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時刻91 謎の宝石箱

 夕暮れの街並み。フロルミレーネ討伐の報告を終え、トキヤは一人街に繰り出していた。


「先に帰ってて、なんて……。全然待ったんだけどな」


 ギルドで調べたいことがあると、リーザに言って資料置き場に同行していったシスティア。

 通常の一般客は入れない場所だったが、どうしてもという断固な意思と真剣な眼差し、そして多くの緊急依頼をこなしたシスティアにリーザは根負け。彼女だけなら、という例外の元で通してもらっていた。


「クレア……クレア、か。どんな人だったんだろう」


 クロクニアの短剣の持ち主だったというアルフレドの妹君。フローレンスの町で起きた事件以来、未だ消息が掴めてないままだ。生きていればシスティアと同じ十七歳だが、人物像は想像の中でしか計れない。

 大きな街であるここで、多少なりとも情報が見つかればいいのだが。


「考えてても仕方ねぇか。今回はシスティにも随分迷惑掛けたし、この金で何か買ってくかな」


 歩き出そうとしたとき後ろからポフンと音がし、軽い衝撃が走る。


「トキヤ、見つけた」

「お、ミーティス?」

「こらー! ミーティス、勝手に走っちゃ――って、わぁぁぁぁ!」

「え? おわぁぁぁぁっ⁉」


 すごい勢いで突撃してくる剛速球(からだ)を間一髪のところでミーティスは躱すと、トキトキコンビは出会ったときとさほど変わらない大クラッシュを起こしていた。


 §


「あははー……悪いね~トキヤ君。でも君の尊い犠牲があったから、私はこの通り無事だよ!」

「そいつぁは良かったな‼ つーか死んでねぇし! いててて……にしてもミーティスが巻き添えを食らわなくてよかったよ」

「うん。トキノは考えなしにぶつかってくるから命がけ」

「ガーン! ちょっとしたスキンシップじゃないさー!」

「そのスキンシップをイザベラさんに当てて来いよ……」

「それは無理。私の首が飛ぶから」


 ニパっと笑い、なぜか偉そうにふんぞり返るトキノ。

 確かに背後から悪質強襲(タックル)しようものなら、一つや二つくらい飛ばされてもおかしくないだろう。認識がおかしいと思えないところにトキヤは苦笑いを浮かべる。


「あれ? そういえば、システィは?」

「ギルドで調べ物だってよ、クレアっていう幼馴染みの行方を探してるんだ。トキノもなんか知らないか?」

「んー? クレア……クレア、あ、クレア! 知ってるかも!」

「うそっ! マジか⁉」

「うん! クレアおばさん! 私行きつけの食材屋さんの主だよ!」


 ――ああ、一瞬だけ期待した俺が馬鹿だった。

 トキヤは虚ろな目でトキノを一瞥すると、一向に離れようとしないミーティスに顔を向ける。


「え? なんでそういう目をするの? おーい! トキヤくーん? トッキー?」

「激しく突っ込みてぇが我慢して……。ミーティスはなんでトキノと一緒に?」

「ん、イザベラに買い物を頼まれて。市場に行く予定だったけど、トキノがあっちこっちに行くから」

「違う違う! ミーティスがだよ!」


 これはどっちが本当のことを言っているか分からない。トキノもトキノだが、ミーティスもミーティスだ。初めて見かけたときも、ふらふら移動していた。


「けど市場か、ちょうどいい。俺も荷物運びくらいにはなれるだろうから一緒に行くよ」

「ホント⁉ なら、三十日分くらい買っちゃえー!」

「おー」

「流石に無理だし、腐るだろ……」


 § 製錬街グランフリード 市場


 食材屋から薬屋、アクセサリー屋の露店が立ち並ぶこの市場。夕飯時だからか、まだまだ活気が衰える気配はない。


