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スターダストクロノス―星に願いを、時に祈りを―  作者: 桐森 義咲
第1章 異世界への旅立ち、ナインズティアへ
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時刻56 仮面を外すとき

 彼女がいなくなった後も、少し星を眺めていたトキヤ。

 現代とは星の数が違う。同じような星座かと思えば、違うものは多い。

 ビュウと冷たい風が吹くと、システィアと話していたとき、感じていたはずの体の火照りは既に消え失せていた。

 何にせよ、言えなかったのだ。部屋に戻って、明日を待つことしかトキヤにはできない。

 トキヤが食堂へ帰ってくると、純白のドレスを来た少女が部屋の片隅で立ち尽くしていた。


「あ、ミリア。システィは?」

「少しお話はしたけど、明日早いからってお風呂に」

「そっか。……あれ?」


 ミリアの元にシグレがいないという違和感。先程、システィアがやったようにトキヤが食堂内を見回していると、ミリアが急に大きな声でトキヤの名を呼んだ。


「トキヤお兄ちゃん!」

「わっ! ど、どした?」


 まるでトキヤの注意を引きつけるように。じっと緑海色の瞳がトキヤの目を見つめる。


「トキヤお兄ちゃん。今でもシスティア様と一緒に、王都へ行きたいって思ってくれてる……?」


 ミリアの言葉が、想いを伝えられなかったトキヤの胸を強く貫く。また胸がチクチクと痛み始め、システィアを労ったときのように苦笑いしか零せなくなった。

 ミリアの瞳を真正面から受け止めきれない。けれども、その純粋な瞳はトキヤの心の内に秘めたはずの言葉を引き出した。


「ミリアには敵わねぇな……。ああ、今でも思ってる」

「その言葉、システィア様には言えた……?」

「まさか……言えねぇよ。これ以上、ジョシュアさんにも迷惑かけられないし」

「でも、行きたいんだよね?」

「そりゃ……な」

「どんなに危険だったとしても? それでもトキヤお兄ちゃんは行きたい?」

「み、ミリア? どうしたんだよ一体。随分質問攻めだけど……」

「答えて」


 困惑するトキヤに対して、ミリアは変わらず強い意志を持った眼差しで見つめている。

 獣や魔物、ヘッドレス・クロウに黒の姫君。フリッツを失ったトキヤには、ナインズティアでの旅がどれほど危険なものか分かっていた。

 黒の姫君に狙われている可能性がある。自分が行くことで、逆にシスティアを危険な目に遭わせるかもしれない。そう考えれば、決断が鈍る。

 だが、トキヤが着いていかなくとも、周りの誰かが犠牲になる可能性だって否定はできない。一人で行ってしまうシスティアが狙われないとも限らないのだ。

 忘れかけていた記憶が蘇る。執務室で起きたデジャヴのような何か。あの映像にはシスティアの最期が映っていた。

 トキヤの辛そうな表情を見て、ミリアは彼が葛藤していることを受け取った。


「……分かった、トキヤお兄ちゃんの気持ち」

「え……?」

「……ごめんなさい、シグレお姉ちゃん……言いつけ破っちゃう」


 続く言葉をミリアはトキヤに聞こえないくらいの声で呟く。そして、足を一歩踏み出すと、二歩、三歩。


「着いてきて、トキヤお兄ちゃん。渡したい物があるの」

「渡したいもの……? ちょ、ミリア!」


 金色の髪を揺らし、食堂からエントランスへと渡るミリアの後を、トキヤは慌てて着いていく。


「こっち」

「あ、ああ……」


 エントランスを通り過ぎ、二階へ。

 何を渡そうというのか、トキヤは疑問に思いながらも廊下を歩き続ける。

