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社会不適合者達による成り上がり英雄譚  作者: 鳩理 遊次
三章 アレクレア共和国と騎士小隊結成
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4章 108話 お貴族様はマッチョ

辺境伯の屋敷は恐ろしく広大であった。

馬すら通れる広い廊下は掃除が行き届いているのかゴミが全く見当たらず、貴族の中ではあまりにも質素な飾りしかなくとも屋敷の作りだけで品を感じさせる。

大きな屋敷にある程度慣れているヒカルですら、その言い得ない物々しい雰囲気に少しばかり手を湿らせる。


(さすが辺境伯の屋敷だぜ)


テラクセスにも高位神官の家と言う名の貴族屋敷があったが、見栄えはあちらが派手でもこの屋敷には敵わないと思わせるのは主人の質なのだろうか。

そう思うのはヒカルだけでは無い。

分かりにくいがマサキは周りをキョロキョロと視線だけを動かして機嫌を直して興味深げに観察する。

逆にオストはこんなに立派な建物に入った経験が無く、さらに貴族の屋敷ということで足以外はピクリとも動かさないという少しおかしな動きをしてる。

他人からみればそれほど変では無いが、内心は中々に愉快なオスト一行は一言も喋ることなくマルケンに先導されていた。

裏口から案内されて数分。

「ここです」とマルケンが足を止める。

家の中を数分歩くとはこれいかにと思うところだが、そんなことはこの扉の前で口にすることはできない。

屋敷の扉はどれも凝った作りをしていて人によっては中々に見応えのある物なのだが、その中でも立ち止まった目の前の扉はさらに巧みな作りだった。

言われなくともこの中にこの街の支配者、辺境伯が居ると分かる。

存在感のある扉を前にさらに体を硬くするオスト達に構うことなく、マルケンはノックをする。


「お客さまをお連れしました」


「ご案内しろ」


「畏まりました」


凝った確認を取れば、中から厳かな男性の声が貴族らしく入室を促す。

マルケンは扉越しでありながらもうやむやしく頭を下げると、巧みな作りの扉を開ける。

部屋の中には高価そうな大きな机が一つと広々としたソファーが一対置かれていて、まさに応接室といった様相だ。

適度に調度品が部屋に飾られていて屋敷の全体的な外観や内装を考えると豪奢にも見えるが、それでいながらも浮いているといったことはない絶妙な匙加減の煌びやかさだった。

高貴でありながら嫌味では無い見事な一室だ。

だが、オスト一行の目にまず入ったのはそんな素晴らしい応接室では無い。

歳は五十代ほどだろうか。

身長が二メートルに届くかとも思える長身に恐ろしく鍛えられていると一目見て分かる肉体。

経験と共に刻まれたであろう皺は人としての深みを醸し出す。

威厳!という言葉が擬人化したような男が待ち構えていた。


(部屋に居るのは辺境伯じゃないのか?)


(ゴリマッチョ系ロマンスグレー騎士団長?イケおじだなぁ)


(ミカのじーさん見たいだ)


想像していた貴族とはかけ離れすぎている出立ちの男にオストは内心疑問符を浮かべ、マサキは「ほぉ」口に出すのを堪えて目の前のナイスミドルを観察し、ヒカルは記憶の中にいる一番迫力のある老人を思い出す。

