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社会不適合者達による成り上がり英雄譚  作者: 鳩理 遊次
一章 社会不適合者達と異世界転移
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1章 9話 不意の決闘

「正樹。あれは一体何なの?」


「あれって?」


空は快晴。

太陽は真上から傾き、気温がジリジリと上がり暖かな空気を作る。

それに拍車をかける様に、訓練場で汗水を垂らす若者の熱気が辺りの体感温度を上げる。

暑いとすら言えるそんな場所に、異質な空間が一つ。

時期的にも周りの空気的にも、寒いなどある訳もないのに。

ピシリと言う音を幻聴しそうな空気は、勘違いなどではないだろう。

その中心人物である正樹は、この状況を作り出した主である朱音に、感情を伺わせ無い平坦な声で質問に質問で返す。


「貴方ふざけているの?さっきの素人が見様見真似で覚えた様な適当な戦い方は何なのって聞いているのよ」


「そっちこそ何言ってるんだよ。素人の見様見真似もなにも俺は素人だし、あれがあの場での俺の全力だ」


「あれが全力?ふざけ無いで。九条流はどうしたのよ!」


あしらう様な答えに怒鳴り声で返される。

九条流剣術。

それは朱音の祖父が営む道場に受け継がれていた剣術。

普段は剣道を一般に教えている道場で、幼い正樹も朱音と共にそこで学んでいた。

そんなある日、腐っていた正樹は体を動かすために道場に通っていたのだが、それを見かねた朱音の兄が彼に教えたのが九条流剣術だ。


「合わ無いんだよ。俺はお前みたいに身体能力が高い訳でも、才能がある訳でも無い。刀は切れるが脆い。なら壊れにくい剣を使った方が堅実だ」


「だからってあの動きは何なの?刀から剣に変えるのだから動きが多少変わるのは分かるわ。けど、あれはそんな次元の話じゃ無い」


「習い事の剣術が実戦で使える訳ないだろ。なら、新しい戦い方を色々学んだ方がいい」


何でもない様な正樹の物言いに、感情的であった朱音。

それがある一言でピクリと肩を揺らすと、一転して無表情になる。

急な様変わりに、状況をあまり理解してい無い者でさえ分かる。

正樹は今禁句、朱音にとっての地雷を踏んだのだと。

この瞬間、あたりの気温がまた下がったのではないかと錯覚するほどには分かりやすい変化が現れる。

二人を見守る人の中には、寒気か恐れか。

肌を摩る様な行動を取る者すらいる。

それは底冷えするような、正樹に向けられる視線を見てしまったからだろうか。


「貴方、九条流を馬鹿にしているの?」


「言ったろ、合って無いって。そもそも、お前と違って俺には剣に九条流を落とし込むことが出来ない。だから使う気は無い」


そんな目に、正樹は少しも動じることなく淡々と理由を説明する。

それが彼女の感情に油を注ぐ。


「そう。なら、その腐った根性をお爺さまの代わりに叩き直してあげるわ。立ちなさい」


朱音は目を細め、有無を言わさずに告げると、ここに来て初めて正樹の表情が少し動く。

動揺はしたが、決して気圧された訳では無い。

ここにきて、幼馴染である気の使わない間柄ということもあり、疲れで本心を適当に喋り過ぎたことを後悔する。

正樹としては九条流を馬鹿にしている訳でも、まして蔑ろにしている訳では無い。

寧ろ、自分だって馬鹿にされれば怒りこそしないが気分は良くないくらいには、敬意を払っているつもりだ。

だからこそ、自分よりも真摯に九条流のことを思っている朱音が怒りを露わにする気持ちは理解できる。


(口は災いの元だな、本当)


