1章 10話 チートな才能があろうと、現実は甘くない
「眠い…」
目の貼り付けたクマを擦らせ、正樹は一言漏らすも周りに居る者達はいつもの事かと思い、視線を向けることも無く朝ごはんを食べながら談笑する。
「薄情者共め…」
「マサのそれは毎日だろ、毎回付き合ってたらキリがないだろ」
「ホントですよねぇ、カマチョ発言とかキモいですよ」
「マサくん相変わらず朝弱いね」
「光に付き合って朝練しなければいいのに」
正樹の薄情者発言により、おざなりながらも仕方ないと判断した光が返事をすると、続くように恋詠、咲、純司も反応する。
「キモいは余計だろ。俺もやりたくて朝から剣なんて振らないわ。朝練でもしないと周りとの差が開きまくるんだよ。適度にサボるためには適度に頑張らないといけないんだよ」
「先輩のその理論、意味わかんないですよ」
「理解されたいと思わないからな。俺の理想は、サボっていることを悟られずにサボることだ」
「不真面目に真面目だよね、マサくん」
「俺達を残念組とか言ってるけど正樹も大概残念だよ」
「何を言っている。俺は周囲には残念に見えない程度の努力はしているし」
「どんな努力だよ」
「考え方が残念なんだよ」
「はいはい、先輩のゴミみたいな目標とかどーでもいいので早く食べちゃってください。ほら、はーやーくー」
雑談をしている間にダラダラとしていた正樹以外は朝食を食べ終えたようで、気が付くと皿は空になっていた。
急かされるが、食べる速度は殆ど変わらなかったために恋詠は催促するようにフォークを机にダンダンと叩きつける。
「急かすな、あとお行儀が悪いざますよ。コヨミちゃん」
「てい!」
「ゴフッ!?」
「口よりも手を動かしてくださいね。せーんぱい、はぁと」
正樹のうざったく放った一言にブチっと言う音を幻聴する。
恋詠皿の上に残っていたパンをかっさらうと、無駄に高い身体能力を駆使して正樹の口にぶち込む。
そして、青筋を浮かべながら非常に可愛らしい笑顔と言う、難易度の高い笑を浮かべて正樹に猫なで声で注意する。
「これはマサが悪いな、早く食え」
「なんだろう。俺には美城さんが「無駄口叩いてねぇで早くしろや、グズが、窒息死させんぞゴラァ!」に聞こえるのは気のせi…」
「何ですかぁ、影浦先輩?」
「ナンデモアリマセン…」
「ジュンくん、空気読もうね」
悲しきかな純司はKYであった。
余計な口を滑らせたせいで、体感五年ほど寿命が縮んだのではないだろうか。
トドメに美咲の言葉が聞いたようで机にへたり込む。
まだ一日が始まったばかりというのに、既に死屍累々といったように転がる二つの死体。
異様である。
そんな光景を見届けた男子唯一の生き残りである光はこう語る。
「いいやつらだったよ」
「いや、死んでねぇよ、純司はともかく俺は生きてるわ」
なんてくだらないんだと思いつつも、茶番にはしっかりと乗る光に、どうやら復活したらしい死体一号が苦情を入れる。
「食べ終わったか、マサ」
「朝から酷い目にあった。まさか朝飯で死にかけるとは思わなかった」
「よし、じゃあ周りに人もいなくなったし報告会するぞ。後はよろしくな」
「結局俺がやるのね。そこの死体二号起きろー」
何はともあれ、朝食をやっと終えた正樹は面倒臭そうに顔を顰める。
基本的に、このメンバーでの話し合いは毎回司会をしているので仕方の無いことではあるが、本人としては微妙に納得出来ないような表情を浮かべる。
腹いせも含まれてるであろう蹴りを死体二号こと純司に食らわす。
脛を強く蹴ったため飛び跳ねて痛みにこらえるように蹲るが、誰一人として気にした様子もなく報告会を始める。
「じゃ純司、いつものよろ」
「人の足蹴っといて何もないの?」
恨みがましい視線を向けてはくるが、しっかりと仕事はする様で魔力を溜め始める。
そこから『サイレンス』と唱えると防音の魔法が席の周りにドーム状の結界を形成するで、外の音が聞こえなくなる。
「じゃあ、定期報告。やっぱここ怪しくね?」
唐突に正樹が言う。
しかし、周りからはそれに対しての反応は無いことから皆同じ思いだろう。
「そうですね、元々七十人くらいいたのが今では五十人くらいしか居ませんしね。神官たちの話では精神に異常があるから隔離してますって言われても、どうかと思いますよね。やましいことがありますよーって言ってるようなもんですよ」
