1章 11話 予想外のご褒美
自信を孕んだ笑いを一人あげる恋詠。
その人物に集まる視線。
しかし、集まっている視線は皆、なんだコイツ、頭をやったか?と言う感じのものである。
だが、本人は決して気にしない。
ノリと勢いは大切なのだ。
そんな、残念な物を見るような視線を集めている少女、恋詠は待っていましたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる。
ただ、残念なことに恋詠の顔は童顔なため全く様になっていないのだが。
「聞いて驚いてください。なんと私は上級の騎士に模擬戦で勝てるようになりました!ブイ」
「「おー」」
「ヨミちゃん凄い!」
この世界で普通の騎士の強さはピンキリだ。
しかし、最低でも中級の強さはあり、この世界でも中級とは達人とは言えないまでも腕が立つ人なのだ。
転移特典なのか学生達のポテンシャルは中級であるので、勝つこと自体はそこまでおかしくは無いのかもしれないが、騎士はそれこそ幼い時から戦闘訓練を多かれ少なかれ積んでいる。
それを同じ戦闘階級でも、訓練を初めて一年経たないくらいでしかない学生が勝つことができるはずもない。
例外が何人か居なくもないが、いずれも元々戦闘に繋がる何かをしていたり、才能がずば抜けていた者達のみだ。
実際に大半は騎士達に手も足も出ない状況で、勇者である光と純司も上級のポテンシャルを持っているのだが、同じく上級の騎士に勝ち越せるほどでは無い。
そういったこともあり、騎士に勝つのは困難なのが現状だ。
「とは言っても魔法抜きですけどね」
「あー、美城さんのスキルって近接戦でチートだからか」
「それは確かに行けるな」
「ヨミちゃんの予知って反則みたいだしね」
「そうですけど、たしかに凄いんですけどこれ調整が難しいんですよ。強く発動しちゃうと情報量が多すぎて頭痛くなりますし」
「分かる、俺も鑑定の加減間違えると頭割れそうになるよ」
恋詠の悩みに純司が顔を顰めて、しみじみと頷く。
スキルはゲームのように選べば使えるという訳では無い。
体を動かす様に力の強弱が必要になり、魔法などと同様にしっかりと訓練をしなくてはとてもではないが、使える代物ではないのだ。
スキルの使い方がなっていないと発動が出来なかったり、二人のように何かしらの肉体的なダメージになったりするからだ。
「という感じで、私は近接戦闘とスキルの使い方がすごく上手になりました」
「概ね、全員最初に決めてた通りにやってるな」
「そうですね、灰原先輩は盾役やるはずだったのにオールラウンダーになってましたけどね」
「別にいいだろ。やれることは片っ端からやりたくなる性分なんだよ。そう言うヨミはそれっぽっちか?」
「なんですか?喧嘩ですか、買いますよ?」
恋詠の挑発に、光は買い言葉で返す。
それに手をワキワキと動かしながら、テーブルに足をかけ、今にも襲いかかるぞと言ったポージングを取る恋詠。
どちらも笑を浮かべていることから、じゃれ合っているだけなのは分かるのだが、もうすぐで神官の呼び出しの時間になりそうなので遊んでいる訳には行かない。
そう考えた咲は、笑いながらも話を無理やり進めることにする。
「ふふふ、最後は私ね。私はスキルとか近接戦闘は全然伸びなかったけど魔法は上達したよ。火と風の攻撃系魔法に、風と光の補助と回復魔法が使えるようになったかな。マサくん見たいに無詠唱は出来ないけど、使える魔法は全部詠唱短縮出来るようになったよ。みんなに比べると大したことないかもだけど」
咲自身はなんでもない様に言っているが、四属性をたったの一ヶ月で習得など普通は不可能だ。
このメンバーで魔法を使えるのが光しかいないために基準がおかしいだけで、学生の中で見ても最も使える魔法が多い。
詠唱短縮に関しても、正樹が無詠唱を習得している為に霞んで聞こえる。
確かに、詠唱短縮自体は中級魔魔導士であればつかえるものなのだが、複数の属性全てを詠唱短縮できる人は稀だ。
「詠唱短縮でも凄いよ。俺はそれすら出来ないし」
「そうですよ。私なんて魔法全然使えないですし咲先輩は凄いですよ!」
「えへへ、二人ともありがとうね」
「そうだな、俺も詠唱短縮出来るけど光魔法限定だし、すごいと思うぞ」
