時刻3 起こせば即ち死なり
シグレと黒髪の男を落ち着かせた後、システィアは頭を悩ませていた。シグレはシスティアの横に、黒髪の男はその前に正座で地べたへと座っている。
言葉が通じることは確認したが、何よりも土の上に正座をしている彼が気になりシスティアは語りかける。
「あ、あの……服が汚れるし、立った方がいいわ」
刀を持って追いかけ回された影響か、男はシグレの方をチラリと仰ぎ見る。
――この人は優しそうなんだけど、刀を振り回してたこっちの人はすっげぇ睨んでるよなぁ。
男がそう考えているとシグレと目が合い、その鋭い剣幕に目を逸らす。
「今、その殿方は目を逸しました。システィ、やはり何か企んでいるかもしれません」
「それはシグレが睨んでるからでしょ……。とにかく、この子には何もさせないから平気よ」
「そ、それじゃあ……」
黒髪の男が膝を立てた瞬間、剣幕は更にきつくなる。
何かしでかすのでは? そんな疑いをかけられ、針で刺すような視線の中ではあったが、極力刺激しないようにゆっくりと立ち上がった。
特徴的な前髪、左は立ち上っており、右はタレ下がっている。頭頂部の髪はツンツンと逆立っており、シグレよりも5cm程度、身長の高いシスティアよりも少しだけ大きい。170cmくらいだろうか。
男は白い少女の腰に付いている剣を見て固唾を飲むと、自身の服を観察している彼女へおずおずと語りかけた。
「あ、あのー……」
「あぁ、ごめんね」
すぐに姿勢を正すと、ばつが悪そうに苦笑するシスティア。そこへある男が、屋敷の中からやってきた。
「システィア、随分と騒々しいがどうした?」
システィアとよく似た容姿、そして同じ髪色を持つ男。前髪は右で分けられ、全体的に長くもなく、短すぎない程度の髪型。
背は黒髪の男よりも高く、きっちりとしたベストに襟を立てた膝下ほどまである白いコートを纏っている。それにはところどころに煌びやかな金模様があしらわれていた。
三人はその声に気づき彼の方を見ると、システィアに似た男は鋭い目つきで黒髪の男へと注目する。
「兄様! えっと、なんて説明していいか」
「いい。随分と奇抜な格好をしているな……賊か?」
「ぞ、族⁉ い、いえ! 俺は暴走族とかじゃないッス……」
「ジョシュア様!」
慌てて取り繕おうとする黒髪の男の横からシグレが声を上げる。
「この方はシスティア様に狼藉を働こうと飛び掛か――」
「わーっ! シグレ! 兄様、大丈夫よ! 私の友人だから!」
システィアが慌ててシグレの口を塞ぐと、間髪入れずにそう伝える。
兄様、ジョシュアと呼ばれた男はその光景に少しだけ目を細め、もう一度、黒髪の男へと向き直った。
「騎士ではないようだが。それに見慣れない服、お前、名前は?」
「な、名前ですか⁉ えっと、自分は星月 時夜と言いますっ!」
「ホシヅキが名前か?」
「あ、は? あっ、いえ! すみません! 名前は時夜であります! えーっと……トキヤ・ホシヅキ!」
ここでは名前と名字が逆なのかと咄嗟に判断すると、黒髪の男、トキヤはそう答える。しかし、ジョシュアの眼差しは疑念を抱いたまま、トキヤをじっと見つめていた。
急に名前を逆にしたのは軽率だったかと、トキヤは背中に冷や汗を感じつつもジョシュアからは目を逸らさなかった。
逸らしてしまえば更に疑念が深まる。そう、予感がしたからだ。
「ふむ、お前は――」
「兄様!」
怒りのはらんだ声、トキヤをずっと訝しんでいたジョシュアの言葉を妹のシスティアが遮った。かなり腹を立てているのか、白い顔を少しだけ紅潮させている。
思わぬ妹の声にジョシュアは焦り気味なってしまい、続けて質問しようとした言葉を喉の奥へと押し返した。
「し、システィア……これはだな」
「たとえ兄様でも、私の友人に威圧的な取り調べをするなんて失礼だわ! そんなに私のことが信じられない?」
「う、そうだな……」
ジョシュアは少々やりすぎたと反省し、そのままトキヤの肩をポンっと叩いた。
