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時刻96 助けを呼ぶ声

「? トキヤ君?」


 ふと立ち上がったトキヤがそわそわと辺りを見回し、何もないことを確認すれば今度は店主の方へと向かっていった。


「すみません、訊きたいことがあるんですけど」

「はい……どうなされました?」


 トキヤは迷った風にシスティアの顔を窺うが、彼女が頷いてくれたことを期に疑問に思ったことを訊ねた。


「なんでそんな疲れた顔を? いや、おじさんだけじゃねぇ。村の入口にいた衛兵さんもピリピリしてたし、宿屋の女将さんも同じで」

「これは失礼、お客様に見せる顔ではありませんでしたな……。しかし、大丈夫です。恐らくこの憂鬱もレフィ――」


 その時、話に割り込むよう勢いよく入口の扉が開け放たれた。


「シスちゃん、トキヤ! 大変や! トキノが!」

「どうした⁉ うわっ――」

「きゃっ――」


 血相変えたカレサが飛び込んできたかと思えば、続くドン! という大きな音。体が跳ねそうなほどの揺れが辺りに生じる。


「な……んだ今の揺れは」

「痛っつぅぅ……あーせや、あのな! 突然、石でできたごっつい化け物が村に現れてん! それでトキノのやつが、ウチを逃がすために残って!」

「嘘だろ……くそ、あいつ!」

「トキヤ君!」


 システィアの呼び止める声を置き去りに、トキヤはレストランを飛び出した。

 暗闇の中をがむしゃらに走る。

 製錬街を後にしてからトキノを交え、今日だけでもそれなりの数の魔物と戦った。特に多く戦ったのは、比較的弱い部類に入る黒犬型の魔物。

 確かに最初の頃はトキヤも手こずった。だがトキノはそれに輪をかけたかの如く、まともに攻撃すら当てられずにいた。それを知っていれば、今がどういう状況か嫌でも分かる。長くは保たない。

 だからこそ走りに走る、頭を掠めたあの嫌な予感を払拭するために。


 地面を揺るがせた音はどこから聞こえた? あちらこちらに顔を向け、一度後ろを振り返ってみるがシスティアの姿はない。

 着いてきてくれなかったのか? いや、自分が勝手な行動をしてしまっただけだ。けれども、これが間違いだとは思いたくなかった。きっと、彼女も今頃追いかけて来てくれてるはず。そう信じるしかない。


「……! うおっ!」


 またもドン! という音が鳴り響く。

 近い、もう目と鼻の先だ。今は何も考えず、舗装されてない道をただ走る。そして、ようやく見つけた。


「トキノ!」


 民家の角を曲がった先で、巨大な建造物が闇の中で白い和服を襲っている。

 いや、建造物ではない。トキヤの身長を三倍は優に超える巨大な石人形。どういう原理で動いているのか理解が及ばない、それはRPGの世界でゴーレムと呼ばれる物によく似ていた。