やってしまった。

そんな思いで一杯である。


「分かった」


了承するとスッと立ち上がり、首にかけていたタオルを置く。

そんな正樹を見て、光達は以外そうな顔をする。

確かに、普段の彼であれば空気を読まずに断るし、この場も断ることわできない訳では無い。

なら何故勝負を受けたのかと言うと、単に彼女に対する謝罪だ。

なんやかんやで、日本で唯一迷惑をかけまくっている幼馴染を怒らせてしまったのだから、気晴らしぐらいには付き合うことにしたのだ。

こう見えて正樹は律儀なのだ。


「ミファオスさん。申し訳ないですけど、少しフィールド使わせてもらうのと、審判をお願いしてもいいですか?」


朱音に背を向けると、遠目に状況を伺っていたミファオスの元に向かうと模擬戦の許可を聞く。

規律に厳しい騎士だ。

こう言う段取りは必要だろうとの行動だ。

少しくらい何色を示されることも覚悟していたのだが、以外にも「構いませんよ」と二つ返事で許可が降りる。


「「ありがとうございます」」


正樹の後ろについてきていた朱音も同時に感謝を述べる。

これで、模擬戦と言う名の決闘の準備は整った。

正樹は先程まで使用していた木剣を手に取ると、準備運動を兼ねてブンブンと乱雑に振りながらフィールドの真ん中に足を進める。

対する朱音はそんなことをせずに、木刀を腰に下げて静かに歩く。

中央に着くと、お互い数歩分離れた後に向き合う。

正樹は木剣腰に添える様に持つと一礼。

朱音も同じように一礼をすると、ここにきて初めて木刀を上段に構える。

ピンと伸びた一本の糸のような姿勢。

それでいて力んだ様はなく、それこそが彼女の自然体だと言わんばかりだ。

正樹も光との模擬戦とは打って代わり、彼女と同じ様に構えを取る。

しかし、構えこそ同じにもかかわらず、印象は全く違う。

決して、正樹の構えが悪いとかではないのだが、少し武芸を齧った者なら分かる明らかな差。

構えだけで、朱音が正樹の上を言っているだろうと嫌でも分かるのだ。


「お二方、準備はよろしいですね」


一応の確認をミファオスが取るも、二人が反応することがない。

それを了承と受け取ると、開始の合図が告げられる。


「それでは、始めてください」


始まると同時に朱音が動く。

一切の淀みの無い、流れるような動作で瞬時に正樹の正面を取る。

たったそれだけであるが、外野から息を呑むような音が微かになる。

それは芸術的とすら思えるほどで、熟練の騎士であっても真似ることは困難だ。

正樹も例外では無く、見学であれば驚いただろうが戦う身としてはたまったものではない。

そもそも、彼女は日本にいた頃から正樹よりも剣術が得意などころか、剣道で全国制覇を果たしている正真正銘の天才だ。

それでも、剣道は中学で辞めたために朱音の実力もその時のものしか知り得ないが、少なくともその時はこんな動きはできていなかった。

そのために、これは高校に入り身に付けたか、人の限界を超えた力を貰ったから身に付けたの二択だ。

だが、日本でもここまで綺麗な動きで足運びができるのは達人と言うような人ぐらいで、高校生でそれが出来るようになるとは考えにくい。

ということは、後者の可能性が高いわけなのだが、それを考慮しても正樹は成長の幅がおかしいのではと愚痴りたくなる。

これは後に分かることなのだが、朱音の模擬戦成績は学生に限れば無敗。

それは勇者である光や勇樹も例外では無く、騎士であっても中級であれば負け無し、上級ですら勝率七割以上と言う高成績を叩き出していた。

正樹と対峙しているこの時点で、事実上の学生最強である。

そんな最強が最初の一太刀に選んだのは、なんの変哲もない真向斬り。

拍子抜け。

という感想は微塵も湧いてこない。

正樹は、正面に振り下ろされた木刀を遅れながらに木剣で迎え撃つ。

そして、甲高い木がぶつかり合う小君の良い音が鳴り、そのまま鍔迫り合いに持ち込まれる。

互いに交差する視線。

真剣と言う言葉がぴったりな場面ではあるのだが、正樹の心中は表情ほど冷静では無い。


(これは勝てんな。これが異世界に来て一ヶ月の奴かよ。殆ど上級の騎士とかわらねぇな)