 トキヤを含め、フローレンス家みんなの自室があるこの廊下。いつもは光を取り込む大きな窓も、夜にはカーテンが掛けられている。

 その廊下の中央、一つだけまだカーテンが掛けられていない窓の近く。端に寄せられた花瓶の元でようやくミリアが足を止めた。


「話を聞かせてもらったお礼に、トキヤお兄ちゃんにぴったりのお花をあげる。今は手元にないから作るけど、よかったら部屋の花瓶に飾って」

「別にお礼をされるほどいい話をしたってわけじゃないけど……作る? 作るって?」


 月明かりに照らされたミリアの顔、花瓶から一輪の真っ赤なフロリアローズを取るとトキヤの顔を見上げる。


「見てて」


 ミリアは口をすぼめると、花弁にふぅっと息を吹きかけた。

 すると、吐息から零れた魔力が花弁に反応し、みるみる内に変化が訪れる。真紅だったはずのフロリアローズが、瞬く間に紺碧へ。


「す、すげぇ……」

「前にコインが瞬間移動する不思議なことを見せてもらったから……これは魔法みたいなものだけど」

「いや、俺がやったことの何十倍も何百倍もすげぇよ」

「えへへ、ありがとう。それでね、一つトキヤお兄ちゃんにはお願いがあるんだけど……明日の朝、どうしてもこの蒼いフロリアローズがたくさん必要なの」

「え? で、でも、俺はミリアみたいに蒼い薔薇は作れないぞ……」

「ううん、作る必要はないの。実は、蒼いフロリアローズが自生してるところは町の近くにあって、わたしと一緒に取りに行ってほしいんだ」


 ミリアは行き先と時間の書かれた手書きの地図を取り出すと、トキヤに手渡す。


「そこは、蒼いフロリアローズがたくさん咲いてるわたしの秘密の場所なの。急いで書いたからちょっと汚いけど、分かるかな?」


 噴水広場とは逆方向の出口、ミリアの言うとおり町の近くで間違いはない場所だ。町を出て、十分もあれば到着する。


「ああ、ちゃんとしてる地図だから全然分かる。ミリアと一緒に行けばいいのか?」

「あ、ううん。わたしは後で行くから、トキヤお兄ちゃんには先に行っててほしいの。でも、摘むのは待ってね?」

「ああ、分かった。明日の朝、地図に書いてる時間でいいんだな?」

「うん。後、ぜったい一人で来てね? 秘密の場所だから」

「分かってる。……でもさ、どうしてこの花が俺にぴったりなんだ?」


 それは……。トキヤの疑問に呟くミリア。目を伏せたまま、ゆっくりと続く言葉を紡ぐ。


「……花言葉が『不可能』だから」

「不可……能?」


 ミリアはトキヤへ背を向けると、シグレの部屋へと向かっていく。

 不可能、それは今のトキヤと同じ。ミリアは、暗にトキヤがシスティアと共に王都へ行けないから、この花をぴったりと言い表したのか。

 そんなまさか。トキヤがかぶりを振ると、ミリアは更に言葉を続けた。


「今のトキヤお兄ちゃんならそうかもしれない。でもね、蒼いフロリアローズには『奇跡』っていう花言葉もあるの。もしも、トキヤお兄ちゃんに奇跡だと思えることが訪れたら、それが最後のチャンスだと思って」

「『奇跡』? チャンス? ミリア、それはどういう……」


 ミリアはゆっくりと首を左右に振り、最後に笑顔を見せると部屋へ入っていってしまう。

 今のトキヤにミリアの考えは分からなかった。ミリアがどんな気持ちで、どんな思いで、この蒼いフロリアローズを託したのか、今はまだ気づくことができなかった。



 § フローレンスの町 屋敷 シグレの部屋



 椅子に座り、机に伏せたまま袖を濡らすシグレ。目は真っ赤に染まり、悔やんでも悔やみきれない思いがずっと胸を覆っている。

 あんなに辛いことを言うつもりじゃなかった。今でも立っていたらどうしよう。けれど、侍女として間違ったことは言っていない。でも、姉妹としてならば間違っているのは私の方。