「でも、あんな事があれば変にもなるだろ…」
「私、まだあの時の夢よくみるんだよね」
「俺も…」
「あれは酷かったな。しかもジュンとミサキは割と死にかけたし、しょうがないだろ」
「あの時は、先輩が珍しくファインプレーしてましたね。普段大体ボケーってしているしびっくりしましたよ」
前のことを皆が思い出し、場の空気が重くなったのを感じ取った恋詠が、空気を和らげるために正樹をからかう。
「安心しろ。しっかり現実逃避してた」
「何キメ顔でいってるんだよ」
それに、ドヤ顔をサムズアップしながら答える正樹に光太がツッコむ。
「照れ隠しですかぁ。珍しいですね」
「いや、真面目な話でフリーズしてた。実際最初の方ほとんど動いてなかったし」
「でも正樹、腰抜かしてた俺達に襲いかかって来たゴブリンを三匹もあっさり倒したじゃん」
「それは俺の特技が出ただけだ」
正樹の言う特技とは無意識で動くと言うものだ。
これは異世界に来てからという訳ではなく元々の特技で、これを使って目を開けながら寝たり、意識外の物に普段では有り得ないような機敏な動きを見せたり(と言っても人間離れしている訳では無い)といったようなことが出来るとは本人の話だ。
正樹はこれをクラスのレクリエーションで特技発表の時に「立ったまま寝ることができます」と言って場を白けさせたということがある。
この特技はほんとか嘘かの真偽は、本人以外分からないのだが。
「マジで自分でも良く動けたと思うわ。殆ど記憶がないんだよな」
「けど、その使い道があんま無い特技に俺は助けた。無意識の行動でも感謝しなかいよ」
「本当だよ。あの時マサくんが助けてくれなかったと思うと…」
咲は当時のことを思い出したのだろう。
転移してきた学生は次の日から訓練を始め、全員がそれなりに戦える様になった頃のことだ。
神官たちが、この世界で生きるためには避けては通れない道ということで魔物と戦おうと言って来たのだ。
勿論学生達としても、魔王を倒さなければ元の世界に帰れないので異論は出なかった。
寧ろ、ゲームみたいなこの世界を少なからず現実と認識出来ていない者は、乗り気で魔物討伐をしようということになったのだ。
そして、いざ戦うとなった時は酷かった。
引率の騎士の説明で、ファンタジーで王道の雑魚敵であるゴブリンが討伐対象と言われて、皆が軽い気持ちで討伐に行ったのが悪かった。
実際に討伐となると大騒ぎだった。
まず最初に、調子に乗って軽い気持ちでゴブリンに突撃した二人の学生が難なくゴブリンに返り討ちにされたのだ。
その状況を見てようやくお気楽だった学生は、顔を青ざめさせて知ることになった。
これは、ゲームでも夢でもない。
今自分達は命の危機に瀕しているのだと。
次に皆がパニックになり、最初に立てていた作戦は機能せずに陣形もバラバラになった。
それでも、ゴブリン達と学生達のスペックは天と地ほどの差があったために、冷静な者や恐怖状態でも動くことのできた者達により、戦い自体には勝つことが出来た。
しかし、勝つこと自体は出来たが完勝とは言い難く、他にもその時に負った精神的な傷が酷かったものが多く出たのだ。
正樹達のチームは、陣形の形を保ちつつまともに戦えたが、それでも純司と咲は三日程寝込んだし、光や恋詠は次の日まともに食事をとることも出来ない有様だ。
学生達の中でも次の日からいつも通りにしていたのは、元々覚悟が決まっていたであろう正樹と朱音もう一人、二人の幼馴染である日本人にしては大柄でガッシリとした体型、黒髪短髪にピアスと頬に傷があるのが特徴の男、大平亜蓮だけだ。
それ以外であれば、痩せ我慢ではあるがそれでもいつも通りにしている学生はチラホラいる。
中には、アルガードに怯えていた檜山誠司もおり、口先だけでは無なくしっかりと根性があるのだろう。
ゴブリン討伐の次の日、朝から普通に飯を食べるどころか、朝練までしていたらしい正樹に、マジかこいつ、という視線が同じ席にいた人から注がれたものだ。
「引率の騎士があんな状況で手を貸さないのもおかしいな。確かに俺達が自主的に強くなりたいと懇願したならまだしも、姫が俺達の安全を保証するとか言ってたのにな」