タイミングの測りにくくする綺麗すぎる足運びに、無駄を削ぎ落としたコンパクトな一振り。

どちらも基礎的な動きなのだが、完成度が高すぎるために、それだけで必殺にすらなりうる技。

同じ流派を習っているからこそ、彼我の差がよくわかる。

鍔迫り合いは数秒もせずに、朱音に押し込まれて剣同士が離れると、正樹は後退を余儀なくされる。

力を抜いていたわけでもバランスを崩したわけでも無いのだが、それでも押し込まれた。

つまり、単純に朱音の方が力が強いと言うことだ。


(本格的に勝ち目ないな…)


この様子を見るに、恐らくは他の身体能力も高いことが予想できる。

剣での戦いで技術も力も負けているということは救いようがなさすぎる。

そんな思考を挟めたのは一瞬。

後ずさった正樹に、朱音はすぐ様に木刀を胴に目掛けて振う。

それを最小限の動きを使い、剣で払うも朱音の攻撃は止まらない。

正樹がどれだけ小さいな動作で防いでも、さらに小さな動作で防御の合間を的確に付かれる。

何度も音を立てて打ち合う、息を吐かせない攻防。

これまた違う試合様に、観客とかした騎士達は目を見張る。

途切れない攻撃に、正樹は徐々に焦燥を募らせる。

当初の予定としては、勝てないからと言ってただで負けるのは気にくわないので、一泡くらいは吹かせるつもりだ。

それに、わざと負けたりなど朱音自身も許さないだろう。

だから、勝ち目を探っているのだが。


(いや、隙なさ過ぎでしょ)


綺麗すぎる動きというのは、それだけで脅威だ。

動作と動作の境目、隙が殆ど無いのに加えて見つけにくいのだ。

さらにフェイントの効力も段違いに上がってくるのだから、お手上げとしか言えない。

そんな感想を抱いた瞬間も、チリッと木刀が腕を掠める。

正樹お得意の奇策も、この状況では仕掛ける余裕も暇も無い。

無い物尽である。

ならば、やるべきことは…


(隙が無いのなら作るべしっと)


兎にも角にも、この防戦一方の状況をどうにかしなくてはならない。

少し無理やりになることは否めないが、朱音より放たれた剣撃を受け止めずに強めに弾く。

その力の違いに朱音は直ぐに気がつくと、余裕は与えさせないと一段と鋭い斬り込みをする。

その行動に、狙い通りと正樹は心の中で笑う。


(かかった。なら、こちらも深く鋭い斬り込もうじゃないか)


鋭い踏み込みは早く、反応するのも難しいが、それは同時に己の余裕を削る。

二人の距離が極端に近づいてしまった結果、剣を振り切ることが出来ずに滑り込ませる様に武器同士が重なり合う。

正樹は最初のお返しとばかりに、木剣を強く押し込む。

それにより、朱音は一歩後退せざるを得なくなり、初めての隙が生まれる。

そこに、またしても最初の朱音の動きを真似る様に、小さな動作から剣を真向に叩き込む。

行動が同じなのだから結果も同じかと思うが、やはり練度の差で違った結果がでる。

木剣は朱音に苦もなく受け止められてしまうが、そんなことはわかりきっていた。

小さな隙程度でどうにかなるなど思っていないとも。

なら、その小さな隙を広げてやればどうなるか。

正樹は光にしたような、悟らせにくい蹴りを朱音の脇腹目掛けて放つ。


(さぁ、どうする?)


この体勢であれば避けるのは至難。

視線も正樹の正面に見いていることから、蹴りの察知は間違いなく遅れる。

そんな正樹の予想は直ぐに覆される。

ちらりと足に視線が行くと、スッと上半身を動かすこともなく半歩後ろに下がることにより避けられる。

言葉にするとそれだけだが、実際には正樹に木剣で強く押される中で、さらに死角から迫る足を後から視認した。

そのままバランスを崩すこともなく後ろに下がったのだ。


(石像かよ。体幹おかしいだろ!?)


