時刻62 戦いの後
木々でできた緑のトンネルを進む次期当主と侍女二人。
何も言わず、前を歩くジョシュアの様子を窺って、シグレは言葉を零す。
「ジョシュア様、先日からの度重なる無礼、誠に申し訳ございません。侍女としての責務を放棄してしまいました。つきましてはいかなる罰も――」
「いい。シグレの言うとおり、私もトキヤをシスティアに付けたかった。口実を作ってくれたことに感謝しているくらいだよ」
「そんな……勿体ないお言葉です。私が動けたのは他でもないミリアのおかげ、彼女がいなければ、ジョシュア様のお気持ちに応えることはできませんでした」
シグレが隣を歩むミリアの頭を撫でると、ジョシュアは立ち止まり振り返った。
幼少時から、ジョシュアの父であるベルナルドより虐げられていたシグレ。いつ頃からか彼女は既に自分の意思を持つことをやめていた。それは時を重ね、年頃になっても変わらず、侍女としての務めだけが最善だとその身に刻みつけて。
だからこそ、彼女が意思を貫いたことにジョシュアは喜んでいた。思い返せば、新しくこのフローレンス家にやって来た二人が切っ掛けかもしれない。
「ミリアとトキヤが来てから、お前は一段と良い方向に変わったな」
「え……?」
「フッ――いいや。シグレは侍女としてならば間違いなく一流だ。だが、そろそろお前も好きな生き方を決めてみてもいいと思うがな」
隣にいたミリアの頭をくしゃくしゃ撫でながら意味深気に言い残すと、また町へと歩み始める。
シグレは立ち尽くしたまま、その言葉の意図を探るが出てくる言葉は一つだけ。
「シグレはここで侍女として居ることが幸せです。これが好きな生き方ですよ、ジョシュア様」
「……? シグレお姉ちゃん?」
振り返り、立ち止まったミリアにシグレはかぶりを振って笑顔を見せる。
「いいえ。帰りましょう、ミリア」
「うん。えへへ、トキヤお兄ちゃんがシスティア様と一緒に行けるようになったのも、シグレお姉ちゃんのおかげ……ありがとー」
手を繋ぎ、頭をすり寄せるミリア。
妹のために生きるのもあり。しかし、それは侍女としての生き方をやめる必要はない。今も侍女として、妹を思う生き方へと代わり始めている。
けれども――侍女ではない、もっと違う生き方をするならば。
シグレはかぶりを振り、脳内で大きな罰印を刻む。『それは夢の中だけで叶えられればいい』、と心の奥底へ落とし込み、カチャリと鍵をかけた。
§ フローレンスの町近辺 ローズ園
「はい。治ったよ、トキヤ君」
「ん、おっ……すげぇ。あれだけ痛かったのにもう全然痛みが……」
勝敗が決した後、時魔法の反動で動けなくなったところを、システィアとミリアにポカポカ叩かれていたが今はその痛みもない。大半のダメージはジョシュアによるものだが。
「……まさか、本当に一本取れるとは思わなかった。いや、実際は完全に読まれてて、シグレが間に入ってくれてなかったらきっと躱されてた」
「トキヤ君は謙虚だね。なんであれ、あの兄様から一本取ったんだから、もっと驕って良いのに」
「……んじゃ驕る! 俺はつえーからな! はっはっはっは!」
「もー調子いいんだからー。でも、すごかったよ。トキヤ君が使った、時魔法っていうの?」
「ああ、あれか……。システィはどんな風に見えたんだ?」
「どんな……そうね。強化魔法や風魔法とはまた違った加速の仕方に見えたよ。あんな変則的な急降下は、他のどんな魔法を使っても再現はできないかな……。風魔法なら似たような動きができるかもだけど、地面に叩きつけられる分、着地後の硬直もなしに動き出すのは難しいと思う」
「思った以上にべた褒め……。も、もしかして、俺の魔法ってクッソ強い……?」
「え? あー……調子に乗らない?」
システィアがそう聞いた瞬間、トキヤの顔がニヤけていく。この時点で調子に乗ると確信したシスティアだったが、隠していても既にバレているようなもの。諦めて真実を伝える。
