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社会不適合者達による成り上がり英雄譚  作者: 鳩理 遊次
三章 アレクレア共和国と騎士小隊結成
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3章 102話 ありし日の捻くれ者は老人と出会う

今日はマサキくんの過去話。

年老いていながら背筋をまっすぐにした老翁。

髪は白髪が多くなり半世紀以上生きたその顔には、それだけ多くの威厳の代わりに皺を刻んでいた。

その老人の名を朝葉寛太郎と言う。

寛太郎は身体を動かすことが昔から好きだったこともあり、幼少の頃から剣道を嗜んでいる。

それは今も変わらず、健康維持、友人との付き合い、趣味。

色々と理由はあるが友人が経営する剣道の道場にて、時折竹刀を振るっていた。

今日も己の半分程の年齢の男達を五人ほどと打ち合いをし終えたところで、少し休憩を入れようと考えた。


(やはり衰えたな)


昔であればこのくらいのことでバテることは無かったのだが、やはり年齢は気になり始めてきた。

情け無いと熱の篭る息を吐けば、周りの人々の肩が大きくびくりと動く。

どうしたのだ?と疑問に思うも、老人に絡まれても気を使うだけかと思い直し、寛太郎はその場を後にする。

さて、そこらへんで休憩しようかと空いてる場所を見回した時。

ふと気になるものが見えた。

年の頃は十歳を超えたくらいであろうか。

自分の孫と同い年くらいの男の子が膝を抱いて遠くを見つめていた。

この道場は大人以外にも子供の部も存在する。

館内の端には子供用の試合場もあるので別段おかしなことは無い。


「そこのちっこいの。隣いいか?」


「んだよ、爺さん。座る場所なら腐るほどあるぞ。ボケたか」


寛太郎が男の子に声をかければ、男の子は子供とは思えない深い隈に濁りきった目を向けてくる。

平坦な声音でありながら、内容は粗野。

しかし、寛太郎は気を悪くすることなく会話をする。


「かっかっ!なに、疲れたものでな。老人の暇潰しに付き合って欲しいだけだ」


「ひでぇボケだ。子供に相手してもらうなんて寂しいこった」


「つれぬことを言うな。初対面と言う訳でもあるまい。照久の孫」


最初目に映った時は、その変わり様に気が付かなかった。

同じ道場に居ることは知っていたが、その姿を見たのは一昨年にあった照久の葬儀以来だろうか。

声をかけた男の子は、寛太郎の友人であった神宮照久の孫である神宮正樹だ。

明るく元気、前向きで勤勉だった子供らしい少年は、ぱっと見では別人かと思う変貌を遂げていた。


「じいちゃんが死んだ今、俺と爺さんは赤の他人だろ」


「そうだな。だが、親友の孫を気にかけるのもおかしな事では無いだろう?」


「お節介なジジイはウザがられるって知ってる?」


正樹は子供とは思えない大人びた言葉にて、寛太郎を煙に巻こうとする。

しかし、この子を此処で見て見ぬ振りをして去るという選択肢は寛太郎には無い。


「依然見た時とは様変わりが激しく気が付かなかったぞ」


「話す気がねぇし、よくそんなデリケートそうなこと聞くな?気を遣えよ、大人だろ」


子供らしい元気な少年が、今や浮浪児を思わせる暗い少年になっていた。

驚くビフォーアフターを見れば、心配しない大人の方が珍しい。

それも友人の孫が。

葬儀の時には暗い雰囲気であったが、この二年ほどで改善するどころか悪化している。

そんな心配からの敢えての無遠慮な問いだったが、この調子なら変化はともかく本人の中で一つの折り合いは付いていることが分かる。

一安心といったところか。


「かっかっ!その反応を見るに元気ではありそうだな。これなら照久が気に病むことは無いな」


「チッ…そうでもねぇよ。可愛いかった孫がやさぐれてんだぞ。さぞ天国で嘆いてることだろうよ」


「照久はそんな些細なことを気にするような男でないわ!主も分かっているだろう?」


「ハッ!どうだかね」


正樹もかなり変わった自覚があるのか、自嘲するように鼻で笑う。

全く変わらない表情だが、この時ばかりは少しばかりの後ろめたさがあった。


(ふむ、どうしたものか…)


