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スターダストクロノス―星に願いを、時に祈りを―  作者: 桐森 義咲
第1章 異世界への旅立ち、ナインズティアへ
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時刻2 奇妙な事件

 もうすぐ日も暮れる頃、ここフローレンスという小さな町で奇妙な事件が起こることになる。

 町の外観を崩さないくらいの少し大きな屋敷、その裏庭の真っ白な円方のテーブルで二人の少女が楽しそうに談笑をしていた。


 一人はリボンタイを付けた白いブラウスと赤いスカートを着こなし、白に近いアイボリー色をした長い髪を持つ十七になる少女。もう一人は黒い和服に身を包み、腰から下にエプロンを付けている前髪が切り揃えられた黒髪おかっぱの十六になる少女。後ろ髪には特徴的な赤い大きなリボンが付いている。


「システィア様、いつも剣術と魔法の鍛錬、大変ではありませんか?」


 黒髪の少女は金色で装飾が施された白いカップに緑茶を注ぎながら、『システィア』と呼んだアイボリー色をした髪の少女へと尋ねる。

 呼ばれた少女。システィアはカップを手に取り、一口飲むと柔らかい笑顔を浮かべた。


「ううん、そんな事ないわ。日課みたいなものだしもう慣れちゃった」

「そうですか、私も見習わなければ」

「シグレはもう充分頑張っているでしょう? 屋敷の掃除に洗濯、買い出し、料理、護衛、数えるだけでキリがない。それを一手に引き受けてるんだから、私なんて相手になってないよ」


 指折り数えながら、システィアは困ったように笑う。シグレと呼ばれた黒髪の少女は「勿体無いお言葉です」とだけ発し、深々と頭を下げていた。

 そんなシグレを困らせようとシスティアは意地悪そうな笑顔を作る。


「あーあ。シグレってば前までは私のことシスティって呼んでくれたのに、いつからか様付けにしちゃってさ? 公的な場所じゃないんだからもっと柔らかくしてもいいのに」

「ダ、ダメです! 小さい頃はそうだったかもしれませんが……」

「冷たいなぁ。私はシグレと昔みたいにお話したいのにー……シクシク」

「システィア様、泣き真似してもダメですよ……」


 簡単に嘘泣きを見破られるとシスティアは頬を膨らせ、口を尖らせながら恨めしそうにシグレを見ては、ぶつぶつと言葉を続けていた。


「むー……シグレはそうやって主従関係がーっとか、侍女だからーっとか、私に気を遣っちゃってさー」

「しゅ、主従関係は大事です!」

「私、悲しいなーシグレともっと対等にお話したいなー」

「う……うぅぅ分かりました! 謝りますから! 機嫌直してください、システィ!」

「えっへへー! それでよし!」


 システィアのチラチラ見てくる視線とその言葉に根負けし、シグレは仕方なく公的な場以外で彼女を愛称で呼ぶことと、口調を少しだけ軽くする事を約束した。

 無理やりな感じではあるが権利を勝ち取ったシスティアはご満悦そうに笑い、カップに残っていた緑茶を飲み干していく。


「やっぱり美味しい。シグレの淹れてくれる緑茶は絶品ね」

「ありがとうございます。システィに褒められて嬉しいです」

「もう敬語も取っちゃえばいいのにー」

「ダメです! システィって呼ぶだけでも烏滸(おこ)がましいのに、これだけは譲れません!」

「ダ、ダメかぁ……強情だなぁ……」


 怒濤の勢いに呑まれ、仕方なく折れるシスティア。シグレに愛称で呼ばせるだけでも儲けものだ。

 テーブルに立てかけてあった護拳のついた美しい装飾の剣を持つと、椅子から立ち上がる。


「さてと、もう少しだけやろうかな」

「剣術の鍛錬……ですか? しかし、もう日も暮れますし明日にでも……」

「ううん、私、もっと強くなりたい。……時の秘宝を手に入れないといけないから」

「時の秘宝……ですか」


 システィアとシグレは夕暮れの空を見上げる。

 時の秘宝【時遡(クロノスリターナ)】。この世界、ナインズティアのどこかにあると言われている秘宝。手に入れた者は時の呪縛から抜け出すことが可能と伝えられているが、真実は定かではない。


「時を戻して、あの時、あの子がどこに行ってしまったのかを私は知りたい」

「五年前に失踪したラーヴェ家のクレア様ですね」


 ここフローレンスの町では、町を治めるフローレンス家、そしてラーヴェ家という貴族の家系があった。

 システィアはフローレンス家の令嬢であり、幼馴染のクレアはラーヴェ家の令嬢。二つの家は共に協力し合い、町を発展させていったのだが、五年前ラーヴェ家の全員が突如として姿を消したのだ。クレア本人とその両親、一人の兄と共に。