「灰原先輩が言うと嫌味に聞こえますよね」
「うんうん」
「オレはなんて言えばいいんだよ…」
「はい、とりあえずハイスペックイケメンは死ぬべきということが決まりました、拍手!」
三角座りをしていた正樹が、大きな声をあげて急に動き出す。
驚く光を他所に、約二名が追随するように拍手し始める。
正樹の復活に驚いたが、光としては聞き捨てならないことが聞こえた。
「なんでだよ。オレがなんか悪いことしたかよ!?」
「ハイスペックだけでも有罪なのに、それに加えてイケメンとか死罪だろ。異議は認めん」
「ここ、顔が整ってるやついっぱい居るぞ。なんでオレだけ」
確かに光が言うように、このグループの顔面偏差値は異様に高い。
恋詠は元々アイドルをしていることから言うに及ばず。
咲も重度の人間不信や趣味による奇行に走ったりはするが、顔だけは恋詠に負けず劣らずの美少女だ。
そして、ギャルゲの主人公のような風貌をしている純司だが、咲と正樹が遊びでイメチェン企画をした時にイケメンだったということが発覚していたりする。
ちなみに、正樹は特に顔が整っているということは無い。
それどころか、ボサボサな頭に濃いクマがあることからかなり酷い見た目となっている。
「それはな、君を除く三人は顔が良くても、それをマイナスにして余りある人間性があるから辛うじて無罪だ」
「さらっと全員をディスり始めたな」
「マサくんって、急に皆を巻き込んでいくよね」
「先輩は顔も良くないし、人間性もこの中でぶっちぎってゴミなのによくそんな事言えますね」
「静粛に!」
このままでは分が悪いと思い話を打ち切ろうと、机を叩く。
気分は不正を行うインチキ裁判官だ。
四人は、最初からこうなることが分かっているなら、なんで始めたのやらと思ったがいつもの事なのでこの話を打ち切る。
「まとめとしては、一先ずは現状維持の様子見で、情報収集は無理をしないように。パーティー戦は俺が指揮とサポート、光が盾役とパーティーのヘルプ、純司と咲が後衛アタッカーとサポート、恋詠が近接アタッカーって感じで決定でおーけー?」
今までと打って変わって、正樹は真剣な雰囲気を作ると全員の身が引き締まる。
二つの行動方針を一通り言い終えると、四人は決定に頷くのだった。
●
普段、学生達が利用している訓練場。
集められた学生達が不安を表すようにざわめく。
というのも、前回に招集された時は魔物討伐訓練を言い渡されたのだが、それが踏んだり蹴ったりな結果で終わったからだ。
お陰で、学生達は心身共に満身創痍となったものだ。
肉体的には転移特典で頑丈な体のために大丈夫だったが、生き物を殺す、自分達が殺されるという、命のやり取りというのは心を摩耗する。
中には精神を病む者までいた。
そういったこともあり、今回の招集に不安を持つ学生が大半なのだ。
もちろん断る権利はあるが、学生達は強くならなくては元の世界に帰れないのだ。
元の世界に帰らない選択をしても、この世界で生きていくには強くなることは必須だ。
なので、この場に集まっている学生は嫌々ながらも、今回の訓練を断るつもりの者はいない。
しかし、覚悟を決めて不安が消える訳では無い。
平和な世界で高校生をしていた少年少女には、この世界は厳しすぎるのだ。
だからこそ、友達と話したりし不安を紛らわす学生達。
そんな訓練場に一人の人物が入って来ると、徐々にざわめきが消えていく。
今回、学生達を集めた人物である神官グイネスが訓練の課題内容を携えやってきたのだ。
グイネスは、訓練場の全員を見渡せる位置に着くと、咳払いをして皆がこっちを向いていることを確認する。
「皆様、私たちの呼び掛けに応じていただきありがとうございます。今回の要件は前もって告知したように、そろそろ休止していた野外訓練を再開しようと我々は考えています」
多くの者がグイネスの言葉に、緊張と不安を浮かべる。
余程、前回のことが大きな傷になっているのだろう。
そんな学生の気持ちを分かってか、グイネスは「安心してください」と一言、学生にかけると本題を切り出す。
「今回の野外訓練は戦闘が主なものではありません。皆様には商隊の護衛をしてもらいたいのです」
言われた訓練内容に学生達がまたもざわめく。