できることなら力になりたい。

古い友人の孫ということもあるが、子供がこんな表情をするのは思うところがある。

しかし、これ以上無遠慮に踏み込むのも流石の寛太郎でも気がひける。

あれは中々に攻めたものだと自覚はある。

何か良いものは…と頭を中身を漁ればふと浮かんだものがあった。

だが、問題がある。

これは自分にとっても悩みの種なのだ。

そんな悩みと悩みを混ぜて良いものがと逡巡するが、そこまで悪い案でも無いのではとも思う。


「照久の孫」


少しの不安はあるが、これが上手くいけば万々歳だ。

重々しい声音で正樹を呼ぶが、反応が返ってくることはない。


「主は今、楽しいか?」


しかし、寛太郎もそんなことを気にすることなく、聞きたいことを聞く。


「クソつまんねぇよ」


抽象的な問いに無視を決め込むかとも思われた正樹だが、しっかりと質問には答える。

腹の底から泥を吐くような声音には、心底そう思っていることが分かる。


「そうか。なら、儂に付き合ってくれないか?」


「は?ボケたか。話飛んでんぞ」


急とも言える提案をする。

勿論、何のことかも分からなければ、いきなり言われたことに正樹は疑問符を浮かべると、罵倒を返す。

それも仕方ないことかと寛太郎は笑うと、一先ず説明することにする。


「なに。主が暇そうに見えたのでな。暇なら儂の孫と遊んでほしいのだよ」


「俺がいつ暇だって言ったんだよ。このボケ老人」


意味のわからなさに正樹は困惑すると、何を馬鹿なと舌打ちの一つでもする手前の顔になる。


「つまらぬのだろ?ならば、そんなことはやめてしまえ。代わりに楽しいことを見つけよ。それが子供というものだ」


「説教なら聞く気ねぇよ」


「そんな高尚なものではない。儂の孫も最近問題があったようで気落ちしてるのでな。確か同い年だったと記憶しておるし、遊び相手として丁度良いと思ってな」


「すげぇな爺さん。こんなのに孫を元気つけさせようとするとか、どんな神経してんだよ」


話を聞き終えれば、正気を疑う内容だった。

正樹は最初声をかけられた時、また励ましや同情をされるものかと思っていた。

そんなクソの役にも立たないメンタルケアごっこなど他でやれと。

それが蓋を開けてみれば、明らかに傷心して見える正樹に自分の悩みを解決して欲しいと言われることになるとは思いもしなかった。


「嫌だね。何で俺が昔一二回会った程度の奴を慰めないといけないんだよ」


「そこを頼む。部屋にも引き篭もりがちで心配なのだ。主ならどうにか出来そうだからな」


「俺を引き篭もり卒業者だと思ってんの?残念だったな。俺はアウトドア派だ」


「いや、そうではなく、照久の奴は人の悩みを聞くのが得意だったからな。少し荒んでいるが似ているし大丈夫だろう?」


「馬鹿にしてんのかクソ爺」


「儂ではどうにも出来んのだ。暇なら力を貸してくれ、この通りだ」


「どの通りだよ…」


子供と老人。

二人並んで座っている様は微笑ましく見えるはずなのだが、何故かコミカルにも見える。

たわいのない言い争いは、寛太郎が頭を下げたのを見た正樹の呆れ顔で終わる。


「嫌だね」


「お主、老骨がこうして頭を下げているのだぞ?若人として手を差し出すべきだろう」


「うざ。知らねーよ」


「良いのか。儂はお主が引き受けると言うまで頭を下げ続けるぞ。周囲の目が厳しくなってきたのでは無いか?」


「…!?こんっのクソジジイぃ…」


こともあろうに自分の見栄をかなぐり捨て、己を人質にする寛太郎。

予想の斜め上の爺さんだと思っていた正樹だったが、この評価はまだまだ甘かったと言わざるを得ない。

予想の斜め上どころではない。

これはただの老害だ。

周囲をチラリと除けば、老若問わずに驚愕に表情を染めていた。

なにせ、老人が子供に頭を下げているのだから。

さらに言えば、寛太郎は言わずと知れた有名人であり、その見た目も相まって近寄り難いオーラを普段から纏っている。

そんな人物に頭を下げさせている事実は非常に厄介だ。

完全にハメられた。

正樹は自分の祖父とこの老人が友人だと知っていた時点で、もっと警戒すべきだったと後悔した。

あの祖父の友人が普通である訳がないのだと。

ハメられたことに沸々とした怒りが湧き、謎の敗北感が胸を締め付ける。


「あーーっクソッ!!分かった、やりゃぁいいんだろ!」


「それは重畳。早速で悪いがこの後は時間があるか?」


承諾を聞くと寛太郎はスッと頭を上げる。

そして、何事もなく正樹へ予定を聞く。

正樹は歯軋りしたい気持ちになりながらも「暇」と短い答えると、寛太郎は嬉しそうに「そうか」と言う。


(やはり照久の孫といったところか。理由を付けてごねるが困ってる人に頼まれると弱いのも瓜二つだ)


思い出すは幼き日の記憶。

昔のことなど思い出すことも難しくなってきたが、友人達のことは一切褪せることなく思い出せる。

少々やさぐれてはいるが、なんてことは無い。

正樹は祖父が天国で嘆いていると思っているようだが、寛太郎から言わせればそんなことは無いと断言できる。

こんなに思い悩み傷ついても人を見捨てられ無いのだから、照久は天で笑っているだろうと。


「では、行くとしよう。照久の孫」


「それやめろよ」


「そうだな。すまぬが名前が出てこなくてな。教えてくれぬか?」


嘘である。

しかし、面と向かって交流を試みたのはこれが初めてだ。

正樹が照久の孫が嫌と言うなら、寛太郎は一人の知人として付き合おうと。


「正樹だ」


「正樹か…改めて、よろしく頼む」


「嫌だね」


手を差し出し握手を求めるが、正樹は機嫌悪そうにそっぽ向く。

寛太郎は笑って流すと、そのまま歩みを進める。

これが後に年の離れた友人となるのだが、それはまだ互いに知らないことだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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