「こっちは終わりー。トッキーはどう?」

「その愛称固定されたのかよ……。まーうん、ちょっと迷ってる。ペンダントにしようか、それとも……ブレスレットにするか……」


 初めてぶつかったときと変わらない量の食材を買い込んできたトキノ。様々な物を取り扱っている露店を見ていたトキヤは首を捻っていた。


「男の子だねぇ。私にも何か一つあってもいいんだよ?」

「一つもねぇよ……」

「ならトキノ、これ」

「ん? ひぇっ」


 死の首飾りだろうか……。それほどまでに骸骨のモニュメントが鏤められたネックレス。とんでもないのをミーティスは選んだものだ。


「お気に召さないみたい」

「だからって俺の方に向けないでくれな……。もしシスティにプレゼントしたら、嫌われること間違いなしの一品だぜこれ」


 店主には悪いが、こんなジャンク屋っぽいところにろくな物なんてないのだろう。そもそも選ぶ場所が間違っているのだ。

 違う場所に行こう。そう思ったとき、トキヤの目の端で何かがキラリと光った。

 手に取ったのは埃で薄汚れた長方形の赤い箱。開けてみようとするも、鍵が掛かっているのか上手く開かない。


「……なぁ、親父さん。これいくら?」

「あん? そこに書いてあんだろーが、なんでも一律五百ゼル。――でよ、がははは!」


 隣の店主と話をしていて、やる気の欠片さえ見えない。トキノはこっそりとトキヤへ耳打ちをした。


「トッキーそんなの買うの? 錆々だし、買うならもっといいお店あるよ?」

「そう……なんだろうけどな。でも、なんだかこれが気になって。もし開けることができて、すごい宝石が入ってたらすげぇだろ?」

「ってことは一攫千金っ⁉ トッキー、それ私が欲しい!」

「売るつもり満々じゃねぇか! ダメだダメだ、開けて良い物が入ってたらシスティに渡すって決めてんだから」

「むーじゃあ、良い物入ってないの呪い~」

「こらやめろ! とにかく親父さ――」


 トキノと言い合いをしていたら、いつの間にか店主は店前へと出てきていて張り紙を変えていた。


「悪ぃな、この通り値上げした。今は一個五万ゼルだ」

「はぁ⁉ 話を聞いてたからって流石に百倍は足下見すぎだろ!」

「そうだよ! 私だって宿の代金を大幅値上げしたらすっごい怒られたんだよ⁉」

「だーっ! ややこしくなるからトキノは入ってくんな!」

「嫌なら買わなくてもいいんだぜ? 明日には売り切れてるかもしれんがな! がはははは!」


 卑しい笑い方をする店主。こういう人物に限って金銭面の頭の回りは早い。

 流石にフロルミレーネを倒したと言えど、皮袋に五万ゼルは入っていない。


「んじゃそれ、ウチが買うわ」

「あん?」


 聞き覚えのある声、そして独特なイントネーション。トキヤが振り返るとそこには。


「カレサ!」

「カレサ? ……お前がカレサ・ミリオーネアか?」

「せや、人呼んでウチが豪商カレサ・ミリオーネアや。あんさん、いけませんなぁ。客を目の前に違法な値段の吊り上げとかしてたら、商人としての居場所を失うことになるで」

「な、何ぃ?」

「商人法五十一項、適正価格からの大幅な吊り上げ行為の禁止。やりたいんならオークションとかで身元がバレんようにやるのがええで?」

「だからなんだ⁉ これにはそれほどの価値があるかもしれんだろ⁉」

「自分が開けられん宝石箱にそれほどの価値はない。やるなら最初から、『これはとても貴重な品です』と言いたげな値段設定しいや。禁止されとるのは吊り上げなんやし、吊り上げたいなら王都に行ってオークションだせって言っとるねん。せやけど、アンタにはその手数料すら払えんやろうからウチが代わりに買ったる。もちろん適正価格でやけどな」