「……トッキー? あは、もー遅いですよー」


 振り返ったトキノが朧の中で笑う。

 下から抉り上げるかのように、和服の少女を目標にした石の腕。間に合わない。いや、間に合わせるんだ。時魔法を使えば、きっと――


「時魔法―時の加速(クロノアクセル)―!」


 フレーズを口ずさめば、途端に回り全ての動きが鈍くなっていく。その世界の中でもトキヤだけは何の阻害も受けず、ただただ地面を蹴り続けた。

 届く、間に合う! 今にも当たりそうな石腕から辛うじて彼女を救い出せる。

 やっとの思いでトキヤが彼女の体に触れた瞬間、


「……⁉」


 毛穴という毛穴から凍り付きそうなほどの汗が噴き出した。

 動かない、まるで鉄のかたまりだ。トキノの体はトキヤの意思と反するように、ビクともしない。

 突如、ドンと押されるような感覚にトキヤが仰け反り、トキノから離れてしまう。

 押された、トキノに。なんで、どうして――

 瞬く間に時の流れが戻り始める。そこからは絶望の光景。


「ぴ」


 彼女の最後の言葉は、もはや意味を成すものではなかった。

 振り抜かれた石槌はいとも簡単に少女を形取っていたものを砕き、ビシャッという音と共に民家の壁を赤く染めた。


「そ……んな、嘘……だ」


 狂った世界。あってはならないことがまさに今、起こってしまった。


「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁぁああぁっ!」


 トキヤは両手で頭を掻きむしり、現実逃避に縋る。

 ああ、失念していた。時の加速(これ)で生物を動かすには、とても強いイメージが必要だった。そうジョシュアから訊いていたはずなのに。

 物言わぬ石人形と赤いシミ。

 続く目標をトキヤに定めたそれが、星屑の剣閃の下に崩れ去ったとき、トキヤの耳に届いたのは謎の声だった。


『嘘じゃない、これは現実だ』


 §


「……!」

「? トキヤ君?」


 目に映るのはキョトンとした顔のシスティア。

 ここはどこだ? 見回すとすぐに気づく。食事処、レストランだ。既に料理は届いていて、トキノの姿は――ない。


「戻った……? ……じゃねえ! システィ、頼む! 何も言わずに着いてきてくれ!」

「えっ、ちょっと――」

「早く!」


 トキヤがシスティアの手を取り、レストランを出ると血相変えたカレサがこちらへ向かってくるのが見えた。


「シスちゃん、トキヤ! 大変や! トキノが!」

「ぐっ、もうかよ……! ……⁉」

「えっ、なに……?」


 ドン! という音と共に視界が揺れると、突然地面からトキヤとシスティアたちを分断するように人の手のようなものが飛び出した。

 じわりじわりと這い出てくるのは、人とは言い難い。いや、人の成れの果て、骨の化け物。分かりやすく言うならばスケルトンか。それも数体程度ではない。


「うわわ、なんなんこいつら……ひぃ、こっちからも! シ、シスちゃん……!」

「くっ、カレサは私の後ろに! トキヤ君! ここは私に任せてトキノを助けに行ってあげて!」

「ダメだ……それじゃダメなんだよ! システィじゃねえとトキノは!」

「でもっ! カレサをこのままにはしておけないでしょ⁉ お願いトキヤ君! うっ!」


 黄泉の国へと誘う腕をシスティアは躱し、これ以上カレサには近づかせないと星屑の剣を抜いた。


「っぐぅぅっ……くそ! くそ! くそっ!」


 システィアさえいれば、この危機を脱することができると思っていた。しかし現実は甘くなく、トキヤを苦しめる。

 システィアがどうしてすぐに追いかけてきてくれなかったのか、これで理由がはっきりした。

 それが分かったとしても同じだ。このまま行ってもさっきと同じ。システィアが来てくれる頃にはトキノはあのゴーレムに殺される。


 今回助けられなかったらどうなる? ミリアのときは二度目で成功した。成功したから進んだ? まさか、都合が良すぎる。失敗して進んだらどうなる? 知っていて、みすみすもう一度繰り返すのか? あり得ない。失敗なんてしてはいけない。もう一度なんてものは、もう来ているのだ。次はないと思った方がいい。

 だが、どうする? どうすればこの状況を打破できる? システィアもいない、一人で倒せるかどうかも怪しい。そもそも、戦う前に間に合うかどうかすら瀬戸際なのだ。

 ぶっつけ本番で失敗した時魔法を再度使うか? それは最後の賭けではないか? ではどうする? ならもう、自分がしていない行動を起こすしかなかった。

 呼べ、呼ぶんだ! 無意味かもしれないが、助けてくれる誰かを。このナインズティアには自分よりも強い誰かはいくらでもいるはずだと。


「誰か、誰か! 手を貸してくれっ! 人が襲われてるんだ!」


 たとえ弱くてもいい。ほんの数秒だけでも時間を稼いでくれる人さえいれば、戦闘に持ち込める。そうすれば守れる可能性だって出てくる。

 何度だって叫ぶ。今はそれしか方法がない、到着するまでの間、誰か手を貸してくれる人を。

 それからも叫びに叫び続けた。だがやはり、声に応えてくれる人はいない。

 みんな怯えた顔をしていた。こんなに叫んでいたら魔物が現れたんだとしか思わないだろう。普通に考えて、そんな危険に自ら出て行こうなんて思う方が間違っている。過去のトキヤだってそうだったのだから。

 また地面が揺れる。これが最後の揺れだ。そしてここを曲がればトキノが見つかる。最適解を見つけられないまま。

 もうやるしかない。一か八か時魔法で、触れている生物を動かすという強いイメージを持つしか。


「トキ――⁉」


 民家を曲がって叫ぼうとした時、トキヤは声を失った。

 ゴーレムが振りかぶった石の腕、それは想像よりも早い段階で打たれていた。

 間に合わない、もう時魔法を使っても――

 叫び続けたせいか? それとも、あの地面から現れたスケルトンたちに戸惑ったからか? その答えにもう意味はない。

 何もできず、このままトキノが死ぬのを見なくてはいけない。


「誰か! あいつを……あいつを止めてくれぇぇぇっ‼」


 耳をつんざくほどの強烈な音にトキヤが目を伏せた。理由はもうトキノの死ぬ姿を見たくなかったからだ。

 けれども音は、骨を砕き、肉を裂き、壁に血しぶきを弾けさせるようなものではない。

 恐る恐る目を開けると、巨大な光の鎖に体を縛り付けられているゴーレムの姿と石拳の前でへたり込んでいるトキノの姿。

 光魔法だ、システィアが間に合ってくれたんだ。トキヤが後ろを振り向くとそこには。


「聞こえたわ。助けを呼ぶ声が」


 システィアではない。

 年齢も身長もシスティアと同じくらいだがその長い髪は白銀で、金のティアラが飾る。

 気の強そうな釣り目の虹彩は美しいエメラルドグリーンで、肩を露出させたワンピースドレスは白を基調とし、若干の赤と金模様で彩られている。

 特に一段と目を引くのはその手に持つ杖、先端に白い魔石が付けられた身の丈を越えるほどの大きな杖だ。

 ナインズティアの知識に乏しいトキヤでも分かる。『この人は魔導士(ソーサラー)なのだと』。それほどに印象深かった。


「薄明よ、我に仇なす者に光の鉄槌を! 穿て! 光魔法―光芒一閃(セレスティライト)―!」


 少女は開いた左手を持ち上げてグッと拳を握ると、文字通り一閃、縛られたゴーレムの下からキャノン砲が如く光が巨体を打ち抜いた。

 とてつもない貫通力。彼女は岩の化け物を一撃の下に両断、霧散させると杖をコツンと地面に突き微笑んだ。

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