「そうですね。おそらく教会は私達を兵士にする気満々なんだと思いますよ」
「どう考えても振るいにかけられてたしな」
正樹の発言に恋詠と光が同調するように言う。
二人の言葉を聞いてから正樹は話を続ける。
「そもそも最初からおかしかったけどな。皆パニクって気づいてなかったけど姫は間違いなく俺達を気にしてなかったろ。名前より先に俺達の性能テストなんてやるくらいだしな」
「確かに…」
「ですよねー。それに私あの人初めて見た時から嫌いですし」
「なるほど、それなら確定だな。それなら俺の仮説はただしそうだな」
「ちょっと待ってください、なんで私の好き嫌いで断定するんですか」
「二人ともふざけるな、毎回それのせいで話が進まないんだ」
「「はーい」」
脱線しかけた話を光が強引に戻す。
正樹と恋詠は反省の色が見えない返事を返す。
「はい、じゃあ今日で結論だしちゃいましょっと。とりあえずのところ教会は俺達を兵士に育てて利用する気で、姫は間違いなく性格猫かぶってた、異論はある?」
「「意義なーし」」
「三人とも姫に悪意ありすぎだろ…まぁ、オレもないな」
前々からちょこちょこ話し合っていたことを総合し、正樹が結論を出すと女子二人は仲良く声をハモらせなが同意する。
そんな嫌悪感を出す三人に光は、苦笑するが本人も賛成し、言葉こそ出さなかったが純司も手を挙げる。
「じゃあ、次はこの一ヶ月で何が出来るようになったかの発表会をおこないまーす、はい拍手」
恒例であった、教会に対する感じたことの報告や意見の統一を終えて、次に重要な強さの確認を始める。
あまり楽しい話でもなかったので、無理矢理でも場の空気を良くしたいと少し思い拍手を意味もなく要求する。
しかし、パチパチと言う音は一つの場所からしか鳴っておらず、なんだよノリ悪いなぁ、と言っている本人も真顔である。
これに関しては、のってくる人の方が少ないのではないだろうか。
正樹が滑った状況などいつものことで、なんなら皆がこの状況を作ろうとしている節すらあるので本人も特に気にしない。
拍手を終えると正樹が一番に言う。
「で、俺なんだけど、とりあえず教会の武器庫にある癖の少なめの武器は大抵使えるようになった」
転移してきた日にした調査で、適正武器が診断されなかった正樹は次の日から始まった訓練で最初にやった。
それは、とりあえず片っ端から弄ることを始めた。
どれをやってもこれがしっくりくるというものが結局見つからず、当初はどうしようかと悩んでいた。
しかし、自分が持つスキルを思い出しすと、全部使えばいっか、という結論に至る。
そこからは早く、片っ端から武器を扱えるように練習し、大抵の武器は以外にも扱えるまでになったのだ。
「はい、俺の成果終了」
「短ッ!」
「しょうがないじゃん。武器幾つあったと思ってるんだよ。オーソドックスな武器だけでもめちゃくちゃあるんだぞ。それを全部、ある程度でも基礎が出来るようになるの大変だからな。割と寝る間も惜しんでやったからな?」
「頑張ったのは分かるんですけど、いくら何でも簡潔すぎですよ」
「魔法とかはどうなの?」
「そっちは趣味でやってるんだけど威力が死んでる」
元々正樹は、目の下にクマが基本あるので目が死んで見えるのだが今回は本当に目から光が消える。
当初、相当期待していて楽しみだった魔法が、まさか自身の保有する魔力のせいで使えないとは思わぬ誤算であった。
魔法適性検査の時に汚水のような色を出した水晶。
見た目こそ汚いのだが適正属性は六属性中四属性と学生全体から見ても多い部類だ。
この世界で見ても四属性は天才と呼ばれるほどの数。
適正属性が多ければ多いほど保有魔力も多いとされているのだが。
しかし、正樹は何故か魔力が少なかった
全く無いわけでもないのだが、魔術師に成れるほどの魔力量では無いのだ。
周りからは宝の持ち腐れとすら馬鹿にされる始末。
ここにいる友人含めて。
最初のころは不貞腐れている正樹をからかっていたのだが、その不貞腐れが一ヶ月以上も続けば流石に慰めもし始める。
今では、なるべく話題にしない様にしていたが、正樹の魔力操作のセンスが中々だったために、少し期待していたところはあった。
「でも全く使えない訳じゃないだろ。いつも使ってるんだし」