「すまない、初対面で無礼を働いた。システィアの友人ならば安心だ、仲良くしてやってくれ」
「は、はい……! ありがとうございます!」
右手をカクッと折り額へと当てると、謎の敬礼をジョシュアに返す。
しかしジョシュアは疑念を捨て切ってはおらず、それを気づかれないように微笑みで返すと、そのまま屋敷の方へと足を向ける。
「ああそうだ、システィア。シグレが苦しそうだから、そろそろ離してやりなさい」
「ふぇっ⁉ わっ! ごめん、シグレ! 大丈夫⁉」
そこにはシスティアに口を封じられ、顔を真っ赤にしたシグレの姿があった。
§
「ふぅ……酷いです。システィ……」
「ほんっとーに! ごめんね!」
システィアが両手を合わせ拝むように謝ると、シグレはクスクス笑いながらなんちゃってと言った具合に立ち上がる。そのままチラリとトキヤを窺うと、困ったように顔を背けた。
「システィ、ジョシュア様に友人とまで嘘をついてどうするおつもりですか?」
「それは……」
システィアもトキヤの方を窺うと、彼も気づいたように口を開いた。
「すみません、なんか俺のせいで……」
「ううん! 私が好きで言っただけだから気にしないで! えーっと……トキヤ君だっけ?」
「はい。あ、あの……ここって一体どこなんですか? もしかして外国?」
トキヤの純粋な疑問。黒髪のシグレはともかく、アイボリー色の髪をしたシスティアのような子を見たことがない。その中で考えついた結果、出てきたのはその言葉。
逆にシスティアとシグレはきょとんといったような顔で互いを見合わせると、首を傾げた。
「トキヤ君が言う外国……っていうのはちょっと分からないけど、ここはフローレンスの町よ」
「ふろー……れんす?」
「この町を知らない? ……それじゃ、貴方はナインズティアのどこから来たの?」
「な、ないんずてぃあ?」
システィアが発する単語はどれもトキヤにとって、馴染みのないものばかり。現状を把握しようにも、考えることすらできない。
しかしシスティアやシグレにとってナインズティアとは、この世界の名前で誰もが知っていること。それすら知らない彼を訝しんで、今度はシグレが質問をぶつける。
「貴方はシスティの命を狙っているのですか?」
「いや! 命を狙うなんて、そんなつもり全くない! そもそも俺の方が殺されるかと」
「あ、あれは! 貴方がいきなりシスティに飛びかかるから……」
二人の言い合いと一向に進まない話にシスティアは呆れると、注意を引くため、両手を二度叩いた。
「はいはい、もう日も落ちて暗くなっちゃったし屋敷に戻るわよ。シグレも急いで、トキヤ君も何かと訳アリなんでしょう? 屋敷へ招待するわ」
「ごめんなさいシスティ、すぐに!」
「すみません……助かります」
システィアは微笑むと一足先に屋敷へと戻っていく。
シグレも彼女に続くように足を進めるが、ふとトキヤの方へと振り返り、彼にだけ聞こえる声で言い放った。
「私、貴方のことを信用していませんから。もしも変な行動を取ろうものならば即刻、魚の餌にしてあげます」
「うっ……」
その言葉に偽りはなく、平和に過ごしていた一般人でも分かるほどシグレの赤い瞳は殺気を帯びていた。
トキヤは蛇に睨まれた蛙のように動けず、声も発せず、喉だけを鳴らすとシグレはヒラリとした和服のスカートを翻し屋敷へと戻っていく。
「とにかく変な行動を起こさなければ、殺されはしない……ってことだよな……」
自分よりも年下であろう少女に、これほどまでの殺気をぶつけられるとは想像もしていなかった。トキヤは心臓を掴まれたような気分になり、背中に嫌な汗を感じながらも屋敷へと続いていく。
数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。
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