となく下卑た意味が込められていると感じてしまうのは、決して被害妄想では無いだろう。
やっときたかと思いながらも三人が振り返ると、明らかに今までナンパをしに来ていたのとは毛色の違う五人の男が佇んでいた。
「私達でしょうか?」
三人の代表としてミカがにこやかに応じる。
「そうそう。そこの可愛らしいお嬢さん方!いやー、こんな所に居るってことは迷子かな?俺達がエスコートしてやるよ」
「困ってそうな観光客を助けるのは使命みたいなもんだもんな!」
「おうよ。こんな可愛いのと会えるなんて本当ついてるぜ」
同じくにこやかに。
しかし、強引に話を決めてしまう男達。
どちらも同じはずの笑みを浮かべているのに受ける印象が全く違うのは、人相の悪さ以外にも下心があると一目で分かるからか。
「結構です」
何故言ってもないことを貴方達が知っているのか?
普通なら怪しい男達に声をかけられて不安に顔を曇らせる所なのだが、ミカは表情を一切変えることなくキッパリも断る。
そんな対応が予想外だったのか男達は一瞬ポカンとした表情をするが、それを強がりか状況を察せない阿呆かと思い嘲笑する。
「そう言わずにさ。ちょっとくらいご一緒させてくれよ」
「そうそう。俺達ここら辺のことなら庭ってくらい詳しいからさ」
当たり前のことであるが男達は強く断られたところで引くことは無い。
むしろ、ズカズカとミカ達との距離を無遠慮に詰める。
声をかけられる前からその手の類だと予想できていたとは言え、いざその場面になってみると鬱陶しさと言うか気持ち悪いと言うか。
一言でまとめるなら不快。
なにより、この手慣れている様子を見るに被害者は三人が初めてでは無いことが伺える。
あまりにも反吐がでそうな予想にエレナリーゼの視線は人を射殺すくらい鋭くなる。
「しつこいわよ。それ以上近寄らないで」
ついに耐えきれなくなった彼女は底冷えする視線でピシャリと言い放つ。
しかし、その対応は男達の嗜虐心を燻るだけに終わったようで、よいよ下卑た笑みを隠しきれなくなっている。
気持ち悪…!!
エレナリーゼ程ではないにしても不快感を覚えていたミカとコヨミだったが、流石に鳥肌が立ってくる。
腕を摩りたくなるところをグッと堪え、こういうことに耐性のなさそうなエレナリーゼの表情を盗み見ると、不快感が一周回って能面を貼り付けていた。
そろそろ危ないかな…
これでも任務のことは頭の片隅にあるようで、まだ耐えている方だがこれは爆発するのも時間の問題だ。
「逃げますよ!」
時間稼ぎもここまでだとコヨミは機転を効かせて二人の手首を掴むと走り出す。
同時に「助けてーッ!!」とミカが大声で叫ぶ。
「ちょっと待ってよー」
「一緒に楽しもうぜ」
そんな行動に出た三人に男達は慌てるどころか、どこかニヤニヤと笑いながらどこか棒読みな言葉を投げかけながら後を追ってくる。
怪しい連中に待てと言われて待つ人間は居ない。
それでも男達が声をかけたのはこの状況を愉しんでいるだけだからだ。
証拠にミカ達の前に角から飛び出してきた二人の男が道を塞ぐ。
「どっこいっくのっ!と」
わざとらしく大きな足音を立てて前に出る。
ミカ達を怖がらせて冷静さを奪うとか頭の良い理由ではなく、単純に怖がらせるのが目的だとその笑顔から読み取れる。
茶番なことこの上ないが、これだけやれば決めつけるには出来る充分だろう。
この男達は人攫いだ。
「もういいでしょ。早くあのクズ達の掃除をしましょう」
「どうどう。エレさん、そんな作戦じゃないですよー」
これだけ証拠があればもういいだろうと一歩前に足を踏み出すエレナリーゼ。
それをコヨミが腕を使って止めるが果たしていつまで持つか。
(オストくん、ヒカくん、まだなの!?)
