時刻40 目標は泡沫に消えゆ
ようやくといった感じで森を抜けた二人。街道を歩く頃には既に、トキヤはシスティアの肩を借りることをやめていた。
未だ、綻びの修復には至っていない。
なんと言おうか……。
なにを言ったら……。
互いがそれを思い、もどかしい沈黙が続く。できれば町に入る前までに、少しでもいいから話をしておきたい。
そもそも、こんなわだかまりを生み出したのは俺だ。どうして何も言わないでいられるんだ。
トキヤがそう思ったときには、もう既に町近くまで辿り着いていた。悩めば悩むだけ、時間は飛ぶように過ぎる。
本当にようやくといった具合。沈黙は彼が口を開いたとき、終わりを告げた。
「システィ、昨日はごめん……酷いことを言っちまって」
「ううん……私の方こそ、酷いこと言った。トキヤ君の気持ちも知らず、引っぱたいちゃった」
ごめんね……。そう続けられるが、今のトキヤに謝られる理由は無いに等しい。
もう信じないから。
あのときの彼はそう言われても仕方のない程のことを口走っていた。だが、そう言った後でさえ、システィアはトキヤを心配していた。
万全ではない体を押し、あんなことがあったのにもかかわらず、システィアはこうやって助けに駆けつけている。シグレの独白であった『システィはちゃんと貴方のことを思っていますよ』。それは間違いではなかった。
今日のことについて。その弁解をシスティアに述べようとしたが、彼女はそれを遮る。
「後で、兄様と一緒に聞くことになると思うから……」
それはもう、システィアだけでは収めきれないことを意味していた。
トキヤから始まった事件は、ミリアを伝い、シグレ、そして彼女。その果てにあるジョシュアにも届いている。
仕方のないことだが、途方もない重圧。
置き忘れた槍を取りに行ったなんて、そんな理由が通るとは思えない。無断で屋敷を出た上に、森で起きた経緯も告げなければならないだろう。止めてくれたはずのミリアから逃げた件もある。罪悪感しか湧いてこない。
気がつけば、足取りまで重くなっている。町に帰るのが億劫になる理由は自分にあるのに、先のことを思えば胃がキリキリと痛む。
「もう町だよ。トキヤ君、大丈夫……?」
「あ、ああ……」
たとえ、どんなに足取りが重くなったとしても町は動かないのだ。そしてシスティアもここにはいる。待たせるわけにはいかない。
トキヤたちが町へ入ると、システィアに手を振る人々が見受けられる。どうやら荒事は終息を迎えていたようだ。
システィアが安堵の息をつくと、帰還を待っていた衛兵が状況を告げる。
システィアたちが森へ向かった後、ジョシュアがこの噴水広場に訪れたこと。
力を合わせ、それによって、獣を追い返すことにも成功したこと。
見回せば、もう普通の生活に戻りつつあるようだ。それどころか、逆にいつもより活気があるかもしれない。しかし、ここへ訪れたはずのジョシュアの姿が見えないことに気づくと、それについて衛兵に尋ねた。
「若干の負傷者の方々と共に、高台の方へ向かいました」
「そう、やっぱり負傷者は出たのね……」
「はい。とはいえ、町の方々、システィア様とジョシュア様のおかげで甚大な被害は出なかったと言えます」
町の民に任せてしまったからにはこうなるのは仕方がなかった。獣が住処にしていた森に、纏っていたあの闇。結界を払っただけでも事件の終息は早まることになったはずだ。大きな被害が出なかっただけ良かったのかもしれない。
いや、取り返しの付かない被害は町にではなく、既に森で出ている。
「動ける人がいたら森に応援をお願い。シグレが手当をしてくれているけど、負傷者二名と……死者が一名出ているの」
「なんと……。分かりました、急いで兵を集めすぐに向かいます」
衛兵は一礼し、準備に取りかかるため二人の元から離れていく。
そんな衛兵を見送るシスティアの後ろ、あることについて疑問に思っていたのだろうトキヤが口を開いた。
「……なぁ、システィ。シグレは本当に人を生き返らせられるのか……?」
「それは……」
振り返るシスティア。その難しい質問に即答はできない。
