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時刻70 守るという信念

 ミリアから話を聞いた後、トキヤとミリアのガーロたちがねぐらにしている孤児院跡へと向かっていた。

 ここにシスティアとシグレがいないのは、ミリアの要望があったからだ。


「本当にシグレやシスティじゃなくて良かったのか?」

「うん、トキヤお兄ちゃんが一番だと思うの。それにシグレお姉ちゃんのお願いでもあるから」

「お願い?」

「うん、お願い」


 それは彼らと対峙したときのこと。その過程で、もしミリアが傷つけられればシグレは黙ってはいられない。ミリアの目的はあくまで対話だ。必要なのは相手を威圧せず、敵対するつもりのない意思。今のシグレにはそれが欠けていると自己判断してのことだった。

 かといってシスティアも適任ではなかった。貴族であるシスティアがミリアの横にいれば、警戒され対話どころではなくなる。どんなに真実を語ったところで、彼らのような孤児に貴族である者の言葉は届かない。

 つまりこの状況において一番有力なのは貴族ではなく、彼らと身分が近い人間。ある程度冷静な判断が下せるトキヤしかいなかった。

 しかし、システィアたちもじっと宿屋で待っているわけではない。話がこじれ、もしも戦闘に陥った場合のバックアップに入っている。トキヤたちの後方の高台、少々位置は離れているが充分駆けつけられる距離だ。


「トキヤ君たち、大丈夫かな……」

「……」

「シグレ?」

「は、はい!」


 声が耳に入っていなかったように、シグレはワンテンポ遅れ返事をする。


「大丈夫? ミリアのこと?」

「……はい。前にもある程度の話は聞いていたのですが、やはり心穏やかではいられなくて」

「私だってそうよ、ミリアにとってここは辛い場所だったはずなのに。無理せずフローレンスの町でシグレと……」

「いえ、システィ」


 首を横へ振ると、シグレはミリアとトキヤの姿を見やった。

 ミリアの歩みに迷いはなく、一歩一歩、目的の場所へと向かっているように見える。


「ミリアはお二人のことが大好きなのです。たとえここに苦しい過去があったとしても……もう少しだけ、一緒にいたかったのだと思いますよ」

「シグレ……」


 ニコリと笑顔を作るシグレ。一緒にいたかったという気持ち、同時にミリアは過去に立ち向かおうとしているのだ。たとえ今、隣にいなかったとしても姉であるシグレが信じないわけにはいかない。


「トキヤさん……お願いしますよ」


 シグレがその言葉を呟いた後、二人は背後から急に肩を叩かれた。


 § マーカの町 孤児院跡


 町外れ。トキヤとミリアがここに到着した頃には既に日が落ちていた。

 瓦礫の廃墟が立ち並ぶこの場所では街灯はおろか、人の営みの気配すらなく暗い。


「かなり暗いな……。ん?」


 外観はほとんど残されていないが、孤児院のあったと思われる場所。闇に紛れ、崩れた壁に座った緑色の服を着た少年を見つける。


「そろそろ来る頃だと思ってた。ミリア」

「ガーロ……」


 異様な雰囲気だ。子ども同士が向き合っているだけなのにもかかわらず、重苦しい空気が張り詰めている。


「ここに来た理由はこれか?」


 少年ガーロが右手を突き出すように見せたのは、月光に赤い宝石がキラリと光るフローレンスの証。間違いなくシスティアから奪われたものだ。


「うん。大切なものだから返して欲しいの」

「嫌だと言ったら?」

「……」


 力ずくで奪い返しに来たわけではない。ミリアは押し黙ってしまう。

 地面を鳴らし、トキヤが前に出る。


「返してくれれば何もしない。約束する」

「あんたは……貴族じゃないな」


 そう言われコクリと頷く。できるだけ刺激しないよう、訴えかけるように両手を広げもう一度。


「だけど、君が持っているアクセサリーの持ち主とは知り合いなんだ。できれば返したい、返してさえくれれば、俺たちは君らに何もしない。本当だ」


 そうトキヤは真実を語る。無事に戻ってくるならば、システィアは絶対に罪に問わないと確信していたからだ。それは、トキヤたちを後方で見ているシスティアも同じ気持ちだった。