ミカは早くしてと心の中で念じた時。
「おい、オマエら何してんだ」
第三者の怒鳴り声が裏道に響き渡る。
不測の事態に全員の視線がそちらを向く。
「ああ?なんだお前達」
一人が乱入してきた金髪の青年と赤髪の青年に凄みながら質問する。
「タダノトオリカカリダ」
質問に答えたのは赤髪の青年の方だった。
カタコトで少し聞き取りにくかったが意味をしっかりと理解した推定人攫い達はあからさまに機嫌を悪くする。
「はぁー空気読めねー奴らだな」
「邪魔くせー」
「おい、お前ら。今なら見逃してやるから失せな」
赤髪の青年の不自然さに金髪の青年は小さな縦皺を作るのだが、幸い人攫い達は赤髪の青年を外国人と判断したのか特に問題視することなく悪態を吐く。
そんな男達とは別に、助けを呼んだ側のミカ達も何処となく微妙な視線を向けていた。
(オストくん!?)
「プッ…」
(もうちょっとどうにかならなかったのかしら…)
ミカはあんまりな演技に動揺し、コヨミは大根すぎる演技に笑いを堪える。
イライラを爆破させかけていた筈のエレナリーゼは見るに耐えない様に毒気を抜かれた。
ヒカルも何故か隣のエセ外国人設定が付いてしまった相方に対する文句をどうにか飲み込む。
「それはオレらのセリフだぜ。失せろ」
人攫いに臆するどころかそれ以上に声を低めて凄むヒカル。
演技をするのは初めてと言っていたが、これが中々に様になっている。
やらせれば何でも出来ると周りから言われるだけはあるとミカとコヨミは感心する。
「アア、マッタクダ」
同じく、臆すことなく強気な姿勢で一歩前に踏み出すオスト。
しかし、顔と姿勢とは裏腹にセリフは腰巾着役が言いそうな内容な上にカタコトときた。
実に酷い。
「…ちょっと黙ってろ」
これはダメだと悟られたヒカルに、小さな声で言われてしまい「ウッ…」とうめくことしかできない。
オスト的にもこれはマズイんじゃないかなぁとは思っていたのだが、他人から指摘されると心に来るものがある。
ひっそりとオストが傷心しながらも場面は瞬く間に移り変わる。
「これだからガキは…」
「片付けが面倒だから見逃してやっても良かったのに。馬鹿な奴らだ」
「んなこと言ってないでとっとと殺っちまうぞ」
人攫い達の下卑た笑みが引っ込む。
目に見えた変化はそれだけでななく剣呑な雰囲気に変わる。
ジリジリと歩いてオストとヒカルとの距離を詰めているが、その実二人がいつ逃げ出してもいいように微妙に腰まで落とす周到さは、この行為の小慣れ感をさらに強調する。
「どうする。一発やられるか?」
「…」
「おい…!」
ここまで来れば証拠は充分な気もしなくはないが決定的と言うには少し弱い。
悩みどころにオストの意見を聞くことにしたヒカルだったが、一向に返事が返ってくることがない。
時間もないことだし急かしてみると、ようやく控えめな返事が返ってきた。
「喋ってもいいのか?」
「何律儀に守ってんだよ…!状況を考えろ」
まさかのさっきの黙ってろを従順に守っていたオストにヒカルが目を剥く。
緊張感が無いのもあるが、何よりもそんな子供みたいなことをこの場面ですると思わなかった。
一見しっかりしているように見えるオストだが、よくよく思い返してみればおかしな天然要素はあったとヒカルは眉間に皺を寄せる。
「お喋りとか余裕じゃねぇか」
「悠長なガキどもだな。状況分かってねぇんじゃね」
二人がコントのようなことをしている間に目前まで迫った人攫い達は、何か喋っているのに気がつくとさらに殺気を強める。
「恨むなら自分達の無謀さを恨みな!」