もし使えるとすれば、夢のような魔法だ。一度死んだ人を蘇らせる魔法なんて、あるならば私だって知りたい。それが率直なシスティアの気持ちだった。
「……シグレはすごく優秀な回復魔法の使い手だけど、人を生き返らせるような魔法が使えるなんて聞いたことないよ」
「やっぱり……そう、だよな」
止めていた足が動き出す。高台広場へ向けて、石畳の上り坂へ。
先程よりもトキヤは冷静になっていた。だが、ショックの色まで隠しきれないのは事実。彼がいた世界でも死者を復活させることはできない。それどころか、外的要因での医療技術はナインズティアよりも圧倒的に下だろう。
回復魔法。それはトキヤの中での奇跡に等しい。だからこそ、自分の世界にはなかった魔法という奇跡を信じたい、すがりたい一心で頼んだ。
だが、シグレは首を横に振っていた。それならば、なぜシグレは後で教えると言ったのだろうか? どんなに考えても、今のトキヤでは答えを導くことはできなかった。
気がつけば、トキヤたちは石畳の坂を頂上まで登り切っていた。
フローレンス家の屋敷がある通りの先に見える高台の広場。
負傷者が多くいるそこには女性たちが多く動き回り、傷の手当てを行っているのが見える。その中でシスティアが驚いたのは、光魔法特有の輝きが見えたことだ。
回復魔法は集中、魔力消費共に簡単に使えるものではない。町民でも水魔法に特別長けている人であるなら、応急手当くらいならばできるだろう。しかし応急手当ではなく、期待ができるほどの怪我を回復する。そういった役割を任されるのは衛兵の中でも衛生兵、回復を専門とする衛生士しかいない。
そしてフローレンスの町の衛生士には、光魔法を使える人はいなかったはず。じゃあ、誰が? もしかして、お母様が帰ってきたの?
だが、システィアの考えは違っていた。人々の中心で光魔法を使い、負傷者を癒していたのは金色の髪を持つ少女、ミリアだった。その隣には、兄であるジョシュアもいる。
「すごいわ、ミリア……。光の魔法、回復まで使うなんて」
「いつも、魔法書を読んでいたもんな」
ジョシュアの姿を見て、トキヤの足取りが止まる。頭の中の考えが纏まらないまま、この場へと辿り着いたのだ。
なんともいえない彼の表情を見て、システィアが告げる。
「トキヤ君が今思ってるの、兄様のこと……だよね? 私も、黙って屋敷から飛び出しちゃったから……多分、兄様に心配をかけたと思うの。シグレが来てくれたのも兄様のおかげだし、叱られるときは一緒……だからね?」
「システィ……。ごめん、俺のせいだな……」
言葉を違えた、トキヤにそう思わせるために言ったのではない。少しでも和らげようと思って言ったはずなのに、これでは責任の全てをトキヤに押しつけてしまう。
「ち、違うの! ご、ごめん……そんなつもりじゃなくて」
「大丈夫だよ。システィがどんな気持ちで言ったのか、ちゃんと分かってる。謝るのは俺の方で……いや、来てくれてありがとう」
「トキヤ君……」
謝るよりも感謝を。トキヤは自分のために、そうまでしてくれたシスティアに感謝の言葉を述べた。
もうここまで来たら、何が起ころうと甘んじて受け入れるしかない。そう覚悟を決めたとき、ミリアが帰ってきた二人に気づく。
「システィア様! トキヤお兄ちゃん!」
ミリアがその場を離れ、走り出す。どうやら先程の負傷者で最後だったようだ。回復を終えたミリアは二人の元へと辿り着くと、小さな体で勢いよく抱きついた。
「心配したんだからっ! ほんとにすっごく心配した! すごく、すっごく大変だったんだよ! ぐす……システィア様も、トキヤお兄ちゃんも無事戻ってきて、よかった……。よかったぁ……」
「ごめん、ミリア……」
「私のことまで心配してくれたのね……ごめんね、ミリア」
「……? シグレお姉ちゃんは?」
「大丈夫、ちゃんと無事よ。今は森で負傷者の救護をしているから、もうすぐ帰ってくるわ」
「シグレお姉ちゃんも……。よかった……よかったです」
よほど心配だったのだろう。抱きしめる腕の力と言葉、涙がそれを物語る。