「どうだ? 悪い条件じゃないだろ?」


 ガーロは少しだけ笑うと、フローレンスの証を懐へしまいこみゆっくりと立ち上がる。


「さてね。とりあえず中で話そうよ。そこで決めよう」

「……分かった」


 簡単にはいかないことくらいトキヤも分かっていた。あえて拒否してガーロの感情を刺激する必要はない、しかし渋々といった感じで要求を飲む。


「ガーロ……どうしてそんなに意地悪するの? それは元々ガーロたちが盗んだものでしょ⁉︎」

「……今更どの口が。お前も盗みを働いてただろ?」

「それはっ……!」


 そこまで言いかけて、ミリアはメイド服のスカートをキュッと握りしめた。本当のことで否定ができないのだ。

 ガーロは地面に設置されてあった地下へと続く隠し扉を開けると、先に階段を降りていく。

 残されたトキヤとミリアは。


「ミリア……」

「大丈夫。行けるよ……トキヤお兄ちゃん」


 ゴシゴシと涙目を袖で拭い、ミリアはガーロの後へと続いていく。

 トキヤは心配そうにしながらもすぐにミリアの後を追おうとして、急に足を止めた。


 ――なんだ……? すごく嫌な予感がする。


 足元の階段には深い闇が広がっている。まるで、足を踏み入れれば引きずりこまれるような感じがトキヤの背筋を冷やしていた。


「トキヤ……お兄ちゃん?」

「あ、ああ……」


 気のせい、気のせいだとトキヤは頭の中で繰り返す。それ以上にミリアだけを行かせることはできない。フローレンスの証を取り戻すまでは後には引けないのだ。

 チラリと後方に目を向ける。

 システィアたちの姿が見えない。先程よりもさらに暗くなっているのだ、こちらからは見えないのだろう。トキヤは少し不安感を覚えたが、ミリアの手を握ると闇の階段を一歩、また一歩降りていった。

 荒い石でできた階段、コツコツと二人分の足音が鳴り響く。

 怖いのかミリアはトキヤの腕にしがみつき、やっとの思いで降り切った。


「ガーロ、いるのか?」

「ああ。こっち」


 暗闇の中、二人は覚束ない足取りで声のする方へと向かう。そして、トキヤは立ち止まった。


「なぁ、もういいだろ? 返してくれるのか、くれないのかどっちなんだ?」


 声は返ってこない。それに続き、ミリアが大きな声を発する。


「ガーロ、わたしはガーロと話に来たの! わたし……わたしは、ずっとここで暮らしてきたけど、生きるためだからといって盗みは嫌だった」


 ミリアの声が虚しく闇の中で響く。それでも、大きな声で続けた。


「誰かの物を盗むなんてやっぱりダメだよ。ガーロなら、もっと違うことだってできたはずなのに……」

「説教か? 偉くなったもんだね、お前は。逃げ出したと思えば今更帰ってきて説教か」

「ち、違う……そうじゃない! わたしはガーロたちに悪いことをしてもらいたくなくて!」

「綺麗事。お前の言葉は本当に貴族と同じだよな……」

「え……」


 指を鳴らす音と共に、赤い炎が壁に点灯する。


「なっ!」

「ひっ……!」


 そこには腕を(はりつけ)にされた少年少女の姿。

 少年二人はうな垂れたまま、素人目から見れば生きているかどうかも怪しいほど。

 魔法を使っていた少女は特に酷い。火の魔力が両手から強制的に放出されているようで、この子の炎がこの地下を薄暗く照らしているようだ。

 意識がないのにもかかわらず魔力を放出し続けている。ということは何かしら外部の要因があってのことだ。少なからず少女はまだ生きている、少年二人も生きている可能性が高い。