 そんな言葉が宙に浮かんでは消え、止まらない涙。これほど悲しい思いをしたことは、侍女となってからそうは無かった。

 ガチャリ。ドアノブを回す音と共に扉の開かれる音が聞こえると、驚いたシグレが振り返る。


「シグレお姉ちゃん……」

「ミ……リア……」


 すぐに背ける泣き腫らした顔。止めどなく出てくる涙を袖で拭き、後ろを向いたまま厳格な態度を取る。それは心にもない言葉で。


「私は立っていなさいと言いました。……けれど、動いているのは納得してくれたということでいいんですよね」

「…………」

「返事をしなさい、ミリア! 侍女としての自覚ができたのなら、早く……返事を……それが侍女の……侍女としての……」


 拭いたはずの涙が、またも頬を伝っていく。シグレにとって、侍女はイエスマンでなければならない。完璧でなければいけない。感情で動いてはいけないのだ。

 けれども、それ以前に人間だ。姉として、妹にこんな理不尽な侍女像を押しつけたいとは思わない。思わないからこそ、涙が止まらなかった。


「シグレお姉ちゃん、ごめんなさい……。わたしはシグレお姉ちゃんみたいな侍女になりたい、侍女としてちゃんとしたい……けど、その前にわたしはシグレお姉ちゃんの妹のままでいたい」


 シグレの妹。それは今のミリアで、純粋で、違うことを違うまま放っておけなくて、優しいミリア。シグレが望む、侍女として不完全なミリア。


「わたし、システィア様とトキヤお兄ちゃんのこと、諦められない。シグレお姉ちゃんの気持ちも分かるから」

「……」


 ミリアの意思は変わらない。トキヤがいなければ、ミリアは夜通しあの場に立っていただろう。強情になっているのはどっちか。侍女であるべきことを思うシグレか、フローレンス家全体を思っているミリアか。

 閉ざされたシグレの心を、ミリアは叩く。


「シグレお姉ちゃんに、お願いがあるの」

「……」


 返事は無言。それでもミリアは、シグレへ声をかけ続けた。


「トキヤお兄ちゃんを、システィア様と一緒に王都へ行かせたい。だから、シグレお姉ちゃん、わたしと一緒にジョシュア様へお願いしてほしいの」


 その言葉を聞いた瞬間、シグレは血の気が引いたような表情でミリアの方へ向き直った。


「な、何を言ってるんですか? そんなこと、ダメに決まっています!」

「どうして? シグレお姉ちゃんだって、トキヤお兄ちゃんを行かせたいって言ってたのに」

「……確かに言いました。が、それは私の個人の意見です。侍女である私の意見なんて関係はない、ましてや一度取り決めた事柄をジョシュア様に翻せと言えますか⁉」

「侍女なんて関係ない! シグレお姉ちゃん、知ってるはずなのになんで⁉」


 その言葉にシグレが狼狽える。厳密にはその後に続くであろう言葉に、シグレは怯えていた。


 ――ダメ……ダメ! 言わないで。言ってはダメ、言わないでください。お願い、お願い!


 そんな懇願、声に出さなければミリアには届かない。ミリアは思いのまま、それをシグレへとぶつけた。


「シグレお姉ちゃん、ジョシュア様がトキヤお兄ちゃんを同行させたがってるの知ってるくせに!」


 シグレの頭の中で、何かが割れる音が聞こえた。

 知ってしまった。知らされてしまった。侍女として、ジョシュアの言葉だけがすべてだと気づかないふりをしていたのに。妹にはっきりと気づかされてしまった。言われなければ、気づかないままでいられたのに。

 トキヤを見る目、シグレを見る目。ジョシュアは厳しい言葉の中、常に葛藤を持っていた。それは一緒に過ごして日の浅いミリアにも分かるほど。

 忠実な侍女として、最高を求めるのならばシグレは恐らく最上位クラスだろう。そんな難攻不落の城を落とす切り札。それがたとえ悪手だったとしても、シグレの心を揺さぶるにはこれしかなかった。


「でも……ダメなんです……行かせないと仰っていました。だから、ダメなんです……」

「これが一番いい選択だって、シグレお姉ちゃんも気づいてるんでしょ⁉ お願い! シグレお姉ちゃんにしか頼めないの!」


 分かっている。この屋敷にいる誰もがシスティアと共にトキヤを行かせたいと思っていると。ジョシュアが実の妹であるシスティアを心配していないわけがないことも。

 知っている、知っているけれども、シグレは首を縦に振れなかった。


「シグレお姉ちゃんが頷いてくれないなら……じゃあ、わたしを行かせてくれる? こんなわたしでも、何かシスティア様の役に立つかもしれない。トキヤお兄ちゃんほどではないかもだけど、少しでも支えられたら――」


