何処にもないし誰でもない
ハードボイルドを書くのは難しいとつくづく感じます。
西から上る光の玉が輝く時間は一般市民が支配者だが、暗闇へと変わると役者は悪党へと変貌する。
昼と夜の世界が違い欲望と混沌が蠢く夜の街、ラスベガス。
その魔都とも言える街で私立探偵を営む俺は、どちらの人間だと訊かれる事があるが俺はこう答える。
「俺は光でも闇の者でもない」
どちらの組織にも所属しない俺の事務所名はノーバディ・ノーウェア。
訳せば何処にもない、誰でもない。
光にも闇にも所属しない俺は何処にもないし誰でもない。
そんな俺の事務所には年に数回は必ず厄介な仕事が舞い込んでくる。
今日は年に数回ほど訪れる厄介な仕事が舞い込んできた。
昼下がりの時刻、事務所で紙巻き煙草を蒸かしていた俺の事務所のドアを開けて男が入って来た。
全身を真っ黒な服に黒い革製の手袋をした男は山高帽にマスクという出で立ちで身勝手に口を開き出した。
「人探しを頼みたい」
まだ名乗ってもいないのに男は俺に向かって告げる。
「誰を、ですか?」
俺は短くなった煙草を灰皿に捨てて訊くと男は懐から写真を一枚とり出して机に放った。
写真には高校生くらいの可愛い娘が笑顔で写っていた。
「名前はマール・デェイヴィット。年齢は17歳で俺の娘だ」
教えるのはそれだけだと言わんばかりに男は口を閉じてぶ厚い茶色の封筒を投げた。
「50万ドルだ」
普通の失踪人捜索の報酬としては多すぎるが口止め料も単にあると思い俺は封筒を机の引出しに入れた。
「分かりました」
男は用が済むと直ぐに事務所を出て行った。
静けさを取り戻した事務所で俺は紙巻き煙草を巻いて銜えた。
ふと外を見ると小雨が降り出してきた。
厄介な仕事が来る日は必ず雨が来るが、今回は厄介な仕事のようだなと改めて思う。
BLAM!! BLAM!! BLAM!!
オレンジ色の火花を出しながら複数の銃弾が風を切り俺が背を預ける壁に食い込む。
マール嬢の捜索を始めた俺は先ず情報屋に足を運んで情報提供を頼んだ。
写真を見せると情報屋は直ぐに望む物をくれた。
『この娘でしたらダウンタウンの校外で見た』
その隣には洒落た格好をした男がいたが少し目を細めて見たら埃が溜まった奴だと分かるとも言った。
直ぐにダウンタウンへと車を走らせて行くと直ぐにマール嬢は見つかった。
お嬢と一緒に居た男は埃が溜まりも溜まった奴でダウンタウンでは名が知られた男。
だが、ラスベガスに比べれば道端で小金をせがむ餓鬼でしかない。
直ぐに俺は男にマール嬢を帰すように言うと男は鼻で笑った。
『あの爺は歳も弁えずに年若いマールに色込んでいて迷惑を掛けていたんだ。俺はそれを救っただけだ』
自分は誇り高い騎士だと言い放った男に俺は道化師の笑みを浮かべて言ってやった。
「pride?dustの間違いだろ」
男は案の定、眉間に皺を寄せた。
心の中で嘲笑いながら道化師の仮面を崩さずに背を向けて告げる。
「近い内に悪党の塔に囚われたプリンセスを取り戻しに行くから覚悟しておけ」
数時間前の宣告通り俺がプリンセスを取り戻しに行くと銃弾の嵐が襲ってきた。
最も厄介な仕事だと分かった時からこうなる事も予想していた。
今回の相手はそれなりに劇を楽しんでいる様子だ。
ならば、役者である俺も楽しまなければ損と言うもの。
SPANG!!
銃弾の嵐を掻い潜り閉じられた扉を蹴破り中に入ると男と制服を着た娘がいた。
「宣告通り塔に囚われた姫君を取り返しに参上したぜ」
もっとも騎士ではないが、と言い口端を上げて笑う。
男は青ざめた顔をしたが懐に手を忍ばせた。
それを見逃さず男を殴り倒す。
SPANG!!
鼻血を出して倒れる男を一瞥し俺は娘に向き直る。
「マール嬢だね?俺は探偵だ。君を連れ戻すように依頼された」
娘に事情を話すと娘は顔を青ざめた。
俺の話した内容に青ざめたのではなく後ろを見て青ざめていたので振り返ると俺に依頼をした男が立っていた。
山高帽を被り黒一色の服に手袋と前と同じだが、マスクはしてなかった。
かなり歳を取っていて70歳くらいだった。
依頼した時はそれほど見えなかった所を見ると変装をしたのだろう。
「さぁ、マール。わしと一緒に帰ろう。」
男は手袋を付けた手をマールに差し出すが、彼女は嫌がって首を横に振る。
「い、やっ。あんな牢獄には帰りたくない」
「何を馬鹿な。貴様はわしのペット。ペットは大人しく主人の言う事を聞け」
嫌がるマール嬢に近づいて手を掴もうとした男の腕を俺は振り払い彼女を庇うようにして立つ。
「何の積りだ?貴様の仕事は終わった筈だ」
俺を睨みつけて男は仕事が終わった事を告げる。
確かに俺の仕事はマール嬢を見つけ出して男に出す。
ここで依頼は果たした。
しかし、ペットと彼女を称し連れて行こうとする男を傍で見ているだけで居るほど俺は出来た紳士ではない。
何より男はマール嬢を娘だと言ったのにペットと言った。
これは重大な契約違反だ。
「あんた彼女をペットと言ったが、一体どういう関係だ?」
「貴様が知る事ではない!!」
男は枯葉のように聞こえる怒鳴り声を上げた。
「そうはいかないな。あんたはマール嬢を娘だと言ったが、ペットとは一言も言っていない。つまり契約違反だ」
俺のルールで契約違反は重罪。
そのルールを男は破った。
「うるさい!さっさとペットを返せ!!」
男は拳を振り上げたが、それより早く俺の拳が男の鼻面を打ち込んでいた。
SPANG!!
盛大に口と鼻から血を流し倒れる男を尻目に俺はマール嬢を連れて塔を後にした。
塔から救い出したプリンセスを親だと偽った悪い魔女には渡さず本当の親へと渡すまで俺の仕事は終わらない。
実の親に囚われの姫君を渡し見届けたら俺の出演したショーは終幕するんだ。
ショーが閉幕したら再び姿を消す。
光にも闇にも属さない俺は何処にも居ないし誰でもないから。
色々とハードボイルド小説を読んでいますが、どれも魅力溢れる主人公と粋な言葉の宝庫で羨ましい限りです。
自分もそんな小説を書いてみたいと思います。
これからも宜しくお願いします。