 トキヤはミリアの前に立つと、少年ガーロに向き合った。


「こんなの普通の子どもができることじゃねぇ……」

「トキヤお兄ちゃん……?」

「下がれ、ミリア。奴は既にミリアの知っているガーロじゃないのかもしれない。嫌な予感はしてたんだ。何かこう……口では言い表せねぇ何かが」

「くくくかかかかか! 俺だよ、ミリア。お前になら俺が誰だか分かるよなぁ!」


 闇が渦巻き、少年ガーロは次の瞬間おぞましい姿へと変化していった。

 牙をむき出しに、肌は真っ青に染まり、骨格が変形していく。


「おいおい……ファンタジーとかそういうレベルじゃねーぞ! なんなんだよこれは!」


 トキヤの視線が上へ、上へと上がっていく。かつてガーロだったそれは、ゆうにトキヤの身長を越えていた。


「嘘……ガーロ……」

「あぁぁぁ、いい気分だぜ! これが闇の力……へっへへ、三人には止められたがこんなに気持ちが良いんなら、うっかりお前らを殺しちまっても仕方ねぇよなぁっ!」


 鋭い爪が一閃、トキヤとミリアに襲いかかる。


「危ねぇ‼」


 トキヤはミリアを抱きかかえると、既の所で攻撃を回避する。そして、すぐに辺りの状況を見回した。


「おっと、逃げようなんて思わないでここで遊ぼうぜ」


 避けた方向が悪かった。ズンと足を踏みならし、ガーロが入口側を陣取っている。トキヤたちの後方には明かりのない広い部屋しかない。


「ここで戦えば(はりつけ)にされた三人まで……。ひとまず奥に!」

「逃すかよぉ!」


 ミリアを先行させ、トキヤが振り返る。

 左から襲いかかる一撃、避けるには時間が足りない。

 トキヤは白銀の槍を構え、それを受け止めようと試みるが、


「ぐ、重――」


 強力な一撃は想像以上。トキヤの体は先行させたミリアを飛び越し、奥の石壁へと叩きつけられてしまった。


「がはっ! く……ぅ……痛っ……てぇ……」

「トキヤお兄ちゃ――むぐっ」

「ダメだ、ミリア。これで……いい、これで……」


 咄嗟にミリアの口を塞ぐ。幸か不幸か、飛ばされた影響でミリアと共にこの暗い部屋へやって来られた。

 二人は散らかされたテーブルや椅子の影に隠れ様子を窺えば、ひたりひたりと足音が聞こえその巨体が暗がり部屋へと入ってくる。


「どこだ……くそっ、この力にまだ慣れてねぇのか、目が……」


 続く不幸の中に舞い降りる幸運。相手はトキヤたちの位置を見失っている。

 だが、次はどうする? 姿は人狼になっていたとしても相手はガーロ、人間だ。迂闊に攻撃はできない。しかし、さっきの一撃で手加減ができる相手ではないことも分かっていた。

 覚束ない足取りだが、確実にこっちに迫ってきている。それなりに広い部屋といえども、ここ以外に隠れられるスペースもない。ガーロの目が慣れるのも時間の問題だ。

 おかしい――ふと考えるトキヤ。こんな状況になっているにもかかわらず、システィアとシグレがやってこない。

 現在地は地下であり地上からは様子を見ることができないが、中からはそれなりの音がしたはず。地下に入ったのを確認していれば、入口付近での待機もあり得たのに音沙汰すらないのはあまりに不自然。

 つまり、これは――システィアたちの身にも、何かが起きているということ。


「やるしか……ねぇ。時間を稼がねぇと」


 ミリアの方を窺うと、暗がりでも怯えているような表情が目に映る。トキヤはミリアの頭をポンと撫でると、彼女にだけしか聞こえない程の声で伝えた。


「ミリア、外へ出るんだ。その間、俺が時間を稼ぐ」


 その言葉にミリアは目を見開き、嫌々と大きく首を振った。


「外でも何かが起きている可能性はある……。だけど、今の状況よりシスティやシグレがいる外の方が安全だ。俺が時間を稼いでる間、入口に辿り着いたら隠し扉ごと全力の疾風(エアリアル)をぶっ放せ」


 それを見れば、何があったとしてもシスティなら絶対にシグレを先行させるはず。シグレならすぐにミリアを見つけてくれる。

 作戦を聞いても尚、ミリアはかぶりを振り続けていた。


「はは、無事ミリアが外に出られたらシスティたちを呼んできて、ついでに俺も助けてくれ」


 ニカッと笑みを見せるトキヤ。その笑顔を見れば、ミリアの瞳からは大粒の涙が溢れ出してしまった。

 空気の流れが変わる。――来る。もう迷ってはいられない。

 暗闇が引き裂かれ、鋭利な爪と白銀の槍が甲高い音を弾き出した。


「行け! ミリア! 今しかねぇ!」

「チィッ!」


 泣きながらガーロの脇をすり抜けていくミリア。ガーロは拮抗していたトキヤの槍をかち上げると、逃げるミリアに狙いを定めた。


「行かせるかよぉ!」


 後ろを振り返ることなく走るミリアに凶爪が襲いかかる。

 当たる、ガーロはそう確信していた。容易く肉を引き裂き、血しぶきが舞うと。


 だが――


 またもキィィィンとけたたましい音が鳴り、ガーロの腕に微弱な痺れが発生した。

 なぜ? どうしてだ? 彼の脳内には疑問符が駆け巡る。


「……時魔法―時の加速(クロノアクセル)―」


 ミリアに直撃するはずだったその攻撃は、先程真後ろにいたはずの、体勢を崩したはずのトキヤに阻まれていた。

 ガーロの顔を見上げるトキヤ。食いしばる口から漏れ出るその言葉は、


「お前の相手は俺がやる。ミリアには爪一本触れさせやしねーぞ」


 ミリアを守った証拠の言葉であった。

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