「まぁ、無駄に使ってるおかげで無詠唱は割と簡単に出来るようにはなったけどな。威力しょぼ過ぎて魔物を倒せないんだよなぁ…」
「でも魔力調整凄いよ。私そんなに出来ないし、詠唱しないと安定しないし」
「俺は魔力が少ないから、大してコントロールに力を必要としないだけだしぃ…」
本格的に不貞腐れた正樹は、椅子の上で三角座りまではし始める。
確かに、魔法のコントロール力は使う魔力が少ないほどやり易いのも間違いないのだが、あくまでも多少の話である。
実の所、美咲が言ったように魔力操作や魔力調整は、何をどう練習しているのか分からないほどに上達している。
それこそ、教会の魔導士団員にすら遅れを取らないほどの。
現在の正樹は魔法を三時間も苦もなく使い続けられるのだが、一般的には二時間も魔法を使い続けられれば魔道士としては腕利きと言って良いほどだ。
それに無詠唱は本来であれば上級に位置する魔道士が出来ることであって、中級の魔道士には使うこと出来ないことが多い。
どのくらい難しいと言うと、片手で本を読みながら片手で勉強するくらい難しい。
無詠唱魔法を使うとは、そういうことで普通は一年も経たずに習得などとても出来ることではない技術だ。
何故、正樹がこれらを成してしまったのか。
実は天才だった…からという訳では無く、趣味人としての本能が暴走し、大抵の時間を魔法につぎ込んだ結果だ。
それこそ、寝る間も惜しみ魔法に関する本を読み漁り、どれだけ具合が悪くなろうが魔法を使い続けたからだ。
転移して一月たった頃には、訓練の時間ですら魔法を使いながら訓練もしていたのだから、上手くならない訳がないなだ
しかし、それ程魔法を使い込んでも元々の魔力が少ないために、魔法のみで戦うことは困難だ。
そういう事もあり、教会の者達から残念な物を見る目を向けられることもしばしば。
どうやら本当に実戦で使えそうなものは、複数の武器を扱えるようになったことだけなようで続きを言う気配はない。
「じゃあ次オレか、オレは武器は剣がそれなりに使えるようになったのと素手も結構上達した。魔法は光と風を重点的にやっていて、光属性は回復系とバフ、風属性は遠距離攻撃とバフを一応使えるようになったけど、正直戦闘中に魔法を使える自信は無い。スキルの方はあんまり使いこなせてないが、魔法は戦闘中でも問題ない感だな」
「回復まで出来るようになったなんて、ヒカルくんハイスペック過ぎない?」
「流石灰原先輩、何でもそつなくこなす苦労人は違いますねぇ」
「苦労人いうなし」
まさか、ここまで習得出来ているとは思わなかったと言うのが全員の感想だ。
何せ、学生の大半は武器を一種類と一属性の魔法しか扱うことが出来ない。
魔法にしても一属性の内、回復、バフ、デバフ、攻撃のどれか一つが使い物になるくらいという学生が大半で、二つこなせるだけでも優秀な部類だ。
他とかけ離れすぎではと思わなくもないが、光が普段の訓練で遠近満遍なくやっており、勇者ということで高位の騎士がマンツーマンで見てもらっていることが大きいだろう。
本人は魔法もスキルも使いこなせていないとは言ってはいるが、前のゴブリン討伐の時には既に攻撃魔法と補助魔法は使えていたことから、あまり話を鵜呑みにできない。
光が納得していないだけで、今上げたものは実戦である程度使えるまでにはなっている可能性が高い。
光の番が終わると純司が手を上げる。
皆が視線を送ると話し始める。
「武器は銃を続けて使ってて結構上手くなったと思う。魔法は闇の撹乱系が使えるようになった。で、スキルなんだけど俺もあんまり使いこなせてないかな。特に鑑定は、ラノベとかのチートスキルみたいな感じじゃなかったかな。物に使うと知っていることを表示してくれるくらいだし、人に使うと何となくの魔力と身体能力が分かるくらいだし、あんま参考にならなそう」
「そっちもやっぱそんな感じか。スキルって使うの難しいよな」
「そうだねー、私もスキルの方は全然で、魔法は結構使えるようになったんだけど」
「ふっふっふ」
三人がスキルで頭を悩ませていると、急に恋詠が不敵に笑うとガバッと立ち上がる。
わざわざ仁王立ちをし、それを見た美咲が、どうしたの?と心配そうに声をかけるのだった。