「う、ぐ……」

「ま、五百ゼルというのも流石に安すぎや。ウチも鬼やないし軽く見積もって、五千ゼルくらいなら出したる。それでも設定した値段の十倍や」

「カレサ、待ってくれ! 五千ゼルなら俺でも出せる!」

「……って言っとるけど、どうするん?」


 店主は心底悔しそうな顔をしながら、言葉を絞り出した。


「……分かった。手を打とう、五千ゼルで」

「やって。ウチはトキヤと競るつもりないし、五千ゼル払えばトキヤのもんやで」

「カレサ……悪い、ありがとう」


 トキヤは五千ゼル札を払うと、店主はバタバタと店を畳み始めた。

 仕事は終えたという感じで去っていくカレサの後をトキヤたちは追う。


「カレサ、さっきは本当にありがとう」

「すごいよ! あの悪徳店主、一瞬で店を畳んでたし、相当悔しかったんだろうねー!」

「どうやろうね。ああいうのは、ほとぼりが冷めるまで消えるのが常套手段やし。それにウチも言葉に嘘を混じらせたし」


 カレサの言葉に疑問を浮かべるトキヤたちだが、その中でいち早く答えたのはミーティス。


「『開けられない宝石箱に価値はそれほどない』」

「……そう、一種のトレジャーやしな。だから買い取り価格を高くしてしもた……って、あれ⁉ なんで君ここに居るん⁉」

「あ、あーカレサ……これはかくかくしかじかで……」


 ミーティスの姿を見て、帰ったはずのミリアがなぜかここにいることに混乱するカレサ。

 積もる話もあるわけだしそれも含めて少し休憩でも入れよーとトキノに提案されれば、四人は近くの飲食店へと立ち寄ることにした。


「ふーん。不思議な縁もあるんやね」

「へぇ、ミリアって子がミーティスにねぇ」

「けど、この通りミーティスはミリアを知らないし、ミリアもミーティスのことを知らないと思う。過去のことを聞いてもミーティスの名前は出なかったから」


 カレサは飲み物を一つ口に含むと、話を続けた。


「で、トキヤたちはどうするつもりなん? これを伝えるために王都行きを遅らせるん?」

「いや、このまま予定通りで行くと思う。システィが手紙を書くって言ってたしな」

「それなら安心や。ウチもかなり稼いだし、で王都に行くのはいつ頃になるん? ウチは明日でもおっけーやけど」

「え? ちょっと待って! トッキーたちって王都に行くの⁉」

「そうだけど……あー言ってなかったっけ?」


 その言葉を聞くや否や、トキノはテーブルに頭を擦りつけ、両手を合わせた。


「ねぇ、トッキー! 私も連れてって! ずっと王都に行くのが夢だったの!」

「え? ええっ⁉」

「また急やな~」


 いきなりの要望にトキヤは素っ頓狂な声を上げることしかできなかった。そもそも問題がありすぎるからだ。


「でも、トキノは白黒猫の宿で働いてるだろ? イザベラさんのこととか……どうすんだよ」

「雇われてるだけだから! お給金低いし、ブラックだし! そもそも人入らないし! 何度も首になってるから! それにカレサは王都で店を開くんでしょ⁉ 私、カレサのところで働きたい!」

「な、なんでウチのところなんや……」


 恐らくも何も、カレサが持っている大量のゼル袋が原因だろう。


「まぁ連れていくだけなら、システィも別にいいって言うだろうけどよ……」


 チラリと覗き見るは、ジュースを飲んでいるミーティスのこと。

 トキヤの視線に気づいたのか、コトンとグラスを机に置いた。


「わたしは別に寂しくない。トキノは前から王都に行きたいって言ってたし、イザベラも知ってる」

「そっか……。じゃあとりあえず、システィにはそれとなく話しとくけど、イザベラさんはトキノの方でどうにかしろよ? 部外者の俺らが口出しはできねぇだろうからな」

「ありがとーっ! でも……うぇぇ、怒られるかなぁ……。今までうん百回とやらかしてきたし、ちゃんと最後のお給金もらえばいいけど……」

「ウチ、この子雇うの決定事項なん……? 不安要素しか吐かんのやけど」

「そこはカレサ自身が決めてくれ……」


 少々駄弁った後、支払いはトキヤ持ちにされつつもようやく帰ってきた白黒猫の宿。しかしイザベラの姿はどこにもなく、宿内はがらんとしていた。


「よかったーサボりがバレなくて! じゃっ、私は仕事に戻るので!」

「お、おう……」


 バビューンと宿の奥へ消えていくトキノ。どんなに似ていたとしても、シグレとは似ても似つかないくらいの天然っ子だ。


「システィも帰ってきてない……みたいだな」


 これだけ慌ただしくしていれば、部屋から顔を出すのが彼女だ。それがないということは、未だクレアの行方について調べ続けているのだろう。

 クイクイっとマントの裾が引っ張られる。


「お? ミーティス、どした?」

「さっきの箱」

「ん? ああ、これか……帰り際にも頑張って開けようとしたけど、ビクともしねぇな。お詫びの品なんて思ってたけど、結局これだけしか買わなかったし……だからってこれを渡すのはちょっとやべぇな……」


 ミーティスが貸していう感じで両手を掲げている。

 その古びた箱を小さな手に乗せると、ミーティスは上下左右、軽く調べるように見回した。


「はは。俺も同じように見回したけど、やっぱ開けれそうなとこは蓋だけだったな」

「…………」

「……? ミーティス?」

「トキヤ。この宝石箱、ロックの魔法が掛かってる」

「え? そんなこと分かるのか⁉」

「うん。なんだか、ぽわぁっとしたものが見える」


 どんなに目を凝らし確かめてみても、ミーティスの言う『ぽわぁ』としたものは見えない。

 不思議な子だ。魔法が使えないはずのミーティスには見えて、トキヤには見えない概念。

 だが、今のトキヤにロックの魔法を外す手立てはない。掛けられていることが分かっただけでも充分な成果か。

 ミーティスはおもむろに首の下、服の中から紐を引っ張り出すと、十センチ程度のファンシーな形をした二つの鍵が現れる。

 その中の一本を手に取ると、赤い箱に向けた。


「トキヤ、開けて欲しい?」

「開けれるのか……?」

「うん。これ、古代道具(アーティファクト)だから。使えるのと使えないのがあるけど、多分これには使える」

「その鍵が……。はは、俺の使えない携帯電話(アーティファクト)とじゃ、天と地ほどの差があるな。……じゃあ、開けてもらえるか?」


 ミーティスはコクリと頷くと、鍵の先端で赤い箱の上蓋を叩いた。

 カチャリ、音がする。

 そして、それはゆっくりと開いていった。

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