三者三様の第一印象を抱いているオスト達の内心など窺い知れる筈も無く、部屋に佇んでいた男は察することなく挨拶を始めた。


「これはウィンベル殿。ご無沙汰しております」


「こちらこそ、ハンマーグ辺境伯」


やはりと言うべきか、厳つい顔でにこやかに挨拶を始めた男が今回の依頼主である辺境伯であった。

存在感の凄さは置いておくとしても、身なりやマルケンの対応と言い状況的に考えればそうだろうなとマサキとヒカルの二人は予想できていた。

唯一、偉い人物に会ったりしたことが無いオストだけは察しがつかずに、「この男が辺境伯だと!?」と声に出して驚くのをどうにか飲み込む。

その際に肩が一瞬跳ねたが、誰もそのことを指摘することが無かったのは幸いだ。


「さて、様式美はこんなものかな」


「そうですな。従者達も下がらせておりますし、ごゆるりと寛いでください」


一言づつ挨拶を交わす二人であったが、二言目には今までにあった畏まった雰囲気が霧散する。

何が何だか理解できない三人をよそに、ウィンベルとハンマーグ辺境伯は砕けた態度で話し続ける。


「ベックスがお願いごとなんて珍しいね」


「シナ様に筒抜けでしたからね。あの方が聞いてきたということはそれなりの大事の可能性が高い。興味をいだかれたのなら巻き込んでしまった方が私としても楽なのですよ」


「まぁ、コソコソ横槍を入れられるくらいならそうした方が良いよね。なんかごめんね」


「いえいえ、元々こちらの手が足りていなかったのもありますし、それほど悪いことでもありませんよ。とは言え、ウィンベルさんが直々にやってくるとは思いませんでしたがな」


軽い調子で話し始めたウィンベルとハンマーグ辺境伯改めベックスは昔から交流があったのだろう。

それは見れば分かるのだが貴族と聞いていただにオストは目の前の光景が信じられず唖然とする。

貴族という存在を話の中でしか聞いたことのないマサキとヒカルでさえ戸惑う。


「おぉ、お申し訳ない。客人を立たせたままでは無いか。こちらの椅子に腰掛けるといい」


仮面をしていて表情は分からない筈なのだが、貴族というのは伊達ではないのかベックスは居心地悪気にしていたオスト達に気がつくと、手を使ってソファーに促す。

それに対して、交渉担当のマサキが「ご厚意、感謝します」と軽くお辞儀をしてから先陣を切ってソファーへと移動する。

普段の気怠げで粗野な話し方とは違い、凛として聴きやすい声に「どこからその声出してるんだよ!?」とオストは仮面の下でギョッとする。

いや、作法に関しては全く分からないので率先して対応してくれるのはありがたいのではあるが、あまりのギャップに驚きと気持ち悪さが出てしまう。

付き合いの長いヒカルはすぐに硬直から抜け出すが、耐性の無いオストは衝撃の連続で立ち尽くしたままだ。

見かねたヒカルは死角から脇腹を小突くと意識が戻る。

遅ればせながらソファーに向かいオストは座る時に一番最後に動いたから一番手前の所に座ろうとするが、隣にいたヒカルに引っ張られたことにより中央へ。

つまり、ベックスと向かい合う形で座ることになってしまう。


「…何するんだ」


入り順もあるができるだけ目立たない場所に陣取りたかったオストは小声で苦情を入れる。

「…隊長が端に寄るなよ」とヒカルも同じく隣に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で言い返す。


