時刻5 看病の行方
カーテンから光が漏れ、部屋に明かりが差し込む朝。それは、自室で眠っていた少女を優しく目覚めさせた。
「ん……んんー……もう朝?」
目を擦りながらシスティアがベッドの端へと座る。
昨晩、夕食後辺りからトキヤは顔色を悪くしており、とても話のできる状態ではなかった。結局、何も聞き出せないまま今日へと保留になったのだ。
「確か、昨日はシグレが……」
トキヤを休ませる時のこと、客室前でのやり取りを思い出す。
『トキヤさんは私に任せてください! システィは鍛錬で疲れてるのですから、早くおやすみになるべきです!』
『で、でも……』
『いいですから! 侍女である私がこの男を見張っ……様子を見ておくので、それでは!』
シグレはシスティアに有無の一つも言わせないほど怒涛の勢いで話を切り上げると、扉を力強く閉めてしまう。
『だ、大丈夫かなぁ……』
その様子から多少の不安があったが、閉じられた扉を前にシスティアは渋々諦めると、そのまま自室へと戻ることになった。
「結局、何にも聞けなかったし……シグレ、トキヤ君に無茶してなければいいけど」
謎の歪みからトキヤが現れて、シグレはピリピリしている。様子を見に行くため、システィアは着替えを済ませると部屋を後にした。
システィアの自室からトキヤのいる客室まではそう遠くはない。すぐに彼の部屋の前へ辿り着くと、二度ノックした。
「空いてます、どうぞ」
小声だが、確かにトキヤの声が届く。それを確認するとシスティアはドアノブに手をかけ、扉を開いた。
「入るわね――ってシグレ⁉」
部屋に入るや否や、地べたに座りベッドの端に頭を乗せたシグレの姿が目に入る。静かな寝息を立てており、どうやら眠っているようだ。
トキヤが「あまり大きな声を出さないように」と、自分の唇に人差し指を当てるとシスティアは表情を申し訳なさそうに変え、声を抑えた。
「……シグレ、ちゃんと看病してたのね……心配するまでもなかったか」
ホッと一息。昨日の刀を振り回しまくっていたシグレの姿を目の当たりにすれば、誰でも心配になる。が、それも杞憂だった。
「すみません、昨日は調子が悪くなってしまって……いろいろなことが、急に起きすぎて訳が分かんなくなってたみたいです。シグレさんにも迷惑をかけて……」
トキヤは眉を下げると、傍らで眠るシグレを心配そうに見つめている。そんな彼を元気づけようとシスティアはかぶりを振り、トキヤの手を取った。
「ううん、元気になったのならよかったの。きっと、シグレも喜ぶと思う」
「そうですか……? そう言ってもらえると助かります」
手を握られている影響か、赤くなりつつもトキヤは照れくさそうに笑顔を作った。
だが、その時間もすぐに終わりを告げる。
「うぅ……ん、あれ……システィ、トキヤさん……え? な、ななな!」
目覚めたシグレの前に、握られた二人の手が映る。そして同時に顔がみるみる内に赤くなっていくではないか。
これは先程トキヤが浮かべた照れや恥ずかしさと同じものではない。付け加えれば、形相は般若のようなもので。
「はっ! しまった! これは誤解で――」
「えっ? えっ⁉」
状況が飲み込めていないシスティアの手をトキヤは慌てて離し弁解を図る。が、そんなものに意味はなく、またもやどこからともなく刀が取り出されていた。
「私が寝ている隙にシスティに手を出そうだなんて。変な気は起こさぬようとあれだけ釘を刺しておいたというのに――」
「ちょっ、ちょっとシグレ落ち着いて!」
「言語道断! 問答無用! 今すぐその首、貰い受けますっ!」
「ぎゃあぁぁぁあぁっ! どうしてこうなるんだーっ!」
昨日に引き続き、またしてもシグレとトキヤの追いかけっこが始まるのであった。
が、数分後。
シグレはシスティアの命により、正座を言い渡されることに。それもそのはず、刀を振り回して朝の平穏をぶち壊したからだ。
「ごめんなさい……システィ、トキヤさん」
「もう……一度火が付いたら中々止まらないんだから、シグレは……」
「面目ありません……」
「システィアさん、もういいでしょう。シグレさんも心配だったってだけで、悪気はなかったんでしょうし」
シグレは俯いたまま肩をしょんぼりと下げている。今ではまるで子猫のようだ。
「トキヤ君がそう言うなら……。私もシグレにこんなことさせたいわけじゃないし」
システィアはシグレを起立させると、トキヤの元へ背中を押した。彼女は俯きつつも彼の前へ立つと、深々頭を下げる。
「あ、あのトキヤさん。昨日からの無礼、誠に申し訳ございません」
「えっ、いや、そんな……看病だってしてくれたし、謝らないといけないのはこっちです。皆さんに迷惑かけて……その、すみませんでした!」
「え? えっ……? あの、その……」
まさかの返しにシグレは顔を上げると目を丸くしながら、あわあわと慌て始める。
監視という名目であったが、シグレの中で看病するのは当然であり、謝られることはされていないと思っていたからだ。
互いに謝り続けては埒が明かない。システィアがそう判断すると、一つ咳払いをついた。
「いろいろなことがあったから仕方ないわ。シグレもトキヤ君の看病、ありがとう」
シグレはそれでも当然のことを――と思っていたようだが、これ以上の進言をすることはなく、小さな頷きで返す。
「あっ、申し訳ございません。私、朝食の準備をしてこないと!」
問題が過ぎ去ったことでシグレはハッと思い出したのか、二人をこの場に残したまま部屋を後にしてしまう。
「シグレさんってちょっと怖いっスけど、良い人ですね」
「あはは……トキヤ君からのシグレの評価が変わったのは嬉しいわ。普段は暴れたりする子じゃないんだけど、もしかしてトキヤ君だけ特別だったり?」
「い、いやぁ……そんな特別は嬉しくないなぁ……」
苦笑するトキヤを見て、ころころと笑うシスティア。そのまま彼の体調へと話を繋げられる。
「で……トキヤ君、体の方はもう大丈夫なの?」
「寝たら完璧になりました! 心配無用です!」
顔色を伺うシスティアに対して、トキヤは右手の拳を肩ほどまで振り上げアピールする。
「そう。ならよかった。それだけ聞きたかったの」
システィアは目的を終えると扉の方へと向かっていくが、最後に振り返り、もう一度トキヤへと声をかけた。
「あ、トキヤ君。体調が良くなったついでに、よければ後で買い物に付き合ってくれない?」
「買い物ですか? 俺で良ければ」
「ありがとう! また後でね!」
満面の笑みを返され、トキヤは去っていく背中を見送った。
ようやく静かになった客室でトキヤはもう一度ベッドに転がると、昨晩のことを思い出す。
「結局ジョシュアさんが言っていたあの言葉、一体なんだったんだ。この世界の人間じゃないとか……。いや、今はそれよりも買い物のこと……か?」
ジョシュアの言葉の意味。
しかし、考え尽くしても出なかった答えより、トキヤは目先のことを考えることにする。だが、それもすぐに躓くことになった。
「あれ……考えてみたら俺の服、このジャージしかないじゃねぇか! コンビニとかならまだしも、普通の買い物にこんなんじゃ出かけられねぇぞ!」
慌てふためいても、ここが自宅ではない以上選択は端から存在しない。
うんうんと頭を捻らせていたが結局いい考えは浮かばず、シグレから「朝食の用意ができました」と呼ばれてもなお、その答えに終止符を打つことはできなかった。
数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。
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