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スターダストクロノス―星に願いを、時に祈りを―  作者: 桐森 義咲
第1章 異世界への旅立ち、ナインズティアへ
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時刻23 鍛錬の日々

 修行が始まって二日目。フローレンスの町、屋敷の裏庭にて。


「ぐはっ――!」


 システィアに弾き飛ばされ、背中から地面へと落ちたトキヤ。上手く受け身が取れず、衝撃は息を詰まらせた。

 強くやりすぎたと、心配顔でシスティアが駆け寄っていく。


「トキヤ君! あぁ、やっちゃった……ごめん、大丈夫?」

「っゴホゴホ! んぐ、ああ……大丈夫。やっぱまだまだだな」

「そんなことないよ! ちゃんと上達してる、すごいよ!」

「そうだといいんだけど……」


 本当に上達しているかどうかなんて自分ではなかなか分からないもの。まだ二日目だからしょうがない。しかし、システィアとの距離は以前と同じく遠い。

 修行の中で手応えがあまり見つからない。そんな俯いたトキヤに、システィアは手を差し伸べる。


「大丈夫、ゆっくりやってこ?」

「ありがとう、システィ」


 貴重な時間を使ってくれているシスティアにつまらない顔は見せられない。彼女から手を借り立ち上がると、ニカっと笑った。


「どういたしまして! そろそろ日も落ちてきたし、今日はここまでにしましょうか」

「ああ、そうだな」


 トキヤが欄干の向こうに目を向けると、いつの間にか山の向こうに日が落ちてきている。今日の修行はここまでだ。システィアに促されテラスの椅子にトキヤが座ると、一日の終わりの証である回復魔法が施される。


「行くよ、光魔法―光治癒(ホーリーヒール)―」


 暖かな光がトキヤの体を包んでいく。それは不思議な感覚で、疲れは癒えないが癒えていくような感覚を味わえる。


「おぉぉぉ……システィにこれをしてもらえると一日頑張った気がするぜ」

「あはは。でも私はこれだけトキヤ君を傷つけたんだなーって罪悪感が沸くんだよー?」

「つまりシスティも心痛めてるってことだな! 俺とシスティは常に傷つけ合ってる……だが俺は一向に構わん! 強くなれるのならシスティ、やってくれ!」

「え? あ、お? おー!」


 困惑するシスティアだったが、トキヤの和ませ術はそれなりに効いていた。師匠と弟子の間で情は不要とシスティアは言っていたが、やはり優しさは誤魔化せない。これからは互いに遠慮なく、そういう約束を取り交わす。

 そんな二人の元へ、シグレとミリアがお茶を運んできた。


「お疲れ様です。システィ、トキヤさん」

「お茶をお持ちしました! システィア様のはここに、トキヤお兄ちゃんもどうぞ!」

「おーっ! 待ってたぜ!」

「シグレ、ミリアありがと。回復が終わったら頂くね」


 まだ手の放せないシスティアのグラスはテーブルへと置かれ、ミリアから直接受け取ったトキヤはそれをグッと飲み干していく。

 火照った体へ入ってくる冷たい茶はまるで、乾いた大地を潤す恵みの雨のようにも感じられた。


「あーうめぇ! 最っ高だなこりゃ!」

「もーっ! ちょっとトキヤ君! 私は回復してるんだから飲めないのに!」

「そうですよ。まったく融通の利かないトキヤさんには私がお仕置きを――」


 トキヤがナインズティアに来て初日、あのときのようにシグレがどこからともなく刀を取り出していた。


「おわっ! ちょっと待ってくれ! もう体力がないんだって!」

「シグレお姉ちゃん⁉ 一体、どこからそんな刀を出したの⁉」

「ほらほら暴れないの! シグレも今日は勘弁してあげて!」


 ミリアが唖然とする中、トキヤは焦り、システィアが止めて、「仕方ないですね」とシグレが刀を納めるよく分からない状況が起こり、今日もドタバタが過ぎていく。そんな中、トキヤが良かったと思えたのはシグレの様子が本調子に戻ったことだった。