技術、力、判断力。

どれもが卓越していなければできない芸当。

そんなことをされれば、逆に意図せずに力点がズレた正樹が体勢を崩しそうなものだが、驚きながらも曲芸師のようにピタリと途中で静止していた。

しかし、それでも万全な体制でないことに間違いはない。

折角の反撃のチャンスを、さらに大きい反撃チャンスに変えられてしまった。

勿論、万全な朱音がそれを逃すなどあり得ない。

何度も見せれられた華麗な踏み込みにて、正樹を仕留めにかかる。


「ふッ!」


「くっ…!」


鋭く吐かれた息と同時に放たれた斬撃を、正樹は軸足の力を抜くことにより、背中から崩れるように転がり、難を逃れる。

それだけに留まらず、手に持った木剣を朱音に投擲する。

クルリと後転して、跳ねるように立ち上がると、木剣が木刀に弾かれる音が響く。

獲物を手放してしまったが、あのままでは間違いなくやられていたのだから仕方のない経費と割り切る。

正樹はすぐ様に腰に刺した木製のナイフを取り出し構えると、木剣を弾いてから動かない朱音を見る。

その行動を不可解に思うも、答えはその瞳を見ればすぐに分かった。

今まで浮かべていた真剣さや怒りとは違う。

それは、朱音から始めて見られる落胆の目だった。

それが分かった瞬間、正樹の体が鉛のように動かなくなる。

どうやら、自分は久々に対応を続け様に間違えたのを悟る。


(あぁ、そうか。悪いことをした)


元々人の感情の機微には敏感で、この世界に来てからは思考を読む真似事まで出来る様になって有頂天になっていたらしい。

朱音は、九条流を正樹が馬鹿したから憤っていたのかと思っていた。

この反応を見るに、苛立っていたのは朱音が認めた剣士が見る影もなくなっていたから怒っていたとは。

普段大人びている彼女がなんと子供じみたことか、などとは言うつもりはない。

何せ、朱音は九条流を何処までも敬愛しており、一度とは言え己を負かした剣士がこの体たらくなのだから落胆して当然だ。

正樹が気が付けば、朱音が目の前に立っており、頭に剣が振り下ろされていた。

ポカン!という音を立てて、正樹の体は大の字に地面へと倒れる。


「貴方がそこまで落ちぶれていると思わなかった。失望したわ」


そんな様を見て、朱音は落胆した目で見下ろしながら言うと、一礼した後に背中を向けて去って行く。


「失望か…」


言われた言葉を、正樹は舌の上で転がす様につぶやく。

まさか、今まで失望されていなかった方が驚きだった。

剣術など、遠の昔に辞めたつもりなのだが朱音はそう思ってはいなかったとは、としみじみと思う。


(あー、ミスった。本当にミスった。久々にやらかしたなぁ。あー、凹む)


ズキズキと痛みも忘れて、後悔のあまりため息がもれる。

昔からの癖になっているのだが、この調子ではため息を吐く癖は治りそうにもないなと後悔と呆れを同時にする。

そんな器用な事をしてるとは知らない光達は、ピクリとも動かない正樹を心配して近づいてくる。


「大丈夫か。結構いい音してたが」


「マサくん、声聞こえる?」


「バッチリ聞こえてるよ」


「どうしたんですか。珍しくガチ凹みしてるっぽいですけど」


心配してくる二人に問題ないと返答すると、恋詠が中々に鋭い事を言われて顔を顰める。

一人は心配どころか背中を刺してくるとは。


「先輩は小賢しく戦うタイプなんですから、正面戦闘で勝てる訳ないじゃないですか。気にするほどのことじゃないですよ」


「あぁ、そっちね」


「?」


「こっちの話だから気にするな」


「どっちの話です?」


「あっちの話だよ」


恋詠が確信を突いたのでは無く、戦いに負けて凹んでるのかと勘違いしていることに気がつくと、誤魔化す様にいつもの様にふざける。

そんな事をしていつもの調子を取り戻すと、何事もなかったかの様に立ち上がると、遅れながらに頭の痛みに気がつく。

さすってみると角の様なたんこぶができており、イテテと言いながらも一つ決意をする。

勝手に失望されることは慣れており、今更さらにされても気にすることはないのだが、いわれた正樹より言った本人の方が辛そうな顔をしていたのだから反応に困る。

仕方が無いと、次の再戦に向けて腕を磨くかと一日のスケジュール調整を頭の中でするだった。


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