 ミリアのとんでもない発言を聞き、火蓋を切ったようにシグレは怒った。


「何を馬鹿なこと言ってるんですか! 王都までとはいっても、ミリアには大変な旅なんですよ⁉ 荷車に揺られて、気づけば隣町というように簡単なことじゃないんです!」

「じゃあ! じゃあ……わたしよりも適任なトキヤお兄ちゃんに行かせてあげようよ……。ジョシュア様の心を、シグレお姉ちゃんの言葉で動かしてほしい……」

「私が……ジョシュア様の心を動かす……? 私が?」

「どうしてもダメだって言うなら、わたしだけで話してくる。シグレお姉ちゃんのことは何も言わない。わたしが勝手に思ったことだってちゃんと言うから……」


 ミリアは俯いて、ギュッと両手を握っていた。

 不安なのだろう。侍女として受け入れてもらったのに、ジョシュアの意に反したことを告げるのは。それはシグレも同じだった。

 シグレは立ち上がると、目を伏せたままミリアへ告げる。


「…………ミリア。貴女は今、自分が何を言っているのか理解して言ってるんですよね?」


 それは、今までミリアに対して開いたことのない声。冷たい言葉。

 ミリアが犯しているのは、シグレの懐柔と主からの命令に反旗を翻す行為。そう捉えられてもおかしくない行動だった。


「シ、シグレ……お姉ちゃん……わた……わたし……その……」

「聞いているんです! 答えなさい!」


 ――それでも。それでもミリアが引かないというのなら、私は……。


 それは怒りではない。ミリアを信じて放つ、叫び。

 ミリアはその瞳に涙を浮かべながらも、精一杯零さないように、ギュッとドレスを握りしめて姉へと言葉を返した。


「分かってます! わたしはフローレンス家の侍女、けれどジョシュア様に言いました! ぜったいに後悔はさせないって! だからわたしはみんなが幸せになる最善を選びたい! 誰も後悔なんてさせたくない! ……だって、みんなのことが……大好きだから」


 気丈に振る舞った言葉の最後。ミリアはポロポロと涙を零しながらも、いつもの笑顔をシグレに向けていた。

 紡がれた妹の声にシグレのアイデンティティが崩れていく。最高の侍女としての仮面が外れてしまう。

 言われたことだけをやる。それが正解なのだと自分の感情を押し殺して、侍女としてやってきたシグレ。わがままを通したことはほとんどなかった。

 だが、そんな彼女にもわがままを通したことがあった、それは――


 初めてミリアをフローレンスの町で見かけた日。その日、シグレは必死だった。

 システィアにお願いし、通行証を特別に発行してもらい、その許可印を彼女と共にジョシュアへ貰いに行った。ミリアのためならば、シグレは変われたのだ。


「…………きっと、ミリアとは運命で繋がっていたのでしょうか」


 呟いた声に優しさが戻り、ギュッとミリアを抱きしめる。

 ミリアは急な出来事に目を白黒させながら驚いていると、望んでいた言葉をシグレの口から聞くことになった。


「分かりました、ミリア。ジョシュア様の元へ行きましょう」

「……! シグレお姉ちゃん、ほんと……?」

「ええ、ミリアだけじゃない。私も……私たちのわがままを、ジョシュア様に聞いてもらいましょう」


 流した涙の向こう側。シグレの目には、ミリアと同じ意思が秘められていた。それは侍女としてのシグレではなく、ミリアの姉としてのシグレ。わがままを押し通すことを選んだ一人の少女の姿。


 ――ジョシュア様。シグレは、ジョシュア様の頑固なところを知っています。一度言ってしまったことは、なかなか変えられないこと。システィの旅に、本当はトキヤさんを送り出したいこと。今回、私を慮ってシスティの旅から外したこと。その優しさが生んでしまった苦悩、私は誰よりも知ってます。だから、今度は私が……私たちがジョシュア様の心を動かします。


「行きますよ、ミリア。急がないと、もうすぐ今日が終わってしまいます」

「は、はいっ! ありがとう、シグレお姉ちゃん!」


 シグレはその顔に優しい微笑みを浮かべると、同じく満面の笑みを浮かべるミリアの手を握り、ジョシュアの元へと足を急がせた。

数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。

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