我慢ばここまでだと人攫いの一人が何処からともなくナイフを取り出すと、想像以上に機敏な動きでオストの腹に突を入れる。
地面に血が滴り落ちる。
まずは一人。
そう男が確信してナイフを引き抜こうとした時だった。
「あ?」
「どうした?」
オストを刺した男が間抜けな声を上げる。
ナイフが動かない。
急に悪寒がナイフを持った男に駆け抜ける。
冷や汗を流しながらも隣にある顔を覗き込むと、そこには手から血を流しながらも顔色ひとつ変えない赤髪の青年が佇んでいた。
男が呆けているのを見計らい、オストは力一杯腕をを引くと簡単にナイフを強奪することができた。
「証拠はこれで充分か?」
慌てて後ろに下がる人攫いとは裏腹にオストは手を血に濡らしながらも、冷静に凶器を確保してヒカルへ見せる。
「ああ、血のついた凶器があれば一発逮捕だろ」
「じゃあさっさと片付けるか」
「そうだな。ここからは正当防衛だぜ?」
憂いが無くなると、細かいこと考える必要の無くなった開放感からヒカルは獰猛な笑みを人攫い達に向ける。
それから間髪入れずに踏み込む。
ダンっと石畳が強く踏み鳴らす鳴らすと、ミカの近くに居た男の前まで移動する。
「オラよ!!」
ヒカルの動きを目で追えていなかった男は蹴りをモロに受けると音を立てて壁に激突する。
オストの異常性に軽い警戒をしていた人攫い達はようやくこの二人の危険性に気付くが、それにはあまりに遅すぎだ。
「なっ!?」
「コイツ強いぞ!?」
「まさか非番の騎士か!?」
大きな音に釣られてヒカルの居場所を把握した人攫い達は、見失ったことに一度驚き、仲間が瞬く間に一人倒されたことに二度驚く。
それでも少しでも間合いを取っているのは彼らの荒事の経験がなせることだ。
やはりただのチンピラでは無い。
下級くらいの戦闘能力はあるとヒカルは瞬時に見積もる。
とは言え。
「遅ェ!」
その程度距離を空けたところでヒカルからすれば誤差でしかない。
直ぐに間合いを詰め直すと一人は顔に一撃を入れ、もう一人はガラ空きの胴体に一撃を入れて戦闘不能にさせる。
「クソッ!ツイてねぇ」
「逃げるぞ!」
ヒカルの戦闘力に人攫い達は即座に勝てないと判断すると一目散に逃げ出そうとする。
「逃がさなねぇよ」
が、それを見逃すつもりは毛程もないと再びヒカルは突進すると一人地面に沈める。
あっという間に人数が減らされて人攫い達の焦りの色が濃くなる。
「おい!誰か囮に…」
「もうお前だけだぞ」
恐らく一番偉いであろうミカ達に声を掛けた男が助けを求めるように声を上げようとするが、背後からオストが殴って気絶させる。
「これで終わりだな」
「そうだな。お、オジョウサンガタ…オケガワ…」
大した労力も無く人攫い達を無力化できた。
これで餌に獲物が食いついたと気を抜きたいところだが、これでこの男達が情報を持っていないこともあり得る。
いまだに見張られていることも考慮して再び演技をするオストだったが、カタコトも再び復活する。
表情をピタリと固定されていて、まるでロボのような姿に全員が顔を背ける。
「ブッ…」
「あ、ありません…助けてくれて、ありがとうご、ざいます…」
「キニスルナ。コマッタヒトヲミステラレナイダケダ…」
プルプルと震えて使い物にならないコヨミと、言葉もないと頭痛を堪えているエレナリーゼに変わり、女性陣の代表としてミカがどうにか形ばかりの御礼を言うがやはりぎこちない。
オストもだんだんと恥ずかしい気持ちで顔が徐々に赤らむが、今更演技をやめるわけにもいかないのでどうにか返事をする。
(帰ったら演技の練習だな…)
自分でもあんまりだと思う演技力に、オストは帰ったら練習しようと固く誓った。




