時刻8 その手に出会いの一輪を
§ フローレンスの町 噴水広場
高台にあるフローレンスの屋敷から出発して、町の麓まで降りると見えてくるこの大きな広場。中央には蒼い石から扇状に水が吹き出すモニュメント。いわゆる噴水に良く似たものが設置されており、ここは町の憩いの場になっている。同時に町の出口も存在し、商人たちがやってきては去っていく場所。
思ったよりも服選びに時間を取った三人は、休憩するためにもここへ立ち寄ることになった。
「んーっ! やっぱりここは落ち着くなぁ」
「システィはここがお好きですもんね」
「綺麗な場所だな……よく来るのか?」
「居心地いいからね、特に子どもの頃はよく来てたかなー」
ふと子ども時代を思い出したのか、一瞬だけシスティアの顔が暗くなる。しかし上書きするように笑顔を繕うと、それに気づいたのかシグレは少しだけ顔を背けていた。
「私、システィの好きなアイスクリームを買ってきますね。トキヤさんの分も!」
「え、それじゃシグレ、俺も――」
「行って参ります!」
割り込むように言い切ると、シグレはトキヤの声も聞かず走り去ってしまった。
「……シグレに気づかれちゃったか」
近場にあったベンチへシスティアは座ると、ばつが悪そうな表情をしていた。
「ん? 何かあったのか?」
「まぁ、昔の思い出。……ちょっとね」
それを最後に、口を閉ざしてしまう。
二人の間に流れる沈黙、だが静寂さはない。
水が水へと叩きつけられる音が辺りを包んでいたとき、二人の前へ幼い少女がやってきた。
「あ、あの! お花を、お花を買っていただけませんか……? 一本、一ゼルです……」
どうやら花売りの少女のようだ。
身長は140cmくらい。少しだけ外側にカールしている横髪が特徴的で、後ろ髪は腰以上に長く伸びている。元は金色の髪だったのだろう、今は茶色がかっておりお世辞にも綺麗とは言えない。同じく服もすり切れたぼろ布のようなもので、右手に持ったカゴに咲く花では彼女を美しく見せることはできなかった。
現代にも花屋は存在するが、花売りの少女というものをトキヤは見たことがなかった。
段々と小さくなっていく声は、今回も売れないだろうという自信のなさからか。だが、懇願するようにトキヤを見つめる目は、もしかしたら……という希望が灯っていた。
買ってやりたいのは山々だ。しかし、トキヤはナインズティアの通貨を一ゼルすら持っていない。
そんな意思を継いでかシスティアは彼の横を通り過ぎると、膝を折り、少女と同じ目線に立った。
「一本、頂くわ」
そう告げると少女の顔はパッと明るくなり、システィアに似合う赤い花を一本差し出す。それを受け取れば、今度はシスティアが一ゼル硬貨を手渡した。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「こちらこそ。うん、いい香り……フロリアローズね。トゲ取りもされている、大変だったでしょ?」
「わ、分かりますか? えへへ……」
目視した感じでは、普通の赤い薔薇であるフロリアローズ。
フローレンス近辺で自生し、特定の条件下で突然変異が起こる品種なのだが……。起こらなければ現代の薔薇とさほど変わらないもの。
少女がカゴに咲かせているのはフローレンス近辺でよく見かけられる品種ばかり、一番価値の高いであろうこの薔薇でさえ、売れないのも仕方がなかった。
トキヤも彼女のために持ち合わせがないかと執事服のポケットの中身を弄るが、見つけたものは。
「う、百円玉か……これじゃ買えないしな……。いや、待てよ?」
いい事を思いついたのか、トキヤが二人の元へと近づき提案した。
「君に今から不思議なことを見せる。花が買えない代わりで悪いんだけど、見てってくれないか?」
「ふしぎなこと……?」
言われるがままに、システィアと少女はきょとんとした表情でトキヤを見つめた。
「いいか? ここに、えーっと……百円玉と呼ばれるコインがある! これをこう握って――」
左に持っていた百円玉を、右手に持ち替える。そして、持っていたコインを揉みしだくようにすると――
「ほい!」
「えっ! 消えちゃった⁉」
「すごいわ! 魔法……じゃないわね、一体どこへ……」
右手に持っていたはずの百円玉が消えたのだ。
トキヤは無事成功したことに安堵しながら、照れ臭そうにすると少女の首の後ろあたりに手を伸ばす。
「実はここにありました!」
「えぇぇ! お兄ちゃんすごい! どうやったの⁉」
「本当にすごいわ! どうやったのか教えてもらいたいくらい!」
「ふっふっふ、それは企業秘密! それでは、この百円玉を君にあげよう!」
「わぁ、いいの⁉」
トキヤは快く百円玉を手渡した。少女はそのコインを興味深く観察していると、百と数字が書かれてある裏側に花が彫られているのを発見する。
「お花だ……あっ、わたしからもお兄ちゃんに!」
少女はカゴを漁り、不思議なマジックと百円玉の代わりにシスティアが受け取ったものと同じ花をトキヤへと手渡した。
「はい、お兄ちゃん! 不思議なことと、お花のコインのお礼! ありがとう!」
「ははっ、ありがとう! 優しいなー!」
ぼさぼさになっている少女の頭を撫でていると、数分前に出かけたシグレがアイスクリームを持って戻ってきていた。
「ただいま戻りました、あら……」
「ありがとう、シグレ。おかえりなさ――ん? 知り合い?」
システィアが二人の顔を見合わせると、シグレは「はい」と頷いていた。そしてミリアへと歩み寄り、側にいたシスティアとトキヤにアイスクリームを渡す。
「こんにちは、ミリア。今日もお花売りですか?」
「シグレお姉ちゃん! うん、頑張ってる!」
「そうですか……。偉いですね、ミリアは」
トキヤたちが話を聞いてみると、どうやらミリアという花売りの少女はシグレと顔なじみで、シグレが買い出しへ行ったときによく会話をする仲のようだ。
二人の様子を見つつ、システィアがシグレに語りかける。
「ふふ、仲がいいのね」
「はい、私も良くしてもらっています。そうです、ミリア。一緒にアイスクリームを食べませんか? 一つを半分にするので悪いですが……」
「えっ、ダメだよ! シグレお姉ちゃんの分が無くなっちゃうから……」
「いいんです。一緒に食べたほうが美味しいですから」
そういうと、シグレがミリアへアイスクリームを手渡していた。
ミリアの分も、と財布を取り出そうとしていたシスティアは幸せそうにしている二人を見て、考えを改める。
「二人で半分ずつ食べるから美味しいってこともあるのよね」
「ん? システィ?」
「というわけで、まだ食べてないトキヤ君の一口ちょーだい!」
「え⁉ でも、これ同じ味だから! てか、自分のを食べなさい!」
それでもーっとシスティアがトキヤを追いかけ回していると、直に彼のアイスクリームだけが地面に落ちてしまったのは言うまでもなかった。
「ぎゃあああああああああああああっ! 俺のアイスクリームがぁぁぁ! シグレが買ってくれたのにっ!」
「……んーおいし! やっぱり一人で全部食べるのも格別ね!」
「おい! さっきまで言ってたことと違うじゃねーか!」
「シグレお姉ちゃん、美味しいね!」
「はい、とても美味しいです!」
トキヤを除く三人は、そのまま幸せそうに甘いアイスクリームを頬張っている。それは高く登っていた陽がいつの間にか落ち始め、昼という時間が過ぎた頃だった。
数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。
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