時刻94 王都への旅立ち、製錬街グランフリードを後にして
「ん、んんー……名前がない」
ディーナが鞘に添付してくれていた紙を読みながら、頭を掻くトキヤ。
「さっきから頭を悩ませてどうしたの?」
「いやな、背のバックルに鞘の付け方とかは書いてあるんだけど、この剣の名前を探してもどこにもなくて」
鞘は以前のように腰より少し上に装着してるわけではなく、槍とクロスするような形で取り付けられている。左手でいつでも取り出せるよう柄は左肩の上だ。
「実は名前のある武器の方が珍しかったりするんだよ。一級品とかならともかく、ヴァルキュリアスは珍しい方」
「えぇっ! じゃあ、この剣ってなんて呼べば……」
「聖鉄剣でいいんじゃないかな……? スピニア聖鉄で造られたものは大抵そう呼ばれるし」
「それじゃ味気ないだろ! とはいえ、ディーナが二級品って言ってたし……エクスカリバーとかつけるのはちょっと」
「トキヤ君剣とかは⁉」
「自分でトキヤ君剣って言うのかよ⁉」
ひゅーひゅーと下手な口笛で誤魔化す辺り、システィア的には真面目に考えていないのだろう。とりあえずトキヤ君剣は却下され、代替案で聖鉄剣ということになった。変な名前がつけられなかっただけ儲けものだろう。
旅立ちの時間まではもう少し猶予がある。ギルドの依頼漬けで、ゆっくりと街を見て回ることができなかったトキヤたちは、見納めとして市場を巡った。
途中、品物調達で忙しそうにしているカレサと出会えば、昨日のお礼を告げてはまた後でと別れる。
そんな何気ないひとときを過ごした後、白黒猫の宿に戻ってくるなり真っ赤な顔をした人物が玄関を陣取っていた。
「あああああっ、帰ってきた! 私、置いていかれたんじゃないかって心配したんだよー⁉」
「あーそういや、トキノを連れてく約束だったっけ……」
「酷い! 忘れてたような感じで言ってる!」
「まぁまぁ……。トキノ、ただいま。イザベラには言ったんでしょ? どうだった?」
「うんっ! おっけーだって! 正直ダメだって思ってたけど、イザベラさん案外チョロかった!」
その瞬間、ガツーンと星が舞いそうな程のゲンコツがトキノの頭に落ちる。
「誰がチョロいよ、本日付で首にしたのよ」
「ふぇぇーん……痛いよーミーティスぅ……」
「ん、トキノ。くっつかないで、暑い……」
宿前に整列したそれぞれ。
ミーティスに抱きついて頬をスリスリするトキノには目もくれず、システィアがイザベラを見上げる。
「イザベラ」
「何かしら」
一触即発の危機感。クレアの件については既に話しているが、システィアがまともにそれを聞くとは思えなかったのも事実。イザベラに自身から問いただしたいという気持ちも汲み取れないわけじゃない。
トキノも異様な雰囲気を感じ取っているみたいで、ミーティスを抱きながらおずおずと二人を見上げていた。
そして、システィアが動く。
「……? この手は何?」
何かが起きるんじゃないかと思われたが、システィアは手を前に出しただけ。
「すごくお世話になったから。ありがとうの握手とかしちゃ……ダメかしら?」
「プッ……ふふふふ、あははははっ!」
失笑するとイザベラは差し出された白い手を握り返し、軽く振った。
「そうね、すごくお世話したわ。気が向いたら、また泊まりにいらっしゃい」
「そうするわ。今度からは正規の値段で構わないし」
「ふふふ、目が飛び出るほどの値段くらいにはなってるわよ」
そんなことをイザベラが言うと、ブラックジョークにすら思えてくる。
一時はどうなるかと思われたが、杞憂だったのかもしれない。どんな形であれ冗談が交わされているならば、もう険悪にはならないだろう。
「いやぁ、どうなるかと思いましたねー……」
「ぐー苦しい、トキノ」
「ああぁぁ、ミーティスが茹で蛸みたいに……! 大丈夫⁉ 誰にやられたの⁉」
「おめぇだよ……」