 そして、もちろん夜も鍛錬は終わらない。

 芝生の上であぐらをかいては、瞑想をするトキヤ。ごくわずかだが呼吸法によって魔力の許容量を少しでも上げられる修行だ。


「俺に魔法は使えないのに、これをする意味があるんですかね……」

「精神修行と思えばいい。寝るなよ?」

「はい……むにゃむにゃ――」


 そんなことを言っていると脳天にゴンッと衝撃が走る。


「ぐぉぉぉぉ! 冗談なのに!」

「フッ――私からの愛の鞭だと取っておけ」


 星が舞いそうなほどの一撃。

 月明かりの下、シューッと煙の立ち上る頭を押さえて転げ回るトキヤを尻目に、拳骨を食らわせた手をジョシュアは軽く振っていた。



 § 修行開始から三日目。


「そらそらシスティ! どうした、その程度かぁ⁉」

「やるじゃない! 口だけは!」

「おわっ……うわああああああ! ぐはっ!」


 口先だけは強者だったが、宙を舞うのはトキヤの十八番。システィアに今日も弾き飛ばされていたが、昨日や一昨日と比べると格段に受け身は上手くなっている。

 その様子を飽きるほど見ていたシグレとミリア。人間、日常と化したものには慣れる物、ミリアはもう目を覆い隠すこともなくなっていた。


「あはは! トキヤお兄ちゃんすごい! 受け身を取るの上手くなってる!」

「トキヤさん、受け身を取るのだけは上手くなってますね!」


 ミリアの言葉を、シグレはちゃんと適切にトキヤへと伝える。それについてトキヤはもの申していた。


「おらぁシグレ! ミリアはそんなこと言ってねーだろーがよ! こちとらこれでも武器の使い方は上達してるって言われてんだぞ!」

「トキヤ君、よそ見は厳禁!」

「うぎゃああああああああああ!」


 またもや飛ばされるトキヤ。遠慮なくという約束はちゃんと次の日にも受け継がれていたようだ。しかし、トキヤ自身のいうように受け身以外も着実に成長している。

 いつからかトキヤは剣、槍、短剣と三つの武器を装備し、適切に使い分けていけるようになっていた。



 § フローレンスの町近辺 森



 その夜、トキヤはジョシュアに連れられた町近くの森で、黒い毛並みを持つ小柄な猪と対峙していた。


「はっ――くっ! ダメか!」


 疾走する猪に剣を当ててはみるが、ゲームのように断ち切れはしない。それどころか弾力性のある肌に弾かれ、その後の攻撃を避けるのがやっとだった。

 夜に現れるという魔物、トキヤも魔物の動きが活発化しているという話はジョシュアから聞いていた。戦うのはまだまだ先だと思っていたトキヤに今日、ジョシュアが言い渡したのはまさかの実戦。

 魔物とはいえ見た目は獣と変わらない。しかし、黒い猪を見たのは初めてだ。

 これが魔物なのか? なんてことを考える暇はない。剣ではダメだと背中の鞘に戻すと、同じく背負っていた槍を取り出した。

 もう一度トキヤを狙うためUターンしてくる黒い猪、だがトキヤも同じく走り始める。


「これなら――どうだぁぁぁっ!」


 互いにスピードは乗っている。トキヤはぶつかる寸前に跳躍すると、猪の眉間へ槍の先端を叩き込んだ。

 骨を砕く確かな手応え。だが、突き立てたときの勢いと、猪の体当たりの威力は殺しきれず、軽く吹っ飛ばされる。


「ぐっ……っと! 危ねぇ」


 努力の賜物とはこのことか、トキヤは転がりながらも上手く受け身を取り立ち上がった。


「よくやったトキヤ。少し冷や汗ものだったがな」

「実戦って聞いたとき、正直どうなるかと思いました。だけど、まだまだです。こんな小さいやつにも手こずるんですから」


 すまない、これも強くなるためなんだと絶命した黒い猪から槍を引き抜くと、まるでファンタジーのように死骸が霧散する。

 それだけで本当にこれが魔物だったんだとトキヤに確信させる。


「だが、ほぼ無傷だ。仮にお前がこちらへ来たばかりのときだったなら、既に死んでいたかもしれん」

「死んでいた……そう、ですよね。現れた場所がフローレンスの屋敷じゃなかったら本当に危なかった。俺は、それだけで本当に運が良かった」


 こんな俺を拾ってくれてありがとうございます。トキヤがそう告げる。


「フッ――今日は帰ろう、実戦経験は少しずつ積んでいけばいい」

「けど、魔物の動きが活発化しているんですよね。なら少しでも――」


 まだ行ける、と森の奥へ進もうとするトキヤの肩をジョシュアが掴む。


「焦る気持ちは分かるが、無理をすれば死ぬのは一瞬だ。悪いことは言わん」


 帰ろう。そう告げたときに見せたトキヤの悔しそうに唇を噛む気持ちは、ジョシュアにも分かっていた。そして焦りが何も産まないことも。だからこそ帰るのだ。

 俯くトキヤは、悔しさを絞り出すように声にする。


「俺、システィに遠く及びません。きっとシグレにも……赤子の手を捻るように負けると思います。ジョシュアさんにだって、一生追いつけないほどの壁があるように思えて仕方がない。みんな俺と変わらないくらいの歳なのに、勝てない……悔しいんです」

「トキヤ……」


 明るくしてはいるが、影では己の無力さに一番嘆いている。そんな体を震わせる男をジョシュアは黙って見守っていた。

 それでもなんと言葉をかけようか、迷い、考え――そしてゆっくりと呟く。


「私、いや……俺だって弱いさ。そうじゃなかったら、シグレやシスティアに辛い思いをさせずに済んだ。そして今も答えが出せないまま、出せないからここでのうのうと領主の真似事をやっている。父上に言われるがままな」