「まぁ……すごく強い魔法だと思うよ。発動中、トキヤ君から見てどんな風になってるのかは分からないけど」
「スロー! 自分以外の全てがスローになってるような感じだ!」
「だったら、言わずもがな。相手の力量が対等なら完全優位に立てるし、多少格上だったとしてもそれは揺るがないと思うわ」
「お、おぉぉぉ! 実感してなかったけど、とうとう俺にもチートスキルが!」
「う、うん? ちーとすきる……?」
首を傾げつつ、トキヤの言葉の意味を探るシスティアだが「それは別に気にしなくていいから!」と繕うトキヤに訝しげな視線を向けつつも笑顔に戻った。
トキヤが戦っていたとき、あんなにも涙を溢れさせていたのに今ではまた笑顔を見せている。だが、その笑顔にも拭い切れていない不安があるようで、それを見せてしまえばまた表情が曇った。
「……ねぇ、トキヤ君。話を戻すようで悪いけど、本当にいいの? フローレンスから離れなければ、兄様が守ってくれるわ。けど、町を出ればきっと獣や魔物と戦うことになる。危険だよ?」
「今更、そんな……。男に二言はねぇ、黒の姫君に狙われていようが俺は一緒に行きたい。……まぁ、システィが黒の姫君に狙われたくないから着いてくんなって言うんなら俺は残る……けど」
しょぼくれた顔をトキヤが見せると、「プッ」とシスティアが失笑し、そのまま大笑いし始めた。
「あはははっ! ご、ごめん笑っちゃって! でも、ついおかしくって、ふふっ!」
「そ、そこまで笑うことないじゃんかー……」
「ごめんごめん。私が悪かったからそんな悲しそうな顔しないで? 着いてきて欲しいって思ってるのに、そんなこと言わないよ。黒の姫君なんてどんとこーい! ついでに締め上げてクレアの居場所吐かせちゃうんだから!」
「そ、そりゃ随分好戦的だな、ははっ。なら、やっぱ一緒に行きたい。まだそう強くはねぇから迷惑かけるかもだけど」
「迷惑だなんてお互い様。だって、私の笑顔を守ってくれるんでしょ?」
両手を後ろに、顔を四十五度傾けたシスティアが微笑みながら訊ねる。
「えっ⁉ あ、お、おぉ! 守る、守る! 腹がよじれるくらい笑わせてやんよ!」
「えーっ⁉ そういう意味でー⁉」
なんて恥ずかしいことを口走っていたんだと、赤くした顔をトキヤは両手で覆っている。
とにかく、回復も終わった。トキヤはここに咲くフロリアローズのように、奇跡を咲かすことができたのだ。後は一旦屋敷へ戻るだけ、ジョシュアたちが待っている。
トキヤはシスティアを入口で待たせると、自身の武器を回収するためキョロキョロ辺りを見回した。
「剣も、短剣も……っダメか。槍もひん曲がっちまってる……」
剣と短剣も、鍛錬を始めてからずっと使ってきた影響で刃こぼれが目立っていたが、先の魔法で完全に機能を失ってしまった。一番新しい槍でさえ、棒高跳びの要領で使ったためか体を保っていない。
全部新調しないと。思い出の残る武器たちだったが、命を預ける物のコンディションは常に万全でなければならない。持ち帰りはするが、下取りに出すことになるだろう。
「トキヤ君、行くよー?」
「ああ、今行く!」
ローズ園入り口で待っていたシスティアの元へ。最後にトキヤは振り返ると、ジョシュアが槍を投げた際にできた大きな穴はどこにも見当たらなかった。
それはきっと、あのジョシュアが生み出した蒼暗い結界がもたらしたのだろう。ここを傷つけないようにと。
まるで夢のように思えてしまう出来事。けれども、ここで戦ったことを忘れないようにトキヤはその記憶を胸に刻みつけた。
帰り道、木々がアーチのように立ち並ぶこの街道。朝の陽射しが木漏れ日となって、キラキラ輝いている。
王都行きが決定したことで、トキヤはどんなところなのかとシスティアに訊ねていた。