 フローレンス家当主は、何かの事件に巻き込まれたのだと疑い、今でも捜索を続けているが消えたラーヴェ家の行方は未だ掴めず、既に五年もの年月が流れてしまった。


「五年も消息が掴めないとなると、フローレンスの領土にはいないのかもしれない……もしも、このまま何の情報も得られないまま時が過ぎていくのなら私は……」

「システィ……」


 視線を下げ、悔しそうに唇を噛むシスティアの肩にシグレは優しく手を当てる。

 その時だ、二人の見ている景色がぐにゃりと歪む。


「えっ、な……何?」


 見たこともない光景にシスティアがたじろぎ、次の瞬間、歪む景色の中が光る。


「何かの魔法⁉ システィ、危ないっ!」


 シグレは瞬時にシスティアを抱き寄せ、背中から地面へと倒れ込んだ。

 直後、歪みの中から先程システィアがいた場所へと勢いよく何かが飛んでいき、そのまま地面へと転がっていく。

 システィアは自分の下敷きとなっているシグレの上からすぐに起き上がると、心配そうに語りかけた。


「いたた……シグレ、ごめんね! 私がぼーっとしてたばかりに……」

「だ、大丈夫です! システィこそ、だいじょう――」

「……? シグレ?」


 シグレがシスティアの後ろに人差し指を向け、驚いたようにパクパクと口を開閉させている。

 振り返るとそこには、先程まではいなかったはずの黒髪の男が倒れているではないか。

 多少のことでは驚かないシスティアだったがこれには驚愕を隠せず、その間にシグレがいち早く立ち上がる。


「何者です⁉ 名乗りなさい!」


 何もない空間から取り出した刀を男に向け、シグレが怒声を上げる。

 しばらく返答を待ってはいたが、男は倒れたままピクリとも動かず答えることはない。それに痺れを切らしたのかシグレは刀を両手持ちにし、カチャリと音を立てた。


「システィに危害を加えた上、無言を貫き通すとは……。答えぬというのならいいでしょう、無理にでも口を開いて――」

「待って待って! ストーップ! シグレ、落ち着いて!」


 システィアは倒れている男を守るように両手を広げ、静止を促す。

 主であるシスティアに危害を加えられ気が立っていたシグレだが、諭され、男へと向いていた刀は一時、地面へと向けられた。


「シグレもびっくりしたのよね、いつもはそんな慌てることなんてないのに。よく見て、気絶してるだけよ」

「いえ、油断させるための罠かも――」

「もうシグレだって分かってるでしょうに、この人は私に危害を加えたんじゃないわ」

「あっ、システィ危険です!」


 シグレの不意をつくようにシスティアは黒髪の男へと近づくと、生存確認の為に脈や呼吸を確かめていく。

 シグレはその様子を窺いつつ、先程歪んだ景色の方へ目を移していた。

 既に歪みはないが、代わりに地面でキラリと光る物を見つける。

 黒く、滑らかで不思議な四角い物体。男が落としたであろう、現代でいうスマートフォンだ。


 ――これは古代道具(アーティファクト)……でしょうか? なぜこんな怪しげな人が……。いえ、この人物が何者か分からない以上、フローレンス家に危害を加える可能性がある物は取り上げて置かなければ。


 そう考えたシグレは少しだけ心苦しく思いつつもスマートフォンを和服の内へとしまい込み、すぐにシスティアの隣へと腰を落とした。


「システィは人が良すぎます、危険かもしれないのに。ここからは私に任せてください」

「あはは、ごめんね。困ってる人を見かけると放っておけなくて……」

「もう……。それにしても、この方の服装……随分と不思議な」


 シグレは倒れている男の着ている上下のねずみ色のジャージを見て呟くと、システィアも同意したようにその服の袖をつまんだ。


「シグレも気がついた? フローレンスでは見かけない服よね。繊維は……魔法糸じゃないみたいだし、つるつるしてる。何の素材だろ」

「とにかく回復魔法でも……っ――⁉」

「んん……」


 二人が模索していると、目が覚め始めたのか男がうめき声を上げる。

 それに気づいたシグレは飛び上がり、今一度刀を構えるが、システィアは腰を落としたまま。

 男が完全に目を開けると、視線はシスティアとぶつかった。


「あれ……ここは――」

「気がついたようね。だいじょう――」

「ななな何者ですか! あなあなあなたあぁぁぁぁあっ!」


 パニックに陥ったシグレはシスティアの言葉を遮り、刀をぶんぶんと振り回し始めた。その声と威圧感に男も驚いて辺りに大絶叫が響き渡る。


「うぎゃあぁぁああ! なんか刀持ってるぅううぅぅ⁉ 殺さないでぇぇぇええ!」

「ひゃあああああっ⁉ 喋ったぁぁぁああああっ⁉」

「もうシグレ! いつもの落ち着いた貴女はどうしたの⁉ それに君も! 殺さないから落ち着いて!」


 急に歪みから現れた男。危害を加えられるのでは、と頭がいっぱいになっていたシグレはいつもの態度というものが取れず、ハイハイで逃げ回る彼を執拗に追い掛けていた。

 システィアが二人をようやく宥め止められたのは、既に日が山の向こうへと落ちた頃。

 同時刻、慌ただしくなった裏庭の様子を屋敷の窓から窺っていた男が一人。カーテンが締めると、三人の元へ向かうことになる。

数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。

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