しかし、そこには先程のような暗いものではなく、安堵から来るものや、予想の訓練と違い驚きから来るものと言った、いずれも前向きな雰囲気だ。
話を進めるためにグイネスが手を叩き、視線を集める。
「こちらに来てから教会の中だけでは息苦しいと思いましてね、少し息抜きも兼ねてこの国以外も見ていただきたいのです。今回の野外訓練の目的は、皆様の目で見て、聞いて、この教会以外の人達と交流をしてもらうことです。この一ヶ月間で学んだこちらの常識を実践をしていただきたい」
まさか、戦闘訓練では無いものとは思わなかったのか、サプライズ的効果もあり、学生達に笑顔が浮かぶ。
要するに、校外学習ということだろう。
「では訓練内容の説明を始めさせていただきます。護衛して頂くのはこのテラクセス聖皇国からオルランテ連邦行きの商隊になります。聖都からですと大体二三週間ほどですね」
まさか、教会内から出るのも初めてにも関わらず、急に他国に行くことになったことに全員が驚きを表す。
この世界の国は、魔物の影響でそれほど大きなものはない。
テラクセス聖皇国は、この大陸内の国ではそれなりに大きな国だが、それでも、聖都テラクセスを除けば大きな街が四つ、それに小さな町が点々としているほどである。
いくら国が広くなく、隣国まで近いと言っても、まだ外については知識でしか知らない学生達にいきなり他国に行くにはハードルがいささか高い。
それに考えが行き着くと、前向きな気持ちは一転して不安が逆戻る。
それはグイネスも前もって織り込み済みである。
「いきなり他国に行くのは不安も多いでしょう。それにあたり、今回は、皆様の訓練担当の騎士に監督役としてついて行くことになります」
不安がる雰囲気を察したのかグイネスが安心させるように言う。
「それともう一つ、皆様の聖都への外出を許可します」
これには、学生も喜びが隠せない。
これだけ聞けば、学生達は監禁されているように聞こえるだろうが、これには理由がある。
まず、大前提としてこの世界は元の世界とは、生活から常識まで何もかも違う。
そんな、何も知らない異世界の人間を急に放り出したら、要らぬトラブルを引き起こすのが目に見えている。
なので、まずはこの世界の知識を学んでからとなっており、これには学生達も了承した。
そんなこともあり、異世界転移してから約九ヶ月もの間。
実践訓練でゴブリン討伐に出た時を除き、一度も教会内から出たことの無い学生には大きな朗報なのだ。
「護衛の備品はこちらで用意しますので、今回の訓練を機に自分に必要と思うものを買うも良し。聖都を探索するも良し。何かを食べに行くも良しです。お金は外出の際に教会が支給させてもらいます」
学生達も、これには高揚をおさえられない。
長いこと制限のある生活をしてきたので、無理もないだろう。
友達と話し合う者がチラホラと出てくる。
「ただし、まだ皆様だけの外出は不安も残りますので、外出の際は申請をおこなってください。それから、担当の騎士が護衛として同行させていただきますのでご理解をお願いします」
こちらのことを配慮するように、優しく話していたグイネスは、緩む雰囲気を引き締めるように強く言う。
それも、学生のことを思ってのこともあるだろうが、これで羽目を外してトラブルでも起すことは許されない。
それは、学生だけでは無く保護をしている教会の責任にもなるのだから、注意の意味もあるのだろう。
逆に、騎士という貴重な人材を学生のお守りだけにつけるとは破格の対応だ。
監視の意味合いも含まれていることを察する者もいたが、右も左も分からない学生にとって、案内役は必要な為に妥当だと受け入れる。
「護衛の日時ですが、なにぶんこちらの準備が終わっていません。未定の段階なので、変わる可能性が高いですが三ヶ月後を予定しています。もし不参加の場合は、一ヶ月以内に担当の騎士か神官に申し付けください。期限外の参加は認められませんので、お気をつけください。それと、もし不参加だとしても外出は許可されますので、ご安心ください。では皆様、訓練のご健闘を期待しています」
グイネスは、最後に祈りを捧げた後に訓練場を後にした。
後に残ったのは、初の外出に喜びを抑えきれずに騒ぐ学生と、その場に待機していた騎士のみであった。