「システィって、王都には良く行ってたりしたのか?」
「ううん、ここに帰ってきてからはもうほとんど。でも、前は騎士魔法学校に通ってたから、王都の寮で暮らしてたんだよ」
「騎士魔法学校! そういや五年前の話で……クレアさんと通ってたんだよな? どんなところなんだ?」
トキヤは目を輝かせながらその話題に食らいついた。ゲームやファンタジーが好きなトキヤにとって、それは楽しそうな学校にしか聞こえない。
彼の思った以上の食いつきにシスティアは圧倒されつつも、困ったように笑いながら話を続ける。
「うん、クレアと一緒に六歳の頃から五年くらい……十一歳までいたかな?」
「五年……たった五年?」
小学校的にいえば、後一年足りない。トキヤはそんなもんなのかなと考えつつ首を捻る。
「あ、その表情……馬鹿にしてるでしょー? これでもすっごく真面目だったんだからね!」
「いやいや違うって! 俺も学校には行ってたけど、全部合わせて十二年だぜ?」
「十二年も⁉ とてもそんな風には見えな――コホン!」
わざとらしく咳き込むシスティア、もちろんそれをトキヤが聞き逃すわけもなく。
「おい! 今のこそ馬鹿にしただろー!」
「ひゃあぁぁ! ごめんなさーい!」
トキヤが両手を挙げてシスティアを追えば、システィアは楽しそうに走り出していく。そして数秒後、大人しくなったトキヤの方へくるりとシスティアは振り向くと、後ろ向きに歩き始めた。
「トキヤ君は騎士魔法学校に興味があるの?」
「普通の学校だったら興味はないけど、騎士魔法学校だろ? そりゃ気になるよ。少しでも強くなりたいし、俺も入れねぇかな」
とはいっても、二桁の歳に満たない子たちと同じだったら。
そう思えば考えを改めてしまう。更にその子たちよりも劣等生としての烙印を押されたら。
「まーたおかしなことを考えてる。ちゃんと歳や能力に応じてクラスは変わるからね?」
「思考が読まれてる⁉」
「トキヤ君の変な考えなら分かりますよー。シグレに教えてもらったから」
「シグレぇぇ⁉ 余計なこと教えてんじゃねぇ!」
だが、完全に興味は捨てきれない。ファンタジーな学校と考えればそそられ、魅力を感じるのは当たり前だった。
システィアはそんな彼に対し、水を差してしまうことを心苦しく思いながらも告げる。
「でも、あそこは王都の騎士を目指す人だったり、ギルドの職員になりたい人だったり、貴族が剣や魔法を磨くために入学することが多いの。絶対数の少ない魔導士志望だったら能力次第で入れるかもだけど」
その才能がトキヤには欠けている。
どちらにせよ、魔導士志望で入学しようというわけではないが、その他でもトキヤが入学するには厳しいということ。システィアの言葉から、やんわりそれが伝わる。
「そっかー……。くぅー俺にもミリアくらいの魔法才能があればなー!」
「あはは、無い物ねだりしても手には入らないよ。私はまだまだ教えられる立場の人間じゃなかったからあれだけど、兄様からの教えでトキヤ君はすごく成長したわ」
システィアはこう言っているが、彼女のずば抜けた戦闘センスと鍛錬の指導は戦闘での基礎を作ることとなった。その上でのジョシュアの実戦鍛錬、魔物が蔓延るこのナインズティアで生きていくための必要最低限が身についたといっても過言ではない。強敵とさえ戦わなければ、難なく二人で王都に辿り着けるだろう。
そして特に、何に置いても重要な生存本能を、友人であるフリッツが強くさせた。
「まだまだ強くならねぇとな。あいつのためにも……」
話していれば時間は飛ぶように過ぎていく。街道を歩いていたのに、景色はフローレンスの町に移り変わり、気がつけば屋敷の前へと二人は戻ってきていた。
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