「ジョシュア……さん」


 憂いを帯びた笑顔と言葉。何があったのかなんて聞かない、いやトキヤは聞けなかった。

 しかし、多くを語らないジョシュアが、このときだけは執務室にいるときのような彼ではなくもっと違う、普通の男性としてトキヤの目に映っていた。


「フッ――これが俺の素だ。上に立つというのは堅苦しい上につまらん。システィアたちと町で食べ歩きすらできないんだぞ? まったく困ったものだ」

「ははっ、ジョシュアさんもそんなこと思ってたんですね」

「まぁな。形式上、仕方のない部分もあるが……まぁいい。それよりトキヤ、お前はなぜ強くなりたい?」


 ふとそんなことを聞かれる。強くなりたい理由、思い当たるのは一つしかない。


「みんなを守りたいから……」

「そうだな、だがそれは理想だ。どんなに強くとも、どうしても守れないものは出てくる。それでもお前はその道を行くのか?」

「……俺が守りたいというのは、傲慢で烏滸がましいことかもしれません。実際、俺は弱いです……だけど、そんな俺でも、誰かを守れるなら守りたい」


 その道を行くのはとても辛く、険しい。言うだけならば簡単だ。守る、守りたい。言葉に出せばチープ極まりないもの。


「なら、もう今日は戻ろう。死んだら守るものも守れんからな」


 しかし、あえてその道を行くというのなら見極めさせてもらおう。ジョシュアは胸にそう秘めると町の方へと足を歩ませた。

 暗く、鬱蒼とした森。星の光はおろか、月明かりすらも届かない。闇の蔓延る森の奥を少しだけ名残惜しそうにトキヤは見つめると、ジョシュアの後に続いた。



 § フローレンスの町 屋敷



 二人が近辺の森から屋敷へ戻ると、玄関でとある人物がホッとした表情で深くお辞儀をしていた。


「ジョシュア様、トキヤさん。お帰りなさいませ」

「シグレ⁉ ど、どうして?」


 驚きを隠せないトキヤ、それもそのはず。ジョシュアとの修行は秘密裏に行われていたはずだからだ。それについて、ジョシュアが告げる。


「私からシグレに事情を話しておいてな。相手は魔物だ、万が一お前が大怪我をした場合、この屋敷で治療を施せるのはシスティアかシグレの

二人しかおらん。システィアには特に秘密裏にしているゆえ、シグレに頼んだというわけだ」

「なるほど、そういうことだったんですね」


 心配をかけたなとジョシュアはシグレに告げ、トキヤの治療を頼むと執務室へと戻っていってしまった。


「さぁ、こちらへ」


 シグレに促されるまま、その場に座る。

 夜のエントランスは思った以上に静かで、小声で喋らなければ反響してしまうくらいだ。トキヤは心配に思ったのか、シグレに尋ねてみた。


「シグレ、その……システィにはまだ」

「秘密にしておいてくれ、ですよね? 仕方ないです、トキヤさんだけならばまだしもジョシュア様からの申し出ですし」

「なんか……俺へのあたりが強い気がするんですが」


 当たり前でしょう? と続けられ、シグレは和服の袖を捲り、トキヤの体へと触れる。


「外傷はほとんどないみたいですね。しかし、相対したのが魔物となると万が一も……」

「触れただけで分かるのか?」

「ええ。水魔法というのは回復が得意な属性と言われているんです。それは光魔法よりも」


 つまり、それは今も水属性の魔力を使ってトキヤの外傷を調べたということだ。シグレが目を閉じると、辺りに爽やかな空気の流れを感じる。滝の近くにいるかのような、清々しい気分に心が落ち着かされる。


「水の癒しよ、傷つき者に安らぎを与えん。水魔法―治療(ヒーリス)―」


 まるで優しい泡に抱擁されるような心地。システィアの暖かい光魔法とはまた違った感覚だ。


「おぉぉぉ……なんだか体力も回復した気がする!」

「はいはい、回復魔法の例に漏れず気がするだけですからね? 終わりましたよ」


 そういうと捲っていた振り袖を下ろし、魔法の発動が終わる。


「でも、ジョシュア様もトキヤさんも人が悪いです。システィはあまり隠し事をされるのは好まれないので、すべてが終わったらちゃんとお話をした方がいいです」

「うっ……確かに秘密ってことは隠し事ってことだもんな。でも、日中も修行して、夜中にまでとか言ったら心配かけそうでさ」


 それは優しい気遣いから来ること。傷つけようと思って秘密にしているわけじゃない、ということをシグレに伝える。


「存じております。ちょっと言ってみただけですから……でも絶対ですよ?」

「ああ、約束するよ」


 それは違えない。守るべき者を傷つけるのは違うもんなとトキヤは笑っていた。

 夜も随分更けてきている。トキヤはシグレと分かれた後、汚れた武器の洗浄、そして汗を風呂で洗い流すと、ようやく眠りへと着く。

 シグレとジョシュアに言った『守る』ということ。過去にも守りたいと常々言っていたが、彼がこの言葉の意味を、重さを理解するのはもう少しだけ後になる。


 ――システィアが王都へと旅立つまで、あと四日。

数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。

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