「…けど、話をすんのはマサキだろ」


「…一応メンツってゆーのがあるんだ」


「…そうそう、作法ってやつだよ」


そういうものなのだろうか。

礼儀作法の知識が全く無いオストは疑問に思うが、それを解決する手段は無いし今更席を変えることのできる空気でもない。

仕方なしに前に集中してみると謎の圧迫感を感じる。

緊張もあるのだろうが、厳つい顔つきや筋肉溢れる肉体。

座っていても大きいと思う身長といった見た目だけの要素でも圧を感じさせてくるのだ。

言葉にするなら“非常に居心地が悪い”だ。

そんなオストの心境などお構いなしにウィンベルは少し乱暴にベックスの座るソファーの端に腰を下ろす。


「…おい、あれは礼儀作法としてどうなんだ?」


「…アウトだ。なにやってんだあの人」


礼儀作法が分からなくともあれはどうかと思う行動をするウィンベル。

僻みを含ませてまたも小声で聞けば、ヒカルから呆れ混じりに答えをもらう。

何やってんだと一同が思うが、敬意を払う対象である肝心のベックスは気にする様子もなく話しかける。


「おや、ウィンベルさんは傍観ですかな?」


「まただけどごめんねー。今回はこの子達主導でってシロにぃからの指示だからさ。もちろん私も仕事はちゃんとするから」


軽い調子で謝るウィンベルに「そうですか」とあっさりとした対応をするベックス。

もしかしたらシナからそういった旨の話が通っていたのかもしれない。


「では、オホン!自己紹介が遅れて失礼した。私はこのファーゲを任されている者でベックス・フォン・ガド・ハンマーグだ」


咳払いをして場を一度整えてからその厳つい顔通りよく通る声で自己紹介をする。

それからベックスは次はそちらの番だと視線をよこす。

しかし、最初に返すのはオストの役割だったが数秒経っても言葉が出てこない。

一応は何を言うのか予め予習をした筈なのだが、ウィンベルとベックスの親しげなやり取りに呆気を取られて完全に吹き飛んだ。

やばいと心の中で焦りが出てきて、もういつも通りに自己紹介をしようとした時だ。


「礼儀作法に疎い故に多少の無礼はご容赦を。私は第八騎士団オスト特務小隊所属、マサと申します。隊長からは交渉事を任されております」


「隊長のオストだ」と喉元まで出かかる前にマサキが先んじて自己紹介をする。

さらに、何を言えば良いのか混乱してたのをしっかりと読み取っていた様でフォローも入れる。


「そして、隣にいらっしゃるのが我が部隊の隊長オストです」


「オストだ、です」


マサキに促されて取り敢えず敬語を使ってみるが、使い慣れていないせいでおかしくなってしまう。

両隣から「もうちょっとどうにかならないの?」という気配を感じるが、これ以外に思いつかなかったのだから許してほしいとオストは心の中で謝る。

むしろ、動揺して変なことを口走るよりよっぽどマシだっただろと言いたいくらいだ。

一瞬奇妙な間が出来るが、マサキは気を取り直して次の人物紹介をする。


「そして、さらにその隣の者は私と同じオスト特務小隊所属の騎士です」


「ヒカです。この場には書記官として同席させてもらっていますので私のことはお気になさらず」


ヒカルはマサキを真似る様に自己紹介をすると同時に、オレは話に加わらないと遠回しに宣言する。

コイツさっさと逃げやがったなとオストとマサキの二人は気配だけ振り向く。

裏切り者と負の念を飛ばすが、そもそもオレは巻き込まれただけだから知ったことじゃないとスルーした。

オストは兎も角、交渉担当のマサキは会話を止めるわけにもいかず、内心歯軋りをしながらも和かに会話を進める。


「他にも我が小隊にはあと六名ほど在籍しておりますが、大所帯で押しかけるのは非礼と思い今回はこの三名がウィンベル様と共に伺わせていただきました」


「こちらこそ、急な呼び出しをして申し訳ない。それとここは非公式の場だ。そこまで畏まらなくてもよいのだぞ?」


あまりにも硬い話し方をするマサキにベックスは顔の圧を緩ませて肩の力を抜くように言う。

恐らくだから苦笑しているのだろう。

人の機微に鋭いマサキは置いておくとしても、コワオジ経験が一般人より高いヒカルにもそれが分かる。

貴族と聞いていて警戒していた三人だが、ウィンベルとのやりとりを見るに見た目に似合わずフランクな性格なのかもしれない。

しかし、マサキは態度を変えるつもりは無い。


「ご厚意感謝します。お陰で敬語が苦手な隊長も話しやすいでしょう。ですが、これが仕事である以上誠意を持って臨みたいので出来れば私だけでもこのままでいることをお許しください。ご不快に感じるようでしたら善処はさせて頂きます」


「そういうことなら無理にとは言わない。公式な場で無ければいつでも気軽に接してくれ」


「機会があれば是非に」


ベックスは明るく対応されてはいるが中々に警戒心が強いなと少し残念そうにする。

若者に気軽に接して欲しいとは中々変わっているとヒカルは思う。


「挨拶はこの辺で終わりとしよう。では、本題に移ろうとは思うのだが、ぬし達はシナ様からどこまで今回のことを聞かされている?」


「そうですね。シナ様からはファーゲでは行方不明者が多発しているので、その調査と解決だと説明されていました」


「概ねはその通りだ。…しかし、二日前に事情が変わった」


マサキは説明された通りのことを簡潔に伝えると、ベックスも間違い無いと小さく頷く。

一拍置いてからの話は予想通りの厄介事だった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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