それに少し遅れ、ジョシュアが三人の元へやってきた。ミリアはその足音に気づくと、目を赤くしたままシスティアとトキヤから離れていく。
ジョシュアはトキヤをチラリと一瞥しただけで、すぐにシスティアの方へ瞳を向ける。
「まずは言い分を聞こうか、システィア」
「は、はい……」
極めて厳しい眼差し。怒りに顔を染めていない分、逆に怖いというのはまさにこのこと。その強烈な威圧感は、妹であるシスティアにも遺憾なく発揮され、上手く言葉を発することができない。
あまり怒られ慣れていない、小刻みに震える彼女の体がそれを物語っている。見かねたトキヤは口を開き、その中に割って入った。
「ジョシュアさん、今回のことは俺が全部――」
「私はシスティアと話をしている。お前は黙っていろ」
トキヤに目も向けず、そう言い放つ。
ぶつけられたその威圧感は圧倒的だった。トキヤは緊張からか極度の渇きを感じ、喉を鳴らす。続けられるはずの言葉が宙へと消えてしまう。
三人の間に沈黙が訪れる。
トキヤとシスティア、そしてジョシュアを交互に見て、何かできないかと模索するミリアだったが、割り込める雰囲気じゃないのは客観的に見ても明らか。両手を祈るようにして、先の行方を心配することしかできない。
幾ばくかして――涙で深い蒼を潤ませながら、やっとのことでシスティアが口を開く。
「兄様、ごめんなさい……」
今にも消え入りそうなか細い声。ジョシュアはそれだけを聞くと、ふぅっとため息を吐き出し、ゆっくりとシスティアの頭に手を置いた。
「あまり兄さんに心配をかけさせないでくれ。分かったな?」
鋭い目つきから、いつもの妹を見る優しい瞳に変わる。システィアは安堵し、袖で涙を拭うとコクコクと頷いていた。
「さて――」
今までほとんどトキヤに目を向けなかったジョシュアが、彼の前に立つ。
向けられた瞳には直視できない程の冷ややかさが宿っている。その奥にあるのは怒りか、呆れか、それとも他の感情か――。ただ一つ言えるとするならば、これこそがジョシュアにとっての本題だろう。
「本当ならばフローレンス家を騒乱に巻き込んだお前を、俺は裁かねばならんのだろう。しかし、それはお前が森に行くと見抜けなかった俺の落ち度だ。だから今のうちに言っておく。王都の話はなしだ、お前はもう屋敷から出るな」
告げた言葉。それはジョシュアにとって、言いにくい事柄だったが都合が良かった。どちらにせよ、トキヤを守るための口実ができたのだから。
「追って、事のほとぼりが冷めた頃、執務室でお前の弁解を聞いてやる。森で起こったこともそのときに全て話せ」
白いコートの裾が翻り、ジョシュアがトキヤの横を通り過ぎていく。ミリアはトキヤの方を心配そうに見つめていたが、すぐにジョシュアの後を続いていった。
呆然と立ち尽くすトキヤ。頭に響くのは、今まで頑張ってきたことが崩れ去っていく音。仕方ない、こうなっても仕方なかったはずだ。甘んじて受け入れると覚悟していたはず。
けれど、いざそれを告げられると、もうジョシュアの背中を見る気力すら失われていた。
「トキヤ君……王都のことって」
「これなら、思い切りぶん殴られた方が良かったな……。そっちの方がすっきりもしたと思う」
そんなの、ただのエゴだというのもトキヤは分かっていた。相手に任せて、自己中心的で、最後に大事な目標を失ってしまう。
だが、この一件がなかったにせよ、システィアとの王都行きは白紙にされるはずのものだった。それだけで済んだというのは、曲がりにもジョシュアの優しさだったのだろうか。
ヘッドレス・クロウとの死闘、フリッツの死。屋敷でのアサシン強襲、町には数多くの獣、魔物が襲ってきた今日。目まぐるしい出来事の連続だったはずなのに、天空から見下ろす太陽は未だに正午を過ぎた辺りであった。
数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。
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