トキトキコンビのコントにシスティアは笑い、イザベラはまたトキノの頭をしばいていた。
そろそろいい時間だ。トキノはイザベラたちと対面するように、トキヤとシスティア側に立つと、頭をぺこりと下げる。
「イザベラさん、不束者でしたがありがとうございました! 王都に行ったら一発すごいことして、イザベラさんを驚かせちゃうんですから!」
「ふっ……くくっ、トキノが一発ねぇ。違う意味で期待してるわ」
「あーっ! その笑い、全然信じてない! ふんっ、いいですよ! こっちには凄腕の商人さんがいるんですから、儲けに儲けて国中に名を轟かせてやります!」
「トキノ、指名手配にならないようにね」
「ミ、ミーティスまでー!」
そのやりとりにトキヤとシスティアも笑えば、最後に別れの挨拶となる。
「イザベラさん、本当にありがとうございました。俺みたいな奴に修行を付けてくれて」
「ちょっとした気まぐれよ。でも、楽しかったわ。また刻ませて?」
「イ、イザベラ! そういうのは――」
「ジョークよ、ジョーク。炎星姫には冗談も通じないのね」
はははとトキヤも背筋に冷や汗をかきながら次に挨拶する人物、ミーティスに目を向ける。
トキヤは跪くと、過去にミリアとした別れを思い出した。
「これ、あげる」
「……? これって、この前の鍵?」
「とは違うクローンキー。二つ付いてたでしょ? その片一方。開けられない物の方が多いし、複製品だからすぐダメになっちゃうけど、トキヤの役に立つかもしれないから」
「……ありがとう、ミーティス。じゃあ、言葉に甘えてもらっておくよ」
「うん」
小さな手からファンシーな鍵を受け取ると、首に手を回され、ギュッと抱きしめられる。
「トキヤ、気をつけてね」
「あ、ああ。ミーティスも体に気をつけてな」
上擦り声でトキヤが返答する。
どうしてこんなに懐いてくれているのか理由は不確かだが、女の子から抱きつかれるのは満更でもない。
「ふぅん、やっぱりトキヤ君って女の子たらしなんだ」
「そういうのあまり感心しないわよ」
「トッキーだけいいなー」
一人だけ少々違う視線が混じっている気がするが、どれもあまりいい視線でないのは確かだ。
「いや、これはその……あー、と、とにかく! ミーティスも終わり! そろそろいくぞ!」
いたたまれなくなったのかトキヤは、一目散にカレサが待っているであろう製錬街入口へ向かっていった。
「あ、逃げた」
「逃げたわね」
「ミーティスぅ、フラれちゃったねー?」
「……? フラれた?」
余計なことを吹き込むな、と言わんばかりにイザベラはまたトキノの頭をしばき、そして告げる。
「さ、そろそろ行ってらっしゃい。じゃないと置いていかれるわよ」
「そうだね。イザベラ、本当にありがとう。ミーティスも」
「ん、システィアも気をつけて」
「うーなんで私だけこんな目にぃ……行ってきま~す」
システィアにとっては少しの間、トキノにとっては長いときを育んだこの白黒猫の宿。
それぞれ違う思いを秘めながらこの場所を後にすると、その行きがかりでトキヤが待っていた。
「よっ。別れは済ませてきたか?」
「あ、うん。少しの間だったけどやっぱり名残惜しいね。トキノは大丈夫?」
「なんだか今頃になって寂しくなってきたような……。けど、もうカレサさんのところに荷物置いてるし、首になってるし……あれ、そもそも帰れない⁉」
「準備いいな、おい。つーことは一緒に行くってことでいいんだな?」
「うん! 私、王都に行きたかったんだもん! 寂しさはこの街に置いていくことにするよ!」
「いいこと言ってるように聞こえるけど、そうでもないんだよね……トキノの言葉って」
「システィまで辛辣⁉」
そんな言い合いをしている間に、到着する製錬街の出入口門。初めてこの街を訪れたときも、今も、変わらず息を呑むほどに圧倒的だ。
視線を変えて人が屯している場所を窺えば、街から出るための手続きを行っているカレサの姿が目に入った。
「カレサ、お待たせ」
「おーシスちゃん。トキヤとえっと……トキノやったね。ええところに来たわ、もうぼちぼち出られるで」
「とうとうこの街に別れを告げるときが……あぁ、さらば製錬街」
街の方を見ては両手を組んで、何に祈りを捧げているのか分からないトキノ。その行動にカレサも苦笑いを浮かべている。
「き、昨日から思うてたけど、トキヤより強烈な子やね……」
「比較対象に俺をあげるなって」
三人は衛兵に自身の身分証を見せると、チェックが終了する。
それじゃ、今日もよろしく頼むぜ。トキヤがそう頼めば、カレサから任しときと元気な返事が戻ってくる。そして、乗り込んだ角車の荷台。システィアとトキノを引っ張りあげる。
「ありがと、トキヤ君」
「トッキー優しいよねー。けど、ミーティスみたいに私は落ちないぞー?」
「だーっ! そういうのじゃねぇから!」
残念感漂うトキノではあるが、女の子にこう言われると気恥ずかしさと、ちょっとした嬉しさが込み上がってくるのは男の性が原因だろうか。
釣り銭を受け取るとき、手に触れられただけで『こいつ俺のことが好きだな』なんて思い込んでしまうのと同じように、男は勘違いで生きていけるものなのかもしれない。
「トキヤ君、ニヤニヤしてる……」
「流石にキモいよ、トッキー」
「くっそ……これも愛情の裏返しとして勘違いで済ませてぇ……」
途端、荷車が揺れ、角車が走り始めたことに気づく。
「ぼちぼちいくで。目的地は王都ブルーインズ・リブレリーフ!」
「ブルーインズ・リブレリーフ……それが王都の」
「そう、名前。到着すれば、私たちの旅が一旦終わりを迎える場所」
「そっか。システィたち、王都が目的地って言ってたね。短い間かもしれないけど、魔物が出たら私も戦うから、よろしくね!」
「えートキノ、戦えんのか?」
「失敬な! こう見えてもそれなりに強いんだよ? えっとーこの辺りに確かー……あった!」
ビュンと勢いよく取り出したのは薙刀。同時に裂帛を引き裂いたかのような音が鳴り、トキヤとシスティアが上を見上げる。
刃が皮製の天井を突き破っている。その音はどうやらカレサにも聞こえていたようで、青い顔で振り返っていた。
「トトト、トキノぉぉぉ! アンタ、ウチの角車に何してくれとるん⁉ これじゃ雨風凌げなくなるやんかっ!」
「え、えへ……。ちょ、ちょっと風通しのいい職場にしようかなーとか思ったりして……?」
「あーせやな。ついでにお天道さんも見てくれとるし、明るい職場ーってアピールもできてぎょうさん人が……」
………………。
…………。
……。
「入ってくるわけあらへんやろ! そもそもウチが欲しいのは社員やなくてお客さんや! ボロボロの角車乗ってるところに誰が来んねん!」
「わぁぁぁぁ! ごめんなさいぃぃ!」
「あはははは! もートキノ、カレサ、笑わせないでよー!」
「ウチのせいやあらへんのに! もうひっくり返りそうやわ……」
「亀だけにな」
「せやな、角車は亀が引いてるしな♪ ってやかましいわっ! なんなんこのトキトキコンビ!」
「もー! トキヤ君まで、乗らなくていいからー!」
「角車だけにぃー?」
「あはははははは! も、もぉー二人とも! そういうので攻めて来ないで!」
いえーいとトキトキコンビはハイタッチをして、にこやかな笑顔を浮かべる。
笑いには勢いが大事ではあるが、大抵の物に勢いをつけると失敗することが多い。そして、勢いづけた物は、違う形となって自身に返ってくることもある。
「なぁ、トキヤ。トキトキコンビの連帯責任でトキヤも天井の穴塞いでな?」
「えっ」
風に靡かれ、パタパタと天井に開いた穴が笑っている。まさかこんなことになるとは、彼は想像したであろうか?
車輪が回る、同時にそれは王都へと近づいていく。始まった旅がいつか終わりを迎えるように、時は止